我が君。
そう呼ぶと子桓様は一頻りに私を抱き寄せた。
子桓様が私の体をぬるま湯で浸した布巾で拭いていく。
夜も更けた月が明るい。
子桓様に促されるまま、上衣を羽織るように寝台に横になっていたが、
そろそろ人の姿を保つのも疲れる。
乱れた包帯を解いて、新しく背中に包帯を巻いている子桓様を見つめた。
「ん?」
「…そろそろ」
「辛いか。良いぞ出しても。人払いはしてある」
「はい」
黒き翼と角を解放した。
文字通り羽根を伸ばしていると、子桓様が後ろに座る。
「?」
「ほぅ、天使の姿では無かった筈だが」
「っ!」
すらりと長い尾が生えている事に今更ながら気付いた。
子桓様に根元からなぞられてくすぐったい。
「嫌、です」
「…成る程、此処も弱いか」
笑みを浮かべる子桓様に戸惑いつつ、尾を手から逃がした。
子桓様と呼ぶのにも随分と慣れた。
我が君と呼んだ時、直ぐに顔を逸らしてしまった為、子桓様の顔を見れなかったのが残念だ。
背伸びをするように羽根を伸ばした後、先程のお返しとばかりに子桓様を押し倒す。
背後の月が子桓様のお顔を照らす。
「どうした」
「悪魔に惚れた事、後悔なさらぬのですか」
「しないな」
「もし、私が貴方様の命を奪うような魔物だとしたら如何します」
「お前は違うのだろう?」
「…暢気な方ですね」
無意識とは言え、私は貴方から命を奪いかけたと言うのに。
上衣を羽織っただけの子桓様の胸に手を置くと、手を取られ指先に口付けを受けた。
爪が長いので傷付けぬよう手を引こうとしたのだが、
何故か子桓様の仕草に見入ってしまう。
片手が伸び、唇をなぞると私をあやすように頬を撫でられる。
「良かった、のか?」
「何の話です?」
押し倒したのは私であるのに、何故子桓様が優位になっているのだろうか。
それと先程から、股に何か当たる。
「…血」
「…っ、ん…」
「本当に初めて、だったのだな」
いつの間にか腰に回されていた手はそのままするすると尾をなぞり、私の中に指を挿入していく。
掻き回すように一度深く奥に入れ、引き抜くと白濁が子桓様の指に付着していた。
羞恥心が勝り、顔を逸らす。
「何を…」
「…いや」
「…もう一度、したいのですか?」
「先程も言ったが初めての相手に無体はせぬと」
「もう初めてではありませぬ」
貴方様に奪われました、そう言い子桓様に詰め寄ると苦笑し、体を起こした。
股に当たるものを考えれば、また我慢しているのだろうと直ぐ解る。
「…また我慢されているのでしょう?」
「お前が無自覚に誘うのが悪い」
「誘ってませんが」
「これだ」
やれやれと溜め息混じりに子桓様は私の首筋に頬を寄せた。
子桓様の心音が聞こえる。
「緊張、していますか?」
「動揺している」
「子桓様が?」
「また、しても良いのなら…お前を抱く」
吐いた溜息は何処か色を含んでいて、耳元で響く声に体がぞくぞくと震えた。
答えない私に、仲達、と耳元で字を囁かれ躊躇しながらも頷く事で了承した。
ただ。
「…爪」
「何だ」
「この姿では…貴方様を傷付けてしまいます」
「気になるか」
「傷付けたくありません」
「…仕方あるまい。なれば」
子桓様が己の腰布を引き、私の手首を胸の前で結んだ。
縛ってから指先に口付けを落とす。
「許せ」
「っ…、ふ…」
「まだ…入りそうだな」
私を胸に埋めて、再び後ろに指を入れられる。
またあの痛みに堪えねばならぬのか、と思いはしたが先程よりもだいぶ慣れている。
むしろ、痛みよりも。
「ぁ…」
「感じるようになったか?」
「…っ」
「ふ、苦痛でないのならその方が良い」
翼と尾の方が感情に素直なのか、空いた片手で子桓様が背中を摩る。
矢傷が今朝よりは大分癒えている。
「…お前を傷付けた者」
