華花はなはなした

春の中頃。桃が色付いた季節。

ここ数年は大した大戦もなく、領内は平和なものだった。
毎日届く書簡を読み、執務を執り行う。
内政に特化した日々を送っていた。
今が乱世なのかと忘れてしまう程に、春の日和は穏やかだ。

私が帝位に即位した所で、私が人である事は変わらず。
皆の対応に劇的な変化もなかった。
初めの内は仲達も、私が天子である事に距離を感じぎこちなかったのだが、
最近はそれもない。
相変わらず、仲達は私の隣で静かに執務を執り行っていた。


この国は私の国だ。

執務続きの毎日。たまには皆を労ってやるのも悪くはない。
私の執務がある程度、区切りがついたところで仲達を初め側近達を集めた。
何事かと顔をしかめる仲達の頬を摘む。

「?!」
「そう怖い顔をするな。別に戦の話ではない」
「っ、離して下さいませ」

少々名残惜しく仲達の摘んだ頬を撫でて離し、
改めて皆に明日は休日にしようではないかと提案をした。
唐突な提案に側近らは首を傾げる。

「皆を労い、ささやかながら酒宴を開きたい。
国境で奮闘している将軍らには私が一筆添えて酒を贈ろう。
明日は祝日としようではないか」
「御意」
「皆に感謝している。日頃の礼だ。受け取って欲しい」
「勿体無き御言葉…」

皆が嬉しそうに頭を下げる中、
仲達だけは慌ただしく側近を呼び出し手配に追われていた。

「お酒は、何に致しますか?」
「菊酒などはどうか」
「畏まりました。文は殿が直々に書かれますか」
「ああ、皆に一筆」
「御意。御用意致します」

仲達は私に確認を取ると、
ぱたぱたと散会した側近らに混ざり見えなくなってしまった。

室に帰ると既に卓には便箋と筆が用意されており、
手紙の宛先が既に書かれた筒も既に用意されていた。
相変わらず、仲達は仕事が早い。
仲達の文字で一筆、暫し席を外します、と置き手紙が置いてあった。
諸将への連絡、酒の用意、酒宴の仕度などの指揮を取っているのだろう。

労うつもりが、仲達に余計に仕事を増やしてしまったように思う。

用意された便箋に筆を滑らせながら、その一通一通に桃の小枝を挟んで筒に丸めてしまう。
一昼夜、皆に感謝の言葉を綴り部下へ託した。

結局仲達は真夜中に一度だけ顔を見せた後、
また直ぐに居なくなりそのまま帰っては来なかった。


次の日。
仲達の的確な采配と指示があってか。
近隣の諸将は集まり、遠方の将軍らからは礼と祝いの手紙が多く届いた。

私が手紙に包んだ桃の花に誘われてか、
将軍らも思い思いにその地の花を文に包み贈ってくれたようだ。
武骨な手で花を摘み、文を書いてくれたのだろう。
想像したら微笑ましい事だ。

少し瞼を腫らした仲達が文の一つ一つを確認し包みを開く度に、室は花の香りで満たされた。
文を開く仲達の周りを沢山の花々が囲う。
本人に自覚はないようだが、見目美しい仲達には花がよく似合った。

