おもうちにあれば色外いろそとあらわ

夜空に星とは違うきらきらとした光が花のように咲き、その光は一瞬にして儚く散った。
初めて見るそれは、色々な色や形の模して空に咲いた花のように綺麗だった。

私の隣に座る大和の国の小娘が教えてくれたものだ。
小娘の名はガラシャと言う。織田信長の配下、明智光秀の娘だ。


様々な時代と人物が巻き込まれ混沌とした世界に、私達は居た。
一度は滅びた魏の国は、曹丕殿によって再興されたらしい。そう聞いた。

と言うのも、私はかの人の右腕だったつもりだが、この世界においては私は何の役にも立たず離れ離れになってしまった。







石田三成という大和の将が曹丕殿を支え、混乱を沈静化したらしい。
私のいない間に彼らは友となったと聞いた。
正直、友と言える人のいない曹丕殿に友が出来たのは喜ばしい話だ。


私自身は行き場を無くし、曹丕殿の傍らには侍らず、曹操殿に雰囲気の似た織田信長という将の下に居た。
曹操殿に似て、私の才を好きなように使ってくれるのが心地良い。

「花火は綺麗じゃのう。司馬懿殿」
「はなび、と言うのか」
「ほむ!司馬懿殿の国にはないものかのぅ」
「私は初めて見た」
「ではわらわが花火とは何か、司馬懿殿に教えてあげるのじゃ!」
「ほう。よろしく頼む」

ガラシャは嬉しそうに笑い、私の隣ではしゃいでいた。
ぼんやりと打ち上げられる花火を見ながら、ガラシャは花火を語る。



魏も呉も蜀も関係なく、時代に隔たりのない世界。
皆と生きる時代も国も違う。
この花火とて、私の世界にはないものだ。

曹操殿や曹丕殿にも再会はしていたが、魏には戻れなかった。
私は一度、遠呂智に組し魏に刃を向けた者。戻れる訳がなかった。


それに私の代わりが居る。
私の居場所は魏にはなかった。






そうして一人で居る事が多い。
ガラシャはそんな私を気にかけてくれているのか、よく話しかけてくる。
今ではすっかり懐かれてしまった。

ガラシャは私が明智光秀に似ていると言い膝上に座りたがったが、さすがに年頃の娘にそんな事は…と遠慮した。
頬を膨らませつつ、ガラシャは私の頬に触れる。

「何だ?」
「司馬懿殿は女子のように肌が白いのぅ」
「煩い。生まれつきだ」
「司馬懿殿は綺麗じゃのぅ。じゃが、瞼が腫れておる。寝不足か?眠れぬのか司馬懿殿」
「…まだ、慣れぬものよ。己の立ち位置が解らぬ」
「なれば、司馬懿殿はわらわの隣に立つのじゃ」
「うん?」

唐突に何を言い出すのかと思えば、ガラシャはやけに自信に満ちた瞳で私を見上げた。
ガラシャと私の頭上では花火がきらきらと光っていた。

「司馬懿殿はわらわを助けてくれた。
わらわは司馬懿殿に恩返しがしたいのじゃ。司馬懿殿を笑わせたいのじゃ」
「恩など売ったつもりはないし、私は笑っているではないか」
「されども、司馬懿殿はいつも何処か淋しそうじゃ。心からの笑みではない。
いつも一人でおる。わらわは司馬懿殿を好いておるゆえ、心配なのじゃ…」
「おまっ…、まぁ、よい…。気持ちだけ受け取っておこう」
「ほむ。司馬懿殿は照れると可愛らしいのぅ」
「やかましいわ」

箱入り娘の唐突な告白はさておき、先程よりも長く大きな爆音に空を見上げた。
最後の一玉だったのか、夜空いっぱいに花火が光る。


流石にこれは、と私も息を飲んで見上げた。

「おお、大輪の華が咲いたのぅ!綺麗じゃ」
「…花火か。覚えておこう。だが、まぁ…」
「ほむ?」
「私の方が綺麗だがな」
「何と!司馬懿殿は自信家じゃのぅ」
「事実を伝えたまでだ」
「ほむ。いつもの司馬懿殿なのじゃ。確かに司馬懿殿は美しいのじゃ」
「…お前に言われると、こそばゆいわ」

別に容姿に絶対的な自信がある訳ではないが、少なくとも私を案じる小娘の前ではしっかりしなくてはと思う。
こんな小娘に心配させてしまうほど、私自身が落ちぶれたと思いたくはない。

