音がした携帯の画面を見たら着信履歴が残っていた。
知らない電話番号だが何故か通話記録が残っている。
先程電源ボタンを押したつもりが通話ボタンを押していたらしい。
先程の会話が筒抜けだったようだ。
誰が電話をしてきたのか気になるが、今は私の腕に甘える仲達に構って居たかった。
「前からずっと思っていたのだが…」
「?」
「素直になるとお前は可愛いな」
「…!そ、そんな事、ない、です」
「可愛い」
「やめて下さ…っ!」
顔を隠して嫌々と首を振る仲達はやはり可愛らしい。
暫くこのまま甘い時間を過ごしていたい。
そう思うも薬が効いたのか、暫くした後に仲達は私の腕に埋まったまま眠ってしまった。
まだ微熱もあるのでそのまま大人しく寝かせてやろうと布団を掛ける。
前世で長命だった事とは異なるのか、この世界での仲達の体は余り丈夫ではないように思えた。
尚更気にかけてやらねばふとしたことで失ってしまうかもしれない。
大切にしなければ。
私が守ってやらねば。
そんな風に思えてならなかった。
仲達を見守るように傍に座り、レポートをまとめる作業に取り掛かる。
小一時間経っただろうか。
メールが一通。
師から仲達を案じたメールが着た。
様子を見たいと言う師の願いを受け入れ、部屋まで来るように返信をすると間もなくインターホンが鳴った。
ドアを開けると師が立っていた。
頬と鼻先が赤くなっている。
「…いつから其処に居た?」
「少し前から」
「その割には随分と寒そうだな。早く上がれ」
「…失礼します」
先程来たばかりとは思えない。
ベッドで眠っている仲達の所へ案内すると、師はその傍に膝を付き仲達の寝顔を見つめていた。
「物欲しそうな顔をせず、触れれば良かろう」
「手が冷たいので、起こしてしまいます」
「ほら」
寒そうな師を見かねて、温かい茶を煎れてやりカップを渡した。
師は礼を言って一口飲みカップで手を温めた後、漸く仲達の首筋に触れた。
熱を計ったのであろう師は安堵したように溜息を吐き、仲達の手を握り締めてベッドに顔を埋めた。
「…良かった。そこまで酷い熱ではないのですね」
「薬が効いているようだな」
「…実は、曹丕様と父上に謝らねばならぬ事があります」
仲達の容態を確認した師は改めて私に向き直り、姿勢を正した。
仲達を挟んで向かいに座る。
「私に何かあったら曹丕様に連絡しろ、と父上の言伝に従い数時間前にあなたに電話しました」
「この着信はお前か?」
「はい。父上と御一緒だと思い、電話番号は教えていなかったので…メールよりも早いかと」
数時間前の身に覚えのない番号からの着信履歴はどうやら師だったらしい。
余り電話はしない方なので、メールアドレスは登録していたが電話番号を知らなかった。
確か仲達と会話をしていた時に着信はあった筈だ。
「電話は掛けた際、応答はないものの通話が可能でした。
あなたが父上と話しておいででしたので…私は何も言葉は発しませんでしたが、父上との会話を聞いてしまいました」
やはりボタンを押し間違えたらしい。
私と仲達の会話が筒抜けだったようだ。
師は全ての会話を聞いていたらしく、深く謝罪した。
会話と言っても睦言に近いもので、別に聞かれても構わなかったのだが。
「父上の甘えたような声を…初めて聞きました。あなたが羨ましいです…」
「…ふ、仲達には黙っていろ。あれはプライドが高い」
「存じております。私には知られたくなかった事でしょうから」
大体知ってます、と師は言う。
父親の睦言を聞きながら引きもせず、寧ろ羨ましがるような素振りを見せる。
「…父上をお願いします」
「別にお前達から仲達を取り上げる気はない。お前も好きにしたらいい」
「でも、あなたと居た方が父上が…」
「家族だろう」
「そう…ですが」
やはり師はファザコンか。
仲達が心配で居ても立ってもいられないのだろう。
