いまむかし二千年にせんねん物語ものがたり 03

私が貴方のものならば、貴方だって私のものだ。


そう言ってはみたものの、私はこの人を独占出来る立場にない。
だが、もう一度“恋人”と言われるのは建て前でも嬉しかった。


湯を出て子桓様にワイシャツを借り、椅子…もといに居間のソファーに腰を下ろして子桓様の髪を拭く。
風邪を引かぬよう、念入りに拭いた。
自分の髪をあらかた拭いてから、台所を借り湯を沸かした。
温かい茶でも煎れてやらねば、体が冷える。







何となく、揺らめく炎を見ていた。

また愛して下さると子桓様は仰ったが、私はいい大人で子供もいる。
せっかく、泰平の時代に生まれ変われたのだ。
若く輝ける若者の時代を、私に費やすのは申し訳ない。

私よりも良い人が他にいるのではないか。
出逢わなければ良かったのではないか。
思考は悪い方にばかり傾く。

人生をやり直せるのなら、同じ事を繰り返さなくても良いのではないか。
この時代では、この時代の生き方がある筈だ。


湯が沸いたのを見て、火を消した。
烏龍茶の茶葉を見つけ、茶を煎れる。
台所に先程の子桓様が持っていた和菓子と蕎麦が置いてあった。

「…和菓子」
「長くは保たぬだろう。食べてしまうか」
「緑茶か、白茶の方が良かったでしょうか」
「良い。お前が煎れてくれた茶だ」
「申し訳ありません」

烏龍茶と日本の菓子は合うのだろうか。
子桓様が開けた包みには、白い砂糖菓子のようなものが入っていた。

「でかした三成。私はこれが好きでな」
「…?」
「これはな、飴で包んだ葡萄菓子だ」
「ふ…、相変わらず、葡萄がお好きなのですね」
「ああ、お前の次に」

さらりと言うその言葉に、嘘偽りはないのだろう。
それとなく嬉しそうに菓子を頬張る貴方は、子供の頃から変わっていない。
あの時からも、変わっていない。

こんなにも、貴方は私の前で笑む。
あの小さかった子が、こんなにも大きくなって私に逢いに来た。

何時かきっと逢えると…信じるしかなかった想い人が今、私の隣にいる。


ずっと…淋しかった。皆の前で強がっていただけだ。
それなのに、今更人生のやり直し、などと。

私よりも良い人を…などと。
出逢わなければ良かった、などと。

嘘だ。諦められる訳がない。
この人は、私のものだ。


…だが、私はこの人の新しい人生の障害にはなりたくない。
どうして、こんなにも…愛してしまったのだろうか。





「…仲達」
「はい」
「私から、離れるなよ」
「…何故…、貴方は」
「何だ」

顔には出すまいとしていたのに、この人には思考すら見透かされてしまうのか。
私が不安なのを知っているかのように、子桓様は私が欲しい言葉をくれる。

それとも私はまた泣いているのか。
弱い己を見せまいとしていた反動なのか、涙腺が緩んでいる。

肩を引き寄せ抱き締められる。
私の体は子桓様の胸にすっぽりと埋まってしまった。
本当に大きくなった。体も、器も、心も。

まだ乾かしていない私の髪に口付け、櫛とドライヤーを手に取るのを見て首を横に振った。

「自分でやれます」
「良い」
「ですが…」
「触れていたいと、言ったであろう」

私の肩に上着をかけ、背に座り髪を櫛でとかして下さるその手が心地良くて目を閉じた。
ふと、窓の外を見るとまだ雨が降っている。
この部屋は私の部屋よりも上の階にあるからか、街を見渡せる程度には景色が良かった。

束の間の過去を懐かしむ事が出来る中華庭園が見えた。
疎らに外に人が歩いているのを何となく眺めて再び目を閉じり。
まだ春休みは長い。

子桓様が私の髪を撫でる指が心地良い。
子桓様が傍にいる優しい時間。たまらなく幸せだった。


部屋を見渡すとまだ開けられていない段ボールが見える。
家電製品も真新しい。
先程台所を借りたが、殆ど料理はしていないようだ。
引っ越して間もないのだろう。先程使用したバスルームも物が少なかった。

「引っ越して、どれくらいになりますか?」
「三日になる」
「三日でよく此処まで片付けましたね」
「私ひとりだしな」
「きちんと食事はして下さいね」
「…それなんだが」
「…?」
「私は家事が上手くない」
「まぁ…そうでしょうね若君」
「自宅で私がやる必要もなかったしな」

