旦那様が酷く疲れた顔をして、夜遅く帰宅なされた。
子元も子上も寝静まった真夜中。月が煌々と旦那様の肌を照らしていた。
どうやら今日も執務と曹丕様に振り回されたみたいで、椅子の背凭れに凭れながら私に愚痴る。
相当多忙だったみたいで、盛大な溜息が漏れる。
旦那様の頬を指でつまんで、机に肘を掛けた。手が幼子のように温かい。
「旦那様、夕食は食べられたの?」
「…未だ、だ」
「なら急いで支度するわ。少し待っていらして」
「すまぬ…」
そのまま机に突っ伏して旦那様は目を閉じてしまった。
そこで寝ちゃ駄目よ、と論すも起きてくれない。
瞼の腫れている旦那様の長い睫毛に口付けて、上着を掛けて台所に急いだ。
簡単に作れて、直ぐに食べれるもの。お疲れでしょうから粥にしましょう。
滋養強壮とかこつけて、鍋に体に良いものを色々と入れて煮込む。
ふと、目にとまった小瓶。
そう言えば昼に出掛けた際に旦那様の上司の郭嘉殿に話しかけられた事を思い出した。
『美しい。私は人妻でも構わないよ』
口説いているつもりなのでしょうけど。
肩に触れようとする手の皮を捻り上げると郭嘉殿が悲鳴をあげた。
『貴方に私は相応しくないわ。私は司馬仲達の妻だもの』
そう郭嘉殿に言うと、郭嘉殿は笑って深々と頭を下げた。
愛しているんだね、と聞かれて、ええ、と即答するとまた笑う。
どうやら、にこにこと笑うお顔の内には色々な考えがおありの様子。
少し私に似ているのかもしれない。
『今日は執務が山のようだ。きっと司馬懿殿はこき使われているだろうね。良かったらこれを差し上げるよ』
『あら、何かしら?』
『滋養強壮に効くよ。貴女が飲んでもいいけど…。
そうだ、司馬懿殿に飲ませると良い。それは薬だから、ね?』
そうして貰った薬がこの小瓶に入っていた。
あの色恋の噂の絶えない軍師様の事。
きっと、ろくでもないものでしょう。だいたい中身の予想もついた。
短時間で作った割には上出来の薬膳粥。
少し冷ましてから器に移し、匙と共に旦那様の元に戻った。
傍には液体が半分入った小瓶を添えて。
小瓶に残る液体の香りで、中身の予想は当たっていた。
「旦那様、起きて」
「…ん」
「お腹空いているのでしょう?ちゃんと食べなきゃ倒れちゃうわ。ただでさえ、食が細いのですから」
頬を引っ張り旦那様を揺すると、頬をさすりながら旦那様が目を覚ました。
ごめんなさいね、と旦那様の頬に口付けて、匙を渡した。
私に一言お礼を言って、旦那様はゆっくりと食べ始めた。
まだ半分夢の中の様子。
その横に座り、様子を見守る。
眠そうな旦那様に、少し残った粥を匙で掬い食べさせると頬を染めて全て食べてくれた。
美味しそうに食べている旦那様を見ながら、肘をついてその様子を見守る。
可愛らしくて堪らない。
旦那様の首筋にうっすらと赤い痕。
誰の仕業か直ぐに解ったけれど、気付かないふりをして笑う。
あの御方も多忙だとお聞きしているし、お二人が並んで歩いている姿を久しく見ていない。
きっと私と同等以上に旦那様を愛しているあの御方も、我慢が出来なかったのでしょう。
粥を食べ終えた旦那様を湯浴みに送り、私は食事の後片付けの為に台所へ戻る。
静かな夜の闇に人の気配。
その気配は静かに館の門の方へ移動していた。
暴漢くらいなら捻り殺すけれど、この気配はそもそも隠れるつもりがないように思える。
寧ろ存在感さえ感じられた。
どうやら、王の気質は隠せない様子。
静かに窓を開けて手招きをすると、靴音が石床を響く音がして私の目の前に姿を現した。
やはり、この御方だった。
窓を開けて中に招き入れると、曹丕様は私に深く頭を下げた。
「こんな夜分に、どうなされたの?」
「…すまぬ。どうしても仲達に会いたくなってしまった」
「毎日顔を合わせていらっしゃるのに?」
「執務多忙につき禁欲をしていたのだが、もう限界だ」
「夜這いだと仰るのね」
「そうとも言う」
「そうとしか言わないわ」
私と曹丕様は顔を合わせて笑った。