私に譲歩しながらも、師は仲達の手を握り締めて離さない。
「…暫く、父上の傍に居ても…」
「構わぬ。仲達も喜ぶのではないか?」
「…あなたには負けます。でも、お邪魔ではないでしょうか…」
「仲達は子を蔑ろにする親ではあるまい」
「はい…」
目を伏せると師は本当に仲達によく似ている。
きっと髪を伸ばしたら瓜二つになるだろう。
仲達によく似て、仲達が好きで堪らない。
私達に遠慮してか、色々深く考えていたのだろう。
師は私にもよく似ていた。
「子桓様…?」
大分熱が引いたのだろうか。
仲達がぼんやりと目を覚ましていた。
私を探して手を伸ばす仕草を見て、枕元に座り頬に触れると仲達は安堵して目を閉じた。
師が空気を読みこの場を離れようとするも、仲達が師に気付き手を離さない。
「…師、お前も傍に居て欲しい」
「っ、はい…」
仲達の言葉が本当に嬉しかったのだろう。
師は笑って頬を撫でる仲達の手に甘えた。
よく似た甘えたがりの親子は見ていて微笑ましい。
「…随分と冷たいな」
「少し…外に居たので」
「本当の事を言いなさい」
「…っ、一時間ほど、外に居ました」
「何故?」
「言えません…」
師が一度私を見た後に目を反らした。
恐らくは仲達を迎えに来た折り、私に電話をしてあの会話を聞いてしまい部屋に入るタイミングを逃したのだろう。
仲達に似ている師の事だ。
遠慮と心配の狭間で色々と深く考えてしまったのだろう。
元はと言えば私が悪いのだが。
冷えた頬に触れた仲達は起き上がり、師を胸に埋めた。
寒くないようにと頬を撫でる仲達に師は埋まり大人しくなった。
師は子供の頃に見た時から内面的に余り変わっていないように見える。
「…帰るか?」
「……。」
仲達は答えなかった。
子供達に心配をかけているなら帰るべき、とは思っているのだろう。
顔に出ていた。
それでも、もう少しだけ此処に居たい。
それも顔に書いてあった。
師が仲達を見上げる。
「お腹は空いていませんか?」
「そう言えば…食べていないな」
「昭は元姫と食べてくるとか。何か作ります。御一緒にいかがですか?」
「良いのか」
「曹丕様は…もはや家族同然ですので」
師が私に向かってそう言ってくれた事が嬉しい。
仲達がふ、と笑い師の頭を撫でた。
病院での出来事を話すと、師は殊更に心配したが仲達は特に気にしていないようだった。
「夕食作りますよ」
「いや待て仲達」
「父上は駄目です」
仲達が夕食を作ると立ち上がろうとしたが立ち眩みで体勢を崩し、私と師が揃って止めた。
それを見て仲達が笑う。
「何です二人とも」
「私が作りますから」
「師にそのような事」
「先に行ってます」
師が先にキッチンに行ってしまった。
仲達もキッチンに行くと言うが、私が止めた。
まだ本調子ではないのだろう。
「私も手伝いに行く」
「…一人にしないで下さいませ」
「寂しいのか?」
「はい…」
随分と素直に仲達は私に甘えた。
それが愛おしく、仲達を引き寄せて抱き締め唇を合わせた。
久しく唇を合わせていなかった気がして、何度も口付ける。
「…子桓様」
「何だ」
「幸せです…」
仲達はふわりと笑い、私の腕に甘えた。
仲達が可愛らしくて堪らない。
師をキッチンに一人にさせるのも悪いので仲達を連れてキッチンに向かった。
「別にもっと父上とイチャイチャしてたらいいじゃないですか」
「!」
「?!」
「知らない訳ないでしょう。あれだけ見せつけられているのですから」
「妬くか、師」
「妬くに決まってます」
ツンツンとした態度で師は顔を背け、洗い物をしていた。
私の家とあって師に洗い物をさせるのは申し訳なく、首根っこを掴んでソファーに座る仲達の元に連れて行った。
「何です」
「仲達と座ってろ。洗い物くらいできる」
「本当に?」
「おい」
「…ふふ。おいで、師」
仲達が笑い師を手招くと、師は機嫌良く仲達の隣に座った。
何だか師が私と仲達の子のようにすら思える。