「其方は曹仁殿から」
「ほぅ」
「此方は張遼殿から」
「ふむ」
「これは…張コウですね」
「…見れば解る」

張コウは一際沢山の花を包み、束にして贈ってくれたようだ。
達筆な字で御礼の手紙と蝶の切り絵が筒に入っていた。
相変わらず趣向を凝らすのが好きらしい。

今まで私に文と花を手渡していた仲達であったが、
花束だけは易々とは手渡せないと判断したようだ。
卓から立ち上がり、抱え込むようにして私の前まで運んだ。

室は春の花で溢れている。


「…私から、陛下に」
「今は二人きりであろう?」
「では…、私の子桓様に贈ります」

私と仲達は恋仲で、二人きりの時にだけ字を呼ぶ約束をしている。

実は仲達にも文を書いた。
一際長くなってしまった文を沢山の菊の花と共に、昨晩仲達の家に贈ったのだ。

花には詳しくない、と仲達は一言私に謝罪すると
静かに私の前に跪いた。

私の指先に仲達は唇を寄せる。
その行為に微笑み仲達を引き寄せて、椅子に座る私の膝の上に座らせた。
仲達の冠が邪魔なので、取って卓の上に置いた。

「誰ぞ見られたら」
「構わぬ」
「私が」
「…仲達、良い香りがするな」

花の香りが仲達に移り、髪からとても良い匂いがする。
膝の上に座らせた仲達の冠を取り、首筋に顔を寄せた。

「…っ、子桓様っ」
「ん?」
「真っ昼間に何して」
「良い香りだな、仲達」
「くすぐっ…、た、い…です」

私の袖を引っ張り首を横に振る仲達の頬に触れるだけの口付けを落とすと、
仲達は漸く大人しくなった。
抵抗したところで無駄だと判断したのだろう。

私の胸に大人しく収まると、袖から一通の手紙を出した。
私が仲達に宛てた手紙のようだ。
まだ封は切られていないように見える。

「まだ読んでいなかったのか」
「菊の花の中に混ざっておりましたので…まだ」
「読め」
「此処で、ですか?」
「ああ。だが、目の前で読まれるのは少々気恥ずかしいな」

仲達は困ったように少し笑むと、封を開き手紙を読み始めた。
肩口に埋まりながら、仲達の顔色を窺う。

手紙には、主に日々の感謝を綴った。
今まで傍に居てくれた事への感謝、これからも傍に居てほしいと言う事。
誰よりも仲達が大切で、愛している事を綴った。

仲達は仄かに頬を染め、手紙を丁重に畳んで胸元にしまうと私の胸元へ寄り添った。


「…あのような恋文を、皆に綴ったのですか?」
「お前だけに決まっているだろう」
「…狡いです。あなたの言葉はいつも狡い…」
「なれば…お前も態度で示せ」
「仕方ありませんね…」

柔らかい唇が頬に触れる。
仲達から優しく頬に口付けられた事が嬉しくて、仲達を腕に強く抱いた。
思えば先程から、仲達の体が普段よりも温かい。

眠れていないのだろう。
労うつもりが結局、仲達を誰よりも一番働かせてしまった。

「宴まで時間がある。今日は大した書簡も来ないだろう。このまま少し休むと良い」
「このまま?」
「私の胸の内であれば、誰にも文句は言わせない」
「…誰があなたに口答えすると言うのです」

仲達は苦笑したが、それでも私に甘えるように肩口に凭れた。
口では言わなかったが、やはり相当眠かったらしくそのままうとうとと瞼を閉じた。

「春だと言うのに…重陽のよう」
「私の気まぐれに付き合わせてしまい、すまなかったな」
「いいえ。子桓様が健やかで居られますように…」
「…ふ、おやすみ」

子供の頃は病弱で、度々仲達を心配させていた事を思い出した。
幼いながらにも私は仲達が好きで、いつも腰布にくっつくようにして歩いていた。
仲達はいつも私の傍に居て、私を支えてくれていた。

いつの間にか背丈は仲達を越してしまったが。
仲達が居るから、今の私が在る。好きにならない訳がなかった。

腕の中の仲達の寝息に安堵を覚えながら、皆の手紙を読み進めた。




人肌の温かさと、頭を撫でられている感覚に目を覚ました。
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

適度に柔らかい感触に膝枕をされているのだと気付く。
見上げれば、既に起きている仲達が私を膝枕してくれていた。
場所も移動されており、先程まで私は卓の前の椅子に座っていたのだが、
今は長椅子に移動されていた。

「…すまぬ、仲達」
「はい。おはようございます。子桓様も疲れていたのですね」
「否、お前の体温が移ってしまった。少しは眠れたか?」
「はい。御陰様で。少しは楽になりました」
「そうか。余り無理をするな」

起き上がると仲達の上衣が肩に掛けられていたらしく、床に落ちた。
礼を言い、上衣を返して肩に掛けてやると仲達は両袖に手を入れて頭を下げる。

「酒宴の準備、滞りなく。
諸将も皆、あなた様をお待ちしております」
「もうそんな刻限か」
「申し訳ありません。
子桓様の寝顔を見ていたら、起こしてしまうのが忍びなく…」
「私も、そんな思いでお前の寝顔を見ていた」
「…ふ、参りましょうか」

仲達に伴われ、会場の上座に着くと仲達は下座に座る。
右には仲達、左には甄が座り、上座からは諸将の皆の顔を見る事が出来た。
皆に配られているのか、既に盃には菊酒が注がれている。
桃の花が飾られた会場は甘い香りが立ち込めていた。

