距離を取り、触れずにいた日々が過ぎた。
執務室にいた仲達を横目で見たのが夕刻。
あれから姿を見せず、家にも帰っていないという話を聞いて身を案じている。
距離を取ったとはいえ、仲達への想いが消えた訳ではない。
距離が縮んだかと思っていたのは勘違いで、仲達と私の間には一線が引かれている。
私達は恋人にはなれなかったが、仲達が大切な事に変わりはない。
自分の気持ちを諦められるかと思ったが、無理だったのだ。
仲達の姿が見えれば無意識に目で追ってしまう。
仲達の話題ならば耳を傾けてしまっている。
ただ私は本当に…仲達が好きだった。
今となっては、元の主従。
せめて主たる立ち位置で仲達を見守れるように努めていた。
ある程度に夜も更けて、辺りは闇に包まれた。
張コウらに頼み仲達を捜索していたのだが、見つかったとの報が入り胸を撫で下ろした。
無事だったか、と溜め息を吐いていると張コウが私に耳打ちで話す。
「…司馬懿殿を見つけはしましたが、どうやら体調が優れぬ様子でした」
「そうか」
「事後報告となってしまいますが、曹丕殿の寝台にお運び致しました。
何方かに任せるよりは、貴方様にと」
「…別に構わぬ。今の刻限から体調を圧して帰らせるのは酷であろう」
「ええ。御手数ですが司馬懿殿をお願い致します。
司馬懿殿の奥方には私からお話ししておきますから」
「任せた」
「ええ。それでは、おやすみなさいませ」
張コウが深く頭を下げて私と別れた。
執務を止め、自分の寝室にいると言う仲達の元に向かう。
正直どのような顔をして、どのように話せばいいのか解らない。
あの一件から執務室以外で仲達と言葉を交わしてはいなかった。
努めて平静に、今までと変わりなく接するべきであろうか。
扉の前で溜息を吐く。
肩当てや首巻きを脱ぎ、楽な格好になり寝室の扉を開ける。
確かに仲達であろう人影が横になっていた。
「仲達、か?」
「…っ、は、い…」
「体調が悪いと聞いたが…。何かあったのか?」
「ふ…、子桓、さま…」
「…少し触れる。許せよ」
一枚だけ掛けられていた掛け布団を抱き締めるようにして仲達は横になっていた。
顔を赤く染めて肩で息をしている。
額と頬に触れると酷く熱く、きつく閉じられた瞳から頬に幾重にも涙の後が残っていた。
熱があるというよりは、事後のような…。
体の火照り方がおかしい。
嫌な予感がして仲達の掴む布団を剥ぎ取れば、服はまとっているだけで正しく着ていなかった。
紐すら結ばれていない。
仲達がこのようにだらしなく着崩す事はない。
「…何があった」
「……ふ、…っ」
「まさか…」
よく見れば下穿きを穿いているが、下着をつけていない。
加えて火照った体。
誰ぞに手を出された後だと言うことは明白だった。
張コウではないだろう。
見ないようにしていたが視界に入ってしまった。
生足の太股を伝う白濁としたそれは仲達だけのものだろうか。
「誰に」
「…違います、違うのです…っ」
「このような体にされて、一体何を庇っている?」
「違う…、聞いて下さ、い…っ」
仲達が私の腕を力無く引っ張る。
震えたか細い声ではよく聞こえぬと考え、仲達を押し倒すように距離を詰めた。
下穿き越しに仲達のものが私の太腿に当たっている。
やはり未だ果てていない。
漸く瞼を開いた仲達の瞳に、一抹の不安と欲情に濡れた自分の瞳が映っていた。
眉を寄せて仲達は語る。
誤って媚薬を口にした事を艶の帯びた声で話し、未だ熱が冷めやらぬ事を仲達は語った。
本当は誰かに媚薬を盛られて弄ばれたのだろう。
仲達の嘘は解りやすい。
今まで触れずにいたのに、仲達のこのような姿を突然見せられて気持ちが高ぶらぬ筈がない。
股に集まる熱を仲達の体には当てぬように少し腰を引いたが、仲達に襟元を引っ張られて二人の間に距離が無くなった。
「っ…?!」
「しか、ん…さま…」
「ま、待て、仲達…っ」
私の高ぶったものが下穿き越しに仲達の股に当たってしまっている。
触れるだけの口付けすら珍しいと言うのに、下から仲達に舌を絡められて口付けは更に深くなった。
仲達を押し潰さぬよう、咄嗟に胸に右手を置いた。
胸に置いた右手に仲達の激しい動悸が伝わる。
