家の前からまた何処かへ出掛けるのも気が引けて、結局郭嘉殿を部屋に上げる事にした。
セクハラさえしてこなければ、話したい事は多々ある。
二人でリビングに落ち着き、茶を飲みながら書類を交えて話をした。
会話の内容は、仕事の事が殆どだったがあの時代の事を話したりもした。
私は晩年の郭嘉殿しか知らない。
郭嘉殿は当時を懐かしむように語り、私の隣に座った。
「君の話は聞いているよ。いや失礼、宣帝閣下とでも呼ぼうか?」
「止めて下さい…そんなつもりは」
「大変、だったね?」
「…はい」
郭嘉殿は私の諱を知っていた。
あの時代の魏の人達に会うと大概この話になる。
二千年前。三国を統べたのは私の孫だ。
結果的には魏呉蜀、三国全てを滅ぼし晋が天下を統べた。
最も、宣帝の諱は私の死後につけられた名で生前に帝位に就いた記憶はない。
ただ、死して漸く同じ位置、あの方の隣に立てたような気がした。
文帝、あの方の隣に。
「…本当に好きなんだね」
「何です」
「ううん、何でもない。電話鳴ってるよ?」
「すいません。失礼します」
部屋の電話に出ると、師からだった。
喫茶店から夏侯覇の家に行ったらしく、何やら後ろが騒がしい。
『申し訳ありません。お声がよく』
「夏侯覇の家…と言うことは夏侯淵殿も居るのか」
『はい。夏侯淵殿、夏侯惇殿、張コウ殿、郭淮殿がいます。あと夏侯覇と昭ですね』
「…ふ、随分と懐かしい顔ぶれだな」
『今宵は私も昭も帰れぬやもしれません。父上をお一人にしてしまう事、心苦しい限りです』
「良い。春休みなのだろう。楽しんでくればいい」
『司馬師殿、まさかお電話は司馬懿殿ですか?』
『はい。替わりますか?』
「替わらな…」
『お久しぶりです!司馬懿殿♪お元気ですか?』
「ああ、相変わらずだな、張コウ」
電話口でも相変わらず優雅に話し、表情や動作に予想がつく。
電話を替わった相手は張コウだった。
解っていて替わらなくて良いと言いかけたのだが、どうやら電話を奪われたらしい。
張コウの話は長い。
話の途中で受話器を置きかけたが、張コウ以外の声がして再び耳に当てた。
『よぅ司馬懿。久しいな』
「その声は、夏侯惇殿ですか?」
『ああ。煩くて悪いな。いつの間にか大所帯だ。
何でもお前のところの弟の方が張コウに…ああ、まぁいい』
『きっとお似合いですよ♪』
『ダメダメ!しーっ!』
「??」
張コウと昭が何やら話しているようだ。
夏侯惇殿が一言制して、漸く静かになった。
『あー…ガキ共は泊まるらしいぞ』
「申し訳ありません。お世話になります」
『気にするな。お前もたまにはゆっくりと寛ぐといい』
「夏侯惇殿?替わって替わって」
郭嘉殿がいつの間にか背後にいて、その手には既に開いた酒瓶を持っていた。
私の肩に寄りかかり、受話器を取る。
「やぁ、夏侯惇殿。此方の仕事は終わったよ。殿は居る?」
『郭嘉か?何故司馬懿の家に居る?
