交差こうさされた世界せかいにて

きっかけは些細な出来事だった。













幼子が転んでいる。
よく見れば女子のようだ。

見慣れない深緑の衣装、深い紅色の髪。
おそらく大和の人間だろう。

明智光秀率いる軍が苦戦していると聞いた。
魏軍の人材として欲しいと、本陣の子桓様に派遣され援軍に駆け付けたのだが。

一応此処は戦場だ。
敵か味方か知らないが小娘ならばどちらでもさして問題はないと踏んだ。

「先に行け」
「御意」

率いてきた軍を張コウに任せて先に行かせた。
転んでいる女子の傍に駆け寄った。

「おい、お前…その、大丈夫か?」

私の声に気付き、体を起こした。
初めて見た印象としては瞳の大きい、美しい娘だと思った。

「はい、なのじゃ」
「転んだのか?」
「うむ!脚をくじいてしまったのじゃ」

おかしな口調だなと思った。やはり大和の人間だろうか。
話し方や纏う雰囲気に敵意は感じられない。むしろ仄々として、和やかだ。

「お前独りか?」
「父上とはぐれてしまったのじゃ」
「お前の父とは…もしや明智光秀と言う男ではないか?」
「如何にも!」
「そうか」

明智光秀に娘がいるとは聞いていたが、本人に会う前に娘に出会ってしまった。
とりあえず拾っておこうと馬を下りた。

「安心しろ。私はお前の味方だ」
「うむ!そう思ったのじゃ」
「何故だ?」
「初めてわらわを見た時、そなたはわらわを心配してくれたからじゃ」
「いやまぁ…そうだが」

知らない男に話しかけられて警戒もせぬとは、この娘の教育はどうなっているんだ。
少々世間知らずと見える。

「わらわはガラシャと申す」
「そうか。私は司馬懿。字は仲達と言う。魏の軍師だ」
「魏!知っておるぞ!三国志の一国じゃな!」



遠呂智が作ったこの世界は、時代も国も違う人間が混ざり混沌と化している。
蜀漢、孫呉、そして曹魏。
我等を含めて大和の人間は『三国志』の人物と語る。
大和の人間は我等の未来を知っているのだ。


「ほら」
「うむっ」

手を差し出し掴まらせてやる。
そのまま、馬に乗せてやった。

「忝いっ…その、司馬懿殿はいい人じゃな!」
「何故そう思う」
「わらわはそなたも知っておるぞ。
わらわはそなたを文献でしか読んだことがないが父上曰く、司馬懿殿は三国志の」
「待て、その先を言うな」
「何故じゃ?」
「私にとって、それは未来の話だ。私は未来を知りたくない」
「そうなのか。ふむ。そういうものなのじゃな」
「未来は解らぬからこそ面白いものよ」

さて、馬に乗せたものの。
このままだと殿軍に合流するのに時間がかかる。

「急いでいる。悪いがお前の後ろに乗るぞ」
「うむっ!承知したぞ」
「私の腕に掴まっていろ」

小娘を自分の胸の前に乗せて、馬で駆けた。
間もなく殿軍に合流する。

「お帰りなさいませ。おや?司馬懿殿、その方は?」

殿軍にいた張コウが馬で並走する。

「御苦労だったな張コウ。あー…光秀の娘をたまたま拾っただけだ」
「可愛らしい方ですねぇ♪お嬢さん、私は張コウと申します。字は儁艾。お見知り置き下さいね」
「わらわはガラシャと申す。綺麗な人じゃな司馬懿殿」
「こんな可愛らしいお嬢さんに綺麗と言っていただけるなんて、ああ…光栄至極ですっ」

ああ、始まった。
小娘はきょとんとして私の顔を見上げている。

よせ、私を見るな。
というか私に振るな。
私でもこれの相手は大変なのだ。

「小娘を連れて戦には行けまい。すまぬが私は娘を連れて一度本陣に戻るぞ」
「お任せ下さいませ」
「光秀はこの先だ。援護してやれ、ではな」
「また後ほど」

少数の兵を連れて、後を任せた。
張コウは軍を率いて駆けて行った。

私は方向を変えて、馬を走らせる。

「何処に行くのじゃ?わらわも父上のところに行きたいぞ」
「馬鹿めが。お前ひとりで何が出来る」
「わらわも戦うのじゃ!」
「それは私の仕事だ」
「嫌じゃ!わらわも」
「ひとりで戦が出来るか、愚か者め。先ずは本陣で脚の手当をしてやるから少し黙れ」

