恋思こいし 01

貴方の事を想うと、居ても立っても居られなかった。

宮中の奥深くにある子桓様の寝室。
私自ら、無理矢理繋いだ躰。
裂けた接合部は血にまみれて、
もはや其れが痛みなのか快楽なのか解らぬまま子桓様の上で腰を揺らした。

中に何度も出される感覚に視界が霞む。
繋がる躰は高熱を放っていて熱い。
自分が快楽を感じているのか、もはやよく解らない。
意識が混濁している子桓様に対し、私が一方的に躰を繋ぎ腰を揺らす。

こんなものは情事とは呼べない。
子桓様の躰を使って自慰をしているようだ。
私の目的は夜這いでも、快楽でもない。

「…私に、うつし…て、ください…私が、貴方の代わりになりますか、ら」
「っ…仲達…」

幾度も幾度も口付けて、
己が壊れそうになるところを子桓様が手を握り締め私の正気を繋ぎ留める。

「…仲達」
「っぁ…くっ…」

幾度目か解らないほど中に注がれる心地に、子桓様の胸にうずくまるように倒れた。
子桓様が触れ、私の背中を抱き締める。

「何て馬鹿な事を…」
「っ…何とでも仰って下さい」
「…馬鹿者め。何の為に私がお前を引き離したと思っている」
「子桓様のお傍に行きたかったのです」
「お前だけは、仲達にだけは、と思っていたのに」

熱に浮かされたお顔で、子桓様が私を抱き締める。

今だけでも、子桓様のお傍に居たい。今だけは、どうか。
何れ迎えが来る。この方から離される。
子桓様の胸にうずくまりながら、体の疼きが収まるのを待った。





子桓様は遠征からの帰還後、感染性の高い熱病にかかっていた。
恐らく戦場に感染源があった筈だが、帰還した今となっては確かな病因は解らない。
敵の策と言う可能性も否定出来ない。

戦疲れから来る疲労だと思い、子桓様は初めは軽く見ていた。
徐々に体温が上がり、いつまでも下がらない熱に子桓様が漸く事態を重く見た。
帰還した兵士の中に数人、
子桓様と同じ症状の者達が居たのでこれ以上感染者を増やさぬよう布告を出して隔離した。

感染性の強い風邪のようなもの、と医師は判断する。
四日以上高熱が続き、熱が引いても七日は隔離せねば体から病因が消えぬと言う。

治る病ではあるが、症状が重ければ死に至るやもしれない。

医師から正式な通達が来るよりも早く、子桓様が私を宮中から屋敷へ引き離した。
絶対的な子桓様の命令として、私は子桓様から離され宮中の出入りを禁じられる。

今更知らぬ顔など出来る訳がない。



宮中へ。
命令に背き屋敷から出ようと意気込んだが、師と昭が宮中に赴こうとする私を頑なに引き止めた。
師と昭にも通達が着ているのだろう。

「退かぬか、師」
「退きません」

正面門を師が剣を持ち、待ち構えていた。
師は首を横に振る。

踵を返し裏門に向かうと昭が同じく剣を携えて道を塞いでいた。

「退け、昭」
「嫌です。つか、駄目です」

背後にも気配を感じて、振り返れば師が立っていた。剣を鞘から抜き、扉の前を制す。

「師、昭、父親の言う事が聞けぬのか」
「父上は主の言う事が聞けないのか」
「…っ」
「曹丕様から直々の御命令です。何卒御容赦下さいますよう」
「父上まで倒れたら、魏が保たない。其れが解らない父上じゃないでしょう?」
「しかし」
「…お許し下さい、父上」

