一日千秋いちにちせんしゅう

私はあの日、仲達を連れて行く事が出来なかった。
仲達が船に乗っていない事を知ったのは出立してからだ。
戦での混乱の最中、私は仲達を連れ出す事が出来なかった。

戦場で生存を確認し、漸く無事を確認出来た程、情報は寸断されていた。
私は身を案じていたのだが、
仲達は私と顔を合わせるなり、嫌味たらしく刺々しい言葉で私を罵り刃を向けた。

「仲達」
「今は敵です。お覚悟を」
「…仲達」
「失せろ」

仲達の口調が冷たいものとなった。
私に対し、僅かな敬意が残っていたのだが今はそれもない。
冷たい眼差しで私に刃を向け、殺気すら伝わる。
仲達は本気なのだ。

「私の邪魔をするなら排除するまでだ」
「軽口を」

仲達とて手練。片手間に相手を出来る相手ではない。
本気の仲達と対峙した事はないのだが、なかなか仲達は手強い。
本音では戦いたくないのだが、仲達からの尖兵が容赦ない。仲達は手加減をするつもりがないようだ。

「っく…ぅ」
「…っ」

仲達の肩を斬った。血が出ているのが解る。
仲達が肩を抑えて蹲り、私を強い眼差しで睨み付けた。

私が仲達を傷付けてしまった。

急所は外したが、重傷を負い
苦痛に眉を寄せるも、仲達が振り下ろした羽扇を合図に矢の雨が降る。
駆け寄ろうとしたのだが、それは適わず咄嗟に矢を避ける。
その後現れた伏兵に紛れて、仲達の姿は見えなくなった。

「仲達」

字を呼んだが、声は聞こえない。
代わりに私の傍に駆け寄ったのは三成だった。

「無事か。司馬懿は退いたようだな」
「…見失ったか」
「諦めろ。もはや司馬懿は魏に帰らん」
「お前が決めるな。あれは私のものだ」

三成を制し、再び剣を手に駆ける。
結果としてその戦は制したが、再び仲達と顔を合わせる事はなかった。









こちらの世界の間隔で、果たして幾日が過ぎたのか。
世界は曹魏、孫呉、蜀漢、そして別の時代の者たちと手を合わせて妲己らと対する事となった。
三成らはその別の時代の者たちだ。

行方も安否も知れない父と合流したのは先日。
父は生きていた。曹魏は元に戻ったのだ。
ただ、仲達がいない。
相変わらず行方も安否もしれない。

父は織田信長という男と同調し、行動を共にする事にしたようだ。
私も三成らと行動を共にしているが、仲達を失ったのかもしれないという喪失感に心を傷めていた。

三成と回廊を歩いていると、父と信長が話している傍らに紫の衣が見えた。
信長の衣も紫が多いが、それとは違う。
薄い紫色と、ひらひらとした紐が見えた。
其れは信長の傍ら、ひっそりと立っている。

「…!」
「曹丕?」
「暫く隠る。私の部屋に誰も近付けるな」
「待て、訳を聞かねば皆に示しがつかん」
「仲達だ」
「何?行方不明ではなかったのか?」
「生きていた」

