されてばかりの仕返しかえしに

愛されている。愛され過ぎて少し苦しい。
大事に思われている事も、一番だと言ってくれている事も知っている。
人一倍悋気は強く、独占欲も激しい。
怒らせてしまったら手が付けられないが、私相手では怒気が冷めるのも早い。

魏太子、曹子桓様と恋仲になってもう随分と経つ。
教育係であった頃まで数えれば、もう何年経つだろう。
二人きりの時だけ字を呼び合う間柄、二人きりの時だけ私は仲達になれる。
二人きりの時だけは、身分も関係ない。そう思わせてくれた。

子桓様の愛情表現とやらが激しいせいで否が応にも恋慕を感じてしまう。
今朝方、視線を交わしただけでもう夕刻。執務は滞りなく終わらせてあるがどうにも物寂しい。
目線を合わせるだけで、もう十日も話していない。
会いたい、話したい。子桓様もそうお思いなのだろう。私と同じ瞳をしていた。

私はいつも、子桓様のされるがままに流されている。
何年経とうが主従という間柄、畏れ多い。
二人きりの時は主従ではないとは言うものの、幼心から染み付いた思想をそう変えられるものでもない。
私が優位に立てるものなど、歳と智くらいのものだ。

ここ数日は終日演習だと聞いている。
戻られたとしても、お顔を見る事はないだろう。
ほぼ毎日顔を合わせているのだから、ここ数日間一言も話せなかったという事くらいでここまで気を落とす事もないだろうと思う。
私は私とて子桓様を深くお慕いしている。

回廊の足音の中に一つ、耳に馴染んだ足音が混じっている。
鎧と剣、宝飾品が擦れ合う音。この玉の音は、あの御方だ。

「此処か、仲達」
「は…。此処に」
「帰るところか」

息を切らせた様子で、子桓様が戸に手を掛けた。
部屋からまさに出ようとしていた所だった為、戸口で鉢合わせとなった。
意図せず顔が近付いてしまい、慌てて離れる。

ふ、と子桓様が笑った。
私も釣られて口元が緩む。
嬉しい、漸く会えた、などと生娘でもあるまいし私は何を考えているのか。
だが、子桓様なのだから仕方ない。
今日は私から伝えよう。私とて恋慕や悋気、独占欲とてある。
私とて、恋しさ故に自らを慰めるまで寂しかった。
あなたに愛されてばかりの仕返しに、今日は私がお誘いしたい。

ひとつ咳払いをして、改めて子桓様を見上げる。
ああ、嬉しい。きっと急いで走ってきてくれたのだろう。

「…お話しするのは、久しぶりですね」
「ああ。視線を合わせてくれている事には気付いていた」
「は…。お怪我などはされておりませんか」
「大事ない。今日は演習がまとまったのでな。私は引き上げた」
「汗が…」
「騎馬で来た。一目、仲達に会いたかった」
「っ」
「恋しかったぞ…仲達」

私より素直に真っ直ぐに言葉にされる為、不意打ちが多い。
何処までも真っ直ぐに私を想って下さる。
冷徹な眼差しや涼し気な顏とは裏腹に、仕草や行動は何処か幼い。
本当に急いで来てくれたのだ。嬉しくない訳がない。

「眼差しが優しくなった」
「そうでしょうか」
「司馬懿から、仲達になった瞬きよ」
「では、あなたは…」
「今は、子桓と」
「ふ…、承知致しました」

今すぐ触れて欲しい。
また受け身になっている事に気付き、それではいけないと思うものの不意に手首を掴まれる。

「どう、なさいました」
「帰らないで欲しい」
「…はい、畏まりました」
「随分、聞き分けが良いな。お前こそどうした」
「…帰りとうございません。あなたに触れて欲しいと思っていたのです」

今日は私から何でもすると決めたのだが、また子桓様から言わせてしまった。
掴まれた手首を引き寄せ、手を繋いだ。
今なら執務室でも、人が来る刻限ではない。
私から胸に触れ、爪先立ちをして子桓様に口付けた。
そのような事、した事がない。子桓様は頬を僅かに染めて固まっていた。

「…ずっと、お会いしたかったのです…」
「…。」
「あ、あの…子桓様?」
「すまぬ。余りにも嬉しくてな…。急いだ甲斐があった」
「あ、あの…」
「ああ…、好きだ、仲達」