「私の奢りだ。皆、楽しむと良い」
「陛下に」

乾杯の合図を取り、酒宴が始まった。



宮廷内の殆どの臣が参加した宴は賑やかで華やかなものとなった。
私の席を訪れ、代わる代わる諸将と盃を交わす。
盃に酒を注ぐのは甄だ。

仲達の子、若輩ながら師と昭も私の元を訪れた後、仲達の横の席に落ち着く。
魏の重臣である仲達の子らにも、諸将らは話しかけたが仲達は見守るだけであった。

宴席で在れ、仲達は自席から離れず終始静かに座っている。
諸将に話し掛けられれば受け答えるが、自らは話しかけようとしない。

仲達はそもそも下戸で、酒宴が苦手だった。

無論、私も解ってはいたのだが側近中の側近である仲達を伴わない訳にはいかない。
仲達も其れを弁え、己の立ち位置を理解した上で此処に居る。



宴も酣。

酒に弱い者らは潰れ、何名かは既に席を立っていた。
酒豪な者達はまだ愉快に呑んでいるようだ。
私もかなり呑んだ方ではあるが、まだ素面だ。

甄は既に泥酔しており、私の腕に絡み付くように寝入っている。
酔った皆を横目に見ながら、諸将達に囲まれ盃を呷った。


少し前に師と昭を既に帰らせた仲達は、皆を見て溜め息混じりに席を立った。
部下に一言二言何かを話し、会場を立ち去って行った。

「……。」

会場を出る際、仲達は私に無言で会釈をして去って行った。
淋しそうに見えたその瞳を見逃す事が出来ず、泥酔した甄を侍女らに任せ私も席を立つ。

後は皆で楽しむよう伝えた後、国を見下ろせる高台の縁に仲達を見つけそっと追い掛けた。

本当は仲達を一番労いたかったのに、人一倍働かせてしまった。
酒宴の苦手な仲達にとって、半ば強制参加のような宴席はつまらないものだっただろう。

私は何をしているのだろうか。




仲達は私が背後に居る事に気付いていない。
肘を手摺りに凭れさせ何をしているのかと背後から覗き見れば、
仲達は私の文をまた読み返していた。

「……仲達?」
「っ?!」

背後から耳元に話し掛けると、仲達は肩を震わせて驚き手紙を慌てて胸元にしまった。
その動作に少し笑み、仲達の隣で手摺りに凭れた。

「労うつもりが…人一倍お前に仕事を増やしてしまったな…」
「いえ、そのような事は…」
「酒は呑んでいたのか?」
「一献だけ戴きました」

乾杯の一献だけは呑んだものの、それ以降は酒を口にしなかったようだ。
菊酒は仲達にとってはそれなりに強い酒だったらしい。

「…酒宴、お前は楽しくは、なかったであろうな」
「少し…、安堵致しました」
「何?」
「陛下には王者の風格がお在りです。
陛下に接する皆の顔を一人一人を見ておりました。
皆はあなた様を慕っております…。陛下の魏国は、良い国になっています」
「…子桓、と」
「此処ではまだ、二人きりとは言えませぬ」

まだ皆の声が聞こえる距離では、仲達は字を呼んではくれなかった。

酒宴の最中、仲達だけは静かに周りの人間関係や会話を静かに聞いていたらしい。
その結果、私は皆に慕われていると判断し席を外したのだと言う。

「…しかし」
「はい」
「お前は、溜息を吐いていたではないか」
「…よく見ておいでで」
「ずっと見ていた。楽しそうではなかった」
「…申し訳ありません。私だけは素面で居なければと…」