父の元に歩み寄り、信長の背に居た仲達の手を取る。
はっ、として仲達は私を見つめたが直ぐに視線は逸らされてしまった。

「子桓」
「この男はぬしのものであったか、なれば返そう」
「諸葛亮の元に居たようだが、袂を分かち、司馬懿は信長の元に居たようだな」
「諸葛亮…」

仲達の視線は私を一瞥したが、その瞳に私が映る事はなかった。
仲達の口から諸葛亮の名が呟かれる事に少なからず不愉快だ。

「父よ、もう宜しいでしょうか」
「うむ。儂も漸く此奴の顔を見た。大事無いようだな」
「はい…」
「子桓を、また頼まれてくれるか」
「……。」

父の前であっても、仲達は御意と返答はしなかった。
父が苦笑するのを横目に唇を噛む。
信長が不敵に笑い、仲達の顎を掴み上を向かせた。

「何を…」
「古の軍師の片割れよ、この男が嫌ならば信長の元に来るか」
「ほう」
「何」
「其れとも、諸葛亮の傍らが良いと申すか」
「…どうでもいいな」

仲達は抗わない。
仲達は虚ろに呟いたが、私が信長の手を払った。
そのまま仲達の手首を掴み、父と信長には目もくれず仲達を連れ去った。

「何です…、私はもう」
「黙れ」
「あなたには、もう三成がいるでしょう…」
「黙れ」
「私は、あなたにもう、必要ない」
「黙らぬか」

私の部屋に閉じ込めるように鍵を掛けた後、壁に仲達を押し付けて口付ける。
目を見開き、仲達の体が強ばる。
深く口付けるも、暫くして仲達は私の胸を叩いて抵抗のはじめた。
仲達とは、この世界に飛ばされる前まで恋仲の関係を続けていた。
そう思っていたのは私だけだったのか。仲達から抵抗されたのは初めてだった。

「お止め、下さい…!」
「やめぬ」
「ぃ、や、…!」
「っ」
「もうやめて、下さい…」

私の頬を平手で打ち、力なく床に座り込んだ。
顔を掌で覆い、私からは表情が見れない。
仲達に叩かれた頬に触れた後、襟を掴み仲達を寝台に投げ入れた。

「…なに、を」
「仲達、お前は私のものだ。異なる世界へ飛ばされようと、何処の国へ行こうと…私のものだ」
「私はもう、あなたのものでは…ない…」
「お前の意思など聞いていない」
「!!」

仲達の手首の飾り紐を解き、そのまま手首を縛り上げて寝台に括りつけた。
冠を床に落とし、髪紐を解いて髪を下ろさせた。
流石に何をされるのか解ったのか、仲達は脚で私を蹴りつけた。
足首を掴み、頬を叩いて服を切り裂くと仲達は声もあげなくなった。

「…私が、今までどのような思いをしていたのか、お前は知らぬ」
「それは、私とて…」
「入れるぞ」
「なっ、ま、…嫌、です…!」
「言っただろう。お前の意思など聞かぬと」
「ぁ、あ、ああ…!!」

方便だ。そうとでも言わなければ仲達に触れない。
抵抗する仲達を抑えつけて、無理矢理体を繋げた。
愛撫も解す事もせず無理矢理接合した。
ぎちぎちにきつく締め付ける仲達との接合部は血濡れになっていて、半ば放心したように仲達は抵抗を止めた。
余りの痛みに声すら上がらぬのだろう。仲達は何処かを見つめて体を震わせていた。

「…仲達」
「ふ…、ぅ…」

締め付けがきついが、接合部の血の滑りで無理矢理突き上げる。
唇を噛み声を上げない仲達は目を固く閉じて私を見つめない。
咄嗟に叩いてしまった頬を撫でて優しく口付けると、一度仲達は私を見つめてくれた。

「…仲達」
「痛い…、いたい、…で、す…」
「…、私は」

言葉をその先紡ぐことなく、仲達を凌辱していく。
脚を強く抑えつけ、深く抉るように突き上げる。
突き上げる度に仲達はくぐもった声を漏らしていたが、暫くすると何も声を発さなくなった。

仲達が果てる事はない。仲達を感じさせるように抱いていないからだ。
血と精液で仲達の体は汚れていた。私がやったことだ。














何度目かの接合の後、仲達の肩から血が滲んでいる事に気付いた。
一度引き抜き、服をはだけさせると仲達の肩の傷口は癒えていなかった。
私が斬りつけた傷口だ。

「…これは」
「…、っ…」
「まだ、癒えていなかったのか…」

仲達の頬に涙が伝う。
泣かせているのは私だ。

仲達を連れて行けなかった。
剣で斬りつけ、頬を叩いて、仲達の意思など聞かず、体も心も凌辱してしまった。
私はこの世界で仲達を傷付けてばかりで、其れを今更愛しているなどと告げたところで信じてくれるだろうか。