深く溜息を吐かれ、武装のまま強く抱き締められる。
抱擁は嬉しいが、鎧が当たり少し痛い。
まだ汗の匂いがして、体も熱い。背を見れば剣が見えた。
少し身じろぐと子桓様は直ぐに気付いた。

「すまぬ。痛かったか」
「…お手伝い致します」
「そうだな…。剣を」
「はい」

剣を受け取り、装備を外すお手伝いをした。
腰布を巻く際、子桓様が額に口付けをしてくれた。
私の髪を撫で、腰を引き寄せられる。
子桓様も、私に触れたかったのだろう。

「…今宵は、攫って下さいませ」
「そのつもりだ。覚悟せよ」
「覚悟など必要ありません。私が…されたいのです…」
「っ、今日の仲達は随分、大胆だな」
「…沐浴なさいませ。お疲れでしょう」
「ああ」
「私も参ります…」
「うむ」

私から情事のお誘いをした事がない。
想いを正直に吐露すると、こんなにも真っ直ぐに伝わるのか。
子桓様が頬を赤らめて、先程から口元を隠し続けている。
貴公子のように見目はとても眉目秀麗であるのに、不意に可愛らしい仕草を見せる。
私には一回り年下の可愛らしい恋人だ。
袖の中で手を繋ぎ、連れ添うように裏道を歩いた。

子桓様の私邸に招かれ、先に沐浴を共にする。
怪我はされていなかったが、腕や腿などが張り詰めていた。
お疲れなのだろうと思い、私が背中を流した。

子桓様を先に湯船に浸からせ、私も体を流す。
不意に背後に人影を感じて振り返ると、子桓様が座っていた。

「どうなさいました」
「流してやろう」
「そのような事、申し訳ないです」
「良い。触れたい」
「っふ…、はい…」

背後から触れられ息が詰まる。
恋人に触れられたら、否が応でも体が反応してしまう。
胸や腰、股に触れられ唇を噛む。
その唇を子桓様が指でなぞる。

「噛むな」
「…ですが…」
「今は焦らすつもりはない。流すだけだ。力を抜いていろ」
「はい…」
「今夜は刻限に余裕があろう。帰さぬのだからな」
「…ふ、そうですね」

煩悩に塗れていたのは私であったか。
急に恥ずかしくなりお顔を見れないでいると、顎を掴まれ深く優しく口付けられる。
何だか今日の口付けは、いつもより優しい。

「…子桓様…」
「何だ」
「…お慕いしております」
「っ、何だ…今日は…」
「あなたこそ」

今日の私はいつもより積極的だと、子桓様が動揺して頬を赤らめていた。
口元が緩んでしまうと言い、口元を隠してしまう。
その手を退けて私から口付けると、好きなのだから勘弁してくれと眉を下げて笑っていた。
可愛らしい人だと呟くと、それは嬉しくないと言って私を抱き締めて笑う。

子桓様と私は両想いだ。そう感じて嬉しくなった。
子桓様ばかりが私を好きなのではない。
私とて子桓様が好きだ。
それが子桓様にも伝わって機嫌が良い。

子桓様に連れられ、二人で湯船に入る。
私を抱き寄せて、子桓様は頬を撫でた。

「気持ち良さそうだな」
「心地良いです」
「私を椅子に出来るのは、お前くらいだ」
「ふ…、重いですか」
「仲達は特別だからな」
「特別ですか」

子桓様の体温や触れ方が優しくて心地良い。
心地良さに目を閉じていたら、横抱きにされて湯船から上げさせられていた。
下ろされて地に足を付けると、柔らかな布巾に包まれる。
その布巾で子桓様もお包みした。
丁寧にお体を拭いていると、子桓様も私の体を拭いて下さった。
子桓様の逞しいお体と比べてしまうと私は華奢だ。腕の中にすっぽりと埋まってしまう。
それが嫌だと思っていた時もあったが、今はその腕の中が心地良い。



居間に移動し、白粉を塗られて髪をまとめる。
私の肌を気遣い、子桓様
子桓様の方が私よりも髪が長い。
着替えが終わり座る子桓様の髪を整えるべく背後に座った。
櫛でといて、丁寧に布巾で拭いていく。
その間に子桓様は気に入りの香を焚いていた。
子桓様の香りがする。こうして子桓様は香りを纏うのだろう。