ああまぁそうだろうな、と納得した。
私が通っていた子桓様の自宅は、給仕が居るようなお屋敷だった。
そもそもこの人自身がやる必要がない環境下で育っているのだから当然だろう。

良く言えば、資産家の息子。
悪く言えば、世間知らずの箱入り息子だ。

よく一人暮らしを曹操殿が許したものだ。
あの方が実は親馬鹿だと言う事は、自分に子供が出来てから気付いた。
口では厳しいものの、あの方は良い父親だと見ている。
反抗期もあったようだが、今はきっと互いを認め合えているのだろう。

「良い機会ではないですか。一人暮らしは如何ですか?」
「そうだな…料理だけがよく解らん」
「ふっ、左様で」

言葉巧みに私を口説くくせに、手先が不器用とは笑わせる。
容姿も良いのだから女にもモテるだろうに、子供らしく可愛いところがあるものだと笑った。
子桓様は少し眉を寄せ、ひとつ咳払いをする。

「そこで仲達に頼みがあるのだが」
「はい」
「お前、家事が出来るだろう」
「ええ、それなりに」
「お前の料理が食べたい」
「別に私もそこまで上手い訳では…簡単なものでよろしいのなら」
「頼む」
「…ふふ」
「何だ?」
「まるで、告白のよう」

女に言ったら喜ぶであろうに、そのような言葉ばかりを子桓様は私にくれる。
先程から甘い言葉ばかりで、照れくさい。口では言わないが嬉しかった。




「…仲達」
「はい」

静かに近付き、子桓様は私をソファーに押し倒した。
はっ、として見上げると子桓様は眉を寄せ私の手に指を絡める。
何処か思い詰めているような顔をして、乾いた私の髪に触れる。

「どうされました」
「…私はもう子供ではないのだぞ」
「知っています」

この眼。
もう子供ではないのだな、と思う反面。
ああ、子桓様だ…と遠い過去を思い出した。

「大人になって…仲達に逢ったら二人でしたい事がある」
「したいこと?」
「…したい」

子桓様は私に甘えるように口付け、眉を寄せ私を見つめる。
触れるだけの口付けを終え、子桓様の言葉の意味を察し小さく頷いた。














真っ赤に頬を染めて小さく頷く仲達に、私の心意は通じているのだろう。
仲達の顔がとても熱い。

「…解っているのか?私は男、お前も男だ」
「はい…」
「…記憶があるとはいえ…初めて、だろう」
「…初めて、ですよ」

当たり前でしょう、と仲達は目を逸らした。
その返答に安堵し、肩を引き寄せ仲達を横に抱き上げた。

寝室の扉を開け、ゆっくりと仲達をベッドに寝かせた。
黒髪が広がり、貸したワイシャツの隙間から白い肢体が見える。

記憶があるとはいえ。
この時代では、私達は生徒と教師だ。
以前のような主従関係にはないが、“元”がつくとは言え背徳的な関係になってしまうのは間違いない。

美人の元家庭教師。しかも男だ。
この時代の世間体を気にするのならこの先は止めた方が良いだろう。

だが、今更。今更だ。
私がどれだけこの男に逢いたかったか!
今更、手放す事など出来るものか。

仲達に触れるだけの口付けを落とし、手を取り唇を寄せた。
初めての夜だ。絶対に仲達の体が傷付く。
私になら傷付けられても良い、と仲達は頷いた。

「…仲達と、したい」
「何を?」
「解っているくせに、言葉にしろと言うのか」
「…否、やはり言葉にしないで下さい。恥ずかしくて死んでしまいそう…」
「…したい。仲達と口付け以上の事をしたい。体を繋げたい」
「言わないで下さい…っもう、解っていますから」

仲達の顔が真っ赤で、今にも泣きそうだ。
口で言ったら怒るだろうが、初々しい仲達はとても可愛らしい。
自惚れて良いのなら、仲達は私の前だからこうなのだろう。
愛い奴め、と笑いながら唇に口付けた。

「…お前の、初めてを貰い受ける」
「はい…曹子桓様なれば…」

仲達の手を握り再び頬と唇に口付け、そのまま下に向かい首筋を吸った。
私が着せたワイシャツの釦をひとつずつ外し、ズボンのベルトを引き抜いた。
仲達は唇を噛むようにして目を逸らす。
羞恥心が勝り、私を直視出来ぬようだ。