魏の旗が見えた。
子桓様が立ち、腕を組んでいるのが見える。

「…光秀はどうだか知らんが、ひとつ言っておく。私の主君は優しくないぞ」
「そうひ、殿か?」
「曹丕様、字は子桓様だ。この魏軍を束ねておられる私の主君だ」
「ふむ。司馬懿殿の御主人様か。怖い方なのか?」
「御主人様と言う言い方は…いやまぁ敵に回したら怖いであろう方ではあるが」
「父上にも御主人様がおるぞ。信長様じゃ」
「ああ、あの魔王か。あの男はどこと無く殿に似ている気がするが」
「司馬懿殿も似ておるぞ」
「誰にだ」
「わらわの父上そっくりじゃ!」
「そう…なのか?」

小娘の口調には屈託がない。
日頃、策と戦術を巡らせ戦場を駆ける日々の最中。
孫呉の小娘とは違う雰囲気で、素直で屈託のない娘と話していると癒された。

馬から下りる。
娘を抱き上げて腕に掴まらせた。
片足を引きずりながら歩く様を見て面倒だと思いながら、横抱きにすることにした。

「おおっ?」
「この方が早いからな」

そのままスタスタ歩き、子桓様への元へ急いだ。
娘は脚をぷらぷらと振っている。




子桓様の背中を見つけて話しかけた。

「司馬仲達、一時帰陣致しました」
「どうした仲達。怪我でもしたか」
「拾い物をしたもので」
「拾い物?」

子桓様が振り返ると同時に顔が固まった。
私と腕に抱く娘を凝視している。

「…その娘とその状態を説明しろ」
「明智光秀の娘でガラシャと申します。道中、脚を怪我したようなので私が此処まで連れて参りました」
「お初にお目にかかる!わらわはガラシャ。そなたの司馬懿殿に助けられた。感謝致す」

娘が私の腕の中で軍礼をする。
簡潔に説明したのだが子桓様は未だに固まったままだ。
反応がないので訝しく顔を覗き込んだ。

「子桓様?」
「随分と羨ましい体勢だな」
「仰る意味が解りかねますが?」
「私とてお前にこのように抱かれたことはないぞ」

ああ。
このような小娘にすら我が主は嫉妬なさっていると見える。

「娘の怪我の処置をしましたら、直ぐに前線に戻ります」

気付いたことは気付かなかったことにして、踵を返した。
背中にひしひしと視線を感じるがやはり気付かなかったことにしよう。

布張りの屋根の簡易幕舎に着き、娘を椅子に下ろした。
どうやら誰もいないようだ。このままほおっておくのも忍びない。

「痛むところを見せろ」
「司馬懿殿が治してくれるのか?」
「私は医師ではないが、それくらいならば容易いわ」

手際よく痛めたところに薬を塗布し、包帯を巻いた。
着ていた下履きを履かせてやる。

「司馬懿殿は何でも出来るのじゃな!」
「誰でも出来よう」
「父上は、大慌てでお医者様を呼ぶのじゃ」
「…それはつまり親馬鹿と言う奴だな」

どうやら溺愛されて育ったようだ。
少々の世間知らずはそういうことかと把握した。

「私は前線に戻る。後程お前の父を連れて来てやろう。それまで此処で待つがいい」
「司馬懿殿、司馬懿殿」
「何だ。連れて行かぬぞ」
「近ぅ近ぅ」
「何だ。私は忙しいのだが」