お前、仕事が終わったのであればとっとと帰れ。孟徳が探していたぞ』
「そっか。じゃあ帰らないとなぁ…。
久しぶりに司馬懿殿に会ったから何か懐かしくてね」
『曹丕が車で今出るらしい。其方に向かっている』
「解った」
あの方の名を聞いて、何だか優しい気持ちになる。
無性に早く会いたい。
皆と懐かしい話をしたからだろうか。
郭嘉殿は電話を切り、私の体に体重をかけて鞄から紙袋を取った。
先程、郭嘉殿に戴いたものだったが正直表には出したくない。
「これ何だか解った?」
「…こんなもの、必要ありません…」
「それ程、曹丕殿とラブラブって事?」
「ち、違います…まだ、そんなには…っん」
「まぁ、呑もうか。私の前で緊張する必要はないよ」
郭嘉殿に押し付けられて呑まされた酒は度数が高く、一口で噎せてしまった。
私は何も割っていない酒は呑めない。
だが、盃を抑えつけられては置く事も出来ずそのまま何とか飲み干した。
飲み干したのを確認しても、郭嘉殿に更に注がれてしまい盃を置く事が出来ない。
「…っそんなに、呑めな…っ」
「君は泥酔した方が素直だからね」
「う…、ん…」
「…流石に可哀想か。ごめんね。もういいよ」
四杯目くらいで漸く盃を置く事を許された。
肩にも腕にも力が入らず、ソファーに凭れて目を閉じた。
動悸が止まらない。顔が熱でもあるかのように熱い。
「大丈夫…じゃなさそうだね」
「…ひどい、ひと…」
「はは、ごめんね」
郭嘉殿が私を抱き起こし胸に埋めて水を飲ませてくれた。
幾分かマシになり、郭嘉殿の肩に頬を乗せる。
「司馬懿殿は真面目だからね。
少しでも緊張を和らげようとしたんだけど、ちょっとやりすぎたね」
「ら…んの、つもりですか」
「呂律回ってないよ?」
「な、に」
「現代で、あの時代の事を繰り返さなくてもいいんじゃない?」
「…?」
郭嘉殿は私の顎を掴み、上を向けた。
そのまま口付けられるのかと思ったか、郭嘉殿は顔を引き寄せるだけだ。
「君も曹丕殿も男。
結局この時代でも結ばれないんだから繰り返す事なんて無駄じゃない?」
「無駄…?」
「だって、何も残らないよ?」
「そんなの、二千年前からわかっていますもの」
「じゃあ、私が相手でも良いよね?」
「…嫌です」
「また君にフラれちゃったか。そんなに曹丕殿は上手いの?」
郭嘉殿が私の襟元を開き、手を入れる。
そのまま胸に触れ、摘まれた。
「…ゃ、めて、下さい」
「そんな瞳で見つめられても、煽るだけだよ?」
「…そんなつもりは」
「玩具の使い方教えてあげようか。一人でも出来るように。
君、欲求不満でしょ。でも発散の仕方が解らない。君は真面目だからね」
「…っそんな事」
「図星かな。子供が居るし、風俗店に手を出す訳でもない。
恋人とただ犯りたいって理由だけで呼べないよね」
「違う」
「君はいつも淋しそうな顔をしてる。未亡人みたいなね」
「違いま、す」
違う。違う。
そんな風にあの人を思った事はない。
そんな顔はしていない。
私はまだ困惑しているだけだ。
あの方と再会したこの現代でどうしたらいいのか、解らない。
何も残らない。
それが私達の関係。過去を省みず生きるなど私には出来ない。
だがもし。
私の記憶がなく、あの方も私を覚えていなかったのだとしたら私達は結ばれていたのだろうか。
よく似た過去の恋人の面影を胸に、別人に身を寄せたのだろうか。
貴方を失った記憶が辛過ぎて、私はずっと過去から逃げてばかりだ。
どうしたら全てを思い出せるのだろう。
「…泣いて、いるの?」
「泣いて、ません」
「言い過ぎたかな」
「…正論です。私はずっと淋しかった」
「そう」
郭嘉殿は私を慰めるように額に口付けて、私から離れ玄関に向かった。
勢い良く開く扉の音と、聞き覚えのある声。
「…仲達っ」
息を切らして現れた子桓様は私を抱き締め、胸に埋めた。
続いて現れた郭嘉殿の頬は腫れていて、その後ろには夏侯惇殿が居た。
「遅くなった…師に鍵を借りた」
「…おかえりなさい」
仲達はそれだけ言って私の胸に埋まった。
頬を伝う涙の意味が解りかねるが、多方郭嘉が何か言ったのだろう。
その郭嘉には玄関で殴っておいた。
夏侯惇に止められて、まずは仲達の元に走った。
「痛いよ曹丕殿…まだ何もしてないのに」
「本当に何もしていないだろうな」
「してないよ。君のものだと知ってて司馬懿殿に手を出すなんて恐ろしくて出来ない」
「司馬懿、邪魔したな。郭嘉は持って帰る」