首筋や胸、腰に口付ける。
仲達の体が強ばっているのを察し、服の上から仲達のに触れて擦った。

「…っ!」
「怖いか?」
「少し、だけ」
「…嫌だったらそう言え」
「嫌では、ないのです…」

仲達が私の首に腕を回す。
男としては屈辱的な行為であろうに、嫌ではないと言える仲達の応えが嬉しかった。

ワイシャツを全て脱がさず、はだけさせたままズボンを下着ごと脱がせた。
白い脚と仲達のが露わになる。
今度は直接触れ、果てる直前まで追い込もうと擦り上げた。

「ぁ…っ、ん、む…」
「噛むな。傷になる」

先程浴室で見た筈なのだが、これからの行為を思えば脚だけでも充分に私を欲情させた。
それに加えて恥じらう仕草、甘い声。
思わせぶりなわざとらしさはない。

見惚れる白い肌に唇を寄せて吸うと、唇を引き結ぶ仲達がくぐもるような声をあげた。
太股の内側に痕が赤い痕がつく。
同じように首筋、胸、鎖骨を吸って痕をつけた。

「…ん、つけすぎ、です」
「所有印だ」
「何を言って…」
「お前は私のものだと、印をつけたかった故」
「もう、とっくに…私は貴方のものでしょう?」

ふ…、と柔らかく笑む仲達が愛しすぎた。
感情のまま掻き抱きたいが、乱暴に扱いたくない。
平静になろうとしても仲達が発する言葉を聞く度に、感情が煽られる。

「…煽るな。初めてのお前を酷く扱いたくない」
「好きですよ、子桓様」
「…馬鹿、やめろ」
「やめて、良いのですか」
「嫌だ」

わざとなのだろう。
初めてだと言う事に、私が躊躇しているのが仲達に伝わってしまったのか。
仲達自身が背中を押してくれたのだ。
全く、情けない。

仲達の片脚を持ち、肩に担ぎ上げた。
ベッド脇にある間接照明がほの暗く、仲達の体を照らしていた。

果てさせる手前。
仲達の口の中に指を入れ、とろけている口内から唾液を取り秘部に触れた。
触れた瞬間、仲達が眉を寄せ私の服を掴む。


予めローションでも買ってくれば良かったのだが、
其れらを用意して仲達を部屋に迎え入れるのは嫌だった。
体だけが目的、と思われるのも疑われるのも嫌だ。

いつか、と思っていた夜が唐突に今夜来てしまった。
仲達の先走ったぬめりを指に取り、息を吐くよう促し漸く指を入れた。

「っ、ん…!」
「…おい、息を止めるな」
「だっ、…て、くる、し…」
「なれば…」

また唇を噛み息を止める仲達に口付けをして、口を開かせ息を吐くよう促した。
舌を絡め快楽を与えれば、少しは指の挿入が楽になる。

仲達の根元を抑え、片手は中を解しにかかる。
きつく締め付ける仲達の体はただひたすらに初々しく、美しかった。
果てる寸前で抑え込んでいる為、快楽の捌け口がないのだろう。
初めは声を抑えていた仲達であったが、徐々に甘い声が漏れた。
指を二本受け入れられる程度には中も解れてきた。

「…痛いか?」
「へ、い…き、です」

嘘をつけ。
お前はいつだって私を心配させまいと、大丈夫だと、平気だと言う。
仲達が言う“大丈夫”や“平気”という言葉は信用が出来ない。
無理をしている、辛い、それが本心なんだろう。

快楽からなのか、恐怖からなのかは解らないが仲達の頬は既に幾筋も涙が伝っていた。
仲達が少しだけ上体を起こし、私の頬に擦り寄る。
唇や頬を食むように甘く噛み、仲達は私に擦り寄りながら見上げた。

「…仲達」
「子桓様、…きて、下さい」
「しかし、未だ」
「イかせて下さい…もぅ、苦しい、のです。…貴方ので、果てたい」
「…ああ、くそ…お前は、もう」

未だ充分ではないと、初めてだからと念入りに解すつもりだったのだが止めた。
私も散々お預けを食らっており、限界に近い。
理性だけで抑えていた其れを仲達に当てがい、手を握り指を絡める。

「…入れるぞ。痛むなら言え」
「は、い…」

直ぐに口付けられるように顔を寄せた。
ゆっくりと腰を進め、仲達の体を押し広げるように中に入れていく。
仲達は目を瞑り、ぽろぽろと涙を流しながら何とか受け入れた。
ゆっくりと腰を進め、最奥まで挿入すると漸く仲達は目を開けてくれた。

