話は全て聞いた。
三成は私の一言を真に受けて、水面下で左近から昭に根回しをして着実に準備をしていたようだ。
何より師が協力的な事に驚いた。
仲達自身もまさか同意するとは思わなかった。
これが戦であったなら、私は確実に填められていただろう。
何よりも仲達が私にとどめを刺した。
小さく力を込めて、私の手を握り返す仲達を見下ろす。
淡く化粧はしているが、身なりや体つきが女のそれにしか見えない。
仲達の顔をもう一度よく確認しようと腰を引き寄せた。
「?」
「…こんなに細かったか?」
「少しだけ、矯正しています…」
「胸に触れても?」
「い、一々確認しないで下さい」
許しを得て服の上から胸に触れると、確かに柔らかかった。
股に触れた方が早かろうが、本当に女の体のようだ。
「三成、まさか仲達に何か毒を盛った訳ではあるまいな」
「落ち着け曹丕。司馬懿の体には何もしていない」
「もし女の体になってしまったのなら、孕ませてしまったかもしれぬと」
「子桓様っ…!」
「無論、責任は取るが」
仲達を激しく抱いたあの夜を思い出せば、女の体なら孕ませてしまっているだろうと思った。
だがあの夜は確かに仲達は男の体だった。
これ以上何か言わせまいと、仲達は真っ赤な顔をして私の口を手で塞ぐ。
「…曹丕様…」
「ちょっと、いつまで胸を揉んでるんですか!形が崩れてしまうでしょう」
師から威圧感のある瞳で睨まれ、せっかく美しくしたのに!と張コウが私から仲達を引き離した。
何やら胸の形を直しているようだ。
どうやら女になった訳ではない。
胸は確かに柔らかかったが、作り物に過ぎなかった。
「ああ、私も胸を揉んでおけば良かった」
「殺すぞ郭嘉」
「いいじゃない、どうせ作り物なんだから。
それに君があれを見て、胸を揉む程度で収まるとは思わないけど?」
「…まぁな」
郭嘉が笑って私の肩を叩き隣に立つ。
師と昭、張コウや元姫に囲まれている仲達を見ながら三成と左近も腕を組んだ。
「はは。いやぁ司馬懿殿ったら可愛くなったよね。全然違和感ないじゃない?」
「俺もこれほどとは思わなかった。正直、計算外だ」
「いや全く。黙っていれば本当に女性にしか見えませんね」
「そっか。じゃあ人前で話したらバレちゃうかもね?」
三人の会話を何となく聞きながら、遠目から仲達を眺めていた。
元々細い体が更に華奢に見える。
何よりも、私の見た目の好みが仲達であると再認識した。
どうやら性別は余り関係ない。
困惑する仲達の前に師が膝を付き、手を取り見上げた。
「…何故あなたは私の父上なのでしょう。今なら間違いが起きても私は構いません」
「頭を冷やせ、師」
「ちょっ、兄上、ファザコンも程々に…」
「残念だが、これは私のものだ」
師の言葉を聞き、咄嗟に歩み寄り仲達の手を引き私の胸に埋めた。
師が名残惜しそうに手を離し、昭が溜息を吐く。
「…この服は誰が?」
「私達が用意し、選ばせていただきました」
「元姫か。買い取ろう。いくらだ?」
「と、申しますと?」
元姫が師と昭を引き離し、私達の前に歩み寄る。
師と昭と元姫が金を出し合っていると聞き、いくらか多めに包んで元姫に渡した。
「こんなに戴けません…」
「良い。せっかくお前達が選んでくれたのだが…。
私は今宵、仲達の服を元通りに返せる自信がない」
「っ…!」
「まぁ…」
仲達の顔が耳まで赤くなるのを横目で見て、元姫も口元を抑えて頬を染めた。
その元姫を背中から抱き寄せるように昭が立つ。
「駄目ですよ。父上はいいですけど、元姫は俺のなんですから」
「…子上殿」
「ふ、知っている。見ていれば解る」
「なら結構です」
「取っておけ。皆で何か美味いものでも食べるがいい」
昭に礼を言い、改めて仲達と手を繋いだ。
仲達はしっかりと私の手を握り返してくれる。
「行って来い、曹丕」
「お気を付けて」
「…良い友を持った」
「ああ、友達だからな」
「楽しんで来て下さい」
三成と左近が私の肩を叩いた。
釣られて仲達が頭を下げる。
「司馬懿殿、胸が苦しくなったり、足が痛くなったら無理をしてはいけませんよ?」
「…解った。その…ありがとう」