「終わりましたよ」
「すまぬな」
「また、いずれ、切ってしまうのですか」
「気が変わればな」
「…此方の方が好きです」
「ふ、なれば切らずにいよう」
「本当ですか」
「此方へ、仲達」
「はい…」
「お前こそ、私に何も言わずに切りおって」

隣の席を手で示されて、それに従う。
以前は腰下まで伸ばしていたのだが、子桓様が切られたのを見て私も切ってしまった。
あなたが切ったから私も切ったと言うと、子桓様は髪を伸ばされたのだ。

「長い方が好きだ」
「そうですか」
「また伸ばしてくれ」
「解りました。あなたがお好きなら」
「…仲達」
「はい」
「綺麗だな…、仲達」

隣に座り直したところ、髪や頬を撫でられ口付けられる。
見目を褒められるのは嬉しいが、綺麗だと言われるのは少し恥ずかしい。
自分をそう思った事はない。

「名の通りで良いではないか」
「名は私が決めたものではございません」
「懿。良い名だ」
「丕。良い名です」
「今は子桓と」
「子桓様」
「ああ、仲達」

何度口付けられているのやら、数え切れない。
息をするように口付けられる。
口付けを重ねる度に、胸につかえていた寂しさや蟠りはなくなっていった。

食事を馳走になり、茶も頂く。
髪もすっかり乾いて日も落ちた。居間に居るうちは未だ手を出されないだろう。
湯呑を持ち寛いでいると、髪を撫でられている心地に視線を向けた。

「どうされました」
「…長い方が好きだった」

また髪の話。
相当お気に召されていたのだろう。

「申し訳ありません…」
「次は勝手に切るなよ」
「…今の私では、魅力に欠けますか」
「何を言う」

長い黒髪が本当に好きだったのだと、襟足を撫でながら名残惜しそうに仰る。
邪魔な長さだと特に断りも入れず切ったのだが、未だ引き摺っていらっしゃるとは思わなんだ。
恋人として自覚がなかった訳ではないが、次は一度お伺いしようと反省した。

ただ、今の私では好みではないのだろうかと不安に思い、視線を伏せた。
子桓様が顎に手を添え、深く口付ける。
今までの触れるだけの口付けではなく、深く甘い口付けに息を奪われる。

「っ、ふ…っん…」
「…嫌いになった事など、一度とてない。以前より綺麗になった」
「そんな、こと…」
「不安にさせたな。すまなかった」
「…子桓様、此処では…あまり…。誰が来るか…」
「場所を変える。攫っても構わぬか、仲達」
「…はい…」

長い口付けを終え、横に抱かれて居間を去り寝室に向かう。
余りにも自然に横抱きにされるものだから、もう何も言えなくなってしまった。
何を言ったところで、この抱き方なのだろう。
寝台に寝かせられ、子桓様は戸を閉められて帳を下ろした。



されてばかりの仕返しをしたい。
今宵は私がされてばかりでなるものか。
寝台に腰掛ける子桓様の腕を引き、私が押し倒した。
体格差では適わないが、寝台ならば押し倒してしまえば体格は関係ない。

「…どうした」
「子桓様…」

子桓様の股に当たるよう腰掛け、私から口付ける。
さらさらと私の髪が流れて視界が塞がる。
腰を撫でられている事に気付き、触れていた口付けを深いものに変えた。
私が上に居るのに、子桓様から舌を絡められて体に熱が燻る。
腰に触れられていた手が胸に移動し、もう片手は更に下の方に触れられる。

「…あっ、っは…」
「どうした仲達。こんなに火照らせて…」
「…ずっと、お会い出来ませんでした…」
「私も、ずっと会いたかった」
「…十日も、会えなかったのです…」
「相当、寂しがらせたか」
「はい…。聞いて、下さいますか…」
「何だ」
「…私、一人で…」
「っ!…した、のか…?」

