漸く渡された鏡で自分の顔を見た。
余りの違和感のなさに喜ぶべきなのか悲しむべきなのか迷う。
「どう?子上殿」
「うわっ…超綺麗なんだけど…本当に父上?」
「…ああ」
「元々がお綺麗な方ですからね。とてもお似合いですよ司馬懿殿」
「喜んでいいのか解らん…」
「へぇ…綺麗になったね。曹丕殿に渡すの嫌だなぁ…私とデートしない?」
「お断りします…」
郭嘉殿が私の肩に手を回したが、師が咄嗟に払い苦笑する。
私から離されていた別室に控えていた師はまじまじと私を見て、手を握った。
「…あの、お写真撮ってもいいですか…」
「…お前、いつの間に一眼レフカメラなど…」
「レフ板は任せて下さい兄上!何なら今からスタジオ借りてきちんと写真撮りましょうか?」
「やめろ」
皆がお願いがあると言うから何かと思えば。
妙な事に巻き込まれてしまった。
週末。
以前から約束していた為、昭と今朝早く家を出た。
案内で連れられた場所には元姫や張コウ、郭嘉殿が居た。
繋がりがよく解らぬメンツに首を傾げ、昭に手を引かれる。
昭に呼び出されているのか、日本人の島左近と石田三成も居た。
二人とも遥か過去に異世界で見た記憶のままだった。
ぼんやりとした記憶だったが、実際に会うと色々と思い出す。
三成が私に気付き、歩み寄った。
「司馬懿か」
「…三成、だな?それに左近か」
「おっ、覚えていてくれたんですね。いやぁ、お久しぶりです。
あんたんところの兄弟の弟さんと仲良くさせてもらってますよ」
「昭が世話になっているな」
互いに軽く会釈をし、言葉を交わした。
よく見れば部屋の隅には師も居て、何だか拗ねている様に見える。
「曹丕殿と、親交があると聞いているが」
「その事で、貴様に頼みがある」
「頼み?」
「俺からもお願いします!!」
「昭もか?」
「兄上を漸く説得したんですよ。曹丕様の夢を叶えてあげてくれませんか?」
「夢とは?」
三成と昭が見合わせて、左近が頷いた。
それを見守るように元姫と張コウと郭嘉が立ち、師がテーブルに肘をついて私を見ていた。
「曹丕は貴様と、手を繋いで外を歩きたい、そうだ」
「…それは…」
皆には既に子桓様と私の関係が話されているのか。
秘密も何も、いつかはバレると解っていた話だが私としてはもう少し秘密にしておきたかった。
この部屋にいる人々は思えば子桓様と私に縁のある人だと言う事に何となく気付く。
手を繋ぐ事くらいどうと言う事はないのだが。
あくまでも私達は同性同士であり、世間的には受け入れられない。
何より、私の事で子桓様に迷惑をかけたくなかった。
「手を繋ぐ事に抵抗はない。だが人前では…」
「…お前が世間体を気にするのなら、案がある」
「案?」
「俺は曹丕の友だ。彼奴を喜ばせてやりたい。貴様も同じ思いなら案に乗れ」
「…案とは?」
「俺が元姫と張コウ殿に相談して、郭嘉殿にこのサロンを借りてもらいました!」
「??」
私が首を傾げていると、元姫と張コウが歩み寄る。
郭嘉殿が壁に背をつけて笑っていた。
「司馬懿殿、私が見立てた服に着替えて下さい」
「服?」
「メイクはお任せ下さいませ!美しく、綺麗にして差し上げます♪」
「メイク?」
「面白そうだったから話に加わったよ。
余り時間もないからね。早く着替えてくれるかな?」
元姫に渡された多数のショッピングバッグにはアウターや鞄、靴に至るまで全身一揃えが入っていた。
引き出して中身を見てみれば、どれも女性用に見える。
「女性用ではないか…間違えたのか?」
「いいのですよ、それで」
ずっと黙っていた師が漸く口を開き、私の元に歩み寄る。
昭が何か話そうとしていたようだが、師が抑えて私に話した。
「今日一日、一時でいいのです。これを着て曹丕様の元に」
「…女装、しろと」
「父上なれば着こなせます。サイズはぴったりの筈ですから」
「…サイズなどいつ教えたか」
「失礼ながら、父上が寝ている間に計らせて頂きました」
「俺がやるって言ったら、私がやるって聞かないんですから兄上」
「お前達まで何をして…」
「父上を幸せにしたかったのです。
女性に見られるのなら手を繋ぐのも抵抗はないでしょう?」
「だって父上は、曹丕様をずっと待ってたって俺達は知ってます」
師と昭が揃って頭を下げた。
そう言われてしまっては叱る事も出来ない。
溜息を吐いてから、二人の頭を撫でると二人とも嬉しそうに笑った。
「曹丕は俺が呼び出す。多忙な彼奴に週末を空けるように言ってあるからな」
