其れが至極当然のように、子桓様に抱かれた。
夜毎に行為に慣れる体ではあったが、気恥ずかしいのは初夜からずっと変わらなかった。
其れだけはどうしても慣れない。
子桓様の声が、指が肌に触れるだけで全身がぞくぞくと震えた。
子桓様の精を体内に吐き出され、股を伝う。
以前は、女で在れたなら…と考えていた。
子桓様が『仲達のままでいい』と仰ったので私は私のままで居る事にした。
私は心底年下のこの人に惚れてしまったのだろう。
故に、人で在りたいと強く願うようになった。
子桓様の前でも人の姿で在りたかった。
「…抜くぞ」
耳元で囁かれ頷くと、子桓様が私から引き抜く。
少し寂しく思いながらも、体は脱力して寝台に沈んだ。
隣に子桓様も横たわる。
「…仲達」
「はい」
生理的な涙が頬を伝い、子桓様が其れに舌をはわせる。
ぞくっとする舌の感触に目を閉じた。
「私は…お前が傍に居てくれるだけでいい…」
「……。」
「翼が見たい。見せてくれるか?」
「御命令であれば」
子桓様に対して身を起こし、人の姿を解いた。
黒き翼と尾を持ち、角と爪が鋭利に光る。
角や爪で子桓様を傷付けたくなくて距離を取った。
「…。」
「どうした?」
「…傷付けます。だから嫌なのです」
「構わぬ」
子桓様の裏表のない笑みに戸惑っていると、手を差し伸べられた。
「おいで、仲達」
「…子桓様」
結局、この人の笑みには適わず。
抱きすくめられるように胸に埋まった。
子桓様が翼に触れ、指でなぞっていく。
背中の根元に手をかけたかと思うと、まるで翼を引き千切るかのように唐突に引っ張った。
咄嗟の激痛に声も出ず、目を見開いた。
「…っ!」
「是れだけでその反応だと言うのに、お前は私に是れを斬り落とせと申すか」
子桓様は試したのだろう。
直ぐに引っ張る事を止め一言謝罪すると、私をあやすように横たえ背中を擦った。
「…それは…」
「お前が死んだら、私も死ぬ」
「え?」
「良いな」
「良くないです」
顔を上げて見上げれば、子桓様は至極真剣な眼差しを私に向けていた。
一臣下の生死に付き合うと言う我が主の発言は臣下としては聞き捨てならないが、
情人としては本気でないとしてもこの上なく嬉しかった。
恐らくこの方においては本気なのだろう。
尚更、死ぬ訳にはいかなくなった。
「私がお前なしで生きていける筈がない」
「何です…やたら自信がおありではないですか」
「お前がいない世界など何の価値もない」
「…どうして、其処まで言えるのですか」
「私にはお前しかいない」
「…ぁ」
「お前が良い」
「…子桓様…」
低い声色と言葉に体がぞくぞくと震えた。
子桓様は事も無げに言い切った。
私はこの人のものなのだと改めて思うと、体が熱くなる。
其れに気付かれたのか、子桓様は再び私を押し倒すように上に跨がった。
未だ掻き出されていない子桓様の白濁が股を伝い、脚を伝う。
「…お前は、私を誘うのが上手い」
「誘ってなど」
「違うと申すか。欲しいのだろう?」
そう子桓様に躾られているのだから、その言葉に抗える筈がなかった。
だがこの姿であるが故に、爪や角で傷付けてしまう事を私が極端に嫌がった。
子桓様の言葉も聞かず人の姿に戻ると、少し淋しそうな顔をした後、私を寝台に横たえた。
「…もう一度、と思ったのだが。流石に情事を覗き見られているのは気分が悪い」
「…?」
「其処にいるのだろう」
子桓様が私から離れ、窓辺に立った。
格子を上げると、窓枠に腰を下ろし格子に背を向けた天使が見えた。
「…っ!?」
「いつから、見ていた?」
「見せつけていた、の間違いではないのですか?公子」
冷めた眼差しで子桓様を見た師は私を見つけ歩み寄る。
子桓様に許されて格子を潜る師に、
どうしたらいいのか流石に頭が回らず寝台の帷を下ろし、
掛布にくるまり背を向ける事で師の視線から逃げた。
「…無駄ですよ父上。初めから全て見ていました」
格子を下ろし、子桓様が私の前に座る。
帷を上げて寝台に乗った師が背に這い寄る。
返り見れば師は人の姿をしていた。
「…何故、此処に」
「私がお二人の仲を全く知らぬとでもお思いか?