流石の子桓様も私の肩を掴み、体を起こした。私がそのような事をするとは思わなかったのであろう。
私を膝に座らせ、頬を撫でられる。

「…相当、寂しがらせてしまったか。今日の仲達は何処かおかしいと思っていたが」
「…後ろ、には…触れておりません…」
「お前は触れてはならぬ。慣れぬ手では傷付く…」
「っ、んっ…!」
「力を抜け。…ああ、もう…柔らかいな」
「あっ、ぁ…っ…ぅ…」

子桓様に触れられると力が抜けてしまう。
どれだけ触れられる事に期待していたのだろう。
深く指を中に入れられ、逃げ腰を掴まれる。
子桓様曰く、もう解さなくてもいい程に濡れて解れていると言われ、余りの恥ずかしさにお顔が見れず両手で顔を隠した。

「…可愛いな、お前は…。本当に…」
「う、嬉しくない、です…」
「寂しかったか」
「…はい…」
「私も寂しかった。お前に触れたくて堪らなかった」
「御随意に…。触って下さいませ…」

私からお誘いしたのは束の間。子桓様に触れられるのなら、好きにされたい。
子桓様の前に膝で立っていたのだが、もう力が入らない。
着衣が肌蹴て、胸と肩が出てしまった。
その肩に唇を寄せ、首筋を吸われる。
無意識に中の指を締め付けてしまう。もう無理だと視線で訴えると、ゆっくりと寝台に押し倒された。

「…今宵は、存分に抱きたい」
「はい…、何度でも」
「ふ…喜ばしい事だが、無理はするな」
「…子桓様も、もう…」
「ああ」

互いに情欲を溜めてはいたものの、誰かを代わりに晴らす事はしたくなかった。
後ろめたさから子桓様を想い自分を慰めた事を白状したものの、それは子桓様を煽るだけだった。

ぐずぐずに濡れて、これ以上弄られては私が先に果ててしまう。子桓様の袖を引いて、頬に口付ける。
子桓様のとて、もう勃ち上がっており私の脚に当たっている。

「子桓、さま…。あなたので、果てたいのです…」
「っ、仲達」
「はい…、んっ…ぅ…ぁ、あ…!」

字を呼ばれ口付けられながら、深く深く子桓様のが挿入されていく。
ぞくぞくとした快感が巡り、中に入れられただけで果ててしまった。
体が痙攣し、子桓様を締め付けてしまう。

「…入れただけで果てたのか、仲達」
「ごめん、なさ、い…」
「ふ…、そう締め付けるな。もう何処にも行かぬ」
「っ、ぁっ?やっ、子桓、さ、…ま…っ!」

果てたばかりの体は敏感になっている。
子桓様は其れを解った上で、敢えて奥に突き上げるように腰を押さえ付けて私を揺り動かす。意地の悪い事だ。
与えられる快楽から逃げられず、幾度か果てながらも子桓様を見つめた。
子桓様が雄の顔をしていらしている。
出し入れを繰り返す度に聞こえる水音がいやらしくて、同時に子桓様に求められている事に幸福を感じた。

中に果てられた事を感じて体の力が抜けた。
漸く動作を止めて下さった子桓様の頬に手を伸ばすと、その手に口付けられた。

「…も、う…」
「今日は私も、抑えきれない」
「っ…?子桓さ、ぁ…待っ…!」

一度抜かれて股を伝う子桓様の精液を見つめていたら、体をうつ伏せに寝かせられた。
余りこの体位は慣れないので不安に思い振り向くと、直ぐに子桓様が口付けて下さった。
また腰を掴まれ、深く抉るように挿入される。

「っ…!ぁ…は…」
「この体位は苦手だったな。何故か」
「…お顔が…見れない…でしょう…」
「それだけではあるまい」
「っ、私が苦手だと…御存知でしたら…何故…」
「此方の方が、深く繋がれる…。何度でも果てるがいい」
「ぅ、っん…!!」

私が誘いに誘ったが故に、子桓様は歯止めが効かなくなっている。
子桓様に深く唇を犯されながら、体は深く繋がりもう一分の隙間もない。
私も幾度か果てたが、抽迭は止めず子桓様も幾度も中に果てている。
まだ二回目だというのにこの調子では、私が壊れてしまう。