理由はそれだけではないのだろう。
口にはしなかったが、仲達の瞳は何処か憂いに満ちていた。

何故、私の手紙をひとり読み返していたのか。
想像するに容易い。

「…二人きりになりたい」
「はい…」
「付いて来てくれるか?」
「いつまでも、陛下の傍に」

仲達は、淋しいのだろう。
眉を寄せて頭を下げる仲達の手を取り、私の私室に連れて行き人払いをした。



二人だけで、呑み直したい。
そう伝えて寝台の上に仲達を座らせた。
楽にしろ、と冠や装飾品を脱がせ、私も肩当てや腰帯を外した。

盃を二つ。
仲達の為にといくつか酒瓶を盆に乗せて卓を引き寄せ、寝台に隣り合って座る。

「…私、お酒は…」
「これなら、お前でも呑めるのではないか?」

菊酒は清酒だ。
清らかで飲み応えがあるが、酒の苦味がそのまま口に残る。
それが苦手で酒が嫌いな奴は多い。

果物酒を用意し、盃に少しだけ注ぎ仲達に渡した。
ほんのり色付いた濁酒は甘い香りがする。
私に促されて一口飲むと、漸く仲達は私に笑顔を見せてくれた。

「甘い…。美味しいです」
「それは桃酒だ」
「桃?桃でお酒が作れるのですか?」
「果物で酒を作ること自体は珍しい事ではない」

桃酒が気に入ったのか。
仲達が盃を空にしたので更に注いでやるとまた仲達は盃を空にした。
仲達が盃を空にするなど珍しい光景だ。

桃酒の他にも、梅酒や杏酒も部屋にあったので仲達に一通り呑ませて感想を聞いた。
私のお気に入りの葡萄酒も少しだけ仲達に呑ませた。

どうやら果物の味がする甘い酒が好みらしい。
因みに葡萄酒は好みではなかったようだ。
初めに呑んだ桃酒が気に入ったらしく、何杯も盃を空けていた。



果実酒は甘く呑みやすいが、これでも酒だ。
杯を重ねれば酔いもするだろう。

仲達の頬が仄かに色付いていた。
頬に触れると仲達は私の手に甘えるように擦り寄る。
私と二人きりでも滅多な事では甘えぬと言うのに、自ら私に触れたがった。

まだ呂律は回っている故、ほろ酔いなのだろう。
私の肩に凭れるようにして仲達は桃酒を呑んでいた。

「…子桓さま」
「何だ?」
「漸く…お呼びする事が出来ました…」
「ああ…そうだな」
「子桓様」

特に何かある訳でもないが、仲達にしては珍しく私の字を呼びたがった。
受け応えるように仲達と字を呼び、指先や頬、額に口付けを落とす。
仲達は口付けを強請るかのように私の字を呼んでは肩に凭れて甘えた。

正直言って、可愛らしい。

「…子桓様からの御文」
「ああ」
「私…本当に、嬉しかったのです…。子桓様の文が嬉しくて堪らなかった」
「左様なれば、私も嬉しい。
今日、お前には苦労を掛けてばかりで…自責の念に駆られていた」
「私…嬉しくて、何度も読み返していたのです…」

仲達は懐からそっと文を出すと、両手で包んで胸に置き目を閉じた。

「子桓様だと思って…大切に致します」
「ふ、私は此処にいるではないか」
「…あなた様を遠く感じた時に…慰めになりますもの」
「…なれば、先程は」
「はい…。淋しゅうございました…」

誰よりも己の立場を弁えている仲達は基本的に素直に物を語らない。
また軍師であるが故に、本心とは別の言葉で偽る事が得意だ。

酔いに任せて語る仲達の言葉は本心なのだろう。
普段我慢している事を私に話してくれた。
酒宴の際も、傍にいながらにして淋しかったのだと言う。

だから甘えたがるのか?と仲達に聞けば、
とろんとした瞳で素直に、はい、と答えた。



呑みやすい果実酒とはいえ、仲達の杯を重ねる速度が早いので盃を取り上げ水を注いだ。
徐々に仲達の呂律が回らなくなってきている。

「なんれす?」
「…酔っているな?」
「酔ってません、もの」
「ふむ…酔っているな」
「ちがいますもの」
「水を飲め。呑み過ぎだ」

かくん、と私の肩に凭れた仲達が自ずから首元を緩め、胸すらはだけた。
しっとりと濡れている肌に暑いのだろうと察しはしたが、それよりも何よりも。

此奴、私の前で肌を晒すなど普段は絶対に有り得ぬ事であるのに。

水を飲みはしたものの、結局また桃酒に戻ってしまった。
今度贈ってやると言うと嬉しそうに仲達は笑った。

「…そう言えば」
「?」
「満開の桃の鉢植えを貰った。其処に見えるだろう」
「はい…きれい、ですね」

寝台の傍の台の上に桃の鉢植えを置いていた。
満開の桃から仄かな甘い香りがするのだが、其れよりも傍にいる仲達の方が良い香りがする。
すっかり桃酒の虜になっているようだ。