耳元で師の声がしたかと思うと、鈍い音がして意識を失った。





「っ、兄上」
「峰打ちだ。父上を寝室へ」
「はい…」
「…他ならぬ曹丕様の事だ。父上は気が気ではないのだろう」

昭が父上の手を握る。
幾分か窶れた父上を横に抱き上げた。
軽い。
父上から重さを感じなかった。恐らくは、曹丕様の事で食事が喉を通らないのだろう。

曹丕様直々の命令は、父上を曹丕様に触れさせない事だ。
父上の考えは透けて見えるのか、
曹丕様は即座に私と昭を呼び出し扉越しに“仲達を屋敷から出すな”と言った。

今の曹丕様に直に会いに行けば、ほぼ確実に病を貰う。
そして其れを父上は“構わない”と事も無げに言い切る。
これだから、父上は危ういのだ。

「…羨ましいな」
「何です?兄上」
「いや、父上にこうも想われるあの方が…少しばかり妬ましい」
「其れには俺も、同感です」

昭が寝台に寝かせた父上を見つめ溜息を吐く。
峰打ちした部分に水で冷やした布巾を当てる。

「…父上が目を覚ます前に、手足を縛ってしまおうか」
「え?」
「目を覚ましたら、また宮中に向かうと仰るのだろう」

父上の頬を指でなぞった。
行ってほしくはない。
是れは仕方のない事だと自分と昭に言い聞かせて、
父上の両手首と両脚をそれぞれ布で縛り寝台に繋いだ。

「…兄上、いくら何でもやりすぎなんじゃ」
「昭」
「はい」
「父上が宮中に出入りを禁じられているのはあと何日だ」
「あと、七日ですかね。曹丕様は熱が酷いだけであとは安静にしていれば大丈夫だとか」
「…七日か、長いな」

父上が黙って七日も待てる筈がない。
この人がどれだけ曹丕様を愛しているのか、私は知っている。

私とて父上を愛している。
親愛などではなく、恋愛対象としてだ。
この想いは無論父上には伝えていない。
伝わらなくていい。想うだけで幸せだった。

何時だったか。
私は相手を間違えているのだろうな、と昭に話した事があった。
昭はへぇ…と意味深に頷くだけだった。
或いは昭とて、と考えたが其れ以来その話はしていない。

昭は無邪気に笑うが、その笑みには何処か哀愁が混じっていた。
私と同じ顔をする。
夜は特に父上を見張るよう、昭を残し私は部屋を去った。




あれから二日。
父上を半ば監禁するような罪悪感の中、日が過ぎた。

正直兄上はやり過ぎだと思う。
だが、こうでもしないと父上はきっと曹丕様の所へ行く。
其れだけは何としても阻止しなくてはならない。
父上まで病で苦しむ必要はない。

「……。」

父上は食事をしなくなった。
勿論、拘束されている事には気付いている。
あの後、目を覚ました父上が兄上に抗議したが、兄上は父上の話を聞かなかった。
拗ねているのか意地になっているのか、父上はあれから一言も話さないし何も食べない。

「…父上、いい加減…何か食べて下さいよ。兄上は俺が説得しますから」
「………昭」
「!は、はい」

久しぶりに父上の声を聞いた。
名を呼ばれて椅子から立ち上がり、寝台に向かう。

縛られて寝台に横になっている父上は何処か色香を放っていて、
白い脚が目に入って正直俺がやばい。教育上この人は危う過ぎる。


兄上が父上の事を好きなんだって事は知ってたし、本人からも聞かされてた。
それ以前に父上は曹丕様のもので、子供の時から叶わない想いだって解ってた。
勝てない戦はしない。
でも俺だって父上が好きだったんだって、漸く自分で気が付いた。

父上は俺を一度見た後、目を逸らした。
拗ねたような顔で脚を俺の方に寄せた。

「…腰が痛い」
「あっ…すいません」
「足だけでも外してくれぬか」
「それは…」

外してやりたいけど、兄上に何を言われるか解らない。つか怒られる。
俺が躊躇してるのを察したのか、父上は溜息を吐いた。

「…昭が解いてくれるのならば、何か口にする」
「!」
「それならば良いか?」

ああ、しまったと思いながらも父上の条件は願ってもない。
というか、多分この人はそれが狙いだ。
そもそもこの人は策士で、俺なんかが適うわけがない。

「あーもー…。解りました。ただ、約束ですよ。ちゃんと食べて下さいね?」
「…っふ、ありがとう」

父上の脚の布を解く。
白い生脚が目に入って、咄嗟に視線を逸らした。
痕になっていないかと、足首をさする。
肌着だけの父上は些か寒そうで、俺の上着を下半身にかけた。
食事をくれと女中に頼んで、直ぐに父上の元に戻った。

