自分よりも身丈の大きい方々といると、安心する。
今日はたまたま、身丈の大きな者達ばかりが集まったので鴨居に当たるのは嫌だと庭に出た。
岩融殿、蜻蛉切殿、御手杵殿の見目は大きい。
その中でも、蜻蛉切殿は私よりも大きい。
彼等は薙刀や槍である為、私よりも大きい事は当たり前なのだがやはり見上げると言うのは新鮮な心地がする。
「楽しそうだね、兄貴」
「そう見えますか」
「見えるよ」
「やぁ、ごめん。待たせたね」
「では、行きましょうか」
次郎と、石切丸殿も加わり、主の命で隊列を率いる事となった。
短刀や打刀がいないので、如何せん機動力に欠ける。
「はっはっは、主は図体のでかい者ばかり揃えたものよ」
「機動力に欠けやしないかこれ?」
「戦力としては問題ありませんが、私は索敵が苦手でして」
「では自分が先陣を切りましょう」
「じゃあ、俺も行こうかな」
蜻蛉切殿が先立って前に立って下さった。
御手杵殿も蜻蛉切殿に続く。
蜻蛉切殿の背中は歴戦の猛者の出で立ちに他ならない。
何となく、目で追ってしまう。
ふと重みを感じて見下ろすと次郎が私に寄りかかっていた。
「これ」
「兄貴は自分より大きい薙刀とか槍と一緒だと嬉しそうだね」
「貴方は大太刀の中でも一際大きいからね」
「はっはっは、我から見れば皆小さい小さい。時代が時代であったなら狩っていたやもしれぬ」
「ふむ。小さいと言われた事は余り記憶にありませんね…」
「ううん?大太刀を舐めないでよね!」
「お止めなさい、次郎」
「はっはっは、喧嘩を売った訳ではないぞ」
「敵陣を見つけました。太郎太刀殿、如何致す」
蜻蛉切殿と御手杵殿が戻ってきた。
敵陣が前方に見える。
「敵はこの先、鶴翼陣で待ち構えてる」
「魚鱗陣で参りましょう」
皆が戦闘態勢をとり、我も刃を抜いた。
「よーし、祝杯だ!」
「まだ早いですよ次郎」
「えー?アタシは結構活躍したと思うんだけど?」
「ええ、よく頑張りました」
「兄貴、もっと誉めて誉めて」
機動力には劣るが戦力では申し分なく。
負傷者も出ずに皆、誉を得て勝利を獲得した。
拾った素材を主への手土産に、皆と帰路に向かう。
「兄貴もたまには飲もうよー!あ、せっかくだからこの面子で飲んでみる?」
「よいぞよいぞ、誉も得た事だしな!」
「貴方は前に出過ぎではないかな。酒か、たまにはいいね」
「蜻蛉切さんと御手杵さんはどうよ?」
「は…、御迷惑でなければ是非」
「おおっ!勝利の宴ってやつ、やってみたかったんだよなぁ」
「よっし!んで兄貴は?」
「…仕方ありませんね」
「やった!兄貴大好き!」
どうやら今宵は次郎の言う通り、皆と祝勝会となりそうだ。
次郎が腕を組みながら歩くので、主への手土産が重い。
ふと軽くなった片手を見ると、蜻蛉切殿が主への手土産を持ってくれていた。
「自分が持ちましょう」
「すみません」
「荷物持ちは慣れておりますから」
「そうなのですか?」
「前の主が、柄によく荷物を括り付けていたので」
「あー、解る解る。俺もよく荷物持ちさせられてたわ」
「我も同意だ。使い勝手の荒い事よ」
蜻蛉切殿の荷物持ちのお話しに、御手杵殿と岩融殿が盛り上がっている。
その横で疎外感を感じていると石切丸殿が私の横で笑っていた。
「私達は祀られる事に慣れているから、戦刀として使われるのは新鮮だね」
「兄貴は神社暮らしが長いもんね」
「ええ、少し楽しいです」
「本当に少しかな?」
「さぁ」
「おかえり。いいな。俺もまざりたかったな」
蛍丸が出迎える本陣の鴨居をくぐり抜け、皆を見下ろしながら主の部屋に向かった。
宴もたけなわ。
岩融殿は床に寝転がって眠っているし、御手杵殿は卓に突っ伏して眠っている。
石切丸殿は早々に部屋に帰り、次郎は私の膝の上で眠っていた。