甘露甘露と、私の肩に凭れたまま両手で器を掴み桃酒を呑んでいる。

「これ、仲達」
「はい?」
「桃酒ばかりに構ってくれるな」
「なんです?さみしいのですか?」
「せっかく二人きりであるのに、つまらん」
「わたしは、たのしいです。子桓様が傍に居て下さる故」
「今宵は…随分と甘えたがるな」

酒の入った盃を持ったまま、仲達が私の傍に更に詰め寄ろうとする。
酔った手ではやはり覚束無い。
危険を察して、私が手を伸ばして盃を取り上げようとするも間に合わず、
仲達の胸元から腰にかけて、桃酒が溢れてしまった。

「っ、…」
「大人しくしておれ」
「勿体無いです…子桓さま」
「うん?」

官服は既に脱いでいたので、濡れはしなかったものの。
仲達の胸元にほの白く濁った酒が垂れてしまっていた。
布で拭おうと肌を撫でるものの、仲達は首を横に振り、私の首に腕を回す。

「…仲達」
「はい」
「解って、やっているな?」
「何のお話、ですか?」
「そのまま、大人しく寝ていろ」
「?」

白い肌に伝う溢れた桃酒を拭うのを止め、そのまま押し倒して舌を這わせた。
桃酒は仲達の肌を伝い、少し温くなっている。

「っ、ふ…」
「確かに甘美で美味いな」
「やめ、…くすぐった、い…です…」
「溢したのはお前ではないか。拭ってやると言うのだ」
「そんな、つもりじゃ…っ」
「此処を固くさせておいてよく言う」
「っ…!」

胸を吸うように桃酒を舐めて拭う。
暫くそのようにして胸ばかり弄っていたら、仲達の股が固くなっている事に気付いた。
敷布を握り締め声を堪えるように、仲達は小さく震えていた。

「…花を愛でるも一興ではあるが」
「…?」
「私が一番愛でたいものは、目の前に居る」
「…っ、私…そんなつもりじゃ…」
「お前が淫乱だとは思っておらぬ。私が欲情しただけだ。
其れにそのような体にしたのは私のせいであろう?」
「…子桓様の、せいじゃ…ありません…。お酒のせいでも、ないです…」
「なれば、何だと言うのだ仲達」
「私とて…、久しぶりに子桓様と…過ごしたいと思っていたのです…」

胸元に耳を寄せると、仲達の鼓動はとても早く私の耳に届いていた。
仲達を見上げ頬を撫でると、その手に擦り寄るように目を閉じた。

「…子桓様に、ずっと触れられたいと…思っておりました…。」
「少し、酔うたか」
「はい…でも、子桓様のお傍に居るのだと…解っております」
「ほろ酔いのお前は、よく話す。そのまま…私への気持ちも話して欲しい」
「子桓様が…好きだと言うこと?」
「…ふ、普段からそう言ってくれれば良いものを」
「不安、でしたか?」
「…少しな。お前はいつもつんと澄ましている故」

仲達の股に直に触れず、そのままやわやわと仲達の胸や首筋を吸い痕を付けた。
肌を見せたがらぬ仲達に気を使い、官服を着ても見える所には痕を付けなかった。
そうした気遣いが通じたのか、仲達から私の首に腕を回すようにして深く口付ける。
桃の甘い味がした。

「っ、ん、むっ…」
「…桃…、だな」
「?」
「仲達の唇が甘い」
「唇だけ?」
「もっと、仲達から口付けてくれたら解るかもしれぬ」
「なら、もっとしてあげます」

駄目元で言ってみたのだが、仲達は仄々と笑みを浮かべながら私に何度も口付けてくれた。
ほろ酔いで気分が良いのか、ふわふわと笑って私に甘える仲達が可愛い。
少しだけ呼吸が荒いのを気にして聞けば、私の手を下半身に触れさせる。

「はやく…」
「ふ、お前から誘われるとは…」
「散々、弄っておいて何を…」
「胸しか弄っておらぬのに、この様にして」

乱れた服の隙間から仲達のに直に触れてやると、うっとりした顔で熱い吐息を吐く。
そのまま擦り続けていたのだが、己の胸元にある文を気にして仲達が握り締めている事に気付いた。

「…ほら、離せ」
「でも…」
「大切なものなら尚更、だ」

汚れてしまうかもしれぬ、と仲達の手から文を取り上げ桃の木の枝に掛ける。
服の隙間から仲達の下着を外し、露出させた白い脚にも痕を付けた。
そのまま仲達の太腿に唇で触れるようにして、わざと桃酒を垂らし濡れさせた。

