桜桃おうとう 03

宵の口。
寝室に甄が訪れている。

「我が君、今日は何か良い事でもあって?」
「ああ、美しい姫君に出会った」

夕刻に美しい姫君と話をした。
華奢な細い体、纏う白檀の香り、揺れる切れ長の瞳。今でも覚えている。
甄はそれを言うのを解っていたかのように笑う。

「可愛らしい方だったでしょう?」
「爾り。仲達によく似ていた」
「では綺麗な方でしたのね」
「甄の知り合いか?思わず…惚れるところだった。私もまだまだだな…」

甄は笑って、扉に手をかけた。
半分部屋の外に身を乗り出した時、何かに気付いたように微笑み振り返った。

「一日限りのお姫様の魔法は、まだ解けていないようですわ」
「…どういう意味だ?」
「そのお姫様がいらしてますわよ?」
「何?」

甄が扉の半分を開けると、夕刻の姫君が甄の背中に隠れるようにそこに立っていた。
甄は一言姫君の耳元で囁き、身を翻し一礼をする。

「では、私はこれで失礼致しますわ」

甄が姫君の背中を押して、部屋の中に入れた。
姫君は裾に躓いたのか、弾みで私の胸の中におさまった。
甄が扉を閉めていった。

「帰ったのではなかったのか?」

姫君は俯いて何も言わず、私の胸元の服を掴んでいた。

姫君、いや。











「…仲達」

不意に字を呼ばれて、無意識に上を向く。

しまった。

そう思いながら見上げると子桓様は、やはりとでも言うように微笑み私の頬に触れた。
でもこれで良かったのかもしれない。

「…いつから…」
「確信はなかった。そうなのではないか、くらいには思っていた」

いつからお見通しだったのか検討が付かないが、子桓様は私と解ると背中に腕をまわし首元に唇を寄せた。

「白檀の香り、これがずっと気になっていた」

子桓様は、私の肩掛けの白檀の香りに気付いていた。
まじまじと私の顔を見つめているのが解り、視線を反らした。

「綺麗だな仲達」
「やめて下さい…そんな事ないです…」
「しかし、どうしてまたこのような」

子桓様に事の発端を話すと、珍しく声をあげて笑った。
少しだけ腹が立った。

「ふ、桜桃の茎ごときでそんな…仲達、お前は随分と優しいな」
「笑いすぎです…私はそんなこと出来ませぬ」

未だ笑う子桓様にイラッとして拗ねると、悪かったというように抱き寄せられた。

この方の胸に埋まってしまうと、何も言えなくなる。

「しかし好いものを見せて貰った。その姫君と話すことも出来たしな」
「あれは…」
「そういえば、ちょうど先程、甄に桜桃を貰ってな」

私を寝台に座らせ、子桓様が机の上に置いてある桜桃の入った器を取り隣に座った。

「見せてやろうか」

一つ桜桃を摘み、実を食べて茎を口に含む。
程なくして茎は片結びにされ口から出された。

「解せぬ…」
「近ぅ」
「っ…?んぅ…!」

近くへと言われて、子桓様に腕を引っ張られ唇を塞がれた。
ぬるりと桜桃の茎が私の口の中に子桓様の舌と共に挿入される。

「ん、ふ…っ…」

私の口の中で、子桓様が茎を結ぶ。
器用に舌を動かされて腰が抜ける。
子桓様にいいように舌を絡められてすっかり体の力が抜けてしまい、くたりと肩に額を乗せた。

「解ったか?」
「…解り…かねます…」

肩で息をする私に子桓様がまた深く口づけられる。
今度は桜桃の茎はない。

また舌を絡められて、とろける。
子桓様に寝台に押し倒されてなお舌を絡められて、逃げ場がなく苦しい。
涙目になって子桓様の胸元を掴めばようやく解放してくれた。銀糸が伝う。

“桜桃の茎を舌で結べる人は口付けが上手い”

子桓様は正しくそれで…すっかりほだされて体の力が抜ける。
頬には生理的に涙が流れていた。

「…よく似合っている」

子桓様が私の指先に口付けを落とした。
それだけで心臓が煩い。

先程押し倒された時に、下履きがめくれてしまったのか脚が直に晒されていた。
子桓様が触れて、足首から太股を指でなぞる。

「…下、履いていなかったのか」
「っ…下着はちゃんとつけてますもの…」
「私以外には見せるな」

子桓様が外套を外し、床に落とした。











姫君の姿の仲達は何と言うか、いろいろな意味で本当にまずい。
感情が溢れ、愛しく、欲しくて堪らない。

私が口付ければ、仲達は為されるがまま抗う様子は見せない。
むしろ私を求めるように擦り寄るその細い体を引き寄せて、後頭部を支えた。

桜桃の茎を結べないくらい口付けが下手なのかと思えばそうではなく。
私が余りに一方的に口付けるので仲達がほだされて何も出来ないのだろう。

苦しくなれば、仲達は胸元の服を摘む。
それが可愛らしく、実はわざと長く口付けている。

濡れた瞳、ほんのり染まる頬、乱れる黒髪、白檀の香り、服を掴む指、内股に閉じられる脚。

それから、私を呼ぶ吐息まじりの声。

どれを取っても愛しく、いっそ食ろうてしまいたい。



今思えば何故直ぐに気付かなかったのか。

正直、仲達が恋の話をするなど想像だにしなかった。

「夕刻の話の続きだ」
「…?」
「恋とは堕ちるもの、お前が言った言葉だ」

押し倒した体を掬い上げ、私の胸元におさめる。
先程の口付けで力が抜けているのか、私の腕に頭をくたりと乗せて仲達は目を閉じた。

「…貴方様以外、考えられなくなれば策が鈍る。
四六時中、貴方様の事を考えて悩み『主従』であることが絶対的であると…そこは超えてはならぬ一線であると自分に言い聞かせて。
私が私でないこの見た目なら聞けるやもしれぬと…貴方様に馬鹿な事を…」
「何故決め付ける」
「ほんのひと時の戯れとでも想わねば、私は貴方様に…」

言葉に詰まる仲達に先を促す。
仲達、と耳元で囁けばぞくっと体を震わせる。

「…共に堕ちると、言った筈だ」

頬に伝う雫を指で拭い、口付けた。
触れるだけの口付けをして、唇を指でなぞった。
胸に埋める。
仲達は涙を流し、長い睫毛を光らせて私を見つめた。

「お慕いしております…これ以上ない程に」
「もう一度、言ってくれ仲達」
「愛しています…子桓様」

口付けられる。
聞きたかった言葉がようやく本人から聞く事が出来た。

口付けを繰り返し、仲達を寝台に押し倒す。
せっかく綺麗に着せられた服を脱がすのが何だか勿体なくて、下着だけ脱がせ直に触れた。

肩が開け、結われた髪が解かれる。
髪飾りが床に落ちた。

「一夜限りの姫君」

仲達の手を取り口付けた。
ぴくっ、として仲達が私を見上げた。

「姫君の魔法が解ける前に、どうかこの私に貴女を抱かせてくれまいか」

頬に触れた。
潤む瞳、桃色に塗られた目尻が滲む。
柔らかく微笑み、仲達が私の手に口付けた。

「御存分に…我が君」

嗚呼、綺麗だなと…心の中で思った。


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