黒き翼を持ったその悪魔は、私からの口付けを畏れながらも甘んじて受け入れた。
初めての口付けは柔らかく、
触れるだけと思っていたのにいつの間にか貪るように深く口付けていた。
是れは…嵌る。
鳥籠の格子に押しつけ、漸く唇を離すととろんとした瞳で惚けている。
無意識に誘われている気すらする。
「…お上手、な…こと」
うっとりとした溜め息を吐き、
濡れた唇と先の口付けで乱れた服の隙間から覗く白い肌が十分に私を誘った。
今まで十二分に堪えてきた。
仲達が私のものとなるのなら、心と体の隅々まで私のものとしたい。
誰にも渡さない。
誰にも触れさせたくない。
己の独占欲と悋気の自覚はある。
だがしかし、床に滲む血を見れば流石に理性が勝つ。
仲達を引き寄せ抱き締めると、翼や角を消し人の形に戻った。
苦悶の表情と冷汗を見れば、如何に重傷なのかは容易に想像が出来る。
根元から羽根を断ち斬られ、新しく翼が生えたとて苦痛には変わりはない。
天使が悪魔になったとて、仲達に変わりはない。
背中に矢傷を確認し、霞んだ瞳の仲達を抱き上げ医者の元に向かった。
絶対に死なせはしない。
私の部屋。
処置を終えた仲達を寝台に寝かせ、隣に座った。
今朝の騒動で始まった一日は、既に終わりを迎えようとしていた。
煌々とした月が格子越しに私と仲達を照らしている。
月が明るいので、点けていた灯りは消した。
仲達の傍に居ただけで、何故か酷く疲弊したような気がする。
虫の息の仲達であったが、持ち前の生命力の高さからなのか、
あんなに死にかけていたと言うのに命に別状はなかった。
父に報告をした際、夏侯惇から何者かが侵入した痕跡があったと聞いた。
やはり蜀の者だった。
父の配下が刺客を探していると言う。
こういう事は以前にもあった話らしく、故にあの鳥籠に閉じ込めているらしい。
血塗れの仲達の有り様を見た私は酷く冷静だったが、沸々とした怒りを隠しもしなかった。
安易に鍵を開けて去った己に腹が立つ。
内々の者達で鳥籠の血糊を片付ける。
本当は感情のままに破壊しても良かった。
だが、是れが少しでも仲達を護っていると言うのなら尚更に破壊する事は出来なかった。
仲達を護る為、と言う父の言い訳は在る意味事実であり、仲達を試す以前の問題だった。
鳥籠に慣らされた鳥と言うのは、外では独りで生きていけぬと言う。
僅かに長い睫毛が動く。
意識が戻ったらしく、頬に触れた私に気付くと柔らかく笑う。
薄く瞳を開けた仲達の傍に手を置き、
口付けるとやはりがくんと何かに吸われるかのように力が無くなる。
本能からか、私の精気を無意識に口付けで奪っているのだろう。
「…成る程。通りで先程から…」
「此処は…?子桓、さま…?」
「生きろ。私の命を分けてやる。死ぬ事は許さぬ」
再び口付けて、舌を絡めて寝台に押し倒す。
漸く己が何をしているのか仲達自身が気付き、
抵抗したがその腕を抑えつけて更に深く甘く口付ける。
もう力は吸われなくなった。仲達が意識して止めたのだろう。
抵抗の為に力が込められていた手は緩く解け、指を絡めて私と手を繋ぐ。
漸く唇を離すと、銀糸が伝った。
仲達に精気が戻り幾分か持ち直したように見える。
代償に此方は貧血のような眩暈がして、仲達の胸に埋まった。
「…馬鹿な人。私が止めなかったら…死ぬ気ですか」
「ふ、いつもの悪態を吐くくらいには回復したか 」
眩暈に仲達の横に倒れ、溜め息を吐いた。
仲達が私の方を向く。
「…無理するな。背を傷めている」
「貴方様こそ…」
馬鹿な方、と繰り返し仲達は言い私を胸に抱いた。
その手は少し震えていた。
見れば包帯が胸に巻かれている。
仲達の白檀と、少し汗の匂いがする。
抱きたい。
犯したい。
仲達の全て、私のものとしたい。
心はきっと手に入れた。
体だけ、まだ手に入れていない。
幾夜も堪えてきたが、今夜はもう無理だ。
鳥籠から出したのは私。
閉じこめられた天使は、私のせいで悪魔となった。
どうか私なしには生きていけぬ、とその口から言ってはくれまいか。
