曹子桓。
この人の下で泣いて。
声をあげて、字を呼んで。
ひと時の幸せ。
この時だけは『魏の太子』でなく『私だけの子桓様』で居て下さる。
だが。
傍から見れば、年下の主の男に組み敷かれ、体を暴かれて泣かされる。
好きでなければ出来ない行為だと、頭では解っているものの。
私とて。
「どうした?」
子桓様の寝室。
情事の後、気付いたら子桓様の腕の中にいることが多くなった。
最後まで意識を保っていられない。
私もいい歳だし、疲れてしまう。
この手の事においては、子桓様の方が何枚も上手なので私は為されるがままだ。
ただ、さすがの子桓様も意識のない相手をどうこうするつもりはないらしく。
今日もまた。
既に体は清められていて、体を繋いだ後のけだるさだけが体に残っている。
目が覚めて、髪を撫でられる。
そんなことをぐるぐると考えていたら顔に出ていたらしく、子桓様に訝しく見つめられる。
「何をふて腐れている」
「…そんなことありませんよ」
「嫌、だったか?」
「貴方を好きでなければこんなこと…」
子桓様の眉間に皺が寄っている。
違う、違う。そうではないのに。
「…私ばかり泣かされているようで…」
「良い声で泣く」
「恥ずかしいのです…」
「何を今更」
意地悪そうに笑う子桓様を見て、目を逸らした。
貴方は立場が違うからきっと解って下さらない。
きっと今、情けない顔をしている。
見せたくない。
「私とて…」
拗ねて背中を向けて、呟けば後ろから抱きしめられる。
「…お前は私を組み敷きたいのか?」
「そういう意味ではなく…自分でもよく解らないのですが」
「組み敷かれるのは、好まないな」
そんなこと解っている。
私に出来る訳がない。
「…子桓様はいつも余裕がおありで…」
「余裕?」
「私はいつも…最後まで意識を保てずに…それが子桓様に申し訳なく…」
「……。」
「…もし私で及ばないのでしたらわざわざ私を選ぶのではなく、後宮に行かれては…」
「そんな事で悩んでいたのか?」
「そんな事とは…」
「私はお前の体が目当てではない。お前でなくては意味がない。そして私が余裕があるように見えるか?」
耳元で呟かれ、体がぞくぞくと震える。
私はこの声に弱い。
声色を聞いて振り向けば、子桓様が私を組み敷く。
「…我が父、曹操」
「?」
子桓様が私の髪を手に取り口づける。
呟く言葉は殿の名前。
「夏侯惇。ああ…張コウや徐晃もそうか」
つらつらと羅列する名前はどれも身近な者の名前で、あからさまに子桓様の機嫌が悪くなるのが解った。
「そして諸葛亮」
怒気を隠さず言い放つ最後の名前は諸葛亮。
「何の話です」
「お前が口に出して話す者の名前だ」
「おっしゃる意味が…」
「ひと時だろうとも、お前の関心が他者に移るのが妬ましいと言っている」
「え…?」
「余裕なんぞあるものか。どうしたらお前が私だけを見てくれるかと必死だ。仲達は私のものだがな」
拗ねたように私の肩に埋まる子桓様。
それがとても子供らしく、可愛らしい嫉妬だと微笑ましく思えた。
「…子桓様、お可愛いらしい」
「何だ急に」
「私はちゃんと子桓様を見ていますよ」
「解っている。解ってはいるが…」
よしよしとあやすように、頭を撫でた。
長く艶やかな髪を短く切られて、幾分かまた逞しくなられた。。
なのに、子供のように拗ねて妬かれるお姿が可愛らしいと思った。
「お前がいい…いや仲達でなくては」
「光栄至極に存じます」
「…口づけても?」
「何を今更」
躊躇したように話す子桓様に首を縦に振る。
頬に手を添えられて、口づけられる。
脚に何か固いものが当たっているような。
「あの、子桓様…?」
唇を離して上目がちに見つめれば、するすると下半身の夜着に手を入れられる。
はっ、として身をよじると片手で顎を掴まれる。
またも捕われてしまった。
「っ…先刻、もうあれ程」
「正直に言うと、気が保てないのは私が無理をさせているからだと思っていた」
「…違い、ますよ」
「なれば何故?」
しまった。
にやり、と子桓様が笑う。
私の口から言わせるつもりか。
思わず素直に答えてしまったことに後悔する。
「…子桓様がお上手で…とても気持ち、いいから…です…」
何を言わせるのだこの人は。
赤面した顔を見られたくなくて視線を逸らした。
「…このまま寝かせてやるつもりだったのだがな」
するりと夜着を開けさせられ、露出した胸に唇が落ちる。
「お前の言葉でどうやら大人しく眠れそうにない」
「あ、貴方様が言わせたのでしょう」
「お前も反応しているくせに」
ぐっと股下を膝で押されれば自分の体も熱くなっていることに気が付く。
無意識に子桓様を求めてしまう体が恨めしい。
ただ子桓様でないと意味がない。
誰でもいいと言う訳ではない。
「…もう、一度だけにして下さいませ」
「ふっ、愛いな仲達」
「…子桓様、本当はいつも足りていないのでしょう」
体勢を反転させた。
子桓様を押し倒す。髪がはらはらと流れた。
「随分と積極的な事だが、一体どうした?」
「いつも子桓様は私に優しくして下さいます…なれば今度は私が貴方に尽くしとうございます」
「気持ちは嬉しいが、私はお前に抱かれるつもりは毛頭ない」
「心得ております」
というか、諦めた。
私では無理だと自分で一番解っている。
「なれば、どうする?もう二度も中に注がれたその体で」