起きているのは私と蜻蛉切殿だけのようだ。
「次郎や」
「うーん…」
「…困りました」
「皆、疲れているのでしょう。自分が部屋にお運び致す」
「ならば、手伝います」
「太郎太刀殿は、そのままで。次郎太刀殿を起こしてしまいます」
「すみません…」
「いわとおし、どこですかー?」
「おお、今お連れ致す」
今剣の声がする。
蜻蛉切殿がふ…と笑い、岩融殿と御手杵殿を部屋に連れて行って下さった。
暫くして帰ってきた蜻蛉切殿に一献差し出すと、一礼をして飲み干した。
思えば今日は、蜻蛉切殿の世話になってばかりだ。
先陣での索敵といい、荷物持ちといい、私は蜻蛉切殿の優しさに甘えてしまっている。
「ありがとうございます」
「いえ、自分は何も」
「今日は貴方の御陰で勝利を得ることが出来ました」
「太郎太刀殿の采配あっての事でしょう」
「…太郎で良いですよ」
「っ、馴れ馴れしくはござらぬか」
「構いません」
蜻蛉切殿は私を好いてくれている。
言葉にして伝えられた時、嬉しかった。
私とて蜻蛉切殿を好いているのだが、如何せん伝わっていないのやもしれぬ。
「では、太郎殿」
「はい」
「お休みになられては如何か。貴方とて隊を率いられたのだ。お疲れでは…」
「ふ、では先程のように私を運んで下さるのですか?」
「いやっ、あ、あの」
「大丈夫ですよ。次郎が起きるまでは此処にいます」
「そ、そうですか」
慌てる蜻蛉切殿を横目に見て笑い、水を飲む。
だいぶ酒が回ってきているようだ。
「太郎殿は」
「?…はい」
「今日はずっと笑っておられた。楽しそうでしたな」
「そうでしたか」
「今は、どうですか」
「ふふ、楽しいです。とても」
「っ、…貴方は、もう少し自覚をなさった方がいい」
「何をですか?」
「兄貴は可愛いよね、蜻蛉切さん」
「!」
「!」
「えへ、実は起きてました」
「…全く」
片目を開けていた事に気付き、次郎の頬を抓る。
頬をさすりながら起きる次郎を横目に溜め息を吐くと、次郎は卓に肩肘をついて笑っていた。
「兄貴は蜻蛉切さんと居る時が一番楽しそうだね」
「っ」
「そう見えますか?」
「見える見える」
「自分はそんな」
「蜻蛉切殿が唯一、私より大きいので…」
「またその話?」
「次郎太刀殿、またとは」
「次郎でいいよ。蜻蛉切さんが来てから兄貴は蜻蛉切さんの話ばかりでアタシ妬いちゃう」
「っ」
「兄貴が来た時はアタシ飛んで喜んだのに!」
「文字通り飛びついてきましたね」
「本当に仲がよろしいのですな」
蜻蛉切殿が次郎の態度を見て笑う。
私も次郎のように可愛げがあれば少しはいいのだろうが、如何せんどうにも私らしくはない。
少しは蜻蛉切殿に好かれたいという思いはあるものの、それをどう表現していいのか私には術がない。
「蜻蛉切殿が来るまでは一番の身丈だったのですが」
「なぁに?蜻蛉切さんに負けて悔しいの?」
「私は大太刀ですから」
「刀では、一番ではないかと」
「そうですね」
「いやしかし、自分は…太郎殿には決して敵わないのです」
「おや、何故ですか」
「いや、その」
「惚れた弱みってやつ?好きで好きで仕方ないってこと?」
「…っ、太郎殿には敵わないのです」
「あはは、兄貴より蜻蛉切さんの方が解りやすいね」
「?」
「ああ兄貴は、解ってないね。蜻蛉切さんもっと頑張らないとね」
「そんなこと、ないですよ」
「へぇ?」
からからと笑う次郎を横に、蜻蛉切殿が頬を赤くして顔を隠す。
私も少し顔が熱い。
口元を抑えて笑うと、蜻蛉切殿がまた頬を赤らめていらっしゃる。
「私とて、貴方には敵わないのですよ…」
蜻蛉切殿には聞こえないように、小さく呟く。
私達の間に入った次郎が杯を呷りながら、からからと笑っていた。