こんなに長い時間、仲達と離れたのも久しい話。
再会の喜びを分かち合うまでもなく、己の負傷で仲達から離された。
こうしてゆっくりと話せるのも幾久しい話。
司馬家で飲茶を馳走になり、帰り支度を始めた。
此処は司馬家。私の屋敷ではない。
客人として迎え入れられたとはいえ、私の居場所は此処にはない。
それに、仲達の寝台で転寝をしてしまった。
私もまだそれなりに疲れているのだろう。
これ以上迷惑をかける訳にもいかず、飲茶の片付けをしている春華らに礼を行って門を出た。
「仲達に大人しく寝ていろ、と伝えてくれ」
「旦那様なら今、居間にいらっしゃるのに」
「これ以上迷惑も心配も掛けたくない。私もどうやら本調子ではないようだ」
「まだお聞きしていなかったので、改めてお聞きしますが御怪我の内容は…」
「肋骨を何本かやられた。落馬してな。脚が折れなかったのは幸いであった」
「いって…、想像するだけで痛いんですけど…!」
「あとは火傷だが、これは別に直ぐに治…、仲達?」
官服に着替えた仲達が戸口に立っていた。私の話を聞いていたのだろう。
仲達に表面的な傷口は見せたが、詳細は伝えていなかった。
何とも言えぬ複雑な表情をしてひとつ溜息を吐いた後、私の前で畏まって礼をした。
春華は私に目線を合わせただけで何も言わない。
どうやら仲達の好きにさせるつもりらしい。
師と昭は何処か不安げな表情で仲達を見ていた。
「…お見送り致します」
「寝ていろと言っただろう。お前に無理は」
「そのような重傷で何を言っているのですか」
「私は大事ないと」
「…私といらして下さい。少しお話しましょう」
仲達の神妙な面持ちにそれ以上何も言えず、仲達に手を引かれて屋敷を出た。
後方で師が後ほど迎えに行きます、と仲達に言伝をして見送ってくれた。
仲達は私の手を引き、屋敷を出て階段を上る。
門前まで歩いたところで私に振り向き、深く溜息を吐いた。
怒っているのかと思ったが、私の手を握る手は少し震えていた。
「落馬されたと…」
「ああ、敵に引き摺り下ろされた」
「…そんな事、私には一言も」
「仲達、暫し私について来てくれぬか」
今度は私が仲達の手を引き、階段を上った。
会話もなくそのまま、私の部屋まで連れて行き扉を閉めた。
此処なら、周りの目を気にすることなく私の好きに出来よう。
手を引きそのまま仲達を胸に埋めた。
啜り泣いているような気もしたが、敢えて見なかった。
心配をさせてしまったのだろう。
仲達には敢えて言わなかったが、あの戦、私は死ぬかもしれなかった。
こうして抱き締める事も出来なかったのかもしれない。
私ですらこのような目に遭っているというのに、細身の仲達に戦場に立たせられようか。
軍師への推薦、父は承諾するだろう。
だが私は未だ迷っていた。
「軍師になると言うのならば、私の軍師となれ」
「…?」
「父の元で軍師となるも良かろう。だが私は、それでは嫌なのだ」
「子桓様?」
「お前が傷付く事が、私には耐えられない」
自分の考えは甘いとは思う。解っている。
仲達は元は私の教育係であって、それ以上の身分の付き合いはない。
曹操の子息と、一文官なのだ。
才が物を言う国、仲達はきっと良い軍師になるだろう。
もし軍師となるのなら、仲達はきっと父の物になってしまう。
戦場を駆け、知略を奮い、そして私の知らぬ所で死ぬ。
それでは、嫌なのだ。
ただでさえ、今や軍師が足りない。
仲達ならば適任である事は解っている。
だが、私は仲達は仲達のままで居て欲しかった。
大切過ぎて、手放したくない。
暫し無言で仲達を抱き締めていたのだが、仲達に脚を掛けられ寝台に押し倒すように倒れた。
少々驚き仲達に意見しようとするも、仲達は私を強く抱き締めて目を閉じた。
「私が貴方の帰る場所、それも良いでしょう。ですがそれでは…」
「?」
「貴方様が、私の知らぬ所で傷付いてしまう。私の知らぬ所で…」
それ以上の言葉は言わなかったが、仲達とて私を想ってくれていたのだろう。
私を抱き締める仲達の手は震えていた。
「私を戦場へお連れ下さい。貴方様の隣で。武力及ばぬと言うのでしたら教えを請いましょう。
知略が及ばぬと仰るのなら更に尽力致します。ですから」
「仲達」
「…私の知らぬ所で、貴方様が傷付くのは耐えられません」
「…お前だけは、と思っていたのだが」
これも時代の性と言うのなら、余りにも悲しい。
愛した者を戦場に連れて行かねばならぬ程、この世界は混迷しているのだろうか。