終わったら呼ぶ、と仲達に甘える師を見ながら洗い物を始めた。
つかず離れずこれといった口論もなく、かと言ってこれ以上の進展もなく、仲達との日々は続いた。
週に何回かは仲達に会いに行き、仲達も私に会いに来てくれた。
仲達と過ごす度に殺風景だった私の部屋に物が増えていく。
長いような短いような…幸せな時間が過ぎていった。
父と夏侯惇は相変わらず、小言を言い合いながら仲睦まじく暮らしている。
郭嘉や張コウはたまに遊びにやって来る。
三成と左近は日本に帰ってしまったが、相変わらず連絡も取り合う仲だ。
仲達を連れて日本に遊びに行った事もあった。
相変わらず皆と互いに良い距離感で関わり合いながら暮らしている。
子供達も進学し家を出て、大人になった。
昭は元姫と結婚し今では幼い子供が居るという。
師も先日漸く仲達に説得され、婚約するに至ったらしい。
二人が巣立ち、一人になった仲達の部屋はがらんとしていた。
相変わらず仲達の部屋に通う日々が続いていたが、私から話を切り出すに至った。
ずっとそう出来たら、と思っていた事。
ソファーに座る仲達の隣に座り、改めて話を切り出した。
「仲達」
「はい」
「良かったら、これからは…共に住まぬか」
「良いのですか?」
「…ずっと、そうしたいと思っていた」
まるで婚約を申し込むような心地で、仲達の手を取り真剣に言葉を紡いだ。
仲達はふ、と笑い私の頬に唇を寄せ目を閉じた。
「嬉しいです…これからはもっと、一緒に居られますね」
何年経っても私の前でだけ甘える仲達は愛おしくて堪らなかった。
嬉しくて仲達に口付ける。
二つ返事で仲達に許しを貰い、師と昭にも許可を得て仲達の部屋に下りてくるような形で同居する事になった。
どうやら仲達は私からの言葉をずっと待っていたらしい。
長らく待たせてしまったようだ。
「っていうか」
「ん?」
「とっくに同居してるもんだと思ってたんですけどね」
「事は慎重だったものでな。仲達に断られたらと思うと」
「何を今更。ないない。曹丕様なら大丈夫ですって」
たまたま帰省した昭は私に向かいそう言って笑った。
師には、父上に無理をさせたら承知しない、と釘を刺すように拗ねられながら言われた。
実は、私も仲達も家督を継がなかった。
戦乱の世と違い私には腹違いの兄が存命で、仲達にも兄がいる。
互いに兄に家督を任せるという結論に至った。
私はいつまでも自分の好きな文学に浸っていたかったし、仲達は仲達とて学問に励んでいたかった。
互いに好きなように生きようと約束し、共に生きた。
籍を入れていないだけで、仲達との日々は結婚している事となんら変わらない。
いつまでもいつまでも、私は仲達の事を愛していた。
一人になるよりも、二人で居た時間の方が多かったように思う。
デートをしよう。
そう言って二人で手を繋ぎ、色々な所へ足を向けた。
と言っても、余り遠出をする事はなく。
図書館などで二人並んで本を読んでいる事が多かった。
二人とも本が好きだった。
容姿もさることながら、仲達は今でも性別を間違えられる。
仲達は諦め気味にその都度否定したが、内心悪い気はしない。
私達の関係は、傍目にはいつも夫婦に間違えられていた。
新しく入った喫茶店で、仲達は拗ねながら私の隣に座る。
カウンターでどうやら店員にまた間違えられたらしい。
「…奥様、ですって」
「何回目だろうな」
「っ、紛らわしい容姿ですいませんね」
「…また」
「何です?」
「綺麗に…なったと思うが」
「…口説いて、いますか?」
「夫婦だと、誤解されたままでも私は構わぬが」
「…もう」
大分現代に染まった事もあって、最近は恋人というよりは夫婦のように過ごしていた。
誤解されるのも無理はない。
ただそっと隣に居るだけ。
それだけで良かった。
昭の子、炎が話せるようになった少し後。
ベッドの中、仲達は私の腕に甘えていた。