私の心臓とて仲達以上に煩い。
私の首に腕を回し、たどたどしく口付けを続ける仲達を薄目で見つめた。
恋人でありたい。
主従という線を消したい。
もう一度伝えられたら、やり直せるだろうか。
だが、積極的なのは媚薬のせいで仲達の意志とは関係ないのだろう。
仲達は媚薬に浮かされているだけだ。
仲達からの口付けに応え、深く甘く舌を絡めて唇を離した。
まだ足りぬのか唇を離したというのに、仲達は再び私に何度も甘く食むように口付ける。
「これ、止めぬか…」
「止めて、欲しいのですか?」
「…堪えられなくなる」
このように仲達が乱れているのは媚薬のせいだ。
故に私がこの勢いのままに仲達を抱く事など出来ない。
私が堪えなくては、仲達を傷付けてしまう。
そう思うも仲達は苦しそうに眉を寄せ、頬を赤く染めて私の唇を食む。
「子桓、さま…」
「お前は、私とどうしたいのだ…」
「苦しいのです…。胸が、痛い…」
「胸…?」
「あなただけが…、一方的に恋をしている…なんて思っていたら、筋違いです…」
「…?」
「私、あなたを…嫌いになった事なんて、一度もありません…。
想いを伝えられてから、子桓様の事を…、考えない夜などなかった…」
「っ、嫌われているものと…思っていた」
「私の覚悟が足りなかった…。だから、体を慣らしたかったです…。
あの夜は…、あなたを拒んでしまって…、申し訳ありませんでした…」
「…他にも方法があっただろうに。己の身を弁えろ」
もう大丈夫だと、仲達は言う。
一体誰に慣らされたのか引っ掛かるが、敢えて口にはしなかった。
漸く今の状況を把握する事が出来た。
私の勘違いも仲達の想いも理解した。
本当は言葉にしてほしいが、先ずは仲達を楽にしてやろうとそのまま下穿きの隙間から仲達のものに触れた。
そのまま扱いて果てさせてやるべく手を動かす。
仲達が快楽にとろけた恍惚な表情で私を見つめた。
熱く吐息を吐くと、私の頬に口付ける。
この勢いはもう止められないだろう。
「私で良いのか、仲達」
「あなたが、良い…。子桓様でなければ、嫌なのです…」
「っ…体を痛めるぞ」
「私はあなたを…愛して、います…、子桓様」
「…!!」
「操は子桓様に、差し上げたかった…。
ですから…、私…あなたを、待っていました…」
「……ああ、くそ…、加減出来なくなるではないか」
快楽にとろけながらも、仲達は私に沢山の言葉をくれた。
欲しかった言葉、聞きたかった声。
ずっと触れたかった肌が私を求めて腕を伸ばす。
媚薬を盛られて焦らされた体であるというのに、操は私に捧げたいと…。
仲達はずっと堪えていたのだろう。
「…最後まで、仲達を、抱きたい」
「は、い…。抱いて、下さい…、子桓様…」
「私も、お前を愛している…。
ずっと、ずっと…またこうして…お前に触れたかった。淋しくさせた、だろうか」
「っ…長く、お待たせして…、しまいました…。あなたと、話さぬ日々は…とても淋しかった…」
「…そうか」
「もう、離れたら…嫌です…からね?」
「ああ…。覚悟しておくがいい。私はお前を離さぬ」
甘く甘く口付けながら、仲達を果てさせる為に扱く。
声を堪える為に噛んだ唇が気になり、舌を差し入れて噛まぬように深く口付けを続けた。
仲達の限界が近いのか、体を震わせて私にしがみつく。
「っ、ぅ…子桓様、もう…っ」
「果てるがいい。私に見せてほしい」
程なくして仲達は果てて、脱力し寝台に沈んだ。
安易に着せられているだけの下穿きの紐を解いて、汚れた下穿きを脱がす。
胸で荒い呼吸を繰り返し、仲達は私の頬に手を伸ばしながらも幸せがとけたような顔をして涙を流していた。
小さな声で嬉しい…と仲達は呟き目を閉じた。
付き合いが長いくせに今更ながら、仲達のものを初めて目にする。
仲達の白濁が太腿や尻を伝い、白く汚れてしまっていた。
恍惚な表情でいても、やはり仲達は仲達だ。
下穿きを脱がされた自分の生足を見て、脚を閉じ股の間に居る私の身を挟む。
仲達の股に当たる私のものはもう、隠す事が出来ないだろう。
「…怖かったか?」
「少しだけ…。ですが、あなたを見て…落ち着きました……」
「嘸や、辛かったであろう。寒くはないか」
