きっかけはその仕草しぐさ

眉を下げて小首を傾げる仕草が愛らしい。
御本人は一向に自覚がないらしくこの思いをどう伝えてよいのやら困り果てている。

「如何された」
「すみません。皆を見下ろすばかりでしたから、見上げる事が新鮮で」
「これは失礼。屈んだ方がよろしいでしょうか」
「いえ、どうぞそのままで。私が見上げるような身丈の方など、余りおりませんから」
「そうですか」
「禊を済ませて参ります」
「は…」

幾度目かの戦が終わり、我等は手入れの為に同室となった。
姉川の合戦から数えて幾百年ぶりに太郎太刀殿方に再会したのだが、太郎太刀殿は自分の事も合戦の事も覚えていなかった。
とても忘れられるような戦ではなかった筈なのだが、無理に思い出すものでもない。

あれは太郎太刀殿にとって辛い戦ではなかったか。


暫くした後、太郎太刀殿が装備を外された姿で部屋に戻ってきた。
手当てもされたのか、包帯が幾つか巻かれている。

「怪我は大事ありませぬか」
「大丈夫ですよ。大した事はありません」
「左様ならば…、む…額に傷が」
「おや」

下ろした髪に隠れて気付かなかったのか、一カ所額に手当てのされていない傷を見つけた。
軽傷ではあったが、ほおってはおけない。

「大丈夫ですよ」
「否、痕になってしまいます」
「蜻蛉切殿は、心配性ですね」
「余計な世話でしたか」
「いえ、お願いします」

普段は崩れぬ顔がふわりと柔らかに笑う。
自分を見上げて笑う仕草に胸が高鳴るのを感じてしまった。

かつては主が敵同士だったのだが、これは一体何事か。

「額に触れる事、お許し下され」
「どうぞ」

触れる事の許可を得て、額の手当てを行う。
太郎太刀殿は大人しく、終始もの静かに座っていてくれた。
長い睫毛を見てまた胸が高鳴るのを感じたが、平常心だと自分に言い聞かせ続ける。

綺麗な刀だと、槍の自分から見てもそう思う。








太郎太刀殿と自分の手当てを終えて、一息つくと太郎太刀殿が茶を入れてくれた。
頭を下げて縁側に隣り合って座る。

「…ふと、気付いたのですが」
「はい」
「蜻蛉切殿は、私をよく見ていますね」
「っ、いえ、その、すみません!無自覚でした」
「そうですか」
「失礼を」
「いえ、私と同じだと思いまして」
「…今、何と?」

茶を飲みながら、太郎太刀殿は庭を見ながら淡々と話す。
やはり睫毛は長くて、白い項が美しかった。
太郎太刀殿に自覚はないのだろうが、太郎太刀殿は可憐なのだ。

自分はいつの間にか、太郎太刀殿に惚れてしまったのだろうか。
そう考えてしまうと今度は顔すら見れなくなってしまった。



片手で顔を隠し俯いていると、どうにも見られている気がして掌を下ろした。

「…、!」
「どうされました」
「いえ、少々…」
「はい」
「否、あの」

太郎太刀殿が自分の表情を伺っているのが知れて、思わず掌で隠そうとするも金色の瞳に映る自分を見つけてしまった。
そうしてまた太郎太刀殿は小首を傾げるのだ。

「以前から貴方には謝罪をしたかった」
「む、心当たりがございませんが」
「蜻蛉切殿は、現世の私を知っていたでしょう。記憶になく申し訳ないと、貴方に」
「否、それは」
「私は、変わってしまいましたか?」

切れ長の瞳が天を見ていた。
天を見上げるその仕草が何故か不安になり、太郎太刀殿の手を取って顔を此方に向けた。

「貴方は、何も変わっていない」
「そう、ですか」
「今は過去を変えぬ事が我等が勤め。いずれあの合戦も合間見えるやもしれません」
「そうですね」
「…変わったのはどちらかと言えば、自分…かと」
「おや」

ふと手を握り締めていた事に気付き、咄嗟に離そうとしたのだが太郎太刀殿に引き止められてしまった。
掌にだらだらと汗が伝う。
顔色も変えず、興味深いといった面持ちで太郎太刀殿は自分の話を聞いていた。

「…自覚なさらなんだか」
「何がです?」
「ひとつ、戯れ言を申します」
「はい」
「貴方を、好きになってしまった」
「おや、それは。私もですよ」
「?!い、意味を正しくお解りか?」
「蜻蛉切殿の事は、好きですよ。私より身丈のある方々といるととても落ち着きます」
「…は」

自分の想いは恋慕の好意とて、太郎太刀の好意はもっと単純なものだろう。
一瞬期待をしてしまった自分を恥じて頭を下げていると、太郎太刀殿が袖を摘んで引っ張っていた。

「たまに、こうしてお話しして下さいませんか」
「自分で良ければ何なりと」
「では、私も戯れ言を申します」
「何でしょうか?」
「…すみません。私、好意を言葉にして伝えられるのは次郎太刀以外に経験がありません」
「そうですか」

次郎太刀殿は太郎太刀殿の事がお好きなのだろうと言うことは見ていて解る。
本陣には仲の良い兄弟が多い。
大太刀兄弟の太郎太刀殿と次郎太刀殿は、自分から見ても仲睦まじい。


ひとつ咳払いをした後、太郎太刀殿は言葉を続けられた。
何処からかはらはらと梅の花弁が舞っていた。

「…蜻蛉切殿の事を、好きになってしまったら、私はどうしたら良いのでしょうか」
「っ、な」
「…いえ、忘れて下さい。少々混乱しているのかもしれません。本当に戯れ言でした」
「お、お待ちを!」

一歩ずつではあるが、太郎太刀殿は徐々に自分を見てくれた。
天ではなく、自分を。
感情を面に出さぬ方が歩み寄ってくれたその言葉を戯れ言にはすまいと、今一度手を握り締めた。

「…太郎太刀殿に今一度お願い致す」
「はい」
「過去の記憶になど振り返らず、この姿で今を生きて下さらぬか」
「…。」
「自分は槍。貴方は天に召された大太刀だ。未熟ながら、貴方を御守り致したく思います」
「…ふ、まるで告白のようですね」
「…やはり、伝わっていなかったのですな」
「…?告白だったのですか?」

少し笑ってから小首を傾げる。
やはり太郎太刀殿に伝わってはいなかったが、どうやら理解して下さったようだ。
白い頬が桃になり、困ったように笑う。
おずおずと手を繋ぐように指を絡めてくれた。



「…蜻蛉切殿は、物好きですね」
「何故に?」
「私のような身丈の者で良かったのですか?」
「…何、貴方は自分よりは小さいです」
「…小さいだなんて、初めて言われました」

本当に嬉しそうに笑う太郎太刀殿が可憐で、顔が熱い。
これが惚れた弱みかと、顔を隠して膝を抱えた。












「あらま、二人ともお花咲かせちゃって」
「どうなるかな」
「兄貴があんなに嬉しそうに笑うのは初めて見たかも」
「蜻蛉切殿に恋愛成就の祈祷でもして差し上げようか」
「いんや、案外もう成就してるかもよ?」

向かいの廊下に次郎太刀殿と石切丸殿の姿が見えた。
何かを話しているようだが、此方には聞こえなかった。


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