凌辱した事で肩が擦れて、傷口が開いてしまったのだろう。
肩に手を置くと、仲達が横目で恐る恐る私を見上げた。

「…何ですか…」
「大人しくしていろ」
「…?」

手首の紐を解き、仲達を起こして肩の傷を見た。
私が仲達を傷付けたのはこれが初めてだ。

止血を施し手当てをした後、包帯を巻き直す。
仲達に私の上着を掛けた後、罪悪感に苛まれ顔が見れず仲達の胸に顔を埋めた。

「曹丕殿…?」
「不甲斐ない。私はお前を置いて行った…。連れ出す事が出来なかった。あの戦での混乱の最中、行方は知れず安否も解らない。私がお前を殺してしまったのかとも思えた」
「…。」
「お前は私のものなのに…あの諸葛亮と双璧を為していた事が嫌だった。信長に触れさせる事すら許さぬ。奴の元に居たようだが、何故…伝えてくれなかった。私はもう、仲達に必要ないか」
「あなたとて、私がもう…いらないのでは…」
「私がそう言ったか」
「…三成が、居るでしょう」
「あれは友だ。お前のように扱いはせぬ。私は今でもずっと、お前だけを愛している」
「っ、今更…」
「ずっと好きだ。愛している。お前を想わない時はない」
「…嘘…です」
「…、泣いているのか」

私の頬に雫が落ちた。
ぽろぽろと長い睫毛を濡らして仲達は泣いていた。
また泣かせてしまった。

体を起こして仲達の涙を拭う。
頬を撫でると、その手を仲達が握りしめてくれた。

「…ずっと、戦ばかりの日々でした…」
「すまない。酷い事をした」
「私はもう、あなたに必要とされていないと…あの戦で、そう感じたのです」
「…まだ、痛むか」
「とても、痛みます…」
「すまなかった。許される事ではないが…」
「…子供のような瞳をして」
「…?」

仲達に目元を拭われ、己が泣いているのだと気付いた。
私が泣く権利などない。泣きたいのは仲達の方だ。

強引に目元を拭っていると、仲達が頭を撫でた。
心身ともに傷だらけにしたのは私だというのに、仲達が私に触れる手が優しい。
まるで壊れ物を扱うかのような仕草で私を撫でる。

私は仲達が恋しくて、愛おしい。過剰な心配で空回りをしていた。
ゆっくりと寝台に寝かせ、今度は優しく仲達に口付ける。
触れるだけの口付けを繰り返した後に、幾度も字を呼んだ。
初めからこうすればよかったのだ。

「仲達、すまぬ…。仲達…」
「…お顔を見せて下さい」
「…?」
「あなたはずっと、仲達と呼んでくれるのですね…」
「仲達は、仲達であろう」
「…また、お傍に居ても…、私は迷惑とならないでしょうか」
「…私は、それを望んで、お前をずっと探していた」
「本当、ですか」
「仲達が居ないと、私は駄目だ…」
「…子桓様…」

仲達が漸く私の字を呼んだ。
この世界に来てから初めての事のように思う。
思わず目を見開くと、仲達は口元を抑えて笑う。それがとても愛らしかった。

「…暫し、大人しくしていろ」
「…?」

凌辱した体は血濡れで、痛々しい。
私のものだと、そう思わせたくて犯した罪だ。
仲達の脚を撫でて少し開かせ、仲達のを口に含む。
漸く何をされるか解ったようだが、今は抗う力もないらしい。
私の髪を抑えるが、次第にその力はなくなり、私の手を握り締めるようにして体を震わせていた。

「…何を堪えている。果てよ」
「そんな、こと…」
「良い…。もう酷く扱うつもりはない…」
「っふ、ん…っ」
「元より私は…、仲達を…」

奉仕を続けていると、仲達が幾度か私の口内に果てた。
随分と濃い仲達の精液を飲み干し、口元を拭う。
仲達の声に漸く艶が交じる。

「…、はぁ、…ぁ…」
「もう良いか」
「…まだ、です…」
「?」

脚を閉じ、仲達は私に手を伸ばす。
呼吸が覚束無い様子の仲達に口元を濯いでから口付けると、仲達から深い口付けを求められた。
仲達から求められる事が嬉しいが、今は罪悪感が勝り口付け以上は手が出せない。

「っぁ…、は…」
「…仲達、手当てを」
「今度はちゃんと…、抱いて下さらないと、私は一生赦しません…から…」
「…しかし、傷が」
「あなたのせいです…」
「っ、違いない」
「…馬鹿め」

