三成に弁明したいところだが、あれは全て解って言っている顔だ。
すれ違い様に三成を見た。
よく話せ。
声に出さず、口元がそう動いたのを横目に見て三成を睨んだ。
三成は鼻で笑うように扇を翻す。
その後、左近も三成の後に来た。
子桓様と話す三成の様子を見て笑いながら、床に落ちた私の羽扇を拾い渡す。
何やら紳士的に、ごゆっくりと促されたのは何だか頭にきた。
子桓様に肩に担がれたまま回廊を歩く。
まず普通にこの状態が恥ずかしい。脚を掴む子桓様の背中を軽く叩いて抵抗した。
「下ろして、下さいっ」
「断る」
「誰ぞ見られたら」
「なれば」
腰を持ち漸く床に下ろされた。
やれやれと安堵し、その場から逃げようとすると肩を掴まれる。
「何で、す」
「この私から逃げられると思うのか」
肩を掴まれたと思ったら、腰を掴まれ横に持ち上げられる。
逃げようともがくが、しっかりと抱きすくめられており身動きができない。
「っ…」
「何故、私から逃げようとする?」
ん?、と小首を傾げている子桓様を後目に、せめて目を合わせたくなくて胸に埋まった。
この後、予測される行為が恥ずかしいからに決まっているだろうが。
扉を開ける音がした。
両手が塞がっている為、蹴り開けたらしい。
「御行儀の悪い」
「お前を落とす訳にはいかぬ」
寝台にふわりと下ろされた後、振り返ると開いていた扉が凍てついていた。
余りの事態に、格子を見たが其れも手遅れだった。
凍気が冷たい。
子桓様はどうやらこの部屋に閉じ込めたいらしい。
子桓様の目が据わっている。
嫌な予感しかしない。
「…いつの間に」
「これで逃げられぬ」
「やり過ぎです」
「もう邪魔は入らん」
さて、と子桓様が私の前に立った。
剣の切っ先を喉元に向けられたじろいだが、努めて平静に見上げた。
「…先程までは、不愉快であった」
「申し訳ありません…」
双剣を置き、寝台に腰掛け私を引き寄せる。
顎を掴まれ、上を向けられる。
今度は一体何事なのかと、おずおずと見上げるとその瞳は何処か悲哀に満ちていた。
「…お前の言葉に少々、傷付いた」
「申し訳…、ん」
「許す。だが、私から離れようとする事は許さぬ」
噛みつかれるような口付けをされ、押し倒される。
己の首元を緩めながら、私を食むような口付けを繰り返した。
首元に痕を残しながらも、その眉間には皺が寄せられていて静かな怒気と悋気が感じられた。
「お前の主は誰であるか、心身共に解らせてやる」
「…貴方様のものですと、先程仰ったでしょう」
何度目かの口付けに惚ける。
子桓様から与えられるくらくらとした毒のような快楽に酔った。
肌に感じる悋気に顔を上げた。
「誰に…妬いていらっしゃるのですか」
「私の氷の花よ」
「氷の花…?」
「お前は自覚が足りぬ」
服を全て脱がさず、朝服の紐だけをゆるゆると外しその隙間から胸に触れられる。
凍みた子桓様の手が冷たく、小さく声をあげると其れに気を許したのか、幾度も其処ばかり弄られる。
「…っふ、自惚れてしまう、でしょう」
「何にだ」
「貴方が皆に慕われ、師として嬉しい反面…」
その続きを言うべきか躊躇い、口を噤んだ。
流石に自惚れが過ぎる。視線を逸らしていると、股を膝で踏まれた。
「…っ…!」
「全て話せ」
そのまま膝で押され、距離を詰め寄られる。
子桓様の直視に耐えられず、目を閉じた。
「…皆に慕われる事は…君主として喜ばしいこと」
「その続きだ」
「……私の居場所は…其処にありますか…?」
「うん?」
膝で攻めるのを止められ、体を起こされる。
快楽のせいなのか、抑えた感情のせいなのか解らぬが頬がいつの間にか濡れていた。
「…子桓様を…遠くに感じます」
「……」
「貴方に必要とされない事が…怖いと、この世界に来て初めてそう思いました」