「ああ、司馬懿殿美しい…。何だか娘を見送る心地です」
「誰が娘か」
以前から仲達と仲の良い張コウも仲達を見送る。
元姫が駆け寄って仲達に何かを手渡した。
「もしお化粧で肌が引きつるように痛むようでしたら、これを使って下さい」
「?」
「メイク落としです。洗顔だけでは肌が痛んでしまいますので」
「お前のではないのか?」
「構いません。私もお見送りをさせて下さい」
「ああ…色々と世話になってしまった。感謝する」
「父上、これ。外は寒いですから」
元姫と入れ替わるように昭が仲達に白い起毛のマフラーを巻いた。
次いで師が仲達に何か紙袋を渡す。
「…着替えです。必要でしょうから」
「妬いているのか、師」
「ええ、私があなたと代わりたいくらいですよ」
「ファザコンくんに同感。
いいなぁ…私も司馬懿殿とデートしたいよ。何なら四人でもいいよ?」
「ふざけるな」
「お断りします」
「…ふふ」
私と師と郭嘉とのやり取りに仲達が小さく笑った。
「じゃあね。君の王子様にきちんとエスコートしてもらうんだよ?」
「はい」
郭嘉が仲達の手に口付ける。
それを見てひとつ咳をし、改めてその手を握り締めて仲達を見下ろした。
「仲達、私の夢を叶えて欲しい」
「…はい。随分とお待たせしてしまいました」
仲達を助手席に乗せてからドアを閉め、皆に手を振りサロンを後にした。
こんな風に何処かに遠出をして、仲達と出掛けるのは初めてだ。
恋人同士のデートだと、他人にはそう見えるだろう。
別に仲達を見せびらかしたい訳ではない。
他人から見ても恋人同士なのだと、仲達に思わせたかったし私もそう思いたかった。
恋人だと信じるも己の立場に思い悩み、仲達を一人淋しく泣かせるような事はもうしたくない。
今日は仲達を思い切り甘えさせてやろう。
無論、私も仲達に甘えたい。
仲達を一日独り占め出来る事が何よりも嬉しかった。
朝食を食べていなかったので先ずは食事をしよう。
覇に教えて貰った店を通りがかりに見つけ、車を駐車した。まだ時刻は朝だ。
ハンドルに肘を乗せて、改めて仲達をまじまじと見つめた。
それに気付いたのか、仲達は視線を反らす。
仲達の顎を掴み、此方を向かせて深く口付ける。
舌を絡めて、唇を味わうように口付けて漸く離すと仲達は恍惚に睫毛を涙で濡らしていた。
思えばここのところ多忙で、春休みも終わってしまった。
空いた時間に少しだけ、仲達に一言二言メールをする事くらいしか出来なかった。
仲達に会いたいと大学で三成に愚痴っていた位だ。
六日ぶりだろうか。
六日とは言え、仲達にずっと会えていなかった。
頬に擦り寄るようにして改めて仲達だと確認し、もう一度触れるだけの口付けを落とす。
「綺麗だな…」
「…喜ぶべきなのか、解りかねます」
女装姿の仲達は、本当に心から綺麗だと思った。
仲達がもし女だったら、こんな風になっていたのだろうか。
腰に触れ、そのまま股下まで触れると確かにコルセットのようなもので矯正されており、
股の膨らみは気にならなかった。本当によく手が込んでいる。
抵抗はしないが、羞恥心に頬を染める仲達の額に唇を寄せる。
愛しい恋人。私はやはりこの人が好きでたまらなかった。
先に車を降り、助手席の仲達の手を取り手を繋いで店内に入る。
窓際に仲達を先に座らせてから席に着き、オーダーを頼んだ。
仲達は声には出さず指でメニューを指差す。
余り人前で声を出せぬ事に気付き、仲達のものも私が頼んだ。
「何だか…歯痒いです」
「ん?」
「子桓様に、こんなに気を使わせてしまうと思うと」
「なに、レディファーストと言うだろう?」
「う…」
「気にするな。困ったら私を頼ればいい」
お返しにとでも言いたげに頼んだサラダを取り分けたり、
何かと食事の上で仲達は私に気を使ってくれた。
メインも食べ終わり、一服し茶を飲んでいると仲達がそわそわと忙しない。
「どうした?」
「あの…御手洗いはどうしたらいいでしょう…」
「ああ、大丈夫だ。行ってこい」
「…そうですけど」
「大丈夫だ。見てみれば解る」
「?」
不安そうに静々と席を立ち、仲達の背を見送る。