「っん…!」
唐突に中に指を入れられる。
くちゅ、といやらしい水音が響いた。
中は子桓様の愛液に満たされていて、少しでも指を入れれば溢れる。
先程まで子桓様と繋がっていたそこは既に解れていて、ずるずると指を二本呑み込んだ。
「っふ、子桓、さ…ま」
「もう、中に出されるのは辛いか?」
首を横に振る。
子桓様が指を抜くと、白く汚れていた。
その指をちろりと舌で舐めると、そのまま口の奥に入れられる。
された事には逆らえず、汚れた指を舐めた。
「お前の体に無理をさせないよう、これでも加減しているのだが…溢れているな」
「っ…平気です、子桓様なれば…」
口から指を抜かれると、唇を合わせられ舐め取られる。
体の上に乗っているのに、優位なのは子桓様だ。
結局いつも通りに優位に立たれるのが悔しくて、子桓様のを後ろ手で握った。
それは既に固く、大きくなっている。
「っ…!仲達?」
「貴方を…いつも我慢させてしまうのは私のせい」
子桓様のものを掴み、己に宛がう。
「私ばかり、満たされるのは不公平です。私とて…子桓様を満たして差し上げたい」
「…自分で、入れるのは苦手だと言っていたはずだが?」
「大丈夫、です…これ、くら、い…」
「無理するな、仲達」
さらり、と髪に口づける子桓様。
心を決めて、ゆっくりと腰を落として行くと急激な快楽が体を巡る。
溢れる子桓様の愛液の滑りを借りて、奥へ奥へと腰を落とす。
ゆっくりではあるが私の体が子桓様と繋がった。
上体を胸に倒して、熱く息を吐くと額を撫でられる。
よくできた、と褒美を与えるかのように。
「熱いな、仲達」
「子桓様は何もせず…」
「ほう?」
私が。
だが既に二度も繋がり、果てた体は重い。
思うように体が動かない。
蕩けた瞳で見つめると互いの快楽に酔っているのが解った。
「だがまだまだ、仲達は甘い」
「え?」
「腰が引けている」
腰を掴まれて、更に奥に進められる。
急激な快楽に耐え切れず、声を上げた。
「っぁ、子桓、さ…っ」
「こんなに溢れさせていやらしい事だ」
「ゃ…言わな、で下さ…!」
生理的な涙が頬を伝う。
熱く吐息を吐くと、髪を片手でかき上げられて口づけられる。
下から突き上げられる感覚と、部屋に響く水音に聴覚さえも犯される。
「仲達…っふ、体が焼けるように熱いな」
「熱く、しているのは…っはぁ…貴方様で、っん」
声が抑えられなくて、手で口を塞ごうとすれば、子桓様に腕ごと腰を掴まれて封じられる。
抑えることが出来なくなった私の声が、部屋に響く。
恥ずかしくて、耳を塞ぎたかった。
何度自分で聞いても慣れない。
「もう、何度、お前を抱いただろうか」
「…っ?」
「何度抱いても、足りないと感じるのは何故だろうな?仲達」
それはきっと。
お互いがこの時間を“終わらせたくない”から。
答える代わりに瞳を閉じて、子桓様に口づけた。
「…やはり、じれったいな」
「え…?」
「すまぬが、泣かせる。もう加減はしない」
情欲に火が付いたのか、子桓様が私を抱きしめ、体を反転されて押し倒されると、更に奥に繋がる。
燻っていた快楽が更に加えられて苦しい。
「ぁ…!」
「まだ、イかせぬ」
「っ…!なっ…」
「加減せぬと言った」
果てそうになる私のを片手できつく握られると、体が快楽に満たされて逃げ場がない。
どうにかなってしまいそうで怖い。
何より今までの行為が『加減』されていたことが怖い。
「お前が私なしで生きて行けぬように…私で満たしてやる」
「っあ、っ…!」
「私だけを見ろ、仲達」
私は貴方しか見ていないのに。
今までより激しく突き上げられる。
逃げ場がなく、快楽に狂いそうで。
壊れる、と思った。
声にならない声をあげて、子桓様に抱かれる。
満たされて、突き上げられて、注がれて。
字を何度も呼ばれて。
涙を流して。
子桓様の全てを受けとめて。
中に注がれて引き抜かれ手を離されて、果てる。
快楽に頭がくらくらして、気が飛びそうになるのを堪えた。
「果てる寸前のお前の顔…妖艶で何度見ても飽きない」
「そん、な…こと」
「綺麗だ…誰にも見せたくない…」
子桓様が私の胸に埋まる。
荒く熱い吐息が私に当たる。
こんなに余裕がない子桓様を見るのは初めてだった。
「…もう少しでお前を壊してしまうところだった」
熱い吐息を吐きながら、私の胸に埋まる子桓様の表情はとても安らかで可愛らしく。
もう腕を上げるのも辛いが、子桓様の額に口づけた。
「…私で…ちゃんと…満足、しましたか…?」
「これ以上ない位に」
「よかっ…た…」
私にもう少し余裕があったなら、抱きしめて差し上げられるのだけれど。
ごめんなさい。
そんな力はもうなくて。
「…無理をさせた。私の加減が利かず…本当にすまない」
「構いません…」
「辛いか」
「…少々、疲れました。こんなに体を酷使されたのは初めて…でしたから」
「明日は休んでいい」
「はい…」
罰が悪そうに話す子桓様に、大丈夫だと頭を撫でた。
子桓様も疲れたのか、私の胸に埋まったまま瞼を閉じた。
「やはり傍にいたい」
「駄目ですよ」
「私も腰が痛いのだ…」
「自業自得でしょう」
「…私も休む」
「殿に何というのですか?」
「何とでも」
結局今朝は子桓様も休まれた。
やはり加減はしてもらおう…と深く心に決めた。