仲達には嫌われたくない。
だが正直、これ以上は耐えきれそうにない。
これ以上は引き返せそうにもない。
見上げた白い鎖骨を噛み、首筋を吸った。
仲達は驚き、私を見たが目を合わせずそのまま包帯をずらし胸を吸った。
「っ、子桓様…?」
「もう、無理だ」
「?…何がです?」
自分が何をされるのか未だ解っていない仲達に、説明しようか迷いながら再び首筋を吸った。
包帯から晒した胸を触り弄れば、赤面して目を閉じる。
「っ…、私に、女になれと…?」
「今、お前が女になるなら私はお前を孕ませるぞ」
「え…?」
胸を吸いながら、仲達の下半身に手を滑らせた。
本気だ。
仲達が女ならば孕ませるように抱く。
そして私のものとなればいい。
治療後だった為か、仲達は包帯と上衣しか身につけていない。
そのまま股に手をやり、仲達のを握り締めた。
「…お前を抱く。このままで良い。仲達のまま抱かせろ」
「私のまま…?」
「そうだ」
布団を剥いだ。
やはり下衣は履いていない。
そのまま仲達のを擦りながら、胸や首筋を吸った。
白く透き通るような肌は滑らかで、男である事を忘れる。
行為に夢中になっていて気付くのが遅れたが、仲達はあれから一言も発していない。
それが気になり、行為を止め仲達の顔の横まで体を起こした。
見れば仲達は口を掌で抑えて、強く目を瞑っている。
その目尻は既に濡れていて、今もぽろぽろと涙が溢れていた。
私は仲達の意思を聞かなかった。
己の欲望のままに、体を暴いた。
「…怖い、か?」
「あ…」
「…お前には嫌われたくない。もう止めよう」
怖いに決まっている。
すまなかった、と仲達の上衣を正して紐を結んだ。
最低だな、私は。
肉欲に任せて抱くなど、是れでは凌辱と言われても仕方ない。
そんな風に扱いたい訳ではない。
自己嫌悪に陥り、仲達に背を向け寝台に座った。
思えば怪我人に私は何をしているのだ。
背中に重みを感じた。
仲達が私の背中を抱き締めていた。
「仲達?」
「…もう、大丈夫です」
「無理するな」
「少し、驚いただけです…」
「…仲達」
振り向いて、頬に触れた。
仲達が眼を擦っているのを見て、頬に伝う雫を舐めた。
びくっと小さく震えた仲達を、柔らかく抱き締めた。
強く抱き締めては、背の傷に響く。
「…して、下さい」
「良いのか」
「初めて…なのです。こういう事。私はどうしたら良いのですか」
「その身…私に、任せてくれるか?」
「…子桓様なれば…」
未だ怖いのだろう。
私と視線を合わせない。
先ずは目に見える不安を取り除いてやらねば。
しかし、仲達が初めてで安堵した。
この見目ならば或いは、とも思ったのだが。
「仲達」
「はい…」
「仲達」
口付けも初めてだったのだろうか。
字を呼び、唇に触れるだけの口付けを幾度か交わした。
口付けを交わしながら髪や背中を撫で、成る可く仲達と視線を合わせた。
「子桓様…」
幾分か仲達の肩の力が抜けたようだ。
漸く私を見てくれた。
仲達から擦り寄るように、私に唇を合わせた。
触れるだけだったが、仲達からの口付けが嬉しく思わず強く抱き締める。
「痛っ…」
「ああ、すまぬ」
「…大丈夫です」
恋慕の想いは強くなり、私の中で仲達の存在は日増しに大きくなっていった。
私の立場や想いを利用しているのかもしれない、と言う考えもない訳ではなかった。
だが、其れでも構わぬと思えた。
一目惚れ注意、だ。
惚れた方が負けに決まってる。
厄介な者に惚れてしまったものだ。
「惚れたら、負け」
「?」
「ふ、独り言だ」
仲達を引き寄せ、再び下半身に手をやった。
前ではなく、後ろに手を這わすと仲達が不安そうに見上げる。
「…初めて、か」
「はい…」
私も男相手は初めてだが、指など入る筈もない。
このままでは仲達の体を傷付ける。
近くにあった香油を引き寄せ、仲達の後ろに垂らした。
「…っ?」
「痛ければ直ぐに言え」
「ぁ…!」
香油を指に滑らせ、中に指を入れた。
体に力が入っている為、なかなか奥には入らない。