トイレの入口を見つけて胸を撫で下ろすようにして入っていった。
暫くして仲達は戻ってきた。
「大事なかったか?」
「お待たせしました。男女共同だったのですね」
「ああ、入店の際に確認した」
「そのような事にまで、気を使って下さったのですか?」
「…ん。甘いものが食べたい。行こうか」
「子桓様たら」
夏侯覇に聞いてはいたが、正直トイレの事までは頭が回っていなかった。
入店してから気付き、一応トイレを確認してから店を決めた。
それは仲達には言わないでおく。
仲達にはバレているようだ。
茶を飲み終え、仲達にマフラーを巻いて手を繋ぐが振り解かれてしまった。
嫌なのかと思ったら、手を繋ぐだけで良かったのに仲達から腕を組んでくれた。
「…その」
「何です?本当はこうして欲しかったのでしょう?」
「そうだが、その…。照れる…、な」
「ふふ」
にやける口元を抑えて目線を反らした。
顔が少し熱い。
仲達がそれを見て笑う。
その隙に会計を仲達が払おうとしていたので、
財布を出させないように手で抑えて鞄にしまわせた。
「でも…」
「行くぞ。気にするな」
「…御馳走様でした」
店を出て少し車で戻り、私の部屋から見える中華公園で車を停めた。
その公園だけは古い建物も残っていて、自然に囲まれて、
雰囲気がどことなく懐かしい私の気に入りの場所だった。
「此処は…」
「おいで。少し足場が悪い」
「はい…」
仲達も何度か来ているのだろう。
初めて来たような素振りは見せなかった。
駐車場から散歩道までの砂利道はヒールでは歩きにくいのか、何度も私の腕を掴み躓きそうになる。
それを見かねて、腰に触れ仲達を横に抱き上げた。
「…っあ…」
「脚を捻ったりしたら事だからな」
「恥ずかしい…です」
「ふ、整った道になったら下ろしてやる」
「はい…」
仲達はそっと私の肩に身を寄せた。
そういえば、仲達はいつも何かしら帽子を被っているのに今日は髪を下ろしているだけだ。
「今日は帽子はないのだな」
「一応…帽子はあったのですが」
「被って来なかったのか?」
「その…日除けの為に帽子の幅が大きくて、上を見上げる時に邪魔だと思い…」
「上?」
「…あなたは私より幾分も身長が高いでしょう?」
あなたの顔が見れない、と仲達は頬を染め目を反らした。
両手が塞がっているので足早に補正された道路まで歩き、仲達を下ろして抱き締める。
「今すぐ此処で口付けたい」
「?!だ、だめです!」
「少しだけ」
「だ、め…だと、っ」
触れるだけの口付けを落としてまた仲達を抱き締めた。
周りに人が居たが気にしない。
仲達がそれに気付いて私の胸に隠れるように埋まる。
「馬鹿、めが…ぁ…」
「悪かった。ほら、もう行くぞ」
「人前でそんな事…、駄目です」
「大丈夫だ。別に問題ない」
「っ問題、あります!」
仲達は私の胸を何度か叩いて、顔を背けてしまった。
はだけてしまったマフラーをかけ直す。
仲達の手を引き、少し先の喫茶店に向かって公園の池の周りを歩く。
こうして手を繋いで歩いていると、本当に恋人としか見えなくて堪らない。
「…幸せだ」
「?」
「あの時代だったら、こんな事は出来なかった…」
「そうですね」
「…ありがとう、仲達」
「いいえ…そんな事」
指を絡めるように手を繋ぎ直し、暫く景色を見ながら歩いた。
風が冷たい。雪でも降りそうな天気だ。
「少し座ろう」
「はい」
旧式の建物。
歴史が感じられる廟の中に入り、休憩用のベンチに腰を下ろした。
やはり風が当たると外は寒い。
「子桓様…」
「ん?」
「冷たい。氷のようです」
私の頬を包むように、仲達が手を合わせる。
仲達の手は白くとても温かい。
敢えて風上に立ち、仲達には風が当たらぬようにしていた甲斐があった。
「お前は寒くないか?」
「私よりあなたが、こんなに冷えて」
「…仲達、私の前に立って欲しい」
「?」
言う通りに私の前に立つ腰を引き寄せて、仲達の胸に埋まるように顔を埋めた。
偽りとはいえども胸は柔らかくて温かい。
「ちょっ…」
「温かい」
「…もう」
仲達が頬を染めながらも、私の頭を撫でてくれた。
腰を引き寄せ、私の前に座らせて結局抱き締めてしまった。