傍に座ると頬に触れられた。
頭に疑問符が浮いた途端に頬に娘の唇が触れた。

「っ?!ばっ、急に何なのだ馬鹿めがっ」
「殿方はこれをされると喜ぶと知っておるぞ!助けてくれた御礼なのじゃ」
「…心臓に悪いわ、馬鹿めが」

多少熱くなった頬を抑えて、もう出ようと立ち上がった。

何故か目の前に子桓様がいる。















これは非常にまずい。


「…何時からそこにいらしたので」
「ついさっきだ」
「では私はこれにて」
「まぁ、待て仲達」

逃げようと早足で歩くのを捕まえられてしまった。
更に肩に担ぎ上げられてしまう。

「おい、小娘」
「何じゃ?」

たかが小娘にそこまで睨まなくても。

「お前の父が先程、本陣に到着したらしい。迎えに行ってはどうだ」
「本当かっ!なれば行って参るのじゃ」
「ああ、はやく行ってこい」

はやくをやたら強調された言い回しだ。
娘はよたよた歩きながら幕舎を去って行った。

「では私も…」
「お前は私と来い」
「うぅ…何ですかもう」

逃げようと思ったのだが、子桓様の肩の上で腰をがっちりと掴まれているので動けない。
そのまま本営の幕舎に運ばれて下ろされた。どうやら皆、席を外しているらしい。
















「何ですか」
「解っているくせに」

じりじりと壁際に追い込まれる。
頬をやたら摩られると思ったらそのまま抓られた。

「いっ、いひゃいです」
「小娘なんぞに口づけられおって」
「あ、あれは私のせいでは」

抓られた頬を摩りながら抗議する。
本当にあれは不意打ちで私のせいではない。

「もう少し自覚を持て」
「何の自覚ですか」
「どうやら躾が必要だな…」

だんっと直ぐ横の壁を叩かれて顎を掴まれる。
後ろは幕舎の壁だ。逃げられない。

「子桓さ、…っふ」
「不愉快だ」

私の静止も聞かずに口づけられる。
深く深く口づけられ、口内を蹂躙されてもはや立っていられない。
冠が落とされて髪紐を取られ髪が下ろされる。

唇からは銀の糸が伝い、離す頃には体の力が抜けていた。
蕩けた視界で見上げれば首筋を噛まれる。

「子桓さ、ま…此処では」

子桓様が今からしようとしていること。
此処では誰が来るかわかったものではない。
任務が完了したとはいえ、直に全軍が引き上げて来る本陣の本営でこの先の事など。

「何をされるか解るくらいの自覚はあったか」

服を脱がされることなく、下半身に手を入れられる。
そのまま後ろに指を入れられた。

「っ、本当に、駄目で…す…」
「その割には濡れているな」
「だ、誰のせい…だと」

誰のせいでこんな体になったのだ。
ほてった体は子桓様を求めている。

抵抗しようにも与えられる快楽に流されて、壁に手をつくのがやっとで何も出来ない。
立っているのもやっとだというのに、下履きを脱がされた。
子桓様のを服ごしに感じる。

「何で、そんな」
「嫉妬をしているだけだ」

指を引き抜かれると膝が震えた。
壁に額を当てて目をつむった。

「子桓さ、ま」
「仲達、入れ…」
「司馬懿殿っ」
「?!」

先程の小娘の声が聞こえた。
慌てて振り返り子桓様を離した。
下履きを履き、壁にもたれる。
子桓様は舌打ちをして、近くの椅子に座った。

「見つけたぞ司馬懿殿…おお!司馬懿殿は見事な黒髪だったのじゃな!」
「一体…何だ」
「父上と会えたのじゃ!御礼致すぞ司馬懿殿っ、曹丕殿っ」
「先程のような礼の仕方ならもう沢山だ」
「そうなのか?」
「…これは私のものゆえ、余り触ってくれるな」
「司馬懿殿は曹丕殿のものなのか?」
「そうだ」

先の余韻で私があまり話せないのをいいことに、子桓様が好き勝手言っている。
視線で抗議を促すが、視線が合うと鼻で笑われた。

「先程から何やら司馬懿殿の顔色が優れないようじゃが…どうしたのじゃ?」
「これ、は」
「お前には関係のないことだ。私が傍にいるゆえ心配するな」
「そうなのか?
そうじゃ。張コウ殿に『今はあまり入らない方が』と言われたのじゃった。お邪魔したのじゃ」