父上のお帰りが遅いので、公子の元であろうと思い立った次第です」
「っ…」
「私とて察していたつもりですが、覗き見るつもりは御座いませんでした。お許しを」
羞恥心に負け、縋るように子桓様の胸に埋まり俯けば、師は剥き出しの私の肩に口付けを落とした。
この子は何処までも知ってしまったのだろう。
普通ならば軽蔑、嫌悪するであろうに、この子はむしろ必要以上に私に触れたがる。
嫉妬でもしているように見えた。
子桓様が小さく舌打ちしたのが聞こえる。
「仲達、良い機会だ。師に話せ。どうせ話していないのだろう」
「何、を」
「…人になるのですか、父上」
いつかは話すつもりだったが、思い返せば師には何も話していなかった。
恐らく子桓様との会話を聞いたのだろう。
淋しそうな顔をして、師は私の背中に額をつける。
「…私は、人が嫌いです。父上に触れる者、皆…私の敵です」
「大した宣戦布告ではないか、師」
「…ええ、貴方様なんて大嫌いです」
「師っ」
私を挟んで今にも口論が始まりそうな雰囲気に、師を諫めて子桓様に頭を下げた。
別に怒ってはいない、と子桓様は言う。
大人しく師が私の肩口に埋まる。
「…ずっと見ていましたよ、父上」
「…師?」
「貴方様が、その人を選んだのですか?」
「……、私は子桓様が良い…」
「…なれば良いのです。貴方様が選んだ方なれば」
師が悲しく笑い、子桓様が私の額に唇を寄せた。
子桓様の口付けに目を閉じる。
振り返り師に向き直ると、師は私の手の爪先に口付ける。
子桓様が後ろから私の顎を掴み、私に頬を添えるように師に向いた。
「仲達は私が貰い受ける」
「許可した覚えは御座いませんが」
「先程の会話は何だ」
「父上は、赦したのです」
直ぐ真横で繰り広げられる口論とも喧嘩とも言えぬ、
子桓様と師の子供のような言い争いに溜め息を吐きつつ、
それとなく耳を傾けながら二人の顔色を窺った。
「私は赦さぬと申すか」
「貴方様は奪うばかりだ」
「私を憎んでいるのか?」
「…憎んではいません。貴方様が居らねば今の父上は此処に無い」
「…正直に仲達に言ったらどうだ。
鈍感な仲達には気付かれておらぬだろうが私には手に取るように解る」
子桓様が眉間に皺を寄せ声色低く語り、
師は忌々しげに一瞥したが何故かその後の言葉を続けなかった。
何かを思い悩んでいるように見える。
心配になり、師の頬に触れ顔色を覗き見た。
「師?」
「…父上」
「どうした」
「仲達、気付かぬお前も相当だと思うが」
「…?」
子桓様が吐き捨てるように溜め息を吐いた。
師は未だに何かを思い悩んでいるように見える。
「父上、決して私を嫌わないで居てくれますか…?」
珍しく弱気な師が私に頭を下げた。
頷きながらも何か深刻な話なのだろうかと不安げに師を見つめる。
「言えないのならば、私が言うが」
「…嫌です。貴方様は黙っていて下さい」
「師、何だと言うのだ」
「言います。…父上、貴方をお慕いしています」
「?いや、知っているが」
「…ですから」
「ふ、仲達ならそう言うと思った」
何故か溜め息を吐いて肩を落とす師に、子桓様が珍しく笑い続けている。
笑いながら、私に肩を寄せた。
「仲達、家族としてでなく、と言えば解るか?」
「!」
「親愛ではない。恋慕だ。私がお前に抱くように師もお前を想っている」
「…それは」
師の言葉の意味を漸く理解した。
幼い頃から私を慕っているのは解っていたが、
まさかそのように想われていたとは気が付かなかった。
師が肩を落として話す。
「気付かれてはいけない、とずっと隠してきました。想うだけで私は幸せだったのです」
「…私は」
「知っています。貴方は曹丕様のもの。
貴方が悪魔に堕ちても私は貴方への想いを消せませんでした。
ただ、悪魔である最後の夜夜に…貴方に私の気持ちを伝えたかったのです」