「…っ?!」
「お前が気に入った酒がどのようなものか…じっくり味わいたいと思ってな」
「なに、して…」
「盃は要らぬ」
「っ、ぁっ…!」

後ろまで濡らし、そのまま指を滑らせるようにして中に指を入れた。
そのまま腰を持ち上げるようにして、仲達のを口に含む。
確かに桃酒は甘くて美味いが、何よりも仲達の反応を見ている方が愉しい。


桃酒が染み込んだかのように甘い仲達の肌を味わいながら、
中を解しつつ仲達のを奉仕し続けた。
先程から仲達が果てる事を堪えていた為、もう堪えなくてもいいと優しく頬を撫で促す。

無理な体勢をさせてしまっている事は承知しているとはいえ、
仲達の嬌声が耳に響き正直私も早く果てたい。
一番好きな恋人が目の前で私に奉仕されて泣かされているのだ。
欲情しない訳がない。

だがせっかく果てるのなら仲達に。
そう思うと中を解している指の動きが早くなる。

何かを察したのか、仲達が私の袖を弱々しく引っ張る。
仲達のから口を離し、その手を握り締めた。

「どうした?嫌だったか?」
「ちがいます…」
「…今宵は何でも、仲達の言葉にして欲しい」
「…恥ずかしい…です…」

このようなあられもない姿を晒しておきながら何を今更…。
と思いはしたが口には出さなかった。
別に仲達を侮辱したい訳ではないし、言わなくても良い事は言わなくても良いだろう。
私のちょっとした一言で仲達を傷付けたくはない。

仲達が誰よりも平静な顔をして、
誰よりも思い悩む性格なのは私自身が一番よく解っている。



仲達の中から指を抜き、腰を下ろすとそのまま当てがいはしたが入れてはやらない。
仲達から言葉が欲しかった。

「…、子桓、さま…っ」
「ほら、どうして欲しい?」
「っ…、意地悪しな、いで…下さ、い…」
「言わねば解らん」
「解ってい…る、くせ…に…!」

閉じている脚を広げさせ、仲達にもよく見えるように当てがう。
恥ずかしいと言いながらも、仲達のは果てる寸前で止めており根元は私が握り締めていた。
ぽろぽろと涙を流す仲達の頬に口付けるように、傍に寄り添い手を繋いだ。

「…苛めたい訳ではない。お前から言って欲しいだけだ」
「…、れて…」
「ん?」
「子桓様のを…入れて、私を…果て、させて…下さい…っ」
「…ふ、仰せのままに…仲達」

漸く仲達から言葉が聞けた。
顔を真っ赤にしてぽろぽろと涙を流す仲達に口付けながら、
そのまま腰を進め奥深くに挿入し、根元から手も離してやった。

「ぁ…っ!」
「ふ…、入れただけで…」
「っは…、ぁ…申し訳、ありませ、ん…」
「良い。私も…早くお前の中で果てたい」
「っ?!まだ、動かし…ては、ぁ…!」

入れただけで仲達は果てて脱力するも、痙攣して締め付ける中に促されて私も腰を動かした。
本当は仲達の体が落ち着くまで動かさないでいてやりたいのだが、
私もそれなりに仲達に焦らされて限界だったのだ。

酒が回り、果てたばかりともあって快楽がよく巡るのだろう。
仲達は声を堪える事が出来ず、私に泣かされていた。

中に果てたいと仲達に申し伝えると、仲達は胸の前で手を震わせながら頷く。
程なくして堪えていた私も堪え切れず、仲達の中に注ぎ込むようにして果てた。
気付けば仲達の脚が私の腰に回され、私の腰にしがみ付かれている。
恐らく無意識なのだろうが…まるで中に出される事を仲達自身が望んでいるかのように思えてならない。



豊穣を齎す桃は、その身を食べれば子宝に恵まれると言う。
仲達が女であったのなら、きっと私の子を孕んでいるだろう。
何処かでそんな事を考えつつ仲達から引き抜こうにも、仲達が腰から脚を離してくれなかった。
まだ仲達の体が痙攣している事もあり、下手に動かせない。