だったら入ってくるな、と子桓様もそう思われたに違いない。
小娘は頭を下げて去って行った。

子桓様が立ち上がり、私の傍に来る。



「さて」
「何が、さてですか」
「お前はこのまま終わらせる気か?」

壁に手をついて、背中から下半身に服越しに触れられる。

「お前もこのままでは辛かろう」
「ですが…此処は」
「張コウが気を利かせているのだろうに」

張コウめ。
変なところで気遣いおって…。
感謝したらいいのか叱咤するべきなのかわからん。

思考を巡らせているとまた下履きを脱がされた。
服を捲られ、子桓様のを当てられる。
ぞくっと体が反応した。

「すまぬが、最後まで付き合え」

中に一気に挿入された。
とめどない快楽に背後から襲われる。

「っ、子桓、さ…」

声を抑えようにも両手は壁を掴むのに精一杯だった。
体を揺すられる度に声が漏れる。

自分の喘ぐ声など、子桓様以外に聞かれたくない。
子桓様に何とかして欲しい。だけども容赦なく快楽を注がれる。

唇を噛み、声を堪えた。
気がついたら頬が濡れている。一方的に与えられる快楽には逆らえなかった。

「唇を噛むな」

首筋に口づけられ、耳元で囁かれる。
そんな事を言われたって。

「…私としてもお前のこのような声を皆に聞かせたくはないのでな。塞いでやろう」
「ん、んんっ、っふ」

ならこんなとこでやらなきゃいいのに。

体の体勢を変えられ、向かい合わせにされた。
子桓様に脚を持ち上げられ壁に押し付けられる。
更に奥に深く入る快楽に体が限界を告げる。開いた口は子桓様の唇によって塞がれ、声が漏れることはなくなった。

子桓様のふとした優しさに、愛しさが募り肩に腕を回した。

「…理不尽な理由で抱かれても、お前は拒まないのだな」

腰を揺らされながら響く言葉に答えた。

「子桓様…なれば、こそ…です…」

でも時と場所を弁えてほしい。
この後の事などこの方は考えもしていないのだろうか。

「子桓様、も…ぅ」
「ん…」

先に私が果てた。
続くように子桓様に中に注がれる。
もう体に力は入らなかった。





繋がりを解いて子桓様が私を横に抱いた。
先程私が娘を抱きあげたように。

体を拭かれ、何事もなかったかのように冠以外の軍装を着直す。
私は長椅子に寝かされ、子桓様は外套を外し、私の体にかけた。

体に子桓様の香りがついている。

「…お前をこうして抱くのも久しいことだ」

小娘への嫉妬からの行為だと思っていたのに。
子桓様は心から私を求めていた。
繋がった時に見せた子桓様の表情を見てそう思わざるを得ない。

だから私も、大した抵抗もせずに抱かれたのだ。


「お前が私の手にある内は」

直ぐ横に座られ、髪を撫でられる。
疲弊した体に摩るその手は心地好く、目を閉じた。




遠呂智が作ったこの出鱈目な世界。
日常が日常でなくなり魏は滅び、遠呂智軍に吸収された。
圧倒的な力に為す術なく恭順していた。
だが子桓様は機を見て遠呂智軍を脱し、曹魏を再興したのだった。

その時の私は未だ遠呂智に囚われていたままで。
いつしか、あの方に似ている織田信長の元に行くことにした。

そして戦場にて子桓様に再会した。
子桓様の傍らには石田三成という大和人が侍っていた。

そこは私の場所なのに、と。
私も子桓様と変わらず嫉妬をしていたようだ。
今となって鑑みれば随分と拗ねた態度を取っていたと振り返る。

「もう何処にも行くなよ」

子桓様は子供のように私を求めた。
結局、子桓様に引き抜かれ時間をかけてこの方の元に戻ってきた。

それからの日々は戦の連続で。
明智光秀の救援も織田信長に恩義がある為だ。
聞けば主従であると聞く。
従者が主君の元に帰りたいというのは自然なことだろうか。

「…主君ある限り、いえ、私は子桓様のいる限りあなたの元に帰ろうと思います」
「お前を迎えに行くのが遅れてしまって、すまなかった」
「待つのは慣れました」

子桓様が私の頭を抱えて、膝に乗せられる。
膝枕をしてもらっているようだ。

「暫し、体を休めるがいい。痛むだろう」
「大丈夫ですよ…あのような体勢でも優しくして下さったのでしょう」

私が傷つかないように、あのような情事でも子桓様の気遣いが解った。
子桓様と繋がる度に、この方の気持ちが私に流れ込んでくる。
体全体に『愛しい』と告げられているような心地だった。



