春節に入る早朝。しんしんと降る雪。
昨夜、「四刻ほど早く起こしに来い」と言うから来てみれば熟睡している我が主。
改まって何か用事でもあるのか、と思えば…ただ自分で起きれないから起こして欲しいだけか。
此方としては、貴方を起こしに行く為にかなり寝不足なのだから起きるのならばとっとと起きて欲しい。
「…殿、朝ですよ」
寝息しか聞こえない。
やれやれ、と溜め息をついて寝台に駆け寄った。
早朝はやはり肌寒い。
「殿」
「…それだと起きんぞ」
「起きているではないですか」
目を閉じたまま話す。
何だ、狸寝入りか。
眉間を指で抑えて溜め息を吐く。
「…何と言えば起きますやら」
「お前なら解っているはずだが」
「…全く、子桓様お戯れも程々に」
「よしよし」
してやったり、と笑う我が主は漸く寝台から身を起こしてくれた。
紐がとかれた長い髪がはらはらと流れる。
字を呼ばれたい、らしい。
「雪か」
「その様で」
寝台から離れて、格子を開けようとすれば首を横に振る。
まだ早い、と寒そうに肩を震わせたので傍に戻った。
「手を出せ」
「は?」
突如手に触れられる。
別段温かくもなく、むしろ冷えているので暖は取れないと思うのだが。
「冷たいでしょうに」
「この雪の中、呼び出して悪かった」
「…いえ」
嫌味を言った訳ではなかったのだが。
我が儘を言った、とやけに素直に頭を下げる主に半ばぽかんとしながら見つめていると、近ぅ、と引き寄せられた。
「今朝は何か、早急な御用でも?」
「別にない」
私で暖を取るかのように、後ろから抱きすくめられる。
被っていた冠は脱がされてしまった。
「四刻程、刻限がございます」
「もう少し、このままで居たいのだが」
「…否、私を呼び出した理由は如何に」
「夜間に呼び出したら、お前の息子らが煩いだろうが」
「ふ…」
思わず笑ってしまった。
何て、下らない。
何て、馬鹿らしい。
何て。
私の笑みを見て、頬に唇を寄せられる。
一度目を閉じ、振り向いた。
「そろそろ仲達ばなれをなさいませんか、子桓様」
「無理だ、仲達」
「ふ…、全く」
全く。
その後に続く言葉は言ってやらず、また瞼を閉じた。
「続きを、言わぬのか」
「続き?」
「全く、何だ?」
「言いませんよ」
「言えば私が喜ぶぞ」
「なれば、尚更言いませんよ」
「意地が悪い」
「貴方だけには言われたくない」
暫しの押し問答の後、結局私が論破した。
少し苛めすぎたかもしれない。
そろそろ支度をせねば、と立ち上がろうとすればまた腕を掴まれる。
いい加減にしろ、と半ば不機嫌に腕を引っ張る。
「子桓様、いい加減に」
「一度で構わぬ」
掴まれた腕に、力がこもる。
真っ正面に見つめられると適わない。
一度だけだと念を押して、身を正した。
「全く、仕方のない方だと」
「違うな」
「違いません」
「仲達」
「…ああ、もう!」
手に唇を寄せるな恥ずかしい。
吐息がかかるほど顔を寄せるな。
後々、調子に乗らせるだけなのだが…言わないと今日一日が面倒くさい。
視線を逸らし、投げやりに言ってやった。
「…愛しい、と」
「ふ…、仲達」
「もう言いませんからね」
「私もだ」
「いい加減、寝台から出なさい」
「ああ」
全く、本当に。
手間がかかる。
その後、唇に受けた感触に顔が熱くなる。
改めて冠を正し、跪いて頭を下げた。