抽迭に夢中な子桓様に振り向き、頬に手を添えて優しく一度唇を寄せた。
私に気付いた子桓様が動作を止め、私に甘えるように頬に唇を寄せた。

「…すまぬ。止まらなかった」
「…もう、子桓様…」
「仲達、すまぬ」
「はい…」

中に果てられた事を感じて深く溜息を吐いた。
脱力した私から引き抜き、漸く抱き締めて下さった。
ずっと抱き締めて欲しかった。

子桓様は私を精液で穢すような事はしない。私に子を孕ませるかの如く、全て中に果てられる。
私が孕むことはないと言っているのに、そういう抱き方をするのだ。

二人で寝台に寝転び、深く息を吐く。
子桓様の着衣も大分乱れていた。
股を伝う精液を感じながら、子桓様を見上げて口付けを強請る。
生理的に流れた涙を拭われ、すまなかったと謝罪され、私は口付けひとつでそれを許した。

仕返しをするのなら今だろう。
もう中は子桓様で満たされ、挿入に耐えられよう。
一回目の情事で既に腰が立たなくなっていたものの、仕返しをしたいという思いの方が上回った。
二回目の情事で体が過敏になっている。

「…仕返しです…子桓様」
「何をするつもりだ」
「…日頃の、仕返しです…」
「っ、仲達…?」
「んっ…、ぅ…!」
「っ…!!」

子桓様のは絶倫なのか、まだ屹立している。
子桓様を押し倒して再び深く口付けながら、子桓様の上に腰を落とし、私から深く繋がりを求めた。
中に果てられた子桓様のが脚を伝う。
ぐちゅぐちゅとした水音が耳に響いて気恥かしい。

「っ、ふ…、無理をするな…」
「ぁっ、ぁ…っ…」
「…くっ、…仲達…」

騎乗位など、余りした事がない。
子桓様に命じられてした事はあるものの、自ら求めた事はない。
幾度繋がったとて、背筋に伝わる快感は何時だって違うものだ。
子桓様が片脚を立てられ、私の背を支えて下さっている事に気付いた。
子桓様とて快楽に身を委ねているものの、私の身を案じている。
腰と頬に触れ、私を見つめて笑う。
子桓様が私を好きなのだと、そう思える瞬間だった。

「…、仲達…、綺麗だ…」
「…子桓さま…」
「その様では、明日は辛かろう…」
「…、しか、ん…さま…」
「…すまぬ。独りにしてしまった…」
「っ…」

子供のような口振りで謝罪し、私の頬を撫でる。
私はいつの間にか泣いていたらしい。
余裕がある様に見せていたが、実際は快楽が体中を巡り動けない。
暫し肩で息を吐き、子桓様を見下ろした。
腰を撫でられ、顎に触れられる。
優しく微睡んだ瞳は私だけを見つめていた。

ああ、私の好きな人と繋がっている。
今がとても幸せだった。
両手で子桓様の顏を包み、屈んで唇を合わせた。
先程のような激しい口付けではなく、互いの唇を食むように口付けた。
腰が立たないがぎこちなく、私から腰を揺らす。
私の腰を撫でながら、子桓様が上体を起こした。
体位が変わり、肩を窄めて巡る快楽をやり過ごす。
私も何度果てたか覚えていない。

口付けられながら、子桓様に抱き締められる。
同時に感じる体の中の熱で、子桓様が果てたのだと解った。
もうとろとろに蕩けて、腰が立たない。

「…愛している…」
「っぁ…、はぁ…、子桓さま…」
「無理をし過ぎだ。暫くは抜かぬ…今は動かせまい」
「は、い…」
「…、私の心の臓が持たぬ…」
「…?」

胸元に抱き寄せられているから解る。
子桓様の動悸は酷く、病なのかと思える程に激しい。
心配をして胸に触れると、お前のせいだと怒られつつも、額に口付けられた。
未だ体は繋がったままだ。
故に何もかも、通じてしまう。

私はこんなに孤独に弱かったのかと、逆に驚いた。
どちらかと言えば一人の方が楽だと考えていたのだが、子桓様と比翼連理のような間柄、今更もう離れて生きられない。

尻と腰を撫でられ、もういいかと子桓様に額を撫でられる。
小さく頷くと、腰を支えられ体の繋がりを解いた。
もう体の繋がりがなくとも、心が繋がっている。

故意に沢山触れて下さっているのだろう。
深々と子桓様の愛情を感じる。股を伝う精液は全て子桓様のものだ。
だがとても、疲れてしまった。

「っ…」
「…無理しすぎだ、馬鹿者」
「…ばか、とは…」

疲労が酷く座ってさえいられない。
子桓様が倒れそうな私を抱き寄せて寝台に寝かせてくれた。
脚に子桓様の精液が伝っているのが解る。
其れを見ないようにしている子桓様が可愛らしい。




