とも

今夜は酒宴が開かれる。
酒宴と言う名の、これは所謂。
『世継ぎは誰になるか』を見極められる宴という名の、上奏合戦のようなもの。
殿の気まぐれと言ったところだろうが。
気まぐれであるとはいえ、子桓様の将来がかかっているのであれば参内するを得ない。

何より、弟君の周りは最近良い噂を聞かない。
宴に紛れて、何か起きなければよいが…。

「失礼します、子桓様」
「仲達か、入れ」

夕方、子桓様に参内する。
子桓様は正装し、心なしかいつもより気持ちが引き締まっているように見えた。

「今宵の宴、私も参内する所存です」
「何だ、酒は苦手ではなかったのか?」
「あなたの傍に私がついていなければ、弟君に示しがつきますまい」
「お前も宴の意味を察していたか、仲達。
子建も参加するようだ。先ほど挨拶に来た。
得意の詩でも詠って父の機嫌取りでもするつもりだろうがな」
「左様で。くれぐれも酒に溺れることのなきように。
この酒宴、何やら謀略の匂いがします」
「なれば、我が軍師の出番だな」
「元より承知。子桓様に何かあるようならば斬り捨てます」
「頼もしいな、仲達。だが無理はするな」
「では、また後程お会いしましょう。着替えてまいります」

子桓様の部屋を後にし、自分の部屋に帰るべく回廊を歩いた。
相手が策を示すなら、こちらも策で迎え撃とう。
既に何人かに根回しはしてある。上手くやってくれるだろう。















途端、視界が奪われた。
後ろから口に布を当てられ、身動きが聞かない。声をあげようにも適わない。
尾行されていたのか。回廊の角を曲がり壁に押し当てられる。

持っていた書簡がバラバラと落ちた。

「油断しましたな、司馬懿殿。
あなたが参内しなければ、太子などどうとでも言いくるめられるのですよ」

何か布に染み付いているのか、抗うと視界が揺れた。
口調から察するに、弟君の…。

「今宵は酒宴には行かずゆっくりと休まれるがよろしい。では」

視界と口が解放された。途端、膝がくだけた。

「待て…!」

振り返るが、既に誰もいなかった。
何か嗅がされたらしい。視界が揺らぐ。
これでも太子中庶子だ、殺すことは出来ない。
子桓様から私を離したい、そういう力があるのを思い知らされた。

「何か、あったのか?」

顔をあげると、子桓様だった。
書簡の落ちる音でも聞いたのか、駆けつけてくれたようだった。

「いえ、少々転びました…」
「そうか、立てるか?」

子桓様に心配させる訳にはいかない、咄嗟に嘘をついた。
膝が笑うが書簡を拾って、何とか立った。

「怪我はないか?」
「お見苦しいところをお見せしまして申し訳ありません。
私は大丈夫です。お気遣い痛み入ります…。
しかし、それより準備をなされませ」
「そうか。ではまたな」
「ええ、また後程」

一礼して何とか子桓様を見届けた。
あなたの傍にいる、そう約束したのだから。
視界が揺らぐが、歩けないほどじゃない。
口もしっかりしてる。まだ思考もはっきりしている。
何を嗅がされたのかわからないが、謀略なれば破ってくれる。

部屋に帰り、服を着替えた。
体が熱い。冠を被るため髪を結った。
冷やすため水浴みをした。少しはマシになったと思う。




宴が開催された。
魏国の諸将、軍師、文官が集まった。
久しぶりに見る顔もある。謀略さえなければ賑やかな宴になりそうだった。

諸将に挨拶し席を見ると一段高い位置にある殿の席はまだ空席であったが、その横に子桓様が既に座られていた。
その席ならば、と安堵した。逆隣には夏侯惇将軍が座っていた。
夏侯惇将軍の隣は、夏侯淵将軍、その隣には張コウの姿があった。

夏侯惇将軍、夏侯淵将軍は手をあげて挨拶をしてくれた。
張コウは両手を組み、礼をした。諸将の挨拶に応えて一礼をする。
子桓様が私に気付き、隣の席を指差す。どうやら席を取って置いてくれたらしい。

「お顔が優れませんが、大丈夫ですか?」
「大事ない。すまんな痛み入る。」

諸将の後ろを回り席につく際、通りすがりに張コウに心配された。
どうやら少し顔色が悪いらしい。なればなおさら平静にしなくてはならない。
張コウは子桓様の味方だ。安心できる。