華花の下で


「…子桓さ、ま…」
「ん?」
「…わたし、こんなにしあわせで…いいの、でしょうか…」
「幸せ、なのか?」
「はい…、とても…」

とろりとした蕩けた瞳で仲達は見つめ、少しは落ち着いたのか脚を下ろした。
仲達の話が気になり未だ抜く事はせず、寧ろ詰め寄るように仲達の頬を撫でる。

私は仲達を幸せにしている自信はない。
女のように扱う事も出来ぬし、かといってただの主従関係とも言い難い。
仲達が居なければ日常に支障が出る位には、私は仲達の虜になっていた。

私の寝台に入れるような臣は仲達だけだと、一応仲達だけの権限も与えているとは言え…。
私は仲達を幸せにしてやれている自信はない。

それでも、幸せだと私の手に甘える仲達はぽろぽろと泣いていた。
先程から私は仲達を泣かせてばかりだ。
きっと、普段からとても淋しくさせているのだろう。
沢山不安にさせているとも思う。

私の前でくらい、二人きりの時でくらい、仲達を目一杯甘えさせてやりたい。
主従だとか、年上だとか、同性だとか、別にどうでもよかった。
幼い頃から私の傍に居てくれた人の傍に居たい。
私は仲達でなければ愛せなかった。


思っていた事がいつの間にか口に出ていたのか。
仲達はふ…と笑って、私の唇に口付ける。
はっ、として仲達を見下ろすと、仲達は泣きそうな笑顔で笑っていた。

「子桓様…」
「すまぬ。口に出ていたか?」
「そのまま、もっと…して、下さい…」
「…腰を痛める。それに酔いも…」
「今宵は、子桓様に…酔っていたいのです…」

好きです。愛しています。
傍に居て下さい。
もっと抱いて、私だけを見て下さい。

普段なかなか言わぬ独り善がりな言葉を、何度も口付けながら仲達は私に伝えた。
何度も何度も。
私を愛していると、そう伝えてくれた。

仲達が言葉にしてそう言ってくれる事で、どれだけ私が救われただろうか。


「仲達…」
「はい…」
「もう一度、したい…」
「はい…。貴方となら何度でも…」
「その身…、私以外には触れさせていないな?」
「勿論…、子桓様以外となんて絶対に…嫌、っ?!」

仲達の中で私が反応したのが解ったのだろう。
頬を染めて、私の腰に手を触れながらも目を逸らした。

「したい、のなら…焦らさないで、下さい…」
「ああ、お前はもう、本当に…」

愛しくて恋しくて堪らない。
抱き締めるようにして体を繋げたまま起こし、私の膝上に座らせるようにして再び奥を突き上げた。
既に中に果てた私のが仲達を突き上げる度に中から溢れて、厭らしい水音を響かせていた。

私の首に腕を回し、頬に擦り寄るようにして仲達は私の耳元で声を漏らす。
何度も私の字を呼び、仲達はぽろぽろと泣いている。
慰めるようにして口付けると、泣きながらも笑ってくれた。
その表情がとても愛おしかった。


酔いが回り普段よりも感度の高い仲達の体は、既に幾度か先に果てて痙攣し私を締め付ける。
その体を気遣い止めてやれば良かったのだが、出来なかった。
耳元で私を呼ぶ甘い声と快楽にとろけた表情に煽られ、止める事など出来ず押し倒す。

仲達の中に、孕ませるかのように幾度も注ぎ込んだ。
孕む事の出来ない体に何が出来る訳でもない。
ただ仲達が私だけのものであると、解りやすい証明をしたかった。





幾度も体を重ねた後、仲達の股から白濁と共に赤いものが見えた時に漸く正気に戻った。
労うつもりが、傷付けてしまったのだ。

漸く中から引き抜いてやると、血混じりの其れは股から止めどなく溢れて仲達の脚を伝う。
脱力し、胸で弱々しく息をしている仲達は何とか意識を保っているような状態だった。