「…寧ろ、熱いくらいです…」
普段寒がりの仲達が熱いなどと。
そういえば媚薬を口にしている事を忘れていた。
自制が効いているのか解らぬが、一度果てたら仲達は少し落ち着いたようだ。
寧ろ私の体の方が落ち着かない。
仲達とてもう気付いているのだろう。
少し吐息を吐くと、仲達は私の頬を撫でて目を細めた。
「…もう、堪えなくて結構ですから」
「そう、だな」
「緊張して、いますか?」
「緊張、している」
仲達が私の胸に触れる。
私の酷い動悸が仲達にも伝わった事だろう。
そのまま仲達は私の上着の紐や釦を解いていく。
脱がす事はせず、はだけた上着の隙間から仲達が手を伸ばし私の肌に触れたがった。
「…凄く、心臓の音が聞こえます」
「ずっと、仲達に触れたいと思っていた。お前を抱きたいと思っていた。
だが…いざその面に直面すると、私も覚悟が足りないな」
「しかし…是れを、ずっと我慢されていたら苦しいでしょう?」
「っ…!」
仲達が下穿きの上から私のものに触れる。
そのまま扱くように仲達に触れられて、仲達を半ば押し倒すように肩口に埋まった。
「…子桓様ので、私を…、あなた好みに…お好きなように」
「仲達」
「指を…、入れて…慣らすのでしょう…?」
「っ、なれば…痛ければ言え」
「はい…」
「我慢などもうするな…。声を聞かせろ」
仲達の脚の間に腰を下ろし片脚を上げさせて白濁の伝う秘部に触れ、躊躇しながらもゆっくりと指を挿入した。
中は熱くきつく私の指を締め付ける。
気のせいでなければ、中は潤滑油のようなものが塗られていて湿っているように思えた。
「っは、ぁ…」
敷布を握り締め、浅く吐息を吐く仲達の片手を握り締め指をもう一本増やした。
やはり潤滑油が塗られているのだろう。本来あるはずのない湿り気がある。
さすがに指を増やされるのは苦しいのか、仲達は口元を片手で抑え付けて声を堪えた。
幾度か指の出し入れを繰り返す内に、仲達のがまた反応している。
「…後ろだけで、感じるのか?」
「違っ…、子桓様、そこ…ばかりは…っ!」
「?」
「そこ、ばかり、だめ…で、す…っ」
艶のある声を出して、嫌々と首を横に振る。
どんなに見目美しいとて、仲達は男の体だ。
中にある私の指が当たる場所がどうやら前立腺らしい。
「だめ、だ…め、です…、っ…」
「感じやすいのだな…。慣らした、とは、そういう意味か?」
「っ…、も…ぅ…」
仲達が快楽に泣く顔は可愛らしく、愛おしい。
目尻を指で拭い、膝で私の股を押した。
我慢しているのは私の方だと仲達は解っているのだろう。
仲達が手を伸ばし、私の下穿きを脱がす。
私のを見て仲達は少し腰を引き、目を逸らして顔を背けた。
「…大きく、させすぎです…」
「覚悟せよと、申したであろう?」
「そんなもの…、入る…の、ですか…?」
「…善処する。善処はするが…、もう…私が堪えられぬ」
「…っ、待っ…」
指を抜き、仲達に当てがう。
仲達は明らかに動揺していたが、待てという言葉を口元で抑えて消した。
眉を寄せるも、仲達から私に口付けてくれた。
不意打ちの優しい口付けに笑み、仲達の頬に唇を寄せた。
「…どうした?」
「…既に、十二分に待たせてしまっていますもの…。もう我慢、させたく…ありません」
「怖い、か?」
「怖い…、です…。ですが、それよりも…、愛しています」
「…お前は私を殺す気か」
仲達に甘く口付けながら、ゆっくりとそのまま中に腰を動かし挿入した。
慣れた、慣らした。
そうは言えど仲達の中は熱くきつい。
弄ばれたのならすんなりと入ると思ったのだが…。
寧ろそのまま壊れてしまうのではないのかと思う程に挿入が上手くいかない。
仲達の様子を見れば、敷布を強く握り締めており息を止めていた。
唇を強く噛み過ぎて、血が滲んでいる。
「痛い、か…?」
「…、っぅ」
「息を止めたら、余計に辛くなる…」
言葉にはしなかったが、唇を噛みしめる程に痛むのだろう。
仲達は、仲達だけは…このような行為に慣れてほしくはない。
仲達の口内に舌を入れ息をするように促すと、少しは挿入が容易になった。
慰めるように頭を撫でる。
ゆっくりと腰を進めて最奥を突き、脚を支えて溜め息を吐いた。