「そんなに寒いなら、もう帰りましょうか?」
「嫌だ。なら温まりに行くぞ」
「はい」
仲達が風上に立った事に気付き、肩を抱いて逆側を歩かせた。
流石に気付かれたらしく、仲達は私の手を引っ張る。
「何だ?」
「風邪をひいてしまいます」
仲達がマフラーを外し、背伸びをして私の首に巻いた。
仲達の体温が残っていて温かい。
「お前の方が寒がりだろうに…」
「彼処でしょう?知っていますよ。早く入りましょう」
「…ん」
庭園の池のすぐ横、行き止まりのような場所に茶店はあった。
仲達が私の手を取り、先に歩いて店内に入る。
甘い香りに釣られて席に座ると、柚子茶を仲達が頼んだのか直ぐに店員が持ってきた。
「この匂いだったのか」
「もう冬ですからね」
仲達は茶菓子として渡された山査子を摘みながら、用意された茶器で茶を入れていた。
柚子茶でとりあえず体が温まり、小腹が空いたのでケーキを頼んだ。
仲達は私が食べているところを微笑みながらずっと見ている。
「あなたに、渡したいものがあります」
「私もお前に渡したいものがある」
なれば同時に渡そう、と互いに小さな箱を渡した。
私から仲達に渡した物も、仲達が私に渡した物も同じだった。
「どうやら同じ事を考えていたようだな」
「そのようです」
仲達の部屋の合い鍵が入っていた。
仲達に渡した箱には、私の部屋の合い鍵が入っている。
「何かあれば使って下さい。子供達にも了承済みです」
「夜這いもか」
「そ、そういう事は駄目です」
鍵をしまい、暫く仲達と他愛もない会話をして茶を楽しんだ。
気付けば日も傾いており、外を見ればちらほらと雪が降っているのが見える。
「今日は冷えますね」
「スカートは、寒くないか」
「パンストを履いているので…」
「ほぅ?」
スカートのスリットを見れば、確かに仲達は黒いパンストにヒールの高いブーツを履いていた。
胸に顔を埋めていた時も考えたが、久しぶりに会えたせいもあって早く仲達を抱きたい。
だが、性急に事に及んでは品がない。
何よりも体目当てだと、そう思われたくはなかった。
どのような姿であれ、仲達が隣に居るだけで幸せなのは確かだ。
何よりも今日はこの姿である事を生かして、人前でいちゃつきたい…とは仲達には言わないでおく。
「本当に寒いな」
「…隣、いいですか?」
「?ああ」
腰掛けていたソファーは二人座るには十分だった。
仲達が座っていたソファーも広い筈だが、敢えて仲達は隣に座り私の肩に凭れる。
くた、と力を抜いて私に身を任せていた。
「…疲れたか?」
「少し…」
仲達の腰に手を回し、肩に私の上着を掛けてやった。
長い睫毛だなと横顔を見つめていたら、仲達と目が合う。
「…馬鹿みたいな事を、考えてしまうのです」
「何だ?」
「本当に女だったら良かったのに…って」
「どうしてそう思う?」
「…何でもありません」
どうやらまた、悩ませているらしい。
仲達は目を瞑り、私の胸に埋まった。
「今度は長生きして下さいね…子桓様」
「何だ、急に」
「もう、あんな思いはしたくないのです」
「…ああ、淋しくさせたな」
「はい。それはもう」
記憶を取り戻したとあって、仲達は以前よりも棘が抜けて丸くなった。
この姿である事もあってか、仲達も私に甘えるような素振りを見せる。
「…お前にまた出逢えて良かった」
「どうしたのです」
「いや何。主従ではなく対等な立場の恋人である関係が愛しいと、そう思ったまでだ」
「…もう」
「これからはずっと…待たせた二千年分、仲達の傍に居よう」
「はい…」
仲達の頬に一筋の涙を見つけ、筋をなぞるように肩を引き寄せて唇を寄せる。
愛している、そう告げると仲達は私に身を寄せて私も、と応えてくれた。
会計を済ませ、先に外に出ている仲達の後を追う。
仲達は少し脚を引きずり不自然な歩き方だ。
車道に向かう仲達は、私に気付き振り向いた。
「すまん!そこの彼女、避けてくれ!」
「えっ?」
「っ、仲達!」
車道に出るか出ないかの間際の距離で仲達目掛けてバイクが突っ込む。
脚を痛めているのか、仲達は即座に反応が出来ない。