「…そう言う事だったのか。まさか、師と昭が夏侯家に泊まりに行ったのは…」
「皆と打ち合わせです。ちなみに夏侯惇殿と夏侯淵殿と郭淮と覇も知ってますよ」
二人揃って外泊とは珍しいとは思ったが、まさかこういう話だとは思いもよらなかった。
三成に呼ばれていると仰っていたが、子桓様は恐らくご存知ないのだろう。
「…なれば、殿にも話が通じていような…」
「うん。私が話しちゃった」
「郭嘉殿…」
「だから、殿は曹丕殿へ振る仕事を少なくしてる筈だよ?」
「あ…」
「久しぶりに漸く休める、とか曹丕殿が言ってたんじゃない?」
「…はい」
思っていたよりも色々な方々に根回しが行き届いている事が恐ろしい。
一体何処まで話しているのか解らないが、内心は正直まだ複雑だった。
「夏侯惇殿と夏侯淵殿は、殿が面白がって絶対に見に行きたがるだろうからって足止めしてるみたいですよ。
せっかくのデートの邪魔はしたくない、と」
「郭淮殿は、司馬懿殿が呼び出されないように学園に残っています。
夏侯覇は、引っ越したばかりの曹丕様に色々な店を教えてあげていたようです」
張コウと元姫の話まで聞いて、頭を抱えた。
ここまで緻密に計算され、皆を巻き込んだ計画に驚く。
この私がまさか看破出来なかったとは。
暫く頭を抱えていたが、溜息混じりに漸く決心をした。
「…解った」
「着てくれますか?父上」
「貴様が本当に嫌だと言うのなら、無理強いはしない」
「ここまで綿密に計画を立てておいて、よく言う」
「ふ、まぁな」
「私の負けだ。好きにするがいい」
「では、此方へ♪」
張コウに連れられて、別室に向かう。
楽しみにしてるから、と郭嘉殿に言われた気がしたが何も返事を返せなかった。
皆の思いと期待が重い。
「脚と腕の処理をと思いましたが、必要ないみたいですね」
「そう、なのか…?」
「とりあえず偽りですが、司馬懿殿を女性に見せなくてはなりません。
私の腕の見せどころですね!」
「うう…」
張コウに服を脱がされ胸を詰められ、偽りではあるが上だけは女性用のキャミソールを渡される。
ブラジャーでは肩が疲れるから、との配慮らしい。
「胸は余り盛らないでおきます。胸元が苦しいでしょうから」
「ああ…」
張コウがテーピングを巻いて胸を作っていく。
その上からパッドの入ったキャミソールを着ると胸が出来ていた。
自分の体に小さいとはいえ、胸がある事に違和感を感じる。
「曹丕殿は黒のパンストがお好きらしいですよ?」
「え…」
「此処に脚を入れて下さいな」
「あ、ああ」
黒のパンストを履いた。
股は痛くないが、正直恥ずかしい。
その上から股を抑える為にコルセットのようなものを履かされた。
腰を引き締めるというよりは、股の男性的な膨らみを抑えるものらしい。
「ち、張コウ…」
「はい。何です?」
「露出はしたくない…」
「大丈夫ですよ。司馬師殿が厳正にチェックしてますから」
「?」
用意されていた服はいずれも肌の露出が少なく、下半身はフォーマルなロングスカートが入っていた。
腿からスリットが入っている黒のロングスカートは、歩く際は右足の膝までしか露出はしない。
上着も袖に白いレースが編み込まれていて、シンプルなデザインでありながら女性らしい。
「司馬師殿と司馬昭殿と元姫殿でお金を出し合って選んだらしいですよ」
「何か礼をせねば…。お前にもな」
「あら、本当に?ならば今度お茶でもしましょう♪」
「そんな事でいいのか?」
「私も司馬懿殿には笑っていて欲しいですし。曹丕殿と居る司馬懿殿は可愛いですし」
「な、にを言って」
張コウに服を着せられながら、鏡越しに話をした。
粗方着替えが終わり、低いとはいえ履き慣れないヒールを履かされ足下がふらつく。
躓きそうになると張コウが支えてくれた。
「歩きにくい…」
「流石、ロングスカートはお似合いですね。
さてメイクをしましょうか。元姫殿もお呼びしましょう」
「…自分がどうなっているのかよく解らん…」
「ふふ、とてもお似合いです。あなたの御子息は随分と司馬懿殿の事がお好きのようで」
「…いつまでも親離れが出来ぬのだ、あの子らは」
「でも司馬懿殿も子離れ出来てないでしょう?」
「う…」
「ふふ、見ていて微笑ましい限りです」
サロンとあってか。
まるで美容室かのように道具が揃っており、大きな鏡の前に座らせられると元姫もやってきた。
「司馬懿殿、よくお似合いです。髪は私が担当します」
「…ああ、巻き込んでしまいすまぬ」
「いいえ。私から申し出た事ですから」
「何?」