いつも通りの明日が来なくなった世界で、やはり私は何処か不安だったのかもしれない。
誰も頼れなかった。
見慣れない者達の中で誰にも心を許せない。
自軍であろうとも諸葛亮に心を許す事はない。
己のみを信じ、司馬仲達で居ようと心に決めてからずっと気を張っていたように思う。
隣に貴方が居なかった。
寄りかかる場所も、私にはない。
過ぎた時間。
改めて名を聞いた時には、皮肉にも貴方は私が倒すべき敵に在り。
戦場で鉢合わせた時には、貴方の隣には既に三成が居て。
私はもう貴方に要らないのだと、そう言われているように思った。
初めて貴方の姿を見た時は、そのまま踵を返す。
沸き起こるふつふつとした悋気を自覚した。
「…子桓様は、私のものです…」
以前から言わずに黙っていた事を、思わず口にしてから後悔した。
どう、応えたら良いか。
私としたことが動揺している。
仲達は私のもの、其れは幾度となく私が言葉にして本人に伝えた。
悋気を起こした仲達からの告白は、予想以上に私の心を捉える。
沸き起こる愛しさに任せ、仲達に口付けながら服の合わせ目を開いた。
漏らすような小さな嬌声に気を許し、弱い箇所を攻めれば仲達はくたりと力無い。
口付けを幾度も交わしながら仲達の脚を広げ、前戯も程々にし己をあてがう。
小さくかたかたと震える仲達に食むように口付けながら、中にゆっくりと挿入していく。
「っ…ぁ…!」
「…っふ」
少々きつい其処は熱く、何とか私を受け入れた。
視線を合わせようとしない仲達の顎を掴み上げ、直視する。
互いの体を巡る快楽と少々の苦痛に瞳は惚けていたが、仲達の瞳には不安の色が見て取れる。
私からの言葉を待っているのだろう。
ふ、と笑って頬に口付け奥に腰を進めた。
仲達が体を反らし、快楽に揺れている。荒く上下する仲達の胸に頬を寄せ、埋まった。
「…幸福、だ」
「え…?」
「お前が、私を必要としてくれる事が…」
「…差し出がましい…こ、と…をっ、ぁ…!」
謝罪させる気も、これ以上の言葉を紡ぐ事も不要だ。
何よりも嬉しい。
腰を突き上げ、その口からは甘く嬌声が洩れる。
十分すぎる程に、仲達の悋気に触れた。
仲達が口にせずとも私を想っていた事が解り、愛しさが込み上げる。
いじらしい奴め。どうしてくれるのだ。
願わくば、もっとお前の言葉が聞きたい。
「っ……?」
仲達から一度抜き、その体を起こした。
未だ体に残る快楽に仲達は惚けて震える。私の先走りが仲達の股に伝った。
「しかん…さま…?」
「声を聞かせよ」
「ぁ…、っふ、ぁ…!」
私の膝上に座らせ胸に埋めた後、再び仲達に挿入する。
先程とは違う挿入に仲達の腰が引けているので、更に引き寄せ奥に貫いた。
「逃げるな、仲達」
「っ…、私のこと…ば…がほし、いと…?」
「ふ、先の仲達の言葉が…とても嬉しかった」
私の膝上に座る仲達を見上げ、首筋に口付けた。
小さく揺すると、締め付ける心地に私も酔いそうだ。
私の傍に仲達が居ない事などない。
この世界に投げ込まれて初めに考えたのは、消えた仲達の安否だった。
生存を知り、戦場で鉢合わせる仲達の傍には諸葛亮が居た。
早々に踵を返し、立ち去る仲達に『其処から迎えに行く』と残し、幾度目かの戦闘後に漸く仲達を取り返した。
お前が傍に居るということ。
時には父のように厳しく、妻のように麗しく、誰にも負けぬ私の氷の花。
咲かすのも、溶かすのも私だけがすればいい。
「私はお前のものだ」
「…恐悦、至極に…」
「そして、仲達…お前は私のものだ」
その言葉を最後に仲達を再び押し倒し、深く深くその体を抱いた。
軋む寝台。洩れる吐息。
幾度も仲達の中に射精し、仲達は果てて気を飛ばした。
体の繋がりを解くと、仲達から私のが溢れる。
少々やり過ぎたか、と後悔し仲達の体を引き寄せた。