恋人のように抱いて欲しいと、仲達は言葉にはしなかった。
優しくして欲しいのだろう。私に酷い事をされた癖に、仲達は私に優しさを求めた。
私とて本当は、傷付けたくなどなかった。
仲達に会ったら、ひたすら甘やかせたかったのだ。

切り裂いてしまった服を脱がし、胸に唇を寄せる。
仲達の鼓動を感じながら、胸を吸うと小さく声をあげた。
血濡れにしてしまった秘部に恐る恐る触れると、やはり痛むのか少々眉を顰めている。

「…仲達」
「やり直して、くれますか」
「赦してくれるのか」
「…私はずっと、あなたをお待ちして…いたの…です…よ…?」

最後の方は言葉にならなかった。
ぽろぽろと涙を流す仲達を見てもう二度と離れまいと誓い、今度は充分に解した後、仲達と繋がった。
苦しくないかとか、痛くないかだとか、心配で堪らない。
血と精液が溢れた仲達との接合部に少なからず胸を傷めながら、仲達を慰める様にその体を抱いた。

「っん、ふっ…」
「…すまなかった。お前に、苦痛ばかり…与えてしまった…」
「本意ではない…、の、でしょう…?」
「そう思ってくれるのか」
「…そうでなければ、私の手当など為さらない筈です…」
「すまぬ…、私は」
「もう、謝らないで下さい。私とて…あなたに刃を向けました…」
「…気にしてない」

仲達がふ…と儚く笑う。
快楽よりも苦痛が勝るのか、少しでも傷まぬよう私からは余り動かず口付けを繰り返した。
焦らされるのは嫌なのか、仲達の腰が動いている。
なればと、女であったなら孕ませるかのように深く優しく仲達を抱いた。
首筋や胸、手の甲や脚、太股にも痕をつけるように口付ける。
仲達は私のものだと痕を残したかった。

仲達が頬に一度、首筋に一度、唇を付けた。
首筋には痕も残したようだ。
仕返しのつもりなのかと仲達に問うと、私のものだと残したかったと仲達も言う。

「曹子桓は、司馬仲達のものだ…」
「ふふ…」
「それで、良かろう?」
「はい…」

仲達に腰を進めながら、体に沢山痕を残していく。
独占欲は私の方が上だ。
今度は快楽を感じさせるように丁寧に抱き、仲達が果ててから私も果てた。
流石に無理をしていたのか、体から引き抜いた時、既に仲達は気を飛ばしていた。
気を飛ばしてもなお、私の指を摘んでいる。
意識のない仲達に口付け、己の罪を思い眉間を抑えた。




傷付けた体を労るように仲達を清め、私の服を着せて寝台に寝かせた。
服は新しく仕立てるよう、部下に言伝て、包帯や薬などを持ってこさせた。

仲達の肩の傷は応急処置のみで、適切な処置が施されていない。
今までずっと戦場にいたと聞いた。寝台で眠るのも久しいのやもしれぬ。
疲労が溜まっているのか、寝息は健やかだが、体は熱を帯びていた。

「…暫し休め。もう離れぬ。お前は私が護る」

熱のある額を撫でて、濡れた布巾を乗せた。
傷痕が残らぬよう、肩の傷も消毒し適切な処置を終えた。
三成に言伝てた為か、必要以上に他人は近寄らない。二人きりにしてくれている。

私は仲達を誰よりも愛している。
だが、深く傷付けてしまった。
仲達は私を赦したが、私が自分自身を赦せなかった。
仲達の髪を撫でて口付ける。
寝息を立てている仲達の額に口付けた後、短刀を持ち、暫し仲達から離れた。



























頭がくらくらとして思考が巡らない。
あの御方から蔑まれる夢を見た。
お前などいくらでも代わりが効くだとか、もういらないだとか。
聞き慣れた声色で罵り、体も心も凌辱される夢を見た。
もう私は赦した筈なのに、夢ではまだあの出来事を引き摺っている。

