青天霹靂せいてんのへきれき 02

温かい心地の中、目が覚めた。
仲達の香りがする。

「ん……んっ ちゅーたつ?
そうか そいねをしてもらったのだったな」

昨晩の執務が堪えたのか、仲達は熟睡していて目覚める気配がない。
静かな吐息が聞こえる。

腕が痛いだろうに、ずっと私を抱きしめてくれていたようだった。
愛しさが募る我が側近の髪に口づけ、寝台から下りた。

「ふっ きょうは やすませてやる。
といっても わたしがこのようなすがたでは できるしつむも できないな」

欠伸をして、格子から外を見た。まだまだ朝には早いようだった。

風呂にでも行くか、と着替えを持って部屋を出る。


この体になってから、世界が大きく見える。
仲達ですら、そう思う。

不便極まりない。
何よりもこの小さな体では、あの側近を抱きしめてやれないのが辛い。
確かに、抱きしめられるのも悪くはないのだが。

棚に背が届かないので、適当に脱ぎ散らかし浴室に向かった。












ふと、腕の中のぬくもりが消えたことに気づき目を覚ました。
腕の中に、あの方がいない。

まだ朝日も上りきらないと言うのに何処に行ったのか。

どうにも心配性になってしまったのか、不安で仕方なく。
手短に上着を着て、回廊を歩いた。

ふと人の気配がして、明かりを辿れば脱ぎ散らかした服が見えた。
その服に見覚えがあり、やれやれと安堵し溜息をついた。

浴室の扉を開けると、確かに人の気配がする。
正直湯煙でよく見えない。

濡れぬよう裾を捲くり、浴室に入る。

「子桓様、いらっしゃいますか?」
「む、ちゅーたつか?」

見つけた子桓様の背中は振り返らず、正面を見据えたまま言葉を続けた。

「しばしそこでまて わたしはいま ゆあみをしている そのいみがわかるか」
「…?申し訳ありません。仰る意味がよく…」

何を今更?と考えていると含み笑いが聞こえた。

「おまえは わたしの らたいを みようというのか ちゅーたつ」
「っ、失礼しました」

今更と思う自分にどうかと思いながら、その場を離れる。
その感覚がまず普通ではない事に気付き、頭を冷やした。
あの方は皇帝なのだと、今更ながらに思い出した。

「ちゅーたつ からだをふくものを もってこい」

どうやら入浴が終わったらしく。
直ぐ近くで声がする。

体を包めるくらいの布を持って、膝をつくと子桓様が飛び込んできた。
濡れた体を拭いて差し上げると嬉しそうにお笑いになる。

「小間使いではないのですから…全くもう」
「このすがたで であるくわけにもいくまい」

その通りではあるが。
全くもう、と思いながら体を拭いていく。









「ふむ このすがたで おまえを めでてみるのも いっきょうか」
「日が上がる前から、何を仰っているのです」

仲達の頬を両手で包んだ。
口付けようと、顔を近づけて離れた。

目を閉じた仲達に、ふっと笑う。

「と おもったが きょうはちゅーたつから せっぷんしろ たまには いいだろう」

我らが想い合う仲なのは今更の話。
いつものように私から口付けるのではなく、仲達からして欲しいと口付けを強請った。

子供であるのをいい事に、仲達に甘える。
少し頬を赤らめて目を反らす仲達の頬を包んで、こちらへ向けさせた。
どうやら観念したらしい。

「えっ、いや、その…もう、目を瞑って下さいませ」
「…ん」

仲達から口付けられると、心臓が煩かった。
こんなこと今更なのに。

あからさまに体の様子がおかしい。

動悸が酷く、唇を離すとそのまま仲達の胸の中に埋もれた。
体中が酷く痛む。

「子桓様…?」
「ちゅ…た、つ…」

そのまま意識を失った。
















口付けた後、苦しそうに倒れる子桓様を抱き上げて部屋に連れ帰った。
寝台に寝かせて、誰か呼ぼうと傍を離れようとすると子桓様に手を握られた。

「貴方様が望むのならば」

その小さな手を握った。
気のせいか、その手が少し大きくなっているように思える。
よく見ると少しだけ大人びているような。

「ちゅうたつか…?」
「大丈夫ですか」
「だいじない」
「子桓様…?先程より少し大きくなられたような」
「ちゅうたつ そうか ゆあみをして それから…ふむ」

風呂上がりのまま咄嗟に連れてきてしまった為、自分の体温を分けるように擦り寄った。
私の口付けが原因だったとしたら、申し訳が立たない。

「私から口付けては…駄目でしたか?」
「いや、うれしかった。その、とてもな」
「申し訳ありません…こんなにお体を冷やしてしまいまして」
「もっと ちこぅ わたしを あたためろ」