私が力任せに腕を引いて胸に抱き留め、仲達を庇いそのまま後ろに倒れた。
バイクは私達を避けて軽くスピンし、壁にぶつかって止まった。
「子桓様っ」
「…怪我はないか、仲達」
「はい…」
「っ…雪とは聞いてないぞ…」
「ちょっ、若、大丈夫?!ああ、本当にすいません…怪我はないですか?」
フルフェイスヘルメットを被っていたので誰だか解らなかったが、
よくよく見ればバイクに乗っていた奴は馬超だった。
どうやら降り積もったばかりの雪でスピンしたらしい。
あれだけスピンしておきながら奴は軽傷を負っただけだ。
ならば、ロードバイクに乗って我等に話しかけてきた男は恐らく馬岱だろう。
この時代にも居たのだなと思いつつ、自らの身分は証さず仲達を抱き締め、体を起こした。
「…大事ない。気をつけろ。とっとと退け」
「すまなかった…彼女も怪我はないか?」
私達の元に馬超が駆け寄った。
仲達は小さく頷き、馬超は安堵したように溜息を吐いた。
「ごめんなさいね。もし怪我してたら連絡して下さい。綺麗なお姉さん」
「?!」
「おい」
馬岱が連絡先を書いた紙を仲達の手を握るように渡した。
私の視線に気付いたのか、馬岱はそそくさと自転車を引き、バイクを起こした馬超と共に去って行った。
「全くもう。若ったら気をつけてよ。よりにもよって、凄い美人な女性だったんだから」
「そうだな。悪い事をしてしまった…」
「彼氏さんもイケメンだったね。
どこかで見た事があるような気がしたけど気のせいかなぁ。
しかん、って誰だっけ」
「さぁな。行くぞ」
去り際に聞こえた会話に苦笑しつつ、仲達の肩を引き寄せて埃を払った。
仲達は小さく震えて、私の胸に埋まる。
「…しかんさま…」
「大事ない。お前が無事で良かった」
「本当に?本当にお怪我はないのですね?」
「…不意打ちだったな。大丈夫か?」
「はい…」
結果的に何事もなかったとはいえ、私も怖かった。
平穏の世に生まれたとはいえ、ふとした事で命を落とす事もある。
少しでも間に合わなかったら仲達が死ぬかもしれなかった。
そう思うと、怖くて堪らない。
先程から仲達は脚を痛めているのだろう。歩き方が不自然だ。
漸く顔を上げてくれた仲達の背中を撫で、脚を見ながら聞いた。
「子桓様…」
「脚、痛むのか」
「…ヒールが、慣れなくて」
「そうか。駐車場まで持つか?」
「…無理そうです」
「抱いて運んでも良いが…否、車を此処まで持ってくる。此処で暫し待て」
「はい…」
仲達に私の上着を掛けて屋根のあるベンチに座らせた。
離れようとするも仲達に裾を掴まれて、止まった。
小さく震えているその手を握り締め、頬を撫でると仲達は目を閉じた。
「…大丈夫だ。今日はもう帰ろう」
「はい…」
「少々、此処で待て」
頬に口付けて、足早に駐車場に向かって走り車に乗った。
一人になってから尚の事、先程の出来事が怖くなった。
恐らく仲達は私よりも怖かったに違いない。
早く迎えに行ってやろうと車を発進させ、公園を外から周り道沿いに停める。
ベンチを見れば仲達が男二人に話しかけられていた。
「急にごめんなさい。
この馬鹿が道を間違えちゃいましてね…ちょっと道を聞きたいんだけど」
「あん?お前がこっちって言ったじゃねぇか」
「黙ってろ馬鹿。
でね、此処がどの場所か聞きたいんですけどお姉さん地元の人?」
「此処は許昌西湖公園だが」
二人の間に割って入るように仲達の元に戻った。
男達を一瞥すると、少し怯んだのか一歩後ろに下がった。
「ああ、どうもすいませんね」
「あん?彼氏いるじゃねーか凌統」
「うっせーよ。彼女寒そうだったからさ。行くぞ甘寧」
見覚えのある顔だと思ったらどうやら呉の甘寧と凌統だったようだ。
「あんたさ、こんな綺麗な彼女を外で一人で待たせんなよ」
「おい甘寧」
「ああ…そうだな」
甘寧に一言釘を刺され、仲達の手を握り締めた。
目的地の場所まで簡単に道を教えてやると、二人とも礼を言ってから去って行った。
「……。」
「帰ろうか」
「はい」
仲達から私にしがみつくように首に腕を回す。
その手はとても冷たかった。
靴を脱がせて仲達を横に抱き上げ、車に乗せて公園を後にした。