「やれやれ。迎えに来てくれたならそう言ってよ」
「お前を回収しに来たんだ。蜜柑でも買って帰るんだな」
「殿、怒ってる?参ったな」
「じゃあな」
夏侯惇が郭嘉の首根っこを掴むように連れて行った。
玄関が閉まる音がして、鍵を閉める為に一度仲達から離れる。
玄関の鍵をかけて再び戻ると、仲達は変わらずソファーに横たわっていた。
テーブルの上にあるグラスに残った酒の度数は高い。
仲達は確か下戸だ。水や湯で割った酒でないと飲めない筈だ。
「水を」
「…子桓様」
「郭嘉に、何ぞ言われたか」
「ん…」
仲達が私を引き寄せ首に腕を回し、私をソファーに押し倒した。
水を持っていたコップを落とさぬよう、テーブルに置いて仲達の背中を撫でた。
「遅くなったな。淋しかったか?」
「…っ」
「仲達?」
顔が熱い。
仲達は顔をあげず、私の胸に埋まり肩で息をしていた。
郭嘉に無理矢理呑まされたのか、仲達の動悸が聞こえる。
仲達を胸に埋めたまま、ゆっくりと体を起こす。
ソファーに手を置いた時、何かが床に落ちた。
郭嘉から貰った紙袋だろう。仲達が指をさした。
「それ、取って…下さい」
「これか」
仲達に言われ、その紙袋を掴むと仲達が再び私を押し倒し口付けた。
はらはらと黒髪が落ちる。
仲達は私の下半身に触れ、そのまま服の隙間から手を入れた。
「…仲達?」
「淋しい顔をしてるって、言われました。欲求不満だとも」
「郭嘉に、か」
「あの人は私に其れを与えて、一人でも出来るようになったら…と」
仲達は口付けるのを止めず、私に擦り寄るようにしたまま言葉を続けた。
紙袋を開けるとそこには女性向けのローターやバイブやローションなどが入っていた。
郭嘉に怒りを覚えつつも、先程既に殴っておいたので溜息を吐いて仲達を撫でた。
「…誰でもいいなんて、思ったこと、ないのに…」
「気にするな。からかわれているだけだ」
「どうやって、使うのですか」
「それは…」
真面目な仲達は知らぬのだろう。使ったこともない筈だ。
郭嘉の戯れを真に受けた仲達は一人でも出来るようにと、自慰のやり方を私に聞いた。
酒に酔い、正気ではない。そう思いたかった。
こんなに性欲に対し、積極的な仲達は見た事がない。
男性物の自慰器具は入っていない辺り、郭嘉は仲達がどちら側なのか見抜いているのだろう。
「したいのか、自分で」
「私は…子桓様としたくて、呼んでいる訳ではありません…」
「そうか」
それはそれでショックなのだが。
仲達はまた私に口付けると、涙を拭ってソファーに座り改めて私に向き直った。
「私の事、覚えていますか」
「…?」
「二千年前の私と、今の私と、どちらが好きですか?」
「何を言っている」
「…何でも、ありません」
仲達は淋しそうに笑い、ふらふらと立ってトイレに向かった。
吐いているのだろう。嗚咽が聞こえてトイレの扉を開けようとしたが鍵がかかっている。
「…仲達」
「へいき、です…今日はもう帰って下さい…」
「帰らん。お前を一人に出来ぬ」
「…何故?」
「二千年前だとか、今がどうとか、別に私には関係ない」
少し落ち着いたのか、仲達が鍵を開けた。
壁に横たわり、冷や汗をかいている。
「水を飲め。少しは楽になる」
「…はい…」
仲達を横に抱き上げて、そのままベッドに寝かせた。
水を渡して仲達に飲ませると、少しは落ち着いたようだ。
私も水を飲み、仲達の隣に腰をかけた。
「子桓様…、して」
「何を言っている。そんな状態で」
「ひどく、して」
「…仲達」
酔いは落ち着いている筈だが、仲達は自ら性行為を求めていた。
淋しそうな顔。仲達には悪いが郭嘉の言う通りだった。
「したい、のか」
「ひどく、して」
「どうした。お前らしくもない」
「…私らしい、って何」
いちいち突っかかる。仲達が日頃気にしていた事なのだろうか。
酔いに任せて、仲達を抱くようなことはしたくない。
そう伝えるも、仲達は話を聞かなかった。
「あれ、使って…ひどくして、下さい」
「一体どうしたと」
「子桓様に滅茶苦茶に、されたい…」
「…解った」
仲達が私の言う事を聞かないなど珍しい。
半ば諦めたように、解ったと返事をしたが仲達が何を考えているのが全然解らない。
一度リビングに戻り、あの紙袋を持って部屋に鍵を掛けた。
仲達をベッドに押し倒し、服を脱がせて脚を開かせた。
一度目を見開いたが、眉を寄せ敷布を握り仲達は目を伏せた。
口ではあのように言っておいて、本当は怖いのではないか。