「子上殿だけに任せていたら、司馬懿殿が何をされるのか解りませんから」
「何を言って」
「元がお綺麗なのですから、女装させるにしてもちゃんと綺麗にして差し上げたいのです」
「うむ…」
元姫に髪を櫛でとかされながら、張コウが私の前に回って下地やら保湿液やら。
何やら私にはよくわからないものを色々塗られた。
「張コウ殿」
「はい、何ですか?」
「曹丕様は司馬懿殿の黒髪がお好きですか?」
「ああ、はい。好きだと思いますよ?」
「なれば、下手な小細工は無用でしょうか」
「そうですねぇ…肩に流していた方が自然かもしれません」
「なればアイロンで整えておきます」
「……。」
張コウが前に立っているので鏡が見れない。
二人の会話はたまに謎のカタカナの専門用語が入っていて私にはよく解らない。
目を閉じて、開いて、と何度も言われて張コウに間近で見つめられる。
「??」
「つけ睫毛は要りませんね」
「十分です。これ以上やったら派手過ぎかもしれません」
「エレガントに、美しく!ですものね。
なればラメをつけるのも無粋でしょう」
「司馬懿殿らしさは、消さない方がいいでしょうね」
「さぁ、出来ましたよ」
張コウと元姫がまるで一仕事終えたかのように、充実した顔で私を見下ろした。
鏡を見ようとしたのだが、二人が前に立っているために見ることが出来ない。
「…あり、がとう、で良いのだろうか」
「ああ、司馬懿殿とてもお美しい!頑張った甲斐がありました!」
「ええ、これなら私も満足です」
「そ、そうか…」
「まだ鏡を見ては駄目です」
「お手を拝借。では、皆さんのところに行きましょう」
張コウに手を引かれ、元姫が先導し扉を開けた。
気恥ずかしさがどうしても勝り張コウの背中に隠れていたのだが、
元姫に引っ張り出されてしまい、皆の前に立った。
そして今に至る。
師が一眼レフで写真を撮ったり、昭が携帯で写真を撮ったり。
郭嘉殿は腰に手を回してくるし、左近はずっと電話をしているようだ。
「昭」
「はい?」
「ネット上に流出させたら容赦しない…」
「えー?せっかく綺麗なのに」
「仕置きされたいのか」
「ちぇー。じゃあ覇ん家と郭淮に送っておきます」
夏侯家と郭淮ならば仕方ないと渋々了承し、取り上げた携帯を返した。
腰に回された郭嘉殿の手を師が払い、私を引き寄せる。
「ふぅ。やぁ、すっごく綺麗になりましたね司馬懿さん。
今、うちの殿が曹丕さんと会ってます。
殿は曹丕さんには何も言わず、会わせたい人がいる程度しか伝えていないみたいですね」
「っ…そう、か」
「曹丕さんの車でここまで来るそうですよ?」
「…どうしたら、いい」
下を向いて困ったように師と昭に目配せをすると、
昭が手を叩いて皆に向かい声をかけた。
「父上以外は別室に隠れて下さーい!」
「すいませんが、俺はどうやら殿に司馬懿殿を引き会わせなきゃいけないみたいなんで残りますね」
「解った!任せたからな左近!」
「はいはい、お任せ下さい」
「不本意だが仕方あるまい」
「じゃあ、物陰から見守ってますね」
「今日は女性で居て下さいね、司馬懿殿」
「っ、ま…待て、まだ何も心の準備とか」
「大丈夫大丈夫。どうせ曹丕殿に食べられちゃうから」
「郭嘉殿っ!」
「ほら、来たみたいだよ?頑張ってね?」
皆が隣の部屋に隠れ、左近と二人になり部屋に残った。
扉が開く音がして咄嗟に左近の背に隠れ、目を瞑る。
靴音が二人分聞こえてきて、子桓様と三成の声も聞こえた。
「お前の事を二千年前から慕い、ずっとお前の傍にいた人だ」
「…仲達以外に、そんな奴が居たか?」
「左近」
「ああ、殿。おかえりなさい。俺の背中にいますよ、彼女」
「彼女?」
左近が振り返り、大丈夫ですよ、と一言私に言った。
私の肩を掴み、左近の前に立たされる。
「さて、誰でしょう?」
「……。」
「ほぅ…」
三成と左近が目配せをして、曹丕様と私から離れた。
眉間に皺を寄せ、私をまじまじと間近で見る子桓様が近い。
「失礼。お初にお目にかかる…のだろうか。よければ、名前を聞かせてくれるか?」
「っ…」
「かかったな曹丕」
「サプライズ成功ですね!」
「何?」
「子桓様…、私です」
「…!まさか、仲達なのか?!」
目を見開き、子桓様が私を引き寄せる。
もう一度まじまじと間近で見られて、尚のこと恥ずかしい。
「どういう事か説明しろ」
三成に詰め寄り、子桓様が私の手を離さない。
結局、別室に控えていた皆も出てきて漸く事のあらましを説明する事になった。