仲達の体がきつく私を締め付けている。
きつくて、熱い。
このまま突き動かしたら、仲達は壊れてしまうのではないだろうか。
胸を激しく上下させ、浅い呼吸を繰り返す仲達の閉じられた瞳から今にも涙が零れそうだった。
とても、快楽を感じている顔ではない。
仲達が心配になり、やはり止めるべきかと腰を引いた。
腰を引いたが、いつの間にか仲達の片脚が私の腰に絡まれている。
「…っ、仲達?」
「そのまま…、もっと奥、に」
「しかし…」
「ずっと、こうしたかった…、そう言った…でしょう?」
「っ…!」
「私は、大丈夫…。慣れたら…、へいき…ですから」
嘘を吐け、慣れてもいないくせに、と思わず言いかけたが止めた。
何処が平気なのだ。
やはり痛いのではないかとも言いかけたが、仲達がそう言うのだからもう何も言うまい。
私に抱かれようと、仲達は苦痛に堪えているのだ。
慣らしようもない事を慣れたと偽り強がって、何よりも私を愛してくれている。
私も仲達の思いに応えたい。
身を案じるあまり何もせぬと言うのは、一番仲達を不安にさせるだろう。
息を止めぬよう優しく口付けながら、額同士を合わせて仲達を見下ろす。
また仲達から、唇を食むような可愛らしい口付けを受けた。
「…仲達」
「はい、子桓さま…」
「漸く、繋がれたな…」
「…はい…、はい…」
仲達の腰と脚を支えているので私から手は伸ばせない。
だが、ずっと敷布を握り締めていた手を仲達は私の首に回してくれた。
「…動くぞ。声を出してほしい。その方が私も気が高ぶる」
「は、い…っあ、ぁ…!ぁは…、っ!」
仲達の返答も間もなく、中に残っている潤滑油を利用して腰を抑えつけて奥を突き上げた。
突き上げる度に仲達から甘い声が漏れる。
前立腺にばかり当たるように突いていけば、少しは快楽に変わるだろうか。
悲鳴のような声が徐々に甘くなる。
声を出せと私が言ったからか、故意に声を出してくれているようだ。
首に回された腕に力が入り、仲達の体が震えている。
脚を支えていた手を離して仲達のを扱くと、尚更甘い声になった。
もう果てそうなのだろう。
仲達を抱きながら、中に果てても良いものかと迷い中を突き上げながら頬に唇を寄せた。
「子桓、さま…、子桓様…っ」
「仲達…、仲達、…っ」
「私…、も…ぅ、果て、て…」
「ん…、果てるが、良い」
「子桓様、も…、私の中…に…っ」
「っ!…良い、のか」
「ぁ…、っ…は、い…」
私が手を離した脚を、仲達自らが腰に絡めた。
媚薬のせいなのか、無意識なのか。
仲達も腰を私に押し付けるように揺らしていた。
此処が良いのか、と仲達が押し付ける箇所を突けば声が一際甘くなる。
妖艶でいて、ぽろぽろと涙を零して泣いている。
男に言う言葉ではないが、本当に可愛らしい。
私の字を呼びながら、首に回した腕に力がこもる。
仲達は程なくして果てた。
「っは、ぁ…」
「中に…、仲達」
「は…い……」
痙攣している体を案じて抱き締めながら、仲達に甘く口付けつつ中に果てた。
相当たまっていたのか、仲達から抜こうと少し腰を引くだけで厭らしい水音が響く。
仲達はまだ体が痙攣しているようで、動かしたら駄目だと首を横に振った。
「…仲達…」
「はい、子桓さま…」
「痛かった、か?」
「大丈夫…、です…」
「…、そうか」
「暫く、このままでいて下さい…」
「仲達…?」
快楽にとろけた涙とは違う涙が仲達の頬を伝う。
ただただ、仲達が泣いている。
私の頬に触れて、触れるだけの口付けを何度も仲達からしてくれた。
泣いている仲達を慰めたい。
きっと私が泣かせてしまっているのだろう。
先程は私が行為に夢中で余り口付けが出来なかった。
今度は沢山口付けてやろうと思い、唇や頬に触れるだけの口付けを繰り返した。
「…仲達?」
「ふ、子桓様は私に懐いてしまったのですね」
「いや…、愛している」
「…はい…、私もです…」
仲達に泣いている理由を訊ねると、解らない、と言う。
胸がいっぱいで苦しいと言う。
初めての情事だ。痛くなかった筈はない。
素振りは見せないが、怖くなかった筈はない。
体にも心にも無理をさせている。
此処からは見えないが、仲達の股が酷い事になっているであろう事は予想がついた。
