ガシャン。
執務がつまらぬ事で捗らず、むしゃくしゃして壁に葡萄酒が入っていた瓶を後ろ手に投げつけた。
壁に当たったのか、器が割れた音が聞こえた。
「ちっ…」
全く使えない。どいつもこいつも。
仲達は既に帰宅している。つまらぬ。
つい物に当たり投げてしまった事を少しばかり後悔し書簡を置いて、割れたであろう葡萄酒の器を片付けるべく振り返る。
「…っ」
振り返ると仲達が訝しい表情でこちらを見ていた。たまたま入室してきた仲達に葡萄酒の器が掠めたようだ。
葡萄酒はともかく、瓶の破片もそのままだったので肝が冷える。
執務に苛立っていた気持ちは一瞬で消え失せ、仲達に駆け寄る。先に帰宅した筈の仲達が何故、私の室を訪れたのか。
「仲達…?」
「…どうされました?」
「とりあえず動くな。怪我は」
「私は大丈夫です。…葡萄酒、ですか?勿体ない事を」
まだ破片が散らばっていたので、仲達にその場所から動かぬように声をかけ瓶の破片を手で拾い集めた。
「っ…子桓様、手が」
私が素手で破片を拾う様を見て仲達がその場からたじろぐが掌で制止させる。
破片で手を切ったようだが、これくらいならばどうということはない。
「動くな、命令だ」
「ですが」
仲達は葡萄酒を肩から浴びたらしく、朝服が濡れて体に張り付き白い肌が透けている。
ぽたぽたと仲達の頬から葡萄酒が伝った。
破片を拾い終えて、仲達を引き寄せ横に抱き上げた。
そのまま部屋を出る。
「! 何処へ?」
「すまなかった。やはり物に当たるとろくなことがない」
危うく惨事になるところであった仲達に深く陳謝する。
仲達を抱き上げる私の手が少し震えていた。
怖かったのかもしれない。
「…どうかされましたか。子桓様らしくもない」
「少々苛立っていた。だがもう少しでお前を傷つけてしまうところだった。すまぬ」
「いえそんな…私こそ入室前にお声掛けをせず御無礼を致しました」
仲達が申し訳なさそうに私に擦り寄り目を閉じた。
今は私達しか出歩いていないようで、仲達も少々擦り寄って来る。
普段はツンとしてなかなか擦り寄っては来ないのだが、二人きりだと仲達は私に甘い。
仲達から葡萄酒の香りがした。
肌が冷たく冷え、誘うように濡れている。
透けて立っている仲達の胸の突起に触れたいと己の欲を自覚しつつ、胸から目を反らした。
「湯まで私も付き合う」
「貴方様が執務から抜け出したいだけではないのですか?」
「それもある」
「後程、きちんとおやり下さいまし」
「ところで、こんな夜更けに何故私の部屋に来た。帰宅したのではなかったのか」
「貴方様の配下に『公子様の御機嫌がよろしくない』と泣きつかれまして、様子を見に参りました」
配下の判断は正しい。
基本的に仲達に会えぬ故に私の機嫌が悪くなる。
つんとして話す仲達からの葡萄酒の香りが何とも香しい。
服を脱がせるまでもなくそのまま風呂場に着くなり湯舟に仲達を下ろした。
「何故、服を」
「今から脱がせてやる」
「…子桓様?」
靴を脱ぎ、裸足になる。
汚れた衣類を脱がすはずだったが、気付けば朝服を着たままの仲達を浅瀬の湯舟に押し倒していた。
腰が浸かるくらいの深さの湯舟に、仲達の頭を支えて沈まぬように淵に寄せた。
冠を取り、髪紐をとくと艶やかな黒髪が流れる。
「…仲達に触れていると安らぐ」
「そのようなこと」
「お前がいないから私の機嫌が悪くなるのだ」
頬に伝う葡萄酒の水滴を舐めると、仲達は小さく震える。甘美な表情。今は私にだけ甘い。
「仲達…」
仲達の手を取り、その白く長い指に口づけた。
かっと頬を赤く染めて仲達が口ごもる。
自分の手が、先程破片で切った手だったので仲達がそれに気付きチラリと舌を出して私の血を舐めた。
ぞくっと胸がざわめく。
無意識なのか確信犯なのか、仲達は私を誘う事に関して上手だ。
前者なら可愛らしい、後者なら泣かせる。どちらにしろ泣かせる。
「…この状況下で私に『否』と言えと…」
「なれば抱いてやる」
「もう…どうされたのですか今日は」
「濡れたお前に当てられた」
頬を染め、溜息をつく仲達。
ふっ、と笑い仲達の胸に触れた。ぴく、と仲達が目を閉じて声を抑える。
「っ…私を見て、その気になったと?」
「ああ、妖艶だな仲達」
「…ん、何故そこばかり…」
「では何処に触れてほしいのか自分で言ってみろ」
「ばっ、馬鹿めがっ…!何をおっしゃる」
濡れて張り付いた服の上から仲達の胸を甘く食むと葡萄酒の味がした。
仲達は怒ると素が出る。
ぴくっ、と体を反応させて私の腕の中で恍惚な表情をさせている。
湯舟に浸かりながらも服は脱がず、どちらともなく唇を合わせた。
舌を絡めて、指を絡めた。