「っふ、ぅ…」
「痛むか?」
「大丈夫、です」
痛くない訳がない。
仲達が縋るように私の胸に埋まる。
胸元の私の服を握り締め、耐えるような仕草を見て額に口付けた。
大丈夫、と言いながらも目尻には雫が溢れている。
髪や背中を撫でると少々力が抜けたので、機を見て指を増やした。
「っ…!」
「…止めても良いのだぞ」
「嫌、です…続けて下さ、い」
頬を滴る雫に唇を寄せながら、指を動かすと大分柔らかく解れたように思う。
指の挿入が容易になった。
そろそろ頃合いだろう。
「まだ、怖いか?」
「…少しだけ…」
「…漸く、私に心を開いてくれたな」
強がり続けて、大丈夫だとと繰り返す仲達が、
初めて自分の気持ちを私に伝えてくれたように思う。
己のものを出し仲達に触れさせた。
「…今まで、ずっと我慢していたのですか?」
「…私のものになる覚悟は、出来ているか」
「…はい」
「怖いか?」
「はい…」
背中が痛まぬようにと余分に敷布を敷き、頭を支えて仲達を寝かせた。
脚を広げて、己を当てがう。
仲達が私の服の裾を握る。
その手に気付き、指を絡めて握った。
額に口付け、腰を押さえてゆっくりと仲達の中に挿入していく。
「っ、ぁ…!」
「きつい、な…」
内壁が締め付けるようにきつい。
仲達は息を止めているのか、がくがくと震えている。
呼吸出来るよう、口付けて促すと漸く仲達は息を吐いた。
其れに合わせるように深く奥に腰を進めた。
「っ、う…っ」
「性急すぎたか」
「いいえ…じれったいのは、嫌…です」
「なれば」
腰を抱えて、一気に最奥に貫いた。
仰け反るように顔を天に向ける仲達の額を撫で、顔を寄せた。
正直きつい。だが仲達と漸く繋がる事が出来た。
そう思うと、性急に動かしたいが未だ仲達が慣れていない。
胸で荒く息をする仲達は、ぽろぽろと涙を溢して苦痛に耐えている。
苦痛でない筈がない。
私に縋るように、手を伸ばし口付けを求めた。
「子桓さ、ま…」
私の悪魔。
私のものになる為に、私の元へ墜ちてきた天使。
人の姿のまま、仲達は人である私を受け入れた。
接合部が血濡れになっているのは…気付いている。
赤い血が、仲達の脚を伝って白い敷布に滲んでいた。
「私の仲達」
「…は、い…」
「愛している」
胸が痛むが、このままでは仲達が辛いだけだ。
意を決して仲達の腰を持ち、挿入を繰り返し奥へ突き上げた。
突き上げる度に悲鳴に近い声が聞こえ、唇を噛み締めて堪えているのが見えた。
仲達のを掴み、扱くと挿入が楽になり中は収縮を繰り返すようになった。
苦痛が交じった声に、少しずつ色が交じり、瞳が惚けている。
漸く快楽を感じるようになったのか、仲達の体は小さく震えながらも私を締め付けていた。
少し開けた口から八重歯が見え、赤い舌が濡れて私を誘うようだ。
妖しく、艶めかしい。
仲達を果てさせるように扱きながら、幾度か突き上げた。
「…っ?ふ、っぁ…!」
「ん?」
「そこ、嫌…で、す」
「ああ、此処が良いのだな?」
「違っ…、や…!」
弱い場所を見つけた。
其処ばかり突くと仲達は嫌と言いながら私の手の中に果てて、強く締め付けた。
長い時間堪えていた私も限界で、余韻に震える仲達の中に果てた。
仲達の肩口に埋まり、息を整えようとするもなかなか余韻が引かず、鼓動が五月蝿い程に高鳴っていた。
「すまぬ…中に…」
「いいの…です」
「泣いて、いるのか」
「…解り、ません…。ただ…漸く子桓様のものになれた気が…して」
私に擦り寄り、頬に触れるだけの口付けを受けた。
仲達の瞳は涙で潤んでいる。
「今なら…貴方様に、お伝えしても宜しい、でしょうか」
「何をだ?」
「私からも…貴方様に告白したい…」
「言ってみろ」
仲達の頬に指を添え、私と視線を合わせるように見上げさせた。
未だ快楽の余韻が残るその瞳のまま、仲達は私の首に腕を回し口付けた。
「我が君」
仲達が唇を少しだけ離して、囁くように話す。
「お慕いしております…子桓様」
今一度、唇を合わせながら仲達はそう言った。