「………さ、ま」
「ん?」
「丕、さま…」
「此処に」
「私…貴方が、大好きです…」
「!」
「ふふ」
困ったように眉を寄せて笑う仲達からの言葉に、顔が熱い。
「…くそ…」
口元を掌で抑えて堪えるが、笑みが止まらない。
胸元で小さく笑う仲達が静かに目を閉じた。
「お前は加減と言うものをだな」
「…普段何も言わぬ奴に甘く告白されてみろ。笑みを堪えるのが困難だ」
「そりゃ、堪らんですね」
凍てついた氷を斬り刻み、体を清め眠る仲達を横に抱いて部屋を出た所、
三成と左近に出くわした。
部屋の扉が凍てついているのを見て、何事かと話していたらしい。
敢えて話さずとも此奴等は解っているようだが。
「司馬懿に何と、言われた?」
「私は仲達のものらしい」
「おや、素直でない司馬懿さんにしては頑張りましたね」
「…反則だろう?」
仲達を抱き、日の穏やかな部屋に寝かせた。
髪を撫で、隣に座ると三成と左近が腕を組み私を見下ろした。
「司馬懿さん、美人ですし」
「左近」
「やらんぞ」
「何ですかお二人とも。俺は殿で間に合ってますし」
「ふん、当然だ」
腕を組む三成を何となく見上げた。
確かに黙っていれば美人な方だろうが、性格にかなり難ありと見えるが。
「曹丕さん、機嫌が良さそうですね」
「まあな」
「可愛くて?」
「うむ」
「可愛くて?」
「うむ」
「何故二回聞いた」
「大事な事なので二回言いました」
「爆ぜろ」
緩む表情を堪えて手で口元を抑えているところを、
左近がにやにやと笑いながら話しかけ、三成が扇子で殴ってきたところを避けたら左近に当たった。
三成の雰囲気が仲達に似ているからか、無意識に話しやすいのはそのせいだろう。
仲達の思いを三成に伝えたところ、三成はくっくと笑った。
「このしたり顔がな、随分と一途ではないか?」
「故に、手放せん」
「因みに曹丕さん、殿はあげませんからね?」
「いらん」
「即答か貴様」
「私には仲達が居る」
「ふ、そうだな」
左様が三成の背に立ち、私の即答に笑った。
せいぜい大事にするがいい、と三成は上着を投げて寄越す。
お前の凍気が寒い、と仲達にかけるように促した。
「傍に居られるのが当然と思うな」
三成が溜息をついた。
左近を見上げて、また私に向き直る。
「お前を孤独から救った相手を、お前が孤独にさせるなよ」
「…私の過去を何故知っている?」
「葡萄が好きだとか、砂糖黍が好きだとかいろいろ知っているが」
「ああ、三国志ですね」
「?」
「今日の事も、日記とかに書くなよ?」
「仲達が愛い、と」
「書くつもりだったのか」
「後世に残りますよ」
「それは…やめていただきたい」
後ろから声が聞こえたので振り返れば、目を覚ました仲達が私の背中に埋まっている。
三成と左近が居るのを確認し、どうやら見られたくないようだ。
「ではな。曹丕、司馬懿に無理はさせるなよ」
「曹丕さん、司馬懿さん、今晩、御食事でもご一緒しませんか?」
「構わぬが」
「…?」
「では、また後程」
三成と左近が去っていくのを見送り、仲達に向き直った。
起きたら何だか騒がしく、話している内容が内容だったので目が覚めてしまった。
自分の姿を見られるのが嫌で、目の前の子桓様の背中に埋まった。
食事の約束をして、三成と左近が去っていくのを見た後、
子桓様が私に向き直る。
「…何です?」
「ふ、いや…」
さっきから人を可愛いだのなんだの、全て聞こえているのだが。
子桓様が何だかにやけているので頬を引っ張った。
「いひゃい」
「馬鹿めが」
呆れて背中を向けると、背中を抱きしめられそのまま重みで寝台に沈んだ。
「何…です?」
「仲達」
「はい」
「離さぬ」
「…はい」
頬に口付けられ引き寄せられたので、子桓様に擦り寄った。