旦那様の主は、旦那様の秘密の恋人。
旦那様は知らないでしょうけど、私と曹丕様は既に和解をしている身。
横恋慕でもいいわ。だって旦那様が可愛いの。
旦那様が好きな者同士、話も合う。
それにお互いに幸せを願っている仲。険悪になどならなかった。
私達は旦那様が愛しくて、可愛くて堪らない。
「お昼に、郭嘉殿にお会いしました」
「郭嘉に?そなたに何用か」
「いつもの軟派です。軽くあしらいましたけれど、これを貰いました」
「…これは」
曹丕様に液体が半分残った小瓶を渡すと、溜息に次いで半分減っている事に気付いて顔をあげた。
「媚薬、ではないか」
「そうね」
「まさか」
「その、まさか」
「…仲達は」
「湯殿で慌てふためいているかもしれないわね。倒れていたら大変だわ。寝台まで運んで下さる?」
「全く…。そなたには適わぬ」
その為に私を手招いたのか、と溜息を吐く曹丕様を湯殿に案内する。
旦那様がのぼせているのか、柱に凭れている白い肌色の背中が見えて布巾を抱えて駆け寄る。
肌が火照って、顔が真っ赤になっていた。
「っ、仲達」
「しっ、まだ貴方様が此処にいるって気付かせたくないの」
「しかし」
「大丈夫よ。気を失っているだけ。少し飲ませすぎたかしら?」
「…全く。仲達に何かあったらどうしてくれる」
「何かなんて。私が起こさせないわ」
旦那様の首筋に水で濡らした布巾を当てて、大きな布巾で旦那様の体を包んで抱き締めた。
動悸が酷くて、体温も高い。
曹丕様が膝をついて旦那様を横に抱き上げ、寝室の寝台まで運んだ。
「まだ、半分あるわ」
「…もう仲達には飲ませるな」
「そうね。少し可哀想な事をしてしまったわね」
旦那様の体をよく拭いて髪を撫でると、薄ぼんやりと瞳を開けて下さった。
ほっとして唇に口付けると、強く腕を引かれて深く口付けられる。
気を利かせて下さったのか、曹丕様が寝台の天蓋の布を下ろした。
「…旦那様から欲しがるなんて、生意気だわ」
「っ、ふ…」
「熱くて仕方無いのね?」
旦那様の睫毛が濡れて、目尻から涙が伝う。
袖を掴んで息苦しそうに私の胸に埋まっていた。
旦那様の肌を指でなぞり下半身に触れると、其処は既に勃ち上がっていて今にも果てそうだった。
「どうして欲しいの?」
「…どうし…て、このような…」
「ごめんなさい。薬が強すぎたのね」
「っふ、ぁ…!」
少し先に触れただけで旦那様の体は震えた。可愛らしい声にほくそ笑み、旦那様に沢山口付ける。
体が敏感になってしまって、旦那様からは動けないように見えた。
「抱きたい?それとも抱かれたい?」
「…何を、言って…?」
「答えて。どちらもしてあげられるわ。旦那様はどちらがいいの?」
「…どちら、も…、とは…?」
「…もう、良いのか」
「っ?!」
私が手を引くと、寝台の天蓋を除けて曹丕様が旦那様の隣に座った。
旦那様は眉を寄せて驚いたり赤面をしたり。
ころころと表情を変えて、私の胸に埋まり布団を被って隠れてしまった。
「…何故、どうして…」
「旦那様。私は全て知っています。曹丕様との事、別に怒ってないわ」
「なっ…?!」
「でもね。曹丕様が私の旦那様をとても可愛らしいと自慢げにお話しするものだから、羨ましくて。
私もそんな旦那様を見てみたくなったの」
「?…?!」
「ふふ。少しお薬を盛ったわ。旦那様の体がおかしいのは私のせいなの」
「なっ?!何を馬鹿な事…!」
「…すまぬが、もう待てぬ」
「あら」
曹丕様の片手には空いた小瓶があった。
それを枕元の卓に置くと旦那様を引き寄せて、背中から抱き締める。
曹丕様の頬も少し紅潮していた。
「飲んでしまったのね」
「…仲達、っ…仲達」
「やっ、ぁ…!」
旦那様の胸や首筋を吸いながら、曹丕様はいきなり旦那様の後ろに指を入れているのだろう。
布巾で見えないけれど、旦那様が首を横に振って私の胸に埋まる。
ぽろぽろと泣いて、可愛らしくて堪らない。
でもいきなり挿入しようとするのは可哀想で、曹丕様の額を指で抑えた。