暫し気を飛ばしていたらしい。
子桓様は変わらず傍にいて、私を見つめていた。

「落ち着いたか…」
「…はい…」
「仲達、そろそろ…」

私を第一に思われる子桓様の事、後処理をされるのだろう。
子桓様の手を取り、首を横に振って嫌だと伝えた。

「…しかし」
「この余韻のまま、眠りたいのです…」
「…仕方あるまい。良いか、明日は休め」
「…はい…」
「私も休む。傍に居たい」
「…、よろしいのですか…」
「お前をもう独りにしたくない」

簡易的に体を拭かれて、子桓様の上着に包まれ、腕に抱かれた。
子桓様に包まれて眠る。幸せだった。

「…もうこのような無理はするな。心臓に悪い」
「ふ…、ですが、お好きでしょう…私のこと」
「当たり前だ」

破廉恥が過ぎる、だがたまになら良いと頬を染められて私に埋まる。
今度は子桓様が私に甘えたいのだろう。
よしよしと御髪を撫でると、子桓様が私の髪も撫でてくれた。

「同じ髪型にするか、仲達」
「…似合いませんよ。私も、あなたも」
「違いない」
「…子桓様…」
「おやすみ、仲達。愛している」
「…私も、です…」

一度だけ口付けをして、子桓様の腕を枕に意識が落ちた。







微熱があると、自分でも解った。
やはり昨晩、やり過ぎてしまった。事後の処置もしていないものだから体が痛い。

子桓様は何処だろうか。

「っ…」
「待て、急に起き上がると腰をやるぞ。ほら…」
「あ…、子桓様」

私の背後に彼が居た。
腕を枕に、私の額を撫でてくれた。腰を支えてもらい体を起こす。
やはり腰が立たず、そのまま肩を支えてもらい子桓様の胸の中に埋まる。

「…無理をし過ぎだ、仲達」
「はい…。らしくない事をしました…」
「これでは立てまい。声も枯れているな…。桃なら食べれそうか」
「はい…」

子桓様に世話を焼かれて、何もかも甘えさせていただいた。
事後の私を、子桓様が一番よく御存知だ。

今日は視界にずっと子桓様が居る。
それが何より幸せだった。
剥いていただいた桃を口に含みながら、子桓様を見上げて笑っていた。
私が機嫌が良い事の理由を問われ、ありのままの思いを伝えると子桓様は顔を覆って深く溜息を吐いていた。

「お前だけだ。何の見返りも求めず、私が居るだけで良いなどと言ってくれるのは…」

幸せそうな溜息だ。
桃があると言ったが、よく見れば籠には葡萄も梨もあるではないか。
葡萄を手に取り皮を剥くと、何も言わずとも子桓様が私の指から召し上がった。
その様子を見て笑い、子桓様の唇を指でなぞる。

「私に剥いて欲しかったのですか?」
「ああ…。楽しみを取っておいた」
「本当に、葡萄がお好きですね」
「葡萄も、好きだ」
「ふ…」

子桓様の頬を撫で、もうひとつ葡萄の皮を剥いた。
私の指から召し上がった後、私の指に口付けられる。

「…仲達の色だからな」
「何がですか」
「否、何でもない」

今度は唇に口付けられた。
少し甘酸っぱい口付けに笑い、子桓様に甘えられながら、私も彼に甘えていた。
時が止まったら良いのにと願わずにいられないが、凛々しく逞しく育つ若殿の成長を願わずにいられない。
離れていた日にち以上に、一刻一刻を密に過ごした。

仕返しは成功したのだろうか。
結局、また。倍以上に返されてしまった。
だが、それが心地好い。
私は曹子桓様を愛していた。
それを本人に解りやすく伝えられただけで、私にしては上出来であろう。



普段、愛されてばかりの仕返しだ。


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