ぼんやりと眼を開けると、視界には布巾が乗せられていた。
氷にでも浸かっていたのか、布巾はひんやりと冷えていて心地好い。
どうやら私は熱があるようだ。

「…?子桓様は…」

子桓様の姿が見えない。
寝台から起き上がろうとしたところ、肩に浮遊感を感じた。
もう痛みを感じない。
見れば、随分と丁寧に縫合され処置が終えられていた。
私の肩に掛けられていたのは子桓様の上着だ。
処置をしてくれたのはおそらく、子桓様なのだろう。
周囲に人の気配を感じない。
子桓様もいなくなってしまったのだろうか。

寝台から床に足を付き、辺りを見回すと背後に人の気配を感じた。

「もう起き上がれるのか」
「!…御髪…」
「ああ…」

まだ寝ていろ、と子桓様は私を寝台に寝かせた。
子桓様が長く結われていた御髪は切られ、肩より短い。
どうなされたのかと、不安げに見上げていると、頬を撫でられて子桓様は私の傍に膝をついた。

「罰だ」
「罰?」
「お前が私を赦そうとも、私が私を赦せなかった」

切られた髪束を子桓様は私に見せた。
どうしてそこまで、と子桓様に問うと私の手を取り唇を寄せた。
子桓様は私の頬に口付けて、けじめだと仰った。

とても夢で私を罵った方と同じ人だとは思えない。
過去とはいえ、夢とはいえ、何をされても私はやはり子桓様のお傍に居たかった。
手酷く扱われたとて、あれが本心からの行動でない事は子桓様の性格から伺い知れた。

頬を撫でる手が温かく、優しすぎて涙が溢れてきた。
よく泣く奴だと思われたくなくて、子桓様を寝台に引き寄せて胸に埋まる。
子桓様は一瞬躊躇していたが、直ぐに私の腰に腕を回し抱き寄せて下さった。
その手に安堵し目を閉じる。

本当は誰よりも優しく私に甘い。そんな事はとうに知っているのだ。

「…怖い夢でも見たのか」
「怖い思いも経験致しました」
「ああ…」
「あなたを攻めている訳ではありません」
「そうか」
「…っくしゅん」
「!」

肌着のまま寝ていたからか、くしゃみをしてしまった。
鼻をすすっていると、子桓様が背中を摩る。
子桓様は私を案じてか、何をするにも私に付いて来て下さる。

「服を」
「…服は、子桓様が」
「仕立てたのだ。紫が良かろうと」
「…私に下さるのですか?」
「着せても良いか」
「はい」

子桓様から服を賜る。
紫色の衣に鳳凰の刺繍が美しい。
見れば子桓様も御召し替えをされており、白い衣に鳳凰の刺繍がされていた。
もしや揃いなのでは…と子桓様を見上げると、嬉しそうに機嫌良く笑っているのでおそらく揃いで仕立てたのだろう。

脚が出るのが少々気になる。上着に袖を通し腰布を子桓様に巻かれて鏡を見ると、どうにも身体の曲線が出るような気がして子桓様を見上げた。

「あの…」
「よく似合っているではないか」
「身体の曲線が出るのが…その、気になるのですが」
「お前に触れるのは私だけだ。誰にも触れさせぬ故」
「…もう」

背後から腰に腕を回し、鏡を見て私に口付ける。
優しい口付けに胸のざわめきはなくなったが、どうにも体に力が入らず立っていられない。
まだ体が本調子でないようだ。







子桓様は察するのが早い。
私の顔色を伺うがいなや、私を横に抱いて寝台に運んだ。
胸元を緩め、私の首筋に触れる。

手を伸ばして、短くなってしまった襟足を撫でた。
子桓様の艶やかなあの長髪を、私は少なくとも好いていたのだが…。

子桓様が私の手を取り、甲に口付ける。
私の不安が伝わったのか、お前は気にしなくていいと、そう仰って席を立った。


何処かへ行ってしまうのかと目線を向けると、格子を開けただけのようで、子桓様は直ぐに私の元に戻ってきた。
見透かされたのか、子桓様は嬉しそうに笑っている。

「私がお前から離れるとでも?」
「…怖い夢を見ましたから。この世界も夢であったらと思います…」
「…この先、何があろうと私だけはお前の味方だ」
「はい…。そう願います」
「仲達に誓う。背けば私を殺せ。髪だけでは足らん」
「私には致しかねます。子桓様が逆の立場でしたら、私を殺せるのですか」
「…撤回だ。私には出来ぬ」