叶わない想いなのは解っています、と師は淋しそうに笑う。
子にそのように想われる親などいるのだろうか。
何とも言えない複雑な気持ちが混ざり合う。
「人になれば、貴方がもっと遠くに行ってしまう気がして…。
何もかも曹丕殿のものとなる前に、お話ししたかったのです」
「別に、何処にも行かぬわ」
「私がすっかり悪者だな」
世界が終わるかのような絶望めいた表情に、大袈裟だと思いながらも何処か胸が痛んだ。
もしかしたら、この子は子桓様よりもずっと前から私の事を想っていたのかもしれない。
頭を撫でて胸に埋めると、師が私と子桓様を見上げた。
「最後の夜なのでしょう。曹丕殿、並びに父上にお願いがございます」
「願いによるな」
「…せめて、父上に触れさせては下さいませんか」
「…?」
「お相手は曹丕殿で構いません。貴方を見ていたい」
「…!それは…」
「随分と悪趣味だな」
師の願いは私にとっては余りにも辱めに近く、子桓様も一度眉間に皺を寄せた。
子桓様が師の顎を掴む。
「父親の辱めを見たいと申すか、師」
「辱めとは思いません。貴方様に抱かれる父上はただひたすらに美しいと、そう思ったのです」
「そのような事…」
「私が嫌ならば、貴方の視界を塞ぎましょう」
「…嫌ではない。お前は私の子だ」
布で視界を塞ごうとした師の手を避けて、目を背けた。
どうしたら良いのか困惑していると、言葉よりも先に子桓様が私を師の胸に埋めた。
背中にのし掛かるように子桓様が私の背後に回る。
「っ…公子?」
「許す。私はお前から父親を奪った。
お前が仲達を赦すなら、その眼で仲達を見ているが良い」
「はっ…」
「嫌です子桓様…子供の前でなど」
「…許せ仲達。私も仲達の事で師に頼みがある」
「頼み?私に?」
師の首元に埋まりながら、子桓様が夜着の隙間から私に触れているのが解った。
絆された体に子桓様の指が中に入ってくる。
咄嗟に師の襟元を掴み、声を押し殺すその様を師が私の頬に触れて見つめていた。
「私は仲達を人に堕とす約束をした。私が…翼を断ち斬るその時は」
「…左様なれば、言われずとも」
「察しが良いな」
「はい…父上を決して死なせはしません」
「もし仲達が命を落としたら私を殺せ。お前にはその権利がある」
師が深く頷き、子桓様が師の頭を撫でた。
その光景に安堵した。
耳元で師に掴まれ、と子桓様に囁かれた後、後ろからゆっくりと中に入ってくる圧迫感を感じた。
「っ…く…!」
「ふ、仲達…息を吐け」
促されるままに息を吐くと、一気に奥まで貫かれる。
師の胸に埋まりながら子桓様を受け入れるこの行為に背徳感と羞恥心が勝り、
眼を開ける事が出来なかった。
私の腹の辺りに当たる其れが師のものであるのだろうと察しつつも、
私からは何もする事が出来ない。
してはいけないと思った。
瞼を開いても、生理的な涙で視界がぼやける。
子桓様に抱かれながら、師に抱き締められている内は声を抑えた。
突き上げられる行為に其れもままならず、果てた。
中に注がれる感覚に体が震える。
ゆっくりと引き抜かれると、滑りとした感覚が股を伝った。
快楽の余韻に惚けていると、師が唇を食むように口付けてくる。
其れを見て、子桓様が制するように私の顔を引き寄せた唇を合わせた。
唇を離した後、師が私を見つめて頬に触れる。
「…父上」
「ぅん……?」
「私と公子と、どちらが大切ですか?」
師の言葉に、子桓様も反応して私を見た。
比べられる訳がない。
主従である以上に愛している子桓様と、
家族として愛している師に、
『どちらか』なんて選べる筈がなかった。
困惑し口を噤んでいると、子桓様が私を引き寄せた。
「余り仲達を苛めてくれるな、師」
「そうですね…申し訳ありません父上」
子桓様が師を小突き、師が私に頭を下げた。
疲労した体を子桓様が引き寄せた。