「…力を抜いておれよ」
「はい…」
仲達の涙を拭ってやりながら腰を引いて体の繋がりを解いた。
深く息を吐いて仲達は凭れ、私の腰に絡めていた脚も寝台に沈めた。
仲達の体だけでも拭ってやろうと寝台を立とうとしたが、仲達に腕を引き止められてしまった。
なれば行かぬ、と仲達の傍に戻ると嬉しそうに私の腕に埋まる。
かくん、と私の腕に頭を乗せて目を閉じる。
疲れ切っているのだろう。
そのまま静かに仲達は寝息を立てていた。
「…風邪をひいてしまう」
殆ど裸に近い仲達の体を案じ、私の上着を着せて毛布に包み込んで腕に抱いた。
仲達から私が離れる事はもうないだろう。
仲達の涙の跡を指でなぞり、仲達を抱き締めて私も目を閉じた。
無意識の内に私の頬に伝う涙。
私も何故泣いているのか解らない。
泣き顔を仲達に見られなくて良かった、と苦笑しながら涙を拭った。
幸せ過ぎて辛い。
だからなのだろうか。
人の温もりのような温かさと、体の凄まじい痛みに目を覚ました。
まだ早朝なのだろう。少し肌寒い。
私の持ち物ではない香りに瞼を開くと、子桓様が私を胸に埋めて眠っていた。
朝一番に子桓様のお顔を見れるなんて、なんて幸福な事だろう。
同時に昨晩の情事も思い出してしまい、胸に顔を埋めて身じろいだ。
ふと、背中を撫でられている手に気付いて子桓様の顔を見上げる。
まだ子桓様は眠っているようだ。
無意識に撫でて下さっているのだろう。
「おはようございます…、子桓様」
一人でそう呟いて、子桓様に口付けた。
昨晩からずっと幸せ過ぎて、胸がいっぱいで気付けば泣いてしまう。
こんなに幸せで良いのだろうかと思う位には、心が満ち足りていた。
「…?」
ふと、私の太股に当たる固いものに気付く。
場所的に考えて子桓様のものだろう。
思えば、私よりも年下のお方が一度きりの情事で満足する筈がない。
きっと私を案じるがあまり、一度きりで止めて下さったのだろう。
今までの言葉を聞けば、子桓様が相当堪えている事は解っていたというのに、私が軟弱すぎた。
欲情だけで子桓様は私を抱いてはいない。
何よりも私を考えて下さっている。
格子越しに空を見た。まだ空は薄暗い。
少し緊張しながら子桓様のを服の上から触れると、やはり堪えていらっしゃる。
昨日の今日で、私の体をお使いする事を子桓様は望まれないだろう。
しかし、私のせいで子桓様を我慢させるのはもっと嫌だった。
下半身は情事の名残で何も身につけていないが、上半身は子桓様の上着を着せられている。
その代わり、子桓様は上半身に何も身に付けていなかった。
私を案じて下さっているのは明白だ。
「許可なく触れる事をお許し下さい…」
体を使えないのなら、せめて口だけで何とかならないだろうか。
御奉仕なら、私にも出来るだろうか。
恐る恐る子桓様のを下穿きから出して触れた。
昨晩薄明かりの中で見た時でも相当大きい方だと思ったが、やはり大きい。
これが昨晩私の中に入っていたのかと思うと少なからず動揺してしまう。
意を決して、子桓様の前に屈み口に頬張った。
「っ…ぁむ…、ふ…」
「…っ?!」
子桓様が眉を寄せて身じろいだ。
起こしてしまっただろうか。
昨晩の媚薬でも残っているのか、子桓様のを口で御奉仕するなど考えにも及ばなかった。
普通なら、嫌な筈なのに。
子桓様の前だと何も考えられなくなる。
やり方は良く解らないが、子桓様のに舌をはわせたり頬張ったり私なりに何とか果てさせようと努めた。
少し息が苦しくなって視界が潤む。
早く果ててくれないものかと口内を出し入れしていたら、唐突に首を掴まれた。
子桓様が眉を寄せ、鋭い眼光で私を見ていた。
「…何を、している」
「見ての通り、ですが」
「…っ、そのような事、お前がやる必要はない」
「あなたを我慢をさせない…と、言ったでしょう?」
「だが、お前にそのような事」
子桓様が上体を起こし、白濁が付いた私の唇を拭った。
私も一度上体を起こし、子桓様を見上げた。
子桓様は私の腰を撫で、私の身を案じる素振りを見せる。
「へいきです…。子桓様ですもの…」
「っ、だがしかし」
「どうやって御奉仕したら、良いのですか?