「花火は終わってしまったのぅ」
「そうだな」
「此処に居たのか」
「誰じゃ?」

立ち上がり幕舎に帰ろうとガラシャに手を引っ張りかけられた時、同様に空いた片手を背後から引っ張られた。





忘れるはずもないその男は、私の手首を掴んで離さない。

「子か…、曹丕殿、何用でしょうか」
「随分と、敵意を込めた話し方をするようになったな」
「そなたが曹丕殿か!司馬懿殿から聞いておる!そなたが司馬懿殿の主じゃな」
「如何にも。仲達は私の」
「元、主従関係にあっただけだ。今の私にこの御方とは何もない」
「…司馬懿殿?」
「確かにお前は美しい、と思う」
「…聞いていたのですか」

幾久しくお顔を見た。幾久しく触れられた。
漸く私を見てくれたような気がして本心では嬉しかったものの、言葉では素直にはなれなかった。
今更この世界で、私はこの人に何が出来ると言うのだろう。

ガラシャも曹丕殿も私の手を離さない。

「司馬懿殿!」
「仲達」
「何だと言うのだ…」
「教えよ!この世界において、曹丕殿は司馬懿殿の何なのじゃ?」
「それは私も聞きたい」

私の主だ、と答えかけて止めた。
この世界で私は曹丕殿と主従関係にない。それは過去の話だ。
即答出来ずにいると、ガラシャが曹丕殿の手を取り、私の手を握らせた。

「何…?」
「わらわは司馬懿殿とは付き合いは長くはない。
じゃが、司馬懿殿が素直でない事はよく知っておる」
「ほぅ、よく解っているではないか」
「司馬懿殿はいつも淋しそうな眼をしているのじゃ。
いつも泣きそうな顔をしているのじゃ。いつも一人ぼっちなのじゃ」
「何?」
「…別にそんな顔はしていない」

昨日敵だった者を、今日から味方だと思う事など出来ない。
敵か味方か、どの時代の者かも解らぬ輩に愛想を振りまくつもりはない。
私は群れるつもりがないだけだ。
ガラシャは私の背を押し、曹丕殿に向き合わせた。

「従者は主を思うもの。父上の御言葉通りなら司馬懿殿は」
「ええい、喧しいぞ小娘!」
「ほむ!司馬懿殿は曹丕殿に会いたくてたまらなかったのじゃな!」
「違う!私は…!」
「仲達よ」
「…はい」
「ちょっと来い。ガラシャよ、暫し二人にしてくれ」
「ほむ!承ったのじゃ!」

ガラシャは嬉しそうに笑って手を振り、我等の元を去って行った。















そして曹丕殿は私の手を握り締めたまま、建物の一室に入るなり壁に私を押し付けた。
一体何だと言うのだ。

「お前は私に襲われたいのか…」
「は?」
「そのような顔をして、強い言葉で否定しておきながら…そなたは私を離さぬではないか」
「…っ?!」

無意識だったが、私は曹丕殿の袖を掴んで離さなかった。
ずっと握り締めていたらしい。
言われて気付くも、その手を壁に押し付けられてしまった。

「曹丕、どの…?」
「その呼び方は不愉快だ」

曹丕殿に顎を掴まれ上を向かせられて唇が合わさる。
ひどく懐かしく優しい口付けに、何故か頬が濡れていつの間にか口付けに応えていた。
ふ…、と曹丕殿は笑い私を抱き締める。

「…仲達よ、ずっと一人にさせてすまなかった。
遅くなってしまったが、私はお前を迎えに来たのだ」

その一言で今まで堪えていた何かが吹っ切れて、曹丕殿にしなだれかかるように胸に埋まった。
咄嗟の私の行動に、曹丕殿はそのまま抱き留めて背中に腕を回す。

非礼を詫び、一言二言話す毎に距離が縮まった。
先程の会話を思い出し、曹丕殿の唇を指でなぞった。

「……襲うよりは」
「ん?」
「口説いて、いただきたく…」
「ほぅ…。ではその切れ長の瞳、今一度私に向けてくれような」
「よくそう…臆面もなく…。そのように言われては恥ずかしくて、見れませぬ…」
「何を今更。朝も昼も、夜ですらよく見ている顔ではないか」