一礼し、子桓様の隣に座った。

「少々遅れました、申し訳ございません」
「お前は遅れていない。私が一番初めについたからな。
まだ宴は始まっていない。何しろ父が遅れている」
「それはよい心がけにございます。お父君は何と?」
「孟徳は直に来る。何でも、いい詩が思いついたから書き留めておくんだそうだ」
「父らしい。ならば待つことにしよう」
「詩なれば、是非お聞かせ願いたいものですな」

曹植殿が話しに割って入ってきた。
子桓様の少し前、卓を挟んで曹植殿がいた。一礼をする。
隣には弟君の御付であろう文官がいた。知らない男だ。
やたらと目が合う。もしや、先ほどのあれは…。

「すまんな、遅れた。おお、皆揃っておるな」
「遅いぞ、孟徳」
「いやいやなかなかいい詩に書きあがったぞ。さて皆、宴を始めようではないか」

諸将が全員立ち上がり、一礼をし盃を持った。
殿の号令を下に注がれた酒を飲み干す。

突如、視界がぐらついたがやり過ごす。これは酒のせいではない。
殿の許しを得て、皆座った。
曹植様がまず殿に呼ばれた。先ほどの詩のことだろう。
皆それぞれ談笑したり、酒を注いで廻ったりしている。

「具合が悪いのか?」
「いえ、酒には強くないもので」
「無理はするな。私の傍にいればよい」
「御意」

子桓様の気遣いが嬉しかった。
子桓様のためならば、揺れる視界も何とか誤魔化せよう。
それを聞いてか否か、前に座っている男が言った。

「ゆっくりお休みになられたらよろしいのに。あまり働かせるのもいかがなものかと」
「そう言うな。兄上の側近に口出しは無用だ。申し訳ない、兄上」
「仲達のことなら気にするな。私が管理している」

いつの間にか管理されているのか私は。
少し苦笑いしながら、子桓様に酒を注いだ。

それにしてもあの男の声、間違いない。あの男だ。
入れ替わるように子桓様が殿に呼ばれて席を立つ。
私はあえて供に行かず様子を見た。

「先ほどのは、お前か」

何食わぬ顔で酒を注ぎながら、前の男に言った。

「今、そこに座っているだけでもお辛いはず。
はやく帰って休まれた方がよろしいかと」
「痴れた事を…私がこれしきのことで挫けると思うてか」
「後で思い知るのはあなたですよ、司馬懿殿」

殿が手を招いている。どうやら私も呼ばれたようだ。
子桓様が私を見ている。

「失礼する」

礼をして、殿の元に向かった。

「お呼びでしょうか」
「おお、司馬懿。いつも子桓が世話になるな」
「滅相もございませぬ。して御用とは」
「子桓に先ほどの詩を聞かせたのだ、そうしたらな。
その表現は相応しくないのではないでしょうか、と言われてしまってな」
「私はそう思ったまで、あなたが作られた詩だ。好きになさるがよろしい」
「して、殿はいかがするおつもりでしょうか」
「いや子桓の言うことが最もだと思ってな。変えることにした。
先ほど子建にも詩を見せたのだが、褒めるばかりでな。
子桓は違った。よく面倒を見てくれているようだな司馬懿。
礼を言うぞ。これからも子桓に尽くしてくれ」
「有難きお言葉。」

内心、よしと思った。
元々よくできた人なのだ、子桓様は。

「太子は子桓だ。変わらぬ。
もう良いぞ子桓、司馬懿。宴を楽しんでくれ」
「では、失礼する」
「御意。失礼致します」

子桓様と供に、席から外れる。
子桓様は将軍に呼ばれてそちらに向かった。

私は酒宴もそこそこに、会場から外れて回廊に出た。
胸が苦しくて、やたら体が熱い。
今誰かに触れられたら、まずい。

へなへなと、壁にもたれる。
視界がぼやける。

ぼんやりと、誰かの手が私の顔を包んだ。
そのまま引き寄せられて抱きしめられる。

「何があったのか、正直に話せ」

子桓様だ。酒宴を抜け出してきたのだろう。
抱きしめられて更に体が熱くなる。

「何者かに無体をしいられまして…何か嗅がされたようです」
「何だと?お前、そんな体で私についてきたのか」
「…お傍にいると約束しましたから。
それに殿に、子桓様が褒められたのですから私は嬉しゅうございます」
「ひとまず私の部屋に来い、体が震えている。運んでやろう」
「酒宴は、いいのですか」
「先ほど父と夏侯惇に言伝をした。私の前でもう無理をするな、仲達」
「はい…申し訳ありません」