腕を伸ばすと、子桓様が私の胸に甘えるように寝台に寝転んだ。
髪を切った為か雰囲気が変わり凛々しく見えたのだが、こうも甘えられてはそれも台無しのように思える。

頭を撫でると、子桓様は目を閉じて私の手に甘えている。昨日の無体とて、本心からではないと解っていたからこそ赦せた。
私にだけ甘えたがりの、人より随分と不器用な方。
子供のような独占欲に私は振り回されているようだが、それが嬉しいと思えてしまう私もどうやら末期らしい。
私とて、子桓様が愛おしい。

「本日の御予定は」
「仲達から離れぬ」
「ふ…、では明日の御予定は」
「仲達から離れぬ」
「変わっておりませぬが」
「事実、その予定なのだが」
「私も御一緒致しますから、軍議などに参加されては…」
「父が言った。仲達は、子桓を任されてくれるのかと」
「はい。仕方ありませんな」
「そうか」

今度は即答が出来た。
今は不安も不満もない。信長には恩義があるが、私の主はやはりこの方だけしかいないのだ。

「…仲達」
「はい」
「恋人から服を賜るという意味は、解っているのだろうな」
「?」
「…脱がせたい、という意味なのだが」
「なっ…!」
「…今はその機会を楽しみにしている」

頬にひとつ口付けを落として、子桓様はそのまま私の胸に埋まり目を閉じてしまった。
どうやら早朝から…、もしくは昨晩から寝ていないのかもしれない。
子桓様の目元にはうっすらと隈が出来ていた。

大切な御髪を切る程に子桓様は一晩中己を追い詰め、私の傍に居て下さったのだろう。
何事も気難しく考え過ぎる子桓様の事、私は相当この御方を追い詰めてしまったようだ。

体を起こし、寝息を立てている子桓様を膝に寝かせる。
寝顔は子供のように愛らしいが、眉間には皺を寄せたままだ。
眉間の皺は何とかならないものかと、短くなってしまった御髪を撫でた。












「お前には適わん」
「…何だ、突然」

扉が開いて、戸口に立っていたのは三成だった。
私達に気を利かせてくれたのか、書簡と食事を持ってきてくれたようだ。

礼を言うと、三成は膝に寝転ぶ子桓様を一瞥して笑う。

「あの曹丕が、お前の前ではまるで子供だな」
「以前より教育係だったものでな」
「曹丕はなかなか面倒な奴だ。人格に多大に問題がある」
「…お前にだけは言われたくないと思うが」
「ふん。何しろその曹丕が唯一そうなるのはお前だけだ。目を離すなよ。此奴は予想以上に脆い」
「ああ…」
「今はそれでいい。暫く出陣の予定はない。信長公がお前を探していたが、お前は曹丕の元に戻ったと伝えておいた」
「…そうだな。帰順しよう。やはりこの世界でも、私の主はただ一人のようだ」
「元からだろう。貴様は深謀遠慮が過ぎるのだよ」

三成はすたすたと扉を閉めて立ち去って行った。
一時期は三成に妬いた事もあったのだが、話してみれば確かに子桓様に似ている節がある。
配下に左近という男がいた筈だが、苦労しているのだろうと大方予想がついた。

束の間の平穏な日々に溜息を吐く。
混沌とした世界にいる今を思えば、あの日常が懐かしい。

膝上で眠る子桓様の瞼に口付け、肩を撫でた。
このように穏やかな時を得たのは本当に久しい。

「…仲達」
「!」

ふと、手を握られた。
温かい手で私の手を握り締めて、子桓様は再び目を閉じた。

「…私は漸く、お前を迎えに行けたのだな…」
「…待ち兼ねておりました」
「もう、二度と離さぬ」
「それは困りました…」
「…ふ」

私の指に口付けて、子桓様は再び眠ってしまった。
本当は嬉しいのだが、そうは言えない。

束の間の平穏に、子桓様の髪を撫でる。
この独占欲に振り回されるのも悪くない…と笑い、子桓様の手を握り返した。


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