「…炎が」
「ん?」
「炎が最近…、ひさま、って呼ぶみたいですよ」
「ひさま?」
「丕様」
「ああ、私か」
「ひーちゃん」
「おいやめろ」
私の腕枕に擦り寄りながら仲達は笑う。
体を繋げた後の少し気怠い心地の中、仲達は話を続けた。
随分と懐かしい呼ばれ方だ。
「丕様は、父上の父上ではないのですか?と昭に聞いたらしいです」
「ほぅ」
「私が昭の母親だと思っていたみたいで」
「…子供には悪影響だろうか」
「ふ、いえ。昭が笑って父上はあっちって訂正するらしいです」
「そうなのか」
「炎に聞かれました。丕様はお祖父さまのなぁに?って」
「…お前ほどその言葉が似合わぬ者もおるまいな」
仲達は、とても孫の居るような容姿には見えない。
しかして子供の問いに仲達は何と答えたのだろうか。
世間的には私は仲達の同居人だ。
髪を撫でてやりながら胸に埋めると、仲達は私を見上げた。
「大切な人って…答えたら、旦那さまですか?って炎が」
「……。」
「なれば私の旦那様で構わぬと、言いました」
「…お前」
「何です?」
「炎が…本気にしてしまうではないか」
「でも…旦那様と言われれば、子桓様は私の…旦那様です」
仲達は笑い、私の胸に擦り寄った。
ここ数日、しきりに私に触れたがる。
私の気も知らぬ癖に、と思いながらも仲達に甘えられるのは嬉しかった。
我らの関係は、夫婦と同等ではあれ夫婦ではなかった。
「…そのまま…」
「?」
「大人しくしておれ」
「っ、先程…あんなに…」
「私はお前の旦那、なのだろう?」
「ぁ…っ、ふ…」
少し火照った体をそのまま押し倒すようにして仲達に当てがい、そのまま深く挿入していく。
既に幾度か仲達の中に果てた私のが厭らしく音を立てた。
先程散々抱いたというのに、仲達に甘い声で旦那様と呼ばれてしまってはどうにも煽られてしまう。
無意識に締め付ける仲達にも煽られ、ベッドが軋まない程度に仲達を突き上げた。
「…っ、炎…に…」
「うん?」
「された、こと…子桓様も…して…下さ…い…」
「?」
「子桓様…、ちゅう…して…?」
「!!!」
私に揺らされながら、炎の真似をして子供のように甘える仲達が可愛らしくて堪らない。
口付けやキスと言う表現を使わず、仲達らしからぬ言葉で甘える。
衝動的に一頻り仲達に口付け、強く抱き締めた。
柔やわと与えられ続ける過ぎた快楽は苦しかろうと中に果てて、仲達を果てさせた。
ベッドの上、私の腕の中で小さく痙攣して涙を流しながら仲達は私を見つめていた。
荒く息をする仲達の胸を摩り、漸く中から引き抜くと中に収まりきらなかった白濁が仲達の股を伝った。
幾度体を重ねようと、中に出そうとも…別に何が出来る訳でもない。
ただ、お互いに愛し合っていると最大限に感じたいだけだ。
「っは、…はぁ…」
「…仲達?」
「何でも、ないです…少し、息苦しい…だけ…で」
「無理をさせすぎたか」
「…違います…」
「仲達?」
「…いつか、お話ししますね…」
それ以上何も言わなかったが、私の腕の中で苦しそうに息をする仲達が心配でたまらなかった。
仲達の背中を摩ると少しは落ち着いたのか、ふ…と笑い仲達は私の腕に甘えるように擦り寄る。
「…何か、隠しているのか」
「…何も」
「私に嘘を吐くのか?」
「本当の事を言ってしまったら…あなたはきっと慌てふためいて、事を大事にされるでしょうから…」
「お前は何を言っている」
「え?」
「他ならぬお前の事だ。どうせまた何か下らぬ気遣いであろうが…お前の命に関わる事であるならば許さぬぞ」
「…ふ」
「仲達」
「子桓様…、愛しています」
結局仲達は何も話してくれなかった。
歯痒い思いに苛々してきたが、腕の中で眠る仲達の寝顔を見てしまうと苛々も収まってしまった。
惚れた弱みという奴だ。
きっと何か隠している。
近々時間を取って話をしようと決め、仲達を胸に抱いて眠りについた。