「曹丕様」
「…?」
「旦那様は貴方様の性処理の道具なの?違うでしょう?」
「違う…。愛している…」
「子桓さ、ま…?春華…?」
「ならきちんと、愛してあげて。私の旦那様に酷い事をしちゃ嫌よ」
「…そうだな。性急であった。来い、仲達」
曹丕様は一言私に頭を下げると、私の肩口に埋まる旦那様を慰めるように深く口付けて抱き締める。
甘く優しい曹丕様からの口付けに旦那様の体が反応しているのが解る。
旦那様も曹丕様が愛しくて仕方無いのでしょう。久しく触れられていないのなら尚更。
旦那様よりも体格の良い曹丕様が旦那様を引き寄せたせいで、私から離れてしまった。
曹丕様に体中を愛撫されながらも、旦那様がぎゅっと私の裾を掴んでいた。
曹丕様の服の袖に顔を埋めて、私からは表情が見えない。
顎を掴んで私の方へ向けると、目を瞑りながら首を横に振る。
どうやら私に見られたくないみたい。
「…ん、…っ!」
「力を抜いていろ」
「旦那様、顔を隠しちゃ嫌。私によく見せて?」
曹丕様が旦那様の腰を掴み持ち上げた事で体勢が崩れ、旦那様は前のめりに私の胸に埋まる。
片手で頬を撫でながら、今にも果てそうな旦那様のを握り締め擦りあげると、甘い声が漏れた。
「っふ、ぅ…ぁ…!」
「可愛らしい…。食べちゃいたいくらいだわ」
曹丕様がゆっくりと腰を進めて旦那様の中に挿入していくのが見えた。
ぞくぞくと背筋を震わせ、旦那様は我慢の限界で果ててしまったのか、脱力をして私の胸に埋まる。
旦那様の額に曹丕様が、頬に私が口付けると、旦那様が目を開けた。
綺麗な鳶色の瞳に、長い睫毛。
私の旦那様はとても可愛らしい。
仲達が一度果てたのを確認した後、深く突き上げて肩口に埋まる。
果てたばかりで仲達の体は痙攣していたが、私とて仲達の中に果てたい。
強く突き上げる度にぞくぞくと背筋が震える。
仲達が私を締め付けて離さない。
私も仲達も媚薬のせいで体が疼いて仕方がない。
声をあげる仲達を春華は胸に埋めて優しく撫でていた。
禁欲していたせいもあって、酷く鬱憤がたまっている。
仲達を後ろから突き上げ続け、中に果てても腰を止めず突き上げる。
仲達の体から厭らしい水音が部屋に響いていた。
私が中に出した精液が股を伝っている。
幾度も果てた仲達を見ながら、春華は優しく口付けて仲達を果てさせる事に徹していた。
一応責任は感じているのだろう。
私に揺さぶられながらも、仲達は春華にも口付けていた。
嫌だと言いながらも、やはり仲達は春華を愛しているのだろう。
仲達とて男なのだから当然の話だ。
「…そなたとて、仲達と情交したいのではないのか」
「何です?」
「一度仲達を返そう」
「ん…、っ…!」
仲達から引き抜くと、しどとに私の精液が溢れていた。
今まで抱けなかった分、抱いたつもりだ。
満足した訳ではないが、仲達の為と視姦している彼女にも楽しませてやりたい。
与えられ続けた快楽にとろけている仲達を抱き締めると、春華は極力局部を見せずに仲達を押し倒すようにして繋がった。
ぞくぞくと震える仲達を胸に抱き、私は仲達の頬を撫でる。
「そなた、随分と大胆だな」
「私が殿方だったら、旦那様を抱きたいと思うわ…」
「春華…、っ…?」
「ふ。まるで、そなたが仲達を抱いているようだ」
「あら、勿論そのつもりよ?私が旦那様を抱くの」
「ほぅ?」
まだ自制心があるのだろう。
春華に揺り動かされながらも、春華の肌は見せまいと仲達は掛け布団を春華に掛けた。
私の胸に埋まり、か細く息をあげる仲達に口付けを落とす。
春華がふ、と笑うと、仲達を両腕で引き寄せて抱き締める。
仲達に押し倒されるような体勢と春華だったが、そろそろと両脇から仲達の後ろに手を伸ばすのが見えた。
「貴方様も来ていらして」
「なっ…?!」
「夫婦の営みに無粋ではないか」
「あら、主従の営みに無粋な事をしたのは私が先よ」
先程まで繋がっていた個所を指で広げるようにして、春華は仲達の尻に指を這わせて広げた。