押し倒した仲達にそのまま甘く口付け、邪魔な冠は床に落とし肩当ても外した。
この意味が、仲達には解るだろうか。
唐突に深く口付けたが、仲達は拒まなかった。
寧ろ自ら誘うように私の首に腕を回し、口付けを強請る。
こんな風に甘える仲達は余り見たことがなかった。
私が知らなかっただけで、仲達は仲達で私に依存しているのかもしれない。
私が仲達に依存しているように。
「…こうして、抱くのも久しい」
「そのようなお体で、そんな事…」
「私を侮るな。お前を抱く事とは話が別だ」
「っ、何を、仰って…、ぁ…!」
仲達の首筋を吸い、胸を吸う。
日に焼けていない肌は白く、激務で体は少々窶れたように思う。
一人で、などしないのだろう。仲達の体の感度は良かった。
触れられる度に声を抑えて、吐息を漏らす。
私は仲達のそういう素振りが好きだった。
「嫌か?」
今一度確認をしようと、仲達の頬に触れると頬が濡れていた。
泣いていた。泣かせてしまったのだろうか。
そんなに嫌だったのかと、慰めるように涙を拭うと、仲達は首を横に振る。
「もう、離さないで欲しいのです…」
「何?」
「私は、貴方様のものでしょう…?」
「…そう思っていた。そう思っていいのだろうか」
「…いつもは私よりも敏感な癖に…、何故こういう時だけ鈍感なのですか」
「ふ、そのまま、話していろ。詩になりそうだ」
「ば、か…めがっ」
「大人しくしておれよ、私はお前の肌を堪能したい。ずっと触れたかったのだ」
「っ、もう…」
ずっと触れられなかった肌。
聞きたかった声と気付きたかった気持ち。
先は司馬家に居た事もあって自重していたが、此処は私の部屋だ。
人の目もない。声を堪えなくてもいい。
仲達に口付けながらその肌に触れ、中にも指を入れた。
酷く熱くとろけるような内壁は、私の指を締め付ける。
苦しそうに肩で息をしている仲達の吐息も熱い。
私とて男だ。正直風呂場で体を見ていた時から、色々と堪えていた。
処女のように其処から血を流し、仲達は私を受け入れた。
ぽろぽろと流れる涙を拭い、腰を奥に進めて仲達に覆いかぶさった。
はだけた私の胸元に触れ、仲達は私の首に腕を回す。
白い脚が私の腰に絡められていた。
「子桓様…、っ、は…」
「苦しい、か?」
「苦しい…、です、が、嬉しい、のです…」
「嬉しい…?」
「帰ってきて、下さった…。それがとても、嬉しいのです」
後に仲達は、自分が寝言で呼んでしまうほど私を心配していた事と、
父親だから文官だからと、現実から逃避する事で気持ちを抑えていた事を話してくれた。
この体の強張りは私と仲達が離れていた時間を意味するのだろう。
既に傷付けてしまったが、仲達は自ら腰を押し付けるようにして素直な心境を私に語った。
「このまま、では…辛い、でしょう。私は、大丈夫ですから」
「しかし、血が」
「貴方様のお怪我に比べれば、こんなもの…」
「大切なもの、だから、傷付けたくなかったというのに」
「ぁ、っ、あ…!」
仲達の頭を支え、手を握って突き上げた。
正常位のまま押し倒し、深く深く突き上げると寝台が軋んだ。
片手で口元を抑えて堪えるも、私に泣かされて吐息が漏れている。
それがとても可愛らしかった。
暫くして仲達は果て、その果てた体を気遣いながらも仲達に望まれて中に果てた。
肩で荒く息をして余韻に浸る仲達の胸に埋まり、目を閉じる。
仲達の鼓動が煩いくらいに耳に響いていた。
大切なもの、だ。
だから大切にしまっておこうと、そう思っていた。
だが、どうやらその考えは間違っていたようだ。
傷付いた体の傷を広げる事もあるまいと、余韻に浸る仲達から引き抜く。
私も相当堪っていたのか、その白濁は仲達の股を伝い脚に流れるほど量が多かった。
目を閉じて余韻に体を震わせる仲達の前髪を払い、横になった。
まだ涙を流しているその瞳に唇を寄せて背中を引き寄せ抱き締める。
少し胸が軋んだが、仲達の心情を思えば離したくなかった。
「仲達、…仲達、よ」
「は、い…、子桓、さま」
「淋しがらせて、すまなかった…。お前は、淋しかったのだろう」
「私が、そんなまさか」
「…ふ、いや、お前はそれで良い」
白濁と共に赤い鮮血が仲達の脚を伝っていた。
少し綺麗だとは思うものの、喜ばしいものではない。私が傷付けた事だ。
事後の後始末をし、乱暴に脱がせた官服を畳み、仲達には私の服を着せた。
体格差のせいか、私の服では袖から手が出ないらしい。
その袖から手の出ない手のまま、また書簡を持とうとする私の腕を引っ張った。