「ぅあ…!」
「赦せぬな」
中に入れられる指を増やされると、既に在る子桓様の白濁が水音を立てる。
少しだけ生じる痛みに、子桓様の胸元を掴んだ。
沸々と感じる怒気に目を閉じたが、
中を掻き回されるような感覚は堪えていても生理的に涙が止まらない。
其れに気付いた子桓様が私の髪を撫でた。
顎を掴まれ、まるで捕食されるように首筋を噛まれる。
強く吸われ、痕が残る。
指を抜かれ、当てがわれた子桓様のは再び屹立していた。
腰を持ち上げられ膝立ちを強要される。
「…本当は押し倒したいのだが」
「あ…くっ…!」
腰を掴まれ、徐々に中に挿入されていく。
奥に進む度に中にある子桓様の白濁が股を伝い溢れた。
先程からやたら翼や背に触れられる。
押し倒さないのは、翼や背に対する配慮だろう。
全て言葉にせずとも仕草で解った。
「…仲達」
「は…、い…」
「暫し、見とれていたい」
「?」
「許せよ」
「…!」
月を背にした私と繋がり膝に乗せたまま、子桓様だけが寝台に横になった。
支えていた膝が崩れて、奥深くに挿入される。
咄嗟の事に羽根を広げ、尾を立てた。
「良い眺めだ」
「…?」
子桓様が私の腰を撫で、恍惚な瞳で見つめている。
腰布で縛られた私の手を慈しむように唇を寄せる。
ふ、と笑うその表情に子供だった面影はなくすっかり成人の男の顔をしていた。
「お前を想った夜夜は数え切れない」
「ぁ、子桓、さ…っ」
「…ずっと、お前が欲しかったのだ」
漸く手に入れた、と子桓様は言う。
私に言葉を紡ぎながらも、子桓様は下から突き上げるのを止めない。
私はすっかり絆されてしまったのか、後ろだけでも感じるようになっていた。
「っく、ぅ…」
「…愛いな、仲達」
「ぁ…!」
「達せ。私もそろそろ…」
中に注がれる心地がしたと同時に果てた。
がくんと力が抜けて、背中から倒れそうになるのを子桓様が起き上がり支えた。
大丈夫、と伝えられたかどうか解らない。
最後に子桓様の心配した顔を見て意識を手放した。
ぼんやりとした明かりに薄目を開けた。
同時に体全体に感じる鈍痛に眩暈すら覚える。
仄かに感じる優しい温かみに目を開けた。
体は既に清められていて、夜着が着せられている。
手首に巻かれていた腰布の痕を案じてか、冷やした布を当てがわれていた。
まるで、何もなかったかのような。
「…すまなかったな」
「…?」
子桓様の声がして、見上げれば私は胸に抱き寄せられていた。
温かみの原因は子桓様だった。
「かなり無理をさせた筈だ。暫くは動けまい」
「あ…」
自重すべきだった、と子桓様は落胆しているが、
その一言で全てを思い出し顔を上げられない。
恥ずかしくて顔を見れない。
子桓様に言われて気付いたが、体力を相当磨耗したらしく人の姿に戻るのが難しい。
「…どうしましょう…」
「私が傍に居る」
「…鳥籠に…入れてしまえばいいでしょう?」
「お前が嫌う場所に、独りきりで閉じ込めたくはない」
「……」
「気に病むな。私のせいだ」
人でない事で、貴方に迷惑がかかる。
この爪では…貴方様に腕を回す事すら出来ない。
「…子桓様…」
「何だ」
私の髪を撫でている子桓様を見上げた。
何故に私は人ではないのだろう。
「私は子桓様のものですね…?」
「ああ」
貴方様に堕ちたとて、私は人ではない。
貴方様の隣には立てていない。
「私の命は貴方様のもの…」
「先程から何だ?」
人になりたい。
「……どうかこの翼を」
「?」
「爪を、角を…全て斬り捨てて下さいませんか」
「何を言う」
「…私は」
貴方様と生きたい。
人として、時を歩み貴方様と生きたい。
「…疲れているな。もう眠れ」
「……」
「私が傍に居る。おやすみ」
子桓様に溜め息を吐かれ、それ以上は口を噤んだ。