まだ此方も満足していない身。仲達の尻から伝う私のものを見て何も感じずにいられようか。
「…、今宵、泊まっても良いというのなら付き合おう」
「今宵?ふふ、明日もゆっくりしていけばいいわ。少し働かせすぎよ」
「そうだな…。私も休みたい。それに…」
「っ、ふぁっ、や、子桓さ、まっ…!」
「ふ、旦那様、感じてるのね…」
「仲達のこのような姿を見せられて、手を出さぬなど有り得ぬ」
再び後ろから仲達に深く挿入すると、さすがに苦しいのか仲達は春華の胸に顔を埋めて涙を流した。
前も後ろもとろけるように熱いのだろう。仲達の肩口に埋まって突き上げる。
春華にも律動が伝わるのか、春華は仲達に何度も口付けをしていた。
「…、私も、口付けたい…」
「ふ、たりとも、…そんな、や、…っ!あ…!」
「ふふ。食べてしまいたいわ」
「もう手を出しているではないか…」
春華に許され仲達に口付けながら、再び中に果てた。
仲達の体は痙攣している。おそらく果てたのだろう。
春華の中には出さなかったのか、敷布に白濁の滲みが出来ていた。
痙攣している仲達の体から引き抜き、春華から離すように胸に埋める。
私の腕に凭れ掛かる仲達はゆっくりと瞼を閉じ、ふっと意識を飛ばしてしまった。
春華が服を正して、仲達の額に口付ける。
「子供はもう子元と子上で十分よ、旦那様」
「…仲達?」
「ふふ。疲れちゃったのね」
暫くすると私の腕の中で寝息が聞こえて、安堵して笑む。
仲達の頬に口付けると、意識がないはずなのに私の頬に口付けを返してくれた。
無意識でこれなのだから、本当に愛おしい。
体を清めた後、仲達を背中から抱き締めて目を閉じた。
仲達の正面には春華が横になり、仲達の肩を撫でていた。
「…、さて、明日はどうなるか」
「旦那様の反応が楽しみだわ。正気だったもの。忘れる筈がないわ」
「余り苛めてやるな。だがまぁ…よい機会だ」
「何がです?」
「仲達とゆっくり過ごしたいとは思っていた」
「ゆっくりしていらして。私の旦那様が寂しくないようにね」
「そうしよう…。そなたも仲達を悲しませぬよう」
「ご主君の御命令でなくても、喜んでそうするわ」
愛している。愛しているもの。
春華と私が声を揃えて笑い、仲達に寄り添い目を閉じた。
明朝、まだ腕の中がもぞもぞと動いている事に気付いて目を開けた。
何やら頭を抱えながら仲達は顔を隠して胸の中で蹲っていた。
泣いているようにも見える。
「仲達?」
「っな、あ、も、もう…駄目、です…、消えてしまいたい…、ああ、もう…」
「何を馬鹿な。滅多な事を言うものではない」
「あれは夢です…。きっと夢です…」
「なれば、随分と快楽に満ちた夢だったのではないか?」
「ばっ、ああ、もう…、うう…。腰が立ちません…、馬鹿め、がぁ…」
色々と思い出したのだろう。
正面に春華の姿はなかったが、仲達はどうやら全てを覚えているらしい。
半分泣いている仲達に笑みながら、腕の中の仲達を振り向かせ深く唇を合わせた。
何度も甘く唇を合わせ舌を絡めると、仲達からも漸く応えてくれた。
「愛している…」
「な、何です…、突然」
「私も愛しているわ」
「っ、春華!」
「ふふ。まだ寝ていらして。朝食の支度をしているの」
「う…、春華…っ」
「腰が立たないのでしょう?昨晩は激しかったものね?」
「う…、馬鹿…、めが…」
「ふふ。曹丕様とお二人で仲睦まじくしていらしてね。私はいつでも出来るもの」
「…全くもって恨めしい」
「何?」
「何でもない」
春華の余裕が恨めしい。仲達をぎゅうと強く胸に抱いて目を閉じる。
事の発端はある意味、郭嘉にある。後日一発殴ろうとそう決めた。
私の腕に埋まる仲達を撫でて、春華が額に口付けを落とす。
赤面する仲達の頬に口付けると、更に頬を染めて今度は唇に口付けを返してくれた。
私達の愛しい司馬仲達に口付けて笑う。
もう少し眠れ、と少し怒っている仲達に口付けて胸に埋めた。