結局、子桓様に案内されること小一時間。
宮廷内長い階段を下りて、私の邸宅も通り過ぎて城下を下る。
人々が行き交う街の通りを悠々と歩く子桓様の腰の裾を掴み、外套に隠れるようにすり寄って歩いた。
「何か欲しいものは…と、お前に言っても遠慮するだけか?」
「こどもあつかい しないでください」
「ふ、仲達らしい。…ほぅ…これは…。主人…其れをひとつ貰おうか」
通りがかりの店に子桓様が立ち寄り、何か買われたようだった。
今の私の視点からでは何を買われたのかよく見えない。
店の主人はこの方が皇帝であることを知らぬのか、差し障りなく接客をしていた。
「それは?」
「後のお楽しみだ」
買われた何かを大切そうに胸元にしまわれて、私の手を取り歩きはじめた。
視察とばかりにいろいろな場所を歩いて、その後ろについて行った。
端から見たら親子にでも見られているだろうか。
城下からもだいぶ離れて、補整された街道を歩く。
ふと、子桓様が私を見た。
「こうしてみると、この国は平穏なものだな。私の目指す覇道とはまるで縁がない。
だが…この平穏も覇道の一部なのだろう。お前はこの国をどう見る?」
子桓様に問われて、こほんとひとつ咳払いをすると、ふ、と微笑みを向けられた。
「いくさがあれば はせさんじましょう わたしは あなたさまの この ぎ をまもること それがわたしの やくめです」
「仲達の決意、しかと胸に刻もう。その前に元に戻らねばな」
子桓様が立ち止まり、私の顎に手をやり上を向けさせる。
はっ、としてその手から逃れた。
「ここでは だめですっ」
「冗談だ。…このような場所で、私の仲達を晒すような無体はせん」
今やろうとしたくせに、と思いながら拗ねて先に歩くと子桓様に後ろから捕まえられる。
そのまま腕に抱かれた。
「あの?」
「このまま別邸へ行く。城下でゆっくりしている理由も無くなった。少し我慢してくれるな?」
そのまま足早に街道を歩かれた。
人の視線など気にせず、私を抱きかかえてひた走ると閑静な別邸が見えた。
門をくぐり抜け、扉前に下ろされるとついて来るよう手を引かれた。
「…急いで来たのは、お前と早く二人になりたかったからだ。ここは本当に休むだけの邸に過ぎぬ」
子桓様の部屋について、靴を脱がされ寝台に下ろされた。
正直、無事に此処に辿り着いて安堵する。
城下の人間の大半には私の身分と顔が一致されていないようだ。
逆に戦に向かう際の、指揮官である仲達の方が顔を知られているやもしれぬ。
小さな仲達と城下を歩くだけで、歩幅の違いを感じた。
確かに見た目は可愛らしいのだが、本人にとっては何かと不便であろう。
何より、何よりも。
仲達と共に過ごした気がしない。
これでは親子だなと苦笑した。
大人しく座る仲達の頬を撫でた。
柔らかくて、とても小さい。
何だか小動物をあやしているような感覚だ。
やはり、元に戻してやりたい。
元に戻ったら、仲達に伝えたいこともある。
ずっと伝えたい事だ。
「仲達」
改めて、仲達に向き直る。
仲達はきょとんとして首を傾げた。
「今、ここでお前を元に戻そうかと思うのだが、少々難がある」
「なん?」
「聞けば、口付けの長さで戻る大きさも変わるのだと。
一度で全て戻るには、かなりの時間をかけなければならん。
今のお前では酸欠も起こしかねん。それでも耐えられるか」
一度の口付けで戻してやるには、かなり長く口付けなければならない。
この小さな体に、其れが耐えられるかどうか…不安でしかない。
意味が通じたのか、仲達は頬を染めて私にすり寄った。
「…おじょうず…でしょう。しかんさまに おまかせします」
「善処するが…苦しければ私を気にせず、抵抗するなり何なり行動を起こせ」
「…してくださいませ。あなたさまになら なにをされても かまいませぬ」
何より不便で仕方ありません、と仲達は答えた。
よく見れば、体が小さく震えていた。
何をされても構わないと言いながら、本当は怖いのだろう。
そういう黙って無理をするところも含めて、この幼子は司馬仲達に違いなかった。
早く元に。
元に戻るとしたら、この服は邪魔になる。
仲達に了承を得て、一糸纏わぬ姿にさせ寝台に寝かせた。
「服を着ていては、戻るときに苦しくなるだろう…少しの間だけ堪えてくれるな?」
仲達は小さく頷いた。
私も覚悟を決めて仲達の頬に触れると目を瞑られた。
やはり震えている。
せめて怖がらせないように、その小さな手に指を絡めて握り締め、唇を合わせた。
最初は唇に触れるだけ口付けだったが、徐々に仲達の口内に自らの舌を入れ、舌同士の先端だけを絡めさせる。
柔らかい唇が私に蹂躙されて、瞳が濡れているのが見えた。
握った手が少しだけ成長しているのを見て、また唇をはむように長く長く口付けを繰り返す。
「っは…」
少し唇を離せば、艶めいた吐息を漏らす。
徐々に仲達が元に戻っていく。