「ちょっと待ってて下さいね」

手首は縛られたままの父上の体を起こし、座らせ水を飲ませた。
手の拘束がやっぱり気になって、手首をさする。

「……手は、離してくれぬのか」
「じゃあ…ひとつ、俺の言うこと聞いてくれませんか?」
「…内容によるが」

父上の食事が届いた。
先に父上の手首の拘束を解いた。
解いてしまえば、父上は俺の条件を絶対にしなくてはいけなくなる。

「…何が望みだ?」

父上は其れを察している。
食事を乗せた盆を置いて、匙を父上に渡した。
俺の望みは本当にささやかな我が儘だ、と思いたい。

食事をする父上を見ながら何処か安堵して、俺も茶を飲んだ。
父上の前なのに、心臓がうるさかった。
ひとりでやきもきしてたら、いつの間にか父上は食事を終えていた。
膳を片して、改めて父上の前に向き直る。

「俺から父上に、おねだりですよ」
「改まって、何だ?」
「俺と、口付けして下さい」
「は?」

父上が如何にも想定外、って顔をしている。
返答も聞かずにゆっくりと寝台に押し倒した。
父上は俺の条件を飲まなければならない。

「…昭?」
「目、瞑って下さいね」

父上の頬と腰に触れ、ゆっくりと唇を合わせた。
父上は一度びくっと体を震えさせたが、抵抗はしなかった。
代わりに敷布を強く握り締めている。

その手を横目で見た。
子供の頃に口付けてくれた戯れのようなものではなく、
俺から舌を絡めて深く口付けた。
父上は蹂躙されるまま、俺の勝手を許していた。

その唇は柔らかくて、薄くて。
少しだけ目を開けた時に見た父上の睫毛がすごく長くて綺麗で。
やっぱり俺は父上が好きなんだって、改めて思った。


漸く離した唇は銀糸が伝っていて、睫毛が濡れて色っぽい。
改めて、父上が綺麗な人だと思った。
曹丕様や兄上が惚れるのも納得がいく。
正直俺も、これ以上手を出さない自信がない。

少し目を開けて俺を見た後、父上の頬を伝う涙に気付いた。
慌てて離れ父上を案じるも、泣かせたのは俺なんだと思うと何も言えなかった。

「…満足か?」

父上が目線を逸らしてぽつりと呟いた。
きっと、この人は曹丕様以外にこの様に触れられた事がないのだろう。
何より、自分の息子に…って考えたら罪悪感が増した。

「父上…」
「うん?」
「俺、父上の事、好きみたいです」
「…そうか」
「…大好きです、父上。好きになって、ごめんなさい」

父上はきっと、息子の俺にこんな事はされたくなかった筈だ。
父上は何も言わなかった。
もしこれが俺だったら、きっと俺も何も言えない。

父上を抱き締めた。
その体は俺よりも小さくて細くて、力を入れたら壊れてしまいそうで不安になる。
いつの間にか俺の方が大きくなってた。
父上はすっぽりと俺の胸の中に埋まる。



何も言わず、静かに目を閉じる父上に上着を着せて横に抱き上げ部屋を出る。
屋敷の裏口に向かった。

「…?昭…?」
「曹丕様の傍までなら、連れて行ってあげます。会うのは駄目です」
「…ん」
「兄上には、内緒ですよ」
「しかし」
「俺は、大切な人には笑ってて欲しいんです」

裏口を開けて屋敷を出る。
宵闇は真っ暗で、街の灯りも消えている。
一人で出歩かせるには余りにも物騒な宵闇だった。

大階段を裏口から上り、門番に見つからないように忍び込んだ。
宮中は子供の時から出入りをしていたので、抜け道なら沢山知ってた。
きっと兄上も知ってる。

「…このような道、私は知らぬ」
「兄上と子供の頃に見つけましてね。この道が父上の執務室に行くのに一番近いんです」
「…そうだったのか」

父上の執務室を足早に通り過ぎる。
奥の門を抜けて、角を曲がったら曹丕様の寝室だ。

門を開ける。
夜間なのもあるが人気がなく、誰もいない。
曹丕様が成る可く誰も近付けるな、と人払いをしていると聞く。
そういや裸足だったな、と思いながら、父上を床に下ろした。
直ぐに部屋に向かおうとする父上の手首を掴んで、今一度忠告した。

「後で迎えに来ます。良いですか、絶対曹丕様の部屋には入っちゃ駄目ですからね」
「…解った」

これは絶対に解っていない。

父上は一言、俺に礼を言って裸足で駆けて行った。
とりあえず兄上を何とかするか、と一度屋敷へ戻るべく踵を返す。

「…めんどくせ」

何で好きになっちゃったんだろう。
叶うはずのない恋をした事に後悔しながら、階段を下った。


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