子桓様に横抱きにされて運ばれる。

「何をされた」
「何か薬か、何か嗅がされたよう、で…」
「体が熱いぞ、仲達」
「おそらくは、媚薬の類かと…」
「媚薬?」

部屋の奥、寝台に寝かせられる。
正装をといた子桓様が隣に座り、冠を脱がせられる。

「熱いのか、仲達」
「はい…」
「私がいなければ、お前はどうするつもりだったのだ」
「…とりあえず家に帰れれば何とでもと思っておりましたが」
「つれないな、私がいるというのに」
「し、しかしそのようなこと」
「無理をするなと、言ったはずだ」

口付けをされ、服の隙間から手が入る。
体のあらゆるところを撫でられ、触られ、口付けをおとされる。

「っあ、し、子桓様…」
「約束を守り傍にいた褒美だ、仲達。今宵は声を我慢するな」
「そんな、こと…でき、ませ、ぁ…」
「このように濡らして…よく宴に参加したものだ。
私以外に持ち帰られたらどうするつもりだ」
「子桓様以外となど、嫌…です」
「当然だ。誰にも渡さぬ。
全く…普段そういうことを言えば可愛げがあるものを」

首元を吸われ、痕をつけられる。
耳を甘く噛まれながら胸をいじられる。
子桓様も上着を脱いだ。

ああ、もうどうにでもしてほしい。
絶対、口では言わないが。

「子桓様、子桓さ、ま…」
「何だ、仲達」
「お早く、もぅ、我慢できな…」
「待て、まだ解けていないだろう。お前を傷つけたくない」
「…子桓、さま」

中に指を入れられ、解される。
子桓様に触れられてから、体がどうにかなってしまいそうで。
まだ繋がってもいないのに、体が限界だった。

「っふ…ぁ…」
「…仕方あるまい。先に果てよ」
「…ひっ、や、やめっ…」
「我慢するな」

更に指を増やされ、抜き差しを繰り返される。
同時に、手でこすりあげられる。

我慢などできようもなく、果てた。

「っは…ぁ…」
「愛らしいな仲達」
「…し、子桓様」

気だるい体はまだ熱を持っている。
子桓様が腰を持ち、私に当てる。

「入れてもいいか」
「っ、今、入れたら直ぐ」
「良い。何度でも果てよ」
「っあ、あっ、子桓、様っ…!」

そのまま子桓様に圧し当てられ繋がる。
抱きしめられて、口付けされ、直ぐに突き上げられる。
声が我慢できず、性的な涙が止まらなかった。
今、私はきっと酷い顔をしている。

「仲達ばか、りそん…なの嫌です…っ」
「っは、何故だ?」
「子桓様っ、と、供に…」
「…全く…どうしてくれる。覚悟しろ、仲達」
「っあ、ひっ…ぁ」

その後、何度も繋がり何度も突かれ何度も果てた。
子桓様の体温、体液を体に感じる。
何度も泣いた。何度も呼んだ。『子桓様』と。

疲れて果てている私を、そっと抱き締め体を清めてくださった。
もうあまり開かない瞳で見つめると、愛しい方のお顔が見れた。
このままとろとろと、眠ってしまいそうで。
まだあなたに言ってないことがある。

「子桓様」
「声が辛そうだな、水を」
「ん…」

唇を伝い、口移しで水を飲まされた。
何故この方は私にここまでしてくださるのか。怖いくらい幸せに満たされた。

「薬は抜けたか?」
「はい…もう思い出すだけで恥ずかしゅうございます…」
「全く我が軍師ときたら。良い声で泣く」
「それ以上言わないでくだされ…もう恥ずかしくてたまらないのです」
「顔を見せよ」

濡れた布で顔を拭かれる。涙の跡も汗も綺麗に拭われた。
そのあと、そっとまた口づけられた。

「お前と出逢えてよかった」
「子桓様」

子桓様に優しくされると胸が苦しくて、どうしたらいいのかわからない。
首に腕をまわして抱きついた。

もうあまり力も入らないし、声もあげられないけれど。
『愛しています』と耳元で呟いて頬に口付けた。

今宵もまた、子桓様と供に。
そして明日もきっと、あなたの傍に。


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