…私は解りません…。子桓様のお好きなように…私に教えて下さいませ」
奉仕をされる事が初めてだとも思えない。
相手は魏の王子様だ。女性に困った事がないだろう。
子桓様は少し眉を寄せて溜め息を吐く。
仕方あるまいと言いながら、私に奉仕のやり方を教えてくれた。
慣れぬ手付きと舌使いで子桓様のを御奉仕し、子桓様の息が上がる。
きっと私は上手ではないのだろう。
「もう離せ、仲達」
「…?」
「っ、離さぬかっ」
「っ?!ん…!」
口を離さないままでいると、子桓様は私の口内で果て口の中に流し込まれた。
何とも言えない苦味に漸く口を離し、口元を抑えていると子桓様に肩を掴まれて体を起こされる。
「吐け、仲達」
「っ…ぅ」
「吐かぬかっ」
「…ん、っ」
流石に飲めないと躊躇するもどうしたらいいのか解らない。
子桓様の手を汚す訳にもいかない。
口元を抑えて屈んでいると、子桓様が口内に指を入れて無理矢理掻き出しはじめた。
苦しさに涙を浮かべていると、子桓様は手を拭い私の口を濯ぐよう水を飲ませて吐かせた。
漸く落ち着いた所作に、子桓様が私の肩を掴み胸に埋める。
「そんな事はしなくていい…」
「だって…、私のせいでしょう…」
「お前にあのような事はさせたくない。苦しかったのではないか?」
この人は本当に何処までも私に甘い。
子桓様の背中に腕を伸ばして私から抱き締めた。
「子桓様は私に過保護過ぎます…。私、あなたより年上なのですよ?」
「…綺麗なままで居てほしい。そう思ってはいけないのか?」
「綺麗?誰が?」
「…お前以外に誰が居る?」
息を吐くように甘い言葉を囁かれて頬が熱くなる。
何を言っているのだこの人は…。
子桓様が私の腰を撫でながら肩口に埋まる。
少し怒気のこもった声で子桓様は語った。
「昨晩は敢えて聞かなかったが、…残りの服はどうした?」
「…秘密です」
「体を慣らした…とはどういう意味だ。誰ぞに弄ばれたのか」
「違います…」
「…言わねば解らぬ。一体誰を庇っている」
子桓様に膝立ちにさせられて尻を掴まれた。
押し広げられるように子桓様が掴むので、子桓様に嫌だと抗議の視線を向けた。
広げられた私の太股から赤と白濁のものが伝い流れ出すのが厭らしくて、目を強く閉じた。
「…慣れておらぬから、お前の体はこのように傷付いている…。余り私を心配させるな」
「……。」
「言わぬのだな。もう良い」
子桓様は眉を寄せて私に問うのを止めた。
郭嘉殿に付き合ってもらったなど、言える訳がない。
脚を伝う白濁と血を拭い、子桓様は私を強く抱き締めた。
「もう誰にも触れさせてやるな。私が妬み、誰かを殺す前にな」
「本当に司馬懿殿に甘いよね、曹丕殿は」
「!」
「?!」
「私はちゃんと失礼します、って言ったよ?口付けに夢中で気付かなかったかな?」
子桓様の前に座り、甘く口付けられているところに郭嘉殿の声がした。
咄嗟に唇を離そうとしたが子桓様が離さなかった。
私の肩を抱いて一頻り口付けた後、私の肌を見せぬように下半身から肩に掛けて毛布を掛けられた。
「このような早朝から何用か」
「早朝から失礼。でもこのままじゃ司馬懿殿が困ると思ってね。
洗って乾かしておいたよ。気付くのが遅くなってごめんね」
「…!」
「…昨晩、仲達と何をしていた?」
郭嘉殿は私の服を届けにわざわざ出向いてくれたらしい。
怒った子桓様が郭嘉殿を殺しかねないと思い、郭嘉殿を庇って口を噤んでいたというのに。
