お前が一番に決まっている。
時代を違えた者達が集う混沌とした世界。
この世界に居ると、自分が何者なのか、自分がどの時代に居たのか、と考える事が多くなった。
答えは未だ無い。
ただ、私は此処に居る。
この世界では、魏の太子である事など関係ないようだ。
つくづく退屈しない。
被害者面をするつもりはないが、この私が戦力として使われているのだ。
こんなに面白い事はない。奇妙な友も出来た。
ただ、いつも横に控えていた側近が居なかった。
そんな戦いの日々の折り。
巡り合わせなのか、運が良いのか悪いのか。
この世界ではぐれた仲達と偶然にも対峙し、改めて我が軍師の強さを思い知る。
敵に回せば恐ろしいと、苦笑した。
嫌味たらしく挨拶をしてきた仲達を地に伏せ、捕縛した。
勿論、敵軍に帰すつもりはない。
一戦を交えたが我が軍が『負かせた』というよりは、仲達が『負けてやった』ように感じる。
その顔は何処か、安堵しているように見えた。
「この世界にいると、退屈しない」
「…楽しそう、ですね」
「そうだな。少々、楽しい」
「私は気が気ではないのですが」
「ふ、私はお前を取り戻せた故。満足している」
中原の面影の残る庭先。
誰の物だったのかは解らない。
「左様ですか」
「ああ」
離れていた時を埋めるように、仲達の傍に侍る。
言葉は少ないが、仲達は甘んじているようだった。
戦の日々の合間。
卓に座る仲達の膝に頬を寄せた。
「師や昭ではないのですから」
「察せ」
「…はぁ」
溜め息を吐いた後、私の目元に掌をかざす。
日の光は私の瞳に入らない。
「仲達」
「はい」
「ふ…」
「何ですか」
「いや」
やはり仲達が良い、と呟き手を取り口づけた。
「随分、司馬懿には甘えるのだな曹丕」
庭先から声がした。
見れば石田三成と、その配下の島左近が居た。
「様、をつけろ」
「今更だ、司馬懿」
「…ちっ」
私を呼び捨てで呼んだのが気に食わないのか、仲達が三成に鋭い視線を向けた。
会話の通り、この二人の仲は良い方ではない。
私から見れば性格が似通っている故、同族嫌悪という奴だと思うが。
「どうも、お邪魔してすいませんね」
「構わぬ」
左近が頭を下げる。
仲達の膝から起き上がり、座った。
三成が隣に腰を下ろす。
「何用か」
「お前を冷やかしに来た」
「帰れ」
仲達が三成に一喝する。
後ろで左近が口を抑えて笑いを堪えていた。
私が一瞥すると、左近が仲達に書簡を渡す。
「はい。古の軍師さんからですよ」
「誰の事だ?」
「諸葛亮さんからです」
「奴が何用か」
「貸せ」
諸葛亮の名を聞いて仲達が読む前に書簡を奪った。
さらりと書簡に目を通し『師、昭』の字を見つけ仲達に返した。
「お前の息子らの情報のようだ」
「…策ではないと」
「蜀と敵対する気はない」
書簡を読み、仲達が小さく安堵したのを横目で見た。
たまに父親らしい顔を見せる。
「あの名軍師が味方だと思うと心強い」
「…普段は嫌味たらしい男だがな」
「三成、我が軍師が居る事を忘れるな」
「忘れていた。そう言えば味方だったか」
「ほぅ…?」
「ま、まぁまぁ」
一触即発。
三成と仲達が席を立たんとしているところを左近が制止する。
動物の喧嘩に見える、と言ったら三成に怒られた。
先日、仲達と敵対した際に三成は策にはまり足留めを食らった。
左近の援軍で事なきを得たが、三成は未だに根に持っているらしい。
三成は何かと仲達に突っかかる。
故に三成が策にはまり、私が横から手柄を奪う形で仲達を攫って行った訳だ。
因みにその事に関しても