仲達は敷布を握り締め、小さく体を震わせていた。
「…何を焦っている」
「なに、も」
「そうか。ならば、お前に黙っていたあの日の事を話そう」
「あの日?」
「私が、死んだ日」
仲達が私を見て止まった。
ああ、此奴。そう言えばずっと思い出せないと言っていた。
別に無理に思い出さなくてもいいと言ったはずだが、何を焦っているのか。
「話す前に、何を不安に思っているのか私に話せ」
「嫌です…女々しいと思われますもの」
「なら拗ねたまま、私に抱かれていろ。私も何も話さぬ」
「っ…」
仲達の股にローションを垂らし、そのまま仲達のをしごきながら指を入れた。
ローションをぬっているので滑りがよく、直ぐに奥まで指が届いた。
「っ、…!!」
「初めから使えば良かったか。痛くはなかろう」
「や、嫌です、これ…」
「もう遅い。お前は私を怒らせた」
第一に、何故郭嘉を部屋に上げたのか。
そこからして私は腹が立っていた。
仲達の片脚を肩に乗せ、そのまま脚を開かせてローターを仲達のに押し当てた、
嫌がる仲達の声に徐々に色が混じり、背を仰け反らせて声を上げる。
そのままローターの強弱を上げ、仲達は私の手の中で果てた。
肩で息をして仲達は私を涙目で睨むが、煽っているようにしか見えない。
快楽冷めやらぬまま、次は後ろに入れてやろうとしたが仲達が私の手を掴んだ。
「…自分で、入れます…」
「何?」
「ん…っ、ん…!」
「お、おい…仲達…?」
「ひとり、で…できますもの…貴方がいなく、たって」
私の手を掴んだまま、仲達は自分でローターを中に入れた。
その瞳には涙が流れていたが、仲達はふ…と笑い私に口付けた。
「貴方がいなくなっても…平気ですもの…」
「…嘘を吐け…」
「…私は、そんなに弱くない…。護ろうとしないで下さい。私だって…男です…」
「なぁ、記憶がないのが、そんなに怖いか?」
仲達に促されるまま強弱のメモリを上げた。
びくっ、っと体を震わせるも仲達の感じる箇所は此処じゃない。
指を入れてそこに当てるようにすると、仲達は私の腕に爪を立てて首を横に振った。
「や、嫌っ…果て、てしまっ…!」
「果てさせる為にそうしているのだから、当然だろう」
「あ、ぁ…!!」
「あの日は雨が降っていた、か」
快楽に震える仲達にローターを当て続け、そのまま話を続けた。
見慣れた天蓋。
熱で霞む視界の端で、仲達は髪を切った。
突然の事だったので止める事も出来ず、はらはらと白い床に落ちる黒髪が印象的だった。
「もう、必要ないでしょうから…」
「…お前の髪、好きだったのだが」
「ええ、ですから。貴方のお傍に居させて下さい」
「そうか」
「私は生きましょう。ですが、私は死する貴方と共に在りたい」
仲達は髪をまとめ、布で包み私の胸に其れを置いた。
「傍に、居てくれるのか」
「ずっと、傍に居ます…子桓様」
「おいで、仲達」
ああ、一人にしてしまう。
仲達は涙を流して、私の枕元に頬を寄せた。
その頬に手を乗せて、切れてしまった髪を撫でた。
「…辛かったら、忘れてくれていい」
「そうします。貴方との思い出はずっと私の秘密」
「もし、来世でまた逢えたのなら私を思い出してくれるだろうか」
「さぁ、どうでしょう。私は気まぐれですから」
「…私が居ない世界と言うのは、どうなのだろうな」
「きっと、とても辛い…辛くてきっと、淋しい余生です」
「淋しくさせて、しまうな」
忘れてくれていい。
私は確かにそう言った。
だから仲達は忘れているのだ。
今の話で、仲達は涙を流していた。
ローターを止め、中から出してやり、仲達を引き寄せ抱き締めた。
「忘れてくれていいと、言ったのは私だ。
お前をひとり残し、悲しませ苦しませるのが耐えられなかった。
だから、お前は忘れたままでよかった」
「…馬鹿な人。もう全て思い出してしまいました」
「そうか」
「ちゃんと…抱いて、子桓様。
私がずっと貴方に逢いたかったのは本当です。
淋しかった。辛かった。だから忘れてしまったのは私が弱いからでしょう」
「仲達」
「…私、貴方がいないと駄目です…。何も出来ない…」
仲達は涙を流しながら笑い、私の頬に触れて口付けた。
時代や姿形は変わっていても、その表情はあの頃のままだった。
「やり直し…しようか」
「やり直しではなくて…もう一回」
「もう一回?」
「何度でも…私は貴方を好きになります」
貴方が大好きなんです。
仲達がそう言ったのを聞いて、衝動的に仲達を寝台に押し倒した。