少し大きくなった手で抱き寄せられて、また口付けをねだられた。
もしかしたら、私の口付けで子桓様は元に戻るのかもしれない。
何もしないよりは、試してみる価値はある。

「…御意」

寝台に膝をついて、子桓様に再び口付ける。
唇を離すと、やはり心なしか青年のようになっている気がする。

元に戻れる確信が持てた。

「やはり気持ちが良いものだな、ちゅうたつからの接吻は」

声も徐々に戻りつつある。
何度か口付けたら、元に戻られるだろうか。


「もしや…」
「如何した」
「もう一度、口付けても…」
「ふっ…ちゅうたつからそのような申し出があるとはな。何か意味があるのだろう。してみせよ」

子桓様から許しを得ると、その手を取って合わせた。
先ほどは私より小さかったはずなのに、私と同じくらいに成長している。

手の平を合わせて、唇を合わせた。
触れるだけでなくもっと深いものなら、と深く口付けた。

「んっ…ちゅう、た……」

私から仕掛けたはずなのに、いつの間にか子桓様に好きなようにされている。
長く続く口付けが苦しくて、瞳が潤んだ。









「何故か久方ぶりのような感覚だな、仲達よ」

瞳が潤んだのを見て唇を離すと、仲達はくたりと私の胸に埋まった。
手は仲達より大きくなり、自分の体が戻っている事に気付く。

「…陛下…」
「仲達、そう呼んでくれるな。何時も通りで良い」
「子桓様、戻られたのですね…」

仲達は戻る方法を解っていたのだろうか。
自分の上着を私にかけて、身を任せた。

ようやく仲達を抱きしめてやれる。

「仲達」
「はい、子桓様」

離れようとした仲達を引き止め、手を取った。
何故だか、愛しい気持ちが溢れて止まらない。

「これからもずっと…お前を離さぬ。手を差し出せ」
「はい…」
「愛している」

手の甲に口付けを落とすと、仲達が頬を染めた。

「もう、どうされたのですか今日は…まだ日も」
「私がこうしたいと思ったまでだ」
「……後程でしたら、構いませぬ」
「ん?」
「ああ、もう、はやく服を着てください」

どうやら後でなら手を出しても構わぬらしい。
逃げるように服を渡して仲達は離れた。

「…おかえりなさい」
「おかえり、か。ただいま」

ようやく元に戻れた。
全く本当に何だったのか。私が子供になったとて誰が得をするというのだ。
青天の霹靂、とでも言うのだろうか。
何だか忙しい一日だった。

服を着ながら、仲達を見やった。
この側近は、私の体の変化にも動じず、ずっと私を案じ傍に居てくれた。

「小さいままでも、少しは良かったのだろう?仲達よ」
「可愛らしいと、思っていたのは事実です。私の胸にすっぽりと埋まるほど小さかったのですから」
「そうか。なれば仲達もあれを飲んでみればよい」
「私が小さくなったとて、誰が得をするのです。執務がたまる一方ですよ」
「仲達にはいつも、感謝をしている」

身支度を整える仲達の背中に素直な言葉を送ると、はにかむように笑った。
可笑しい、と言うように私の方に近づく。

「今日はやけに…素直ですね。どうかされましたか?」
「いや…元に戻ったが…少し感覚がおかしくてな……」
「子桓様は、子桓様ですから。私から見れば貴方様は貴方様です」

仲達がその長い黒髪を紐で結った。
覗く白い項。触りたいと思い、仲達の手を引いた。

背中から抱きしめて、項に口付ける。

「やはり艶めかしい」
「…まだ、日も上っておりませんのに」
「後で、どうにも出来よう?」


寝台に押し倒した。


「私だけを見よ」
「駄目です、まだ…」
「まだ、何だ?」

仲達を口付けで黙らせて、その体を抱いた。


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