余計な事を言わないでほしいと郭嘉殿に視線を向けたが、
郭嘉殿は片目を閉じてあっさりと昨晩の出来事を子桓様に話した。
子桓様の眉間の皺が更に深く刻まれ、私の肩の手を掴む手に力がこもって痛い。
痛いが、痛いと言えなかった。
「それだよ、それ。それは良くない事だよ司馬懿殿」
「?」
「肩を掴まれて痛い、って言わなきゃ。恋人ってのは平等なんだよ?」
「…すまぬ仲達。お前に当たる事ではなかった」
郭嘉殿に指摘され、子桓様に恐る恐る視線を向けると手を離してくれた。
郭嘉殿は子桓様に断りを入れて、寝台に脚を組んで座った。
私の頭を撫でて小声で一言、大丈夫だよ、と囁く。
「司馬懿殿も本当の意味であなたと恋人になりたかったのだと言っていたよ。
でも素直じゃないから曹丕殿に言えなくてね。距離を縮めるにはどうしたらいいのか…って悩んでいた」
「…何?」
「だから私が練習に付き合ったのさ。勿論最後まで………は、してないけどね」
「…そう、なのか?」
「司馬懿殿がずっと言ってたんだ。
初めてはあなたに、ってね。だから私も手を出せなかった」
「……。」
「司馬懿殿は、ちゃんとあなたを愛しているよ。それもずっと前からね」
郭嘉殿は寧ろ私を庇うように子桓様に事の顛末を話した。
子桓様の眉間の皺が少しは薄れ、私を見下ろす。
確かに郭嘉殿の言葉に偽りはない。
郭嘉殿は言葉巧みに子桓様を諭してしまったようだ。
子桓様ももう怒ってはいない様子だった。
郭嘉殿が笑って私の頬に触れる。
「寝台での司馬懿殿は…いつもよりも艶っぽかったんじゃないかな?」
「あ、あなたが!媚薬なんて飲ませるから…!」
「はは。あれはただの蜂蜜だよ?」
「…!!!?」
「引っかかったね?」
郭嘉殿の言葉に両手で顔を覆った。
嘘だ。あれは媚薬を飲んだから感じた快楽の筈。
そう思っていたのに、ならば…私は。
「…曹丕殿は、気持ちよかったの?」
「……、は、い…」
「!!」
今度は子桓様が頬を染めて口を抑えた。
二人して赤面して動かなくなっていたところを、郭嘉殿が肩を叩く。
「奪われちゃったね?司馬懿殿」
「…はい」
「奪ったからには、責任を。解ってます?」
「お前に言われずとも…。あと、無闇やたら仲達に触れるな」
「はは、申し訳ない」
子桓様が私の肩に触れていた郭嘉殿の手を払う。
郭嘉殿は苦笑して私の肩から手を話した。その指には小さな包帯が巻かれている。
「はは。曹丕殿は嫉妬深いね?司馬懿殿は苦労しそうだ」
「そう、でしょうか」
「ふぅん?満更でもないみたいだね。司馬懿殿って…苛められたりするの好き?」
「そ、そんな事っ、ありません!」
「これは好きだね」
「そうかもな」
「でも、曹丕殿は司馬懿殿を苛めたりしないでしょ?」
「…どうだろうな」
「なっ…?」
子桓様がさらりと一言恐ろしい事を言った。
郭嘉殿が笑って私に服を渡す。
服の中に小さな入れ物が二つ入っていた。
何か軟膏のような物が入っているように見える。
郭嘉殿が私の耳に囁く。
「二つとも曹丕殿に渡して。きっと解る筈だ」
「?」
言われるままに子桓様に渡すと、子桓様は郭嘉殿の頬を引っ張った。
「痛い痛い痛い!」
「一つは有り難いが、もう一つは余計なお世話だ」
「いたた…素直にありがとうって言えばいいのに」
「?」
私が首を傾げていると、子桓様が溜息を吐いて郭嘉殿の頬から手を離した。