恋人。今は過去。
私達は主従関係にあって、恋人でもあった。
私はずっと、身も心もこの方に委ねて、愛し愛されていたかった。

今なら少し、素直になれる。



真っ直ぐな灰色の瞳は吸い込まれそうで、危うい。
何もかも流されてしまいそうになる。

「確かに…そうなのですが……。子桓様の瞳は…吸い込まれそうで…。
見ていると色々危ういのです…」
「漸く子桓と、呼んでくれたのだな…仲達」

嬉しそうに笑って、子桓様は私に何度も口付ける。
本当に幾つになっても、子桓様は変わらない。


だが私は未だ、この人を心から許した訳ではなかった。

「たまには、私も甘えたいのです……。
自分からは恥ずかしくて、とても出来ませぬ故…子桓様のお力をお貸し下さい…」
「お前は、私に甘えたかったのか…?」
「…さぁ、解りませぬ」

実際、私自身どうしたいのかよく解らなかった。
それでもこの胸の高鳴りは本当で、子桓様に触れられたくて堪らなかった。





寝台に押し倒され、私は抵抗する事なく子桓様をその身に受け入れた。
少々の息苦しさと痛みに吐息を漏らす。涙が止まらない。
私を案じて子桓様が腰を引くも、首に腕を回して抱き締めた。

「…仲達?」
「ひどい、ひと…」

離れれば離れるほど、寂しくて仕方ない。
これがきっと私の本心なのだろう。
私はずっと子桓様のもので居たかったのだ。

私を迎えに来るのが遅過ぎる。

「…私」
「ん?」
「貴方が、欲しくて…堪らなかった…。
貴方が、居なかった。貴方は、私を…独りにした」
「…すまなかった。何度も迎えに行こうと」
「私が貴方を…、嫌いになってしまう前に…私を口説いて、下さ…いませ…」
「…なれば、覚悟するが良い。私はお前の全てを支配したい」
「ゃ、ぁ…?!あっ…!」
「仲達の全てを、愛している」

一度深く突き上げられた後、そのまま何度も奥を突かれて果てた。
後ろだけで果てさせられた後も子桓様は突き上げるのを止めず、そのまま腰の動きを止める事はなかった。

耳を甘く噛み、愛していると囁き私を抱く。
指に口付けて、お前が居ないと私は駄目なのだという子桓様の言葉を聞いて目を閉じた。



私に甘い言葉を囁きながら、突き上げる事は止めない。
もう既に何度も果てているというのに、子桓様は私を抱く事を止めるつもりがない。

「…も、だめ、です…、そんな風に、したら…」

限界を訴えて頬に手を伸ばすと、ちゅ…と優しい口付けが降ってきた。
体が快感にぞくぞくと震える。

「子桓様…、子桓さま、子桓さ…っ、ぁ…!」
「…仲達、仲達…」

私の中に子桓様が果てたのを感じて、私も果てた。
その体の繋がりを解かぬまま、子桓様は私を押し倒して胸に埋まる。
私は思わず首に腕を回し、涙を流した。

好きで好きで堪らなかった。

「…好き…、大好きです…。好き…、なの…です…」
「仲達…?」
「…もう、離れたく、ない…」
「もう、離すつもりもない…」
「約束、して…下さい」
「私の美しい恋人に誓おう。もう二度と離さぬと…。
何処へ行こうとも何があろうとも、私はお前から離れない。お前を離さない」
「…子桓さま」
「この唇に誓う」

子桓様からの優しく甘い口付けに涙を流しながら笑って、意識を手放した。



結論として、私は子桓様から離れたくなどなかったのだ。












子桓様に引き抜かれて、結局私は魏に戻った。
三成が苦笑し、無礼にも子桓様の背中を叩いて笑う。

その後、国も時代も関係なく連合軍となった。そこで久しぶりにガラシャと再会した。
ガラシャは子桓様の隣に立つ私を見つけるなり、飛び付くように私に抱き付いた。

「これ」
「司馬懿殿なのじゃ!久しぶりじゃのぅ!…ほむ?」
「うん?」
「司馬懿殿、嬉しそうじゃな。花が咲いたようじゃ。愛いのぅ」
「何を言っている」
「うむ!仲直りしたのじゃな。わらわのお陰かのぅ?」
「だから何を言っている」
「わらわの好きな司馬懿殿が元気になって何よりなのじゃ!」
「ちょっ、お前は…」
「ふ…、おい小娘。そなたとて仲達は渡さぬぞ」
「貴方様も何を言って…」
「むぅ、わらわは負けないのじゃ!」

ガラシャは嬉しそうに笑う。
子桓様は私の手を取り離さない。

「今度は皆で花火をやろうぞ、司馬懿殿!わらわは司馬懿殿の笑った顔が好きじゃ」
「お前、何処となく子桓様に似て」
「どういう意味だ」

今気付いた。
この娘、素直に思った事をそのまま話すのが子桓様にそっくりなのだ。
私を離さぬと子桓様が握る手を握り返して、私は笑った。


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