「皆が待っておりますよ」

瞳を開けて見上げれば、上から口づけが降ってきた。
優しい口づけだった。

「後始末をしたら直ぐに戻る」

頭を撫でて子桓様は幕舎を出て行った。
幕舎の布が開いた時にちらりと小娘が見えた。子桓様が一言二言何か言っている。

幕舎に小娘が入って来た。
体にかけられた子桓様の外套はそのままに体を起こして長椅子に座った。

「もう入ってもいいのじゃな?」
「構わんが、どうした?」
「戦は終わったのじゃ。わらわは父上と一度信長様の元に帰ることになった」
「そうか。それはよかったな」
「だから御礼を言いに来たのじゃ」
「礼など何も」
「わらわが司馬懿殿に出逢った証をあげたいのじゃ」
「証?」
「このような世界でなければ、わらわは司馬懿殿たちに出逢うことはなかった」

小娘は懐から小さな白い正方形の紙を出した。
私の隣で器用に何度も紙を折っていく。見る見るうちに紙は何かの形を成した。

「ほぅ、見事なものだな」
「折り紙と言ってな。わらわの国の文化なのじゃ」

紙は鶴の形を成した。
白い紙の鶴を手渡される。

「私にくれるのか」
「あげるのじゃ。曹丕殿にもあげたのじゃ」

折り方はわからないが、この折り紙というもの。
似たようなものなら私も知っている。

「ひとつ、紙をくれないか」
「うむっ」
「確か…」

縦に折り、角を折り。
先程の折り鶴とは比べものにならないほど簡単だが。

「こうして」
「おおっ」

ゆっくり投げるとその折られた紙は空を飛ぶことが出来る。
私たちは凧と呼んでいたが。

空を飛んだ凧は地に落ちた。
小娘がそれを拾いに走った。

「お返しにそれをやろう」
「本当か!宝物にするのじゃ」

隣に座られる。
何度も飛ばしては拾い遊んでいる。気に入ったようだ。

「元の世界に戻ったら、私は既にお前たちの世界では過去の人間だ。
だがこうした一時があったことの証くらいにはなろう」
「そうか…元の世界に戻ったら司馬懿殿たちは消えてしまうのじゃな」
「私たちには私たちの時の流れがあるからな」
「ではわらわは、司馬懿殿が父上と似てとても優しく、主君に愛された人物だったと伝えるのじゃ」
「…待て、最後は何だ最後は」
「曹丕殿が『仲達は私の恋人だ』と言っていたのじゃ」
「なっ、ばっ…!」

あの王子、小娘に何を教えている。
さすがに恥ずかしくなり頭を抱えた。

「主君に愛されるのはいいことじゃ!」
「…頼むからそれは皆に伝えないでくれ」
「何故じゃ?」
「秘密にしておきたいこともあるのだ」

そんなことを後生に伝えられてはたまったものではない。
小娘は凧を手にし、立ち上がった。

「もう行くのじゃ」
「そうか」
「また何処かで逢えるじゃろうか」
「お前が望むならば」
「そうかっ!きっとじゃぞ」

私の元を立ち去る娘の背中に語りかけた。




「ガラシャ」





そういえば一度も名前を呼んでいなかった。
ガラシャは嬉しそうに振り返り、手を振り去って行った。

またいずれ何処かで逢えることもあろう。
入れ代わりに子桓様が幕舎の扉に立っていた。

「あの娘に惚れたか?」
「そのようなことは…」
「お前にしては優しいそぶりを見せたものだ」
「私にはあなた様だけですよ」
「それは良いな」
















「という訳で、司馬懿殿と曹丕殿に助けられたのじゃ」
「高租宣帝、司馬仲達殿。高租文帝、曹子桓殿ですか。あなたは凄い方々に助けられたものですね」
「あのお二人はすごく仲がよかったのじゃ」
「そうなのですか?」
「曹丕殿が司馬懿殿をすごく大切にしておったのじゃ」
「…そうなのですか」
「わらわが司馬懿殿に構うと曹丕殿は怒るのじゃ。司馬懿殿を取られまいとだだっこのようであった」
「やはり文献は文献ですね。本人に直接会うまではその方がどのような人物かわからないものです」
「うむ!司馬懿殿はとても優しかったのじゃ。またお会いしたいのじゃ」

明智光秀とガラシャと本陣を後にした。






またいつか何処かで。


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