仲達が恍惚とした表情で声を上げる度に、感情が抑えられなくなる。
濡れた衣服を脱がさず、めくるようにして下腹部に直に触れた。
仲達がそれに反応し、私を濡れた瞳で上目遣いで見つめた。
「…部屋に戻ってからと思ったのだが、私が堪えられそうにない」
「っ…湯、が…っ」
「入るのが嫌なら、俯せになるか?」
「嫌で、すっ…お顔が見た…い」
「ふっ、お前が腰を高く上げれば湯は入らぬが?」
湯舟の中、仲達の中に指を入れた。
仲達は湯舟に浸かったままは嫌だと、首を横に振る。俯せになるかと聞けば、それも嫌だと首を横に振る。
わざと言葉で虐めると仲達は瞳を潤ませる。
この顔が見たくてつい虐めてしまう。
私に煽られて、果てそうなのを己のを握りしめ堪えているのが見えた。
「…私とて辛いのだぞ、仲達?」
「っ…意地悪な方…嫌いになってしまいます、よ…」
「それは困る」
少々虐め過ぎたようだ。
仲達が拗ねて顔を背けた。
勿論本当に傷つけるつもりはない。
仲達を湯舟から掬い、淵に腰掛けた。
脚だけ湯舟に浸かり、膝の上に乗せて仲達に己を当てがう。
「…し、かんさま…」
「これなら良かろう?」
慰めるように頭を撫でてやると小さくコクリと仲達は頷く。
頬に口づけて、挿入していく。
先程解した際に内部に湯舟が入ってしまったようで、仲達の表情が苦痛に歪む。
「痛いか」
「っふ、…痛み、より…大き…っ…」
仲達が私の背中にしがみつくように腕を回して肩で息を吐く。
傷つけぬように配慮し、ゆっくりと奥に腰を進めていく。
「は…ぁ…子桓さ、ま…」
「ふ…、熱いな…」
奥まで腰を進めると、仲達が私の肩に頭をもたれた。
まだ己を戒めていたので、その手を離すように上から触れた。
「離せ。私が」
「駄目…で、す…そちらの手は、駄目…で…」
「ん?」
仲達が私の右手を手に取ると、慈しむように唇を寄せた。
そういえば破片を拾った際に切ったのを忘れていた。
多少ではあったが血が出ていた。
「私とて…貴方様が傷つくのは、嫌で、す…」
吐息が熱い。繋がったまま焦らされて体がほてっている。
仲達は私を喜ばせるのが上手い。
「全く…加減が出来なくなるではないか…」
「も、…て…下さ…っ」
「聞こえないな」
「子桓、さまっ」
仲達がぐっと唇を噛んで、私の胸に埋まった。頬に涙が伝う。
焦らしていたつもりだったが、仲達を見て流石に私が堪えられなくなった。
「ぁ…!」
浅瀬の湯舟に頭を支えて仲達を押し倒す。長い黒髪が湯舟に流れた。
腰を高く掴み、突き上げる。
奥に突き上げ、仲達のを左手で擦りあげる。右手は仲達に握られてしまった。
「ぁ…、ぁ…っ!」
「此処は随分と声が響くようだな」
「っ…ん」
「声を堪えるな。泣かせてやる」
「…っ、し、か…んさま…っ」
触れるだけの口づけを仲達にたくさん落としながら、腰を進めていった。
互いに字を呼び、仲達と共に果てた。
湯舟にくたりと仲達が沈む。
中には注がず、仲達の脚に果てたので濡れた衣服の上に仲達のものと交じり白濁が滲んだ。
「は…、はぁ…」
首元が苦しそうなので、仲達の濡れて汚れた服を脱がす。
私も服を着たままだったので、その場で脱いだ。
「今更…脱がされる方が恥ずかしい…のですが…」
「ふ、愛らしい事だ」
「今宵の子桓様は意地悪な方…」
「おいで」
「……」
優しく微笑み、手を差し出すと仲達が観念したようにぎゅっと胸に埋まった。
そのまま二人で湯舟に浸かり、体を清めて部屋に戻った。
湯から上がると直ぐに、仲達が私の右手の手当をしてくれた。
帰路からわざわざ駆け付け、私の不機嫌に巻き込まれ疲れているであろう仲達に更に無理をさせてしまったことに罪悪感を感じつつも、苛立っていた気持ちはどこぞに消えた。
疲れて私の寝台で眠る仲達に膝枕をしてやり、乾きかけた黒髪を撫でながら残った執務をこなしていく。
滞っていた分、時間はかかったが私の膝の上の寝顔を見れば心が安らいだ。
結局宵が明けて、外が明るくなっている。
だが仲達が居てくれただけで随分と捗った。
私は心底、仲達が愛しいのだろう。
「これで終わり、か」
最後の書簡を丸めて、卓に置いた。
夜が明け、仲達も起床しそのまま執務についた。
昼を過ぎると流石に集中力が落ちる。
眠い。
天気が良く尚更に眠い。
「子桓様」
欠伸をして目を擦っていたら、仲達が私の手を引く。
窓際の長椅子に座り、仲達が自ら私の頭を膝に乗せた。
柔らかい。眠い。
「暫し、お休み下さい」
「ん…」
「おやすみなさいませ」
「…仲達」
「はい」
「心地好い」
「そうですか」
「おやすみ」
「はい」
昼下がり、仲達の体温に安堵し、膝に頭を乗せて暫しの眠りについた。