「…仲達」
「は、い…」
「すまぬ…酔っていた、らしい」
「…酔って…いた、の…ですか?」
「お前の…声に、煽られてしまった…らしい」
「…ふ」

仲達の体を気遣えず、傷付けてしまった事に深く謝罪し己を悔いた。
私もそれなりに酔っていたらしく、己が欲情のままに仲達の事を気遣えず抱いてしまったのだろう。

普段如何に仲達を相手に加減していたのか、思い知るに至る。
力の加減無しに、思うままに抱けば壊れてしまう。
それが解らぬ訳でもあるまいに、何も考えていなかった。

思いを正直に伝えたところで、仲達は微笑むだけで私を怒ったりはしなかった。
涙の流れた痕を指でなぞり、慈しむように唇を寄せる。



痛かったのだろうか。
辛かったのだろうか。
仲達の事を思うと、この私で在ろうとも泣いてしまいそうだった。

「…子桓様…」
「ん?」
「見て…下さい」

寝台の傍近くにあった桃の木から舞い落ちたのか、仲達の黒髪や肌に桃の花弁が散っている。
仲達を案じ狼狽していた為、このような光景に気が付かなかった。

「綺麗、ですね」
「…お前の方が綺麗だ」
「そんな事、ないです…」
「…すまぬ。酷い事をしてしまった…」
「何も…」
「ん?」
「子桓様の事以外…、何も考えられないくらい…気持ち良かった…」
「っ…!」
「私、辛い、なんて…思ったこと、ありませんもの…」

仲達から私に手を伸ばし、私を慰めるように頬を撫でる。
どうやらいつの間にか本当に泣いていたらしく、仲達は私を案じて瞼に唇を寄せた。

「どうしたのです…あなたが涙を流すなんて」
「すまぬ…。今日は空回りをしてばかりだ」

私を案じる仲達の方が心配で仕方なかった。
情のまま加減もせずに思うままに抱いて、体を傷付けてしまった。
何故、仲達が笑っていられるのか解らない。

ゆっくりと腕を上げて、私をあやすように仲達が頭を撫でた。
そのまま引き寄せられ、甘い香りのする薄い胸に抱き締められる。
子供の頃のように、仲達は私を抱き締めてくれた。

「…いい子だから、泣かないで下さい…」
「…いい子、なものか」
「いいえ。今日の子桓様はずっといい子でしたよ」
「そんな事、ない」
「民を思い祝日を設け、臣を思い酒宴を開いて下さいました。
何より…私を思い、案じて下さいました」
「案じるつもりが、傷付けてしまったと…いうのに」
「心までは、傷付いておりませぬ。大丈夫です…私はちゃんと、あなたの事が大好きですよ。
あなたが思っているよりもずっと、私はあなたの事をお慕いしています」

仲達の言葉ひとつひとつが胸に響き、尚更泣かせる。
すまなかった、と何度も伝えたが仲達は只管に私を許すばかりだった。
仲達の腕の中では、私はまるで子供のように何も出来なかった。

「その体では…明日、仲達にだけもう一日休暇を取らせよう」
「平気、ですよ」
「嫌だ。これ以上無理をさせるものか」
「なれば、ひとつだけ子桓様にお願いをしても…」
「何だ。償いならば何でも…」
「償い、だなんて。少しだけ…私の傍に居て欲しい…だけです」
「…少し、で、本当に良いのか?」

本当はずっと傍に居て欲しいのだろうに。
不必要な遠慮は無用だと、一日中傍に居る事を約束すると仲達は嬉しそうに小さく笑った。
腰も立たぬ体の仲達を、独りになどさせるものか。


身を清め、服を着替えさせて二人並び寝台に横になる。
仲達の背中に埋まるようにして抱き締め、首筋に埋まり月明かりの下に照らされた桃の花を眺めていた。
寝室の中は花の香りで満たされている。

ふと、夜風ではらはらと舞い散る花弁が仲達の髪に降り掛かる。
黒髪に、桃色の花弁はよく映えて美しい。
せっかく美しいのだから、と花弁を退かすのは野暮であろう。
疲れきって眠っている仲達を起こさぬよう引き寄せて、寒くないように胸に埋めた。

本当にこの人は綺麗な人で、私にだけ優しかった。







「子桓様に、謝らなければいけない事があります」
「私に?」
「…私も少し、酔っていました。あなたに呼び止められ、触れられる事が嬉しかったのです」
「?」
「敢えて耳元で…あなたを煽るように声を上げていました」
「っ…、まさか、全て、わざとだったのか?」
「…はい。…許して下さいませ」
「許さん。私はお前の為に泣いたのだ」

明朝、素面に戻り赤面した仲達から思わぬ告白を受けた。
誘われていたのなら、欲情しない訳がない。
私が仲達を心配して泣いたのはさすがに予想外だったらしい。

「だから、泣かないで下さいと」
「この…っ」
「…!」

本当に心配させおって、と仲達に仕置きするように深く口付け、暫く離してやらなかった。


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