郭嘉殿が頬をさすりながら笑って私に詰め寄る。
「一つは軟膏。司馬懿殿の体が傷付いてると思ってね。曹丕殿に塗って貰ってね」
「あっ…は、はい…。ありがとうございます」
「で、もう一つは媚薬入りの潤滑油。甘い夜にどうぞ?」
「!!」
「だから、余計なお世話だ」
子桓様が私を胸に埋めて郭嘉殿を追い払うように手で払った。
少し淋しそうな顔をして、郭嘉殿は私に手を振った。
その指に巻かれている包帯は私のせいだ。
曹丕殿の胸の中から立ち去るつもりの郭嘉殿の手に触れると、郭嘉殿は少し驚いたように私に振り向く。
「どうしたの?」
「…ごめんなさい」
「はは、大丈夫。気にしてないよ」
「郭嘉殿、ありがとう…ございます…」
「私は何もしていないよ。でも…体は大事にね?
曹丕殿が君を心配し過ぎて倒れてしまうかもしれない」
「え?」
「無用の心配だ」
子桓様が眉を寄せて私を抱き締める。
子桓様の体温に目を閉じた。
郭嘉殿が笑って私の頭を撫でる。
「じゃあまた後でね。私は二度寝してくるから」
「…おやすみなさい」
「またね」
「郭嘉」
「おや、何です?」
子桓様が珍しく郭嘉殿を呼び止めた。
次の言葉を私と郭嘉殿が待つ。
「礼を言う。お前の御陰で仲達と恋人になれた」
「せっかくの御礼に無粋な事を言いますが、あなたと司馬懿殿はずっと恋人でしたよ。私から見ればね」
「…そうか。もうひとつ聞きたい」
「何です?」
「本気、だったのか。それとも戯れか」
「…さぁ、どうでしょうね?」
郭嘉殿は少し淋しそうに笑った。
寝台から立ち上がり、子桓様の前に身を正す。
「あなたと司馬懿殿の間に入り込める余地なんてありません。
では…お幸せに。まだ朝には早い」
「!」
「おやすみ。司馬懿殿」
郭嘉殿はゆるりと笑う。
私達に頭を下げると、静かに扉を閉めて退室した。
子桓様がぎゅうっと私を胸に抱き締める。
少し痛い、と顔を上げた。
「…痛いです…、子桓様」
「仲達、もう…誰にも触れさせるなよ」
「妻や子供にも?」
「…それは許すが」
「嫉妬してますか?」
「…しないわけないだろ」
子桓様が怒気を込めて私に言い放つ。
少し胸が痛くなって、ごめんなさいと謝罪をした。
「…まだ、怒ってますか?」
「私を思ってくれたのは嬉しいが…、もうこんな真似はするな」
「こいびと…」
「ん?」
「…私達、ずっと…、恋人だったのですね…」
郭嘉殿にそう言われるまで、自覚がなかった。
子桓様も自覚がなかったのだろうか。
強く私を抱き締めていた力が緩まった。
子桓様が目を閉じて、私に優しく口付けを落とす。
先程の怒気は消え、子桓様は私に何度も口付けを落とした。少しくすぐったい。
「…仲達」
「はい…、子桓様」
「愛している…、だからもう無理はするな。お前の嘘など、私が見抜けぬとでも思うのか」
「はい…。ごめんなさい」
「もう良い。暫し休んだら…湯浴みに連れて行ってやろう」
「…子桓様」
「ん?」
「大好きです…。ずっと、私の傍に居て下さいね…」
「無論…、そのつもりだ」
子桓様が私の頬に口付ける。
漸く恋人になれた。
今度は私から口付けをして、首に腕を回す。
大好きな人の腕に抱かれている事に幸せを感じて、もう一度私から口付けをした。
「仲達、余り…そのような事は」
「…?」
「堪えられなくなる」
「幸せ、ですか?」
「…堪らなく、幸せだ」
子桓様のふわりとした笑みに、私も笑った。