再び唇を合わせれば、すっかり絆されているのか唇はとろけるように甘い。
「子桓…さ…ま…」
久しい声を聞いた。
仲達の声だ。
「仲達…もう…少し、か」
見慣れた長い睫毛。
艶やかな黒髪。
体が元に戻った事を確認し、唇を離すと仲達はくたりとその体を寝台に沈めた。
何とか苦しませる事なく、元に戻らせることが出来たようだ。
頬を染めて、胸で息をしながら眉を寄せて私を見つめる仲達。
この、艶やかさ。
大半は私のせいだが、どうにもこれを我慢しろというのは据え膳食わねば何とやら、だ。
「これ以上は…絆されて、しまいます…」
仲達が、はっとして自分の敷布を体に巻いた。
私に見られたくないものがあるのだと確信し口角を上げる。
「ふ、絆されるのは嫌か仲達」
「嫌では、ありませんが…その」
視線を逸らし誤魔化すが頬は赤い。
何よりその咄嗟に隠した肌の下が熱くなっていることを知っている。
絡めた白く細い指に、口付けを落とし仲達の頬に触れた。
「口付けに夢中になっていた…このまま…お前を愛でようと思う」
「……。」
「嫌か?私に元の仲達を感じさせてくれ」
「元の私も何も…私は私です」
「なに、ただの確認だ」
縋る敷布を強引に剥がすと、仲達の体はやはり口付けに絆されて熱く火照っていた。
「ちょっ…まっ…」
「待たぬ」
仲達の手を取り、指に口付けた。
存在を確かめるように体の隅から隅まで口付けを落としていく。
「これ以上は…」
「何だ」
「…言いませぬ」
やれ、相変わらず素直ではない。
戻って直ぐに、というのは些か性急すぎたかと仲達に上着をかけて抱き起こした。
元に戻ったら、仲達に渡したいと思っていた物がある。
胸元から箱を取り出した。
先に渡したい。
すっかり体を絆されて、熱く苦しい。
このまま抱かれるのかと思っていたら、子桓様は私に上着をかけて抱き締めた。
髪を撫でられて、その髪にも口付けを落とされる。
先程から何を、と聞けば確認だと言ってまた口付けられる。
寝台に手鏡があったので、其れを手に取り顔を見た。
覚えのある顔だ。
どうやら本当に元に戻れたらしい。
鏡越しに子桓様が私の髪に櫛を通す。
何を?と振り向こうとすると、そのまま、と前を向かせられた。
子桓様が、結った黒髪に簪を挿す。
翡翠のついた青い簪が鏡に映るのが見えた。
「子桓様…?」
「男は好いている者に贈物をするのであろう?」
「私に?」
「お前に似合うと思った」
よし出来た、と言わんばかりに額に口付けられる。
鏡を置いて向き直ると、これまでにないほどに優しく微笑んで私を見つめる。
自分でも胸が高鳴るのが解った。
「…好いた者でなければ、私の術は解けませぬ。子桓様もそうなのでしょう」
「そういう事だ」
そのまま、強く優しい腕に抱き締められる。
子桓様が私の耳元に囁くように艶めいた声で呟いた。
「仲達…お前は、私の大切な宝物だ…」
ああ…もう…この方は。
答える代わりに、首に腕を回して口付けると。
深く深く口付けを返された。
「ん…仲達…」
「私の全てを知っているのは、陛下だけでしょう?」
陛下、という呼称に子桓様が眉を寄せたのが解った。
わざと、だ。
「余り私を煽るな、抑えられなくなる」
「陛下のお好きなように…私を確認して下さるのでしょう…」
「字を」
「私をこんな風にして…酷い方」
「さて、どのように?」
「解っていらっしゃるくせに…」
「解らんな」
字を呼ばれぬ事にお怒りなのか、あからさまに子桓様の機嫌が悪い。
気付けば腰帯で手首を縛られて身動きが取れない。
「陛下…?」
「何だ? 帯をとってくださいませ と言うのは聞かぬぞ」
「では、何と、仰ればよろしいのか」
「…何も。私が満足したら外してやろう」
「…っ、なれば陛下が離して下さるまで私は堪えます」
「なに…手短に済む」
ひとつずつ確認していくように、太腿、膝、爪先に触れていくその仕草に声を堪えて、唇を噛む。
がりっと音がして血が出たらしく、其れを気に病まれたのか子桓様が顔をしかめる。
唇周りの血を舐めとりさらに接吻をし、口内へと舌を侵入させてまた絆される。
すっかりとろけた瞳で解いてほしいと強請れば、子桓様は手首の腰帯を解いた。
「少々遊びが過ぎたようだ」
「あなた様に触れられないのは…嫌です…。先程から口付けばかり…どうしてくれるのです…」
「口付けはこうして、私の証を立てているだけだ。先の……仲達の血は美味であった」
ゆっくりと押し倒され、上着に手をかけられる。
心臓が煩くて何も考えたくない。
「…私を…どう、されるのですか?」
私の問いに、子桓様は私の上着を脱がしながら答えた。
「今日は特別に、優しく抱いてやる」
「いつも…お優しいではないですか…」
ふ…と笑い、一言。
「子桓様…」
ようやく字を呼ぶと子桓様は口では言わぬが嬉しそうに私に擦り寄る。
本当にもう、仕方のない方だ。
「私も、脱がせてくれるな?」
挑発的に見つめられて、その上着に手をかけた。