正直仕事のたまり方が尋常じゃないので、少しでも進めたい。
仲達はそんな私を見て苦言を呈すべく、私を寝台に戻した。
腰が立たない仲達に無理はさせたくない。
大人しく仲達の元に戻ると、仲達は書簡を取り上げてしまった。
「これ」
「今は、書簡は後です」
「しかし」
「この怪我人が、いい加減になさい」
「お前には言われたくない。私のいない所で無理ばかりしおって」
「ふ、はは」
「何だ」
「傷だらけですね、私達」
「ふ、違いない。すまなかった。今は休もう」
「そうして下さい」
仲達の前でなら、妙な気遣いをする事もない。私の気が休まる。
また私の前でなら、仲達も気が抜けるのだろう。
お互い、よく笑っていた。
大切なのに代わりはないが、私の知らない所で失ってしまうかもしれない。
大切にしまっておくのは、宝の持ち腐れというものなのだろうか。
父は仲達の才能を見抜いていたのだろう。
仲達はきっと、素晴らしい軍師になるに違いない。
今こうして触れられる事が幸せだった。
この幸せもどれだけ続けられるのかは解らない。そういう時代だった。
なれば、なるべく傍に居たい。
「仲達よ」
「はい」
「私の軍師と、なってくれるか」
「貴方様の?」
「父にお前を取られるのは、聊か不愉快だ」
「…ふ、御意。子桓様はお変わりない様子」
子供の頃から本当に変わりない。
仲達はそう言って、私の軍師となる事を了承してくれた。
戦場を共にする事になっても、私が仲達を護ればよかろう事。
言葉にしたら仲達にまた怒られるだろうと、口にはしなかった。
「…ただいま、仲達」
「…おかえりなさい…。心配しましたよ」
「ああ、解ってる。すまなかった。私もお前が心配で堪らなかった」
「…?子桓様?」
思えば仲達に帰還の報告を直接はしていなかった。
順番を間違えてしまったが、仲達に迎え入れられて目を閉じた。
仲達を抱く事に少々無理をしたが、仲達には言えない。
仲達にこれ以上余計な心配をさせたくないが、無理もして欲しくない。
私はきっと仲達にとても甘いのだろう。自分でもそう思う。
本当に戦場になど連れて行けようか。
「…愛している」
「っ、何です…、突然」
「お前は、どう思っている?」
「そんな事、聞く、までも…」
「お前の言葉が聞きたくてな…。お前の気持ちを言葉にして欲しい。
少なくとも私は淋しかった。お前に会いたくて堪らなかった。私達は恋人なのであろう?」
「っ…!も、もう、勘弁して下さい…」
「これ、顔を背けるな。顔が見たい」
今まで堪えていた素直な心情を全て言葉にして、真っ直ぐに仲達に伝えた。
私の言葉を聞く度に仲達は頬を赤らめて、結局は私の胸に埋まり隠してしまった。
耳まで赤くした仲達に笑い、耳を甘く噛むとびくっと震えて顔を上げた。
「耳は、やめて、下さい…」
「…そのような顔をしていると、また襲うぞ」
「貴方のせいでしょう!」
「耳が弱いのか、仲達…」
「っひ、ぁ、止めて、下さいっ」
「ほう」
仲達の反応が可愛らしいので暫く甘噛みしていると、仲達は本当に怒って胸を叩いた。
そこが急所の私にとって、無意識の仲達の攻撃は痛かった。
声が出せず仲達の肩口に埋まっていると、漸く気付いたのか仲達は私を案じて体を起こした。
「も、申し訳ありません…!」
「この」
「っ…!?」
「…また本当に襲ってしまうぞ」
暫く仲達に口付けたり、抱き締めたりしていたが、
疲れてしまったのか仲達は私の腕の中で眠ってしまった。
その寝顔を見つめながら、笑う。
ああ、帰したくない。
そうは思えど、約束した事だ。子供らはいいとしても、あの春華には怒られたくない。
本当に私は仲達が好きで堪らないのだろう。
夕刻過ぎに師と昭が尋ねてきたので仲達を引き渡した。
未だに眠っている仲達を見て、二人と私の意見は合致し起こすのは止めた。
師は着替えを持ち、昭は仲達を横に抱く。
私の上着を仲達に掛けて二人を見送った。
「また明日、顔を見に行きたいのだが」
「構いません。母上もご了承の事です」
「ほぅ。話の早い事だ。だが仲達に無理をさせるなよ」
「過保護だ、と母上は仰っていました。似た者同士でお似合いだことって」
「うん?」
「はは、いや何でもありません。
父上を無理せぬよう止められるのは母上と曹丕様くらいですから」
「父上も貴方様の顔が見れたらお喜びになるでしょう」
「そうか」
眠る仲達の手に口付け、見送った。
また明日私の大切なものの傍に居ようとそう決めて、扉を閉めた。