「痛むか…?」
「…ん…」

言葉を発するのが辛いのか、潤んだ瞳で小さく頷いた。
当然だ。初めてなのだから。
肩で息をする仲達を気遣い、余り体を動かさず流れる涙に口付ける。

温かい。
胸に埋まり、頬に口付ける。
仲達に釣られてか、私も何故だか視界が滲んだ。











痛い、なんてものじゃない。
本当に息が出来なくて、子桓様が口付けなかったら叫んでしまいそうだった。

何をどうされるのか、頭では解っていた筈なのに。
記憶はあれど、体はあの時のものではない。
指だけでも痛くて、口では平気と言っていたのだが涙が止まらなかった。

だが、子桓様と繋がって。
痛みよりも、溢れる感情が止まらなった。
口付けられる度に思い出す子桓様との思い出。

思い出したくもない、独りで居た世界の記憶。

今、私はその愛しい人に抱かれている。
とても痛くて、とても苦しいけれど、それよりも何よりも幸せだった。
嬉しくて、幸せで涙が止まらない。
今まで泣かなかった分、泣いてしまおうともう堪えるのは止めた。


私の体を案じているのか、子桓様は動かない。
もう血濡れになっているのだろう。そもそも其処はそういう使い方をする所ではない。
傷付けられると解っていても、して欲しかった。

力の入らない手を挙げて、子桓様の頬に触れた。
大丈夫か?と聞く子桓様に、今度は首を横に振った。
私が正直に態度に示すのが珍しいからか、子桓様はあからさまに動揺をしている。

「いいのです…」
「直ぐ、終わらせてやる。動くぞ…良いのか?」
「…待って下さい。ずっと…伝えたい事があったのです」
「何だ?」

肩で息をしながら、子桓様の首に腕を回し抱き締めた。
余り力は入らないが、それでも抱き締めたい。



「おかえりなさい…子桓様」
「っ…、ただいま…、仲達」

首から腕を離して再びベッドに横になると、私の頬に雫が落ちた。
子桓様が泣いている。

子桓様の初めての涙に私も動揺して、どうしたらいいのか解らない。
子桓様は私の前で泣く所など見せなかった。

ふ、と涙を静かに涙を流しながら子桓様は笑い、
私を強く抱き締める。
耳元でぽつりと、動くぞ、と呟き、体を貫かれた。

痛い。苦しい。
でも、嫌ではない。とても幸せだった。

痛みで萎えた私のを子桓様が擦りながら、奥に突き上げる。
漸く快楽を感じるようになってきた。
前も後ろも擦られる快楽に視界がちかちかする。

「っ、しかん…さま、しか、…さ…っ」
「仲達…愛して、いる…。ずっと、お前だけだ」
「うれ、し…い…、ずっと、ずっと、です…よ…?」
「無論…今まで、淋しくさせた。お前はよくやってくれた」

子桓様の言葉が心の底からとても嬉しい。
ああ、今なら死んでも良い。
そう思える程、幸せを感じた。

私は今、この人に最高に愛されている。

「も、う…」
「…ん、流石に…、中には出せぬ」
「嫌、です…」
「こんなに体を傷付いているのだ…お前に無理はさせられぬ」
「…嫌」
「我儘を」
「私を、好き、ではないの…ですか?」
「…お前、それは狡いだろう…」

ああもうお前と言う奴は、と子桓様が溜息を吐いた。
中で一際、大きくなったように感じられる。
解りやすい人、と思いながらも私の体も限界で何とか意識を保っていた。
意を決したように最奥を突き上げられて、子桓様が私の中に果てた。
私も、漸く果てる。もう何の力も入らなかった。

互いの肩に埋まり、吐息だけが聞こえた。
胸の鼓動がお互いに煩い。
子桓様が接合部に触れると、ぬめりとした私の血が滲んでいた。
抜くぞ、と一言。私の額に口付けを落として引き抜かれる。
内臓ごと引っ張られるような痛みに小さく呻き、枕に顔を沈めた。
顔がひりひりと痛い。泣き腫らしたのか眼がとても痛い。

股を伝う子桓様の白濁に、ああ終わってしまったのだと何処か淋しさを感じながら。
まだ冷めやらぬ快楽の余韻と、与えられた幸福に身を浸し、目を閉じた。


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