三成から説教を食らったばかりだ。
「未だ根に持っているのか?」
「当然だ」
「…下らぬ」
「何だと」
「仲達」
「は…」
私に制され仲達が黙る。
三成、左近も軍略家とは言え我が軍師や諸葛亮の足下には及ばぬようだ。
帰順した仲達が帰陣した三成に開口一番、『凡愚』と言っていたのを思い出した。
「しかし、三成よ。お前もまだまだと見える。我が軍師の足下にも及ばぬか」
「貴様等、主従揃いも揃って…良いか、私の左近とてな」
「ちょっ、俺を巻き込まないで下さいよ」
「いや、このしたり顔に左近は負けぬ」
「殿、俺はそもそも軍略で適う気はありませんって」
「ええぃ、貴様それで悔しくはないのか!」
「軍略の土台が違うんですよ。いやはや勉強になる事ばかりです」
「ちっ」
不機嫌に脚を組み、舌打ちをする三成を左近が宥める。
苦笑し仲達を見れば、我存ぜぬと知らぬ顔だ。
「前線に出ず後方に控え指示を出すばかりが軍師ではないぞ、曹丕」
「仲達は其れで良い」
「何故だ」
「知略に優れた者を護るのは、武力に優れた者で良い」
「効率が悪いぞ」
「最低限、己が身を護れれば其れで構わぬ」
仲達を護るのは私だ、と言えば三成はせせら笑う。
へぇ、と左近が感嘆の声を上げた。
主が従者を護るのか、と聞かれればその通りだが。
「この世界では誰もが等しく『平等』だ」
唯一の例外。
仲達の手を取った。
細い腕だ。
今まで黙って聞いていた仲達が言葉を紡ぐ。
「…貴方様以外に使われようとも思いません」
「ふむ」
「ほぉう」
「へぇ」
「ええぃ、貴様等まで此方を見るな!」
赤面し顔を逸らす。
三成が笑い、左近が、愛されてますねぇと笑った。
仲達はむくれたまま黙る。
「俺も色々な人のところでご厄介になったんですけどね。やっぱり殿がほっとけなくて」
「!」
「ほぅ」
「やっぱり殿のところに戻って来ちゃいましたよ。大変だって解ってるのにねぇ」
「だそうだが、三成」
「良い主が居るなら、俺のところではなく、其方に付けば良かったではないか」
「んな事したら殿が拗ねるでしょう」
「…ああ」
「殿、舐めてもらっちゃ困りますね。そんなことくらい左近はお見通しですよ」
「くっ」
「殿が一番、って言ったら喜びますかね」
「っ、左近」
三成と左近のやり取りを横目で見ながら、仲達を見た。
良い主従ではないか、と素直に思った。
視線に気付いたのか、仲達が此方を向く。
「司馬懿さん、あんたあの魔王に『使ってみろ』って言ったんでしょ?
実際どうなんです?新しい主に仕えてみるってのは」
「新しい主など必要ない」
「やっぱり曹丕さんがいいって事です?」
「私の主は私だけで良い」
怪訝に答える仲達を横目に左近がちらりと私を見た。
三成が卓に肘を掛けながら私を指差した。
「主として、曹丕はどうだと聞いている」
「だから言っているだろうが」
仲達は答えない。
こうもはぐらかされると気になる。
「私は、どうなんだ仲達」
三成と同じように卓に肘を掛けながら仲達を見た。
私の直視に対し、仲達は目線を合わせない。
「…後程、言います」
「今だ」
「何故」
「今聞きたいからだ」
「…お慕いしていなければ帰順などせぬ」
仲達の言葉に口元が綻ぶ。
三成は溜息を吐き、左近がひゅー、と口笛を吹いた。
「やれ、素直でない」
「司馬懿さんとは良い酒が呑めそうだ」
邪魔をした、と三成が手を振り左近が頭を下げた。
また二人になる。
「…っている」
「ん?」
「貴方様が一番に決まっている」
「ふ、そうか」
頬を染めて呟く側近の髪を撫でて、再び膝に横になった。