のぞみのままに

風邪をこじらせた。
初めは咳込む程度だったのだが、熱が出た為に執務を中断し屋敷に帰り早々に床につくことにした。

病状に気付いたのは仲達だった。
執務室で顔を合わせるや否や、額に手を当てられた。

好いている者に額に手を当てられ、顔を近づけられては余計に熱が上がるというものだ。

「今日はもうお休み下さい。後ほど医師を呼びます。あなたの執務は私が引き継ぎますので」
「ただの風邪だ」
「いけません。甄姫様をお呼びしますので、お帰りの支度を」
「大丈夫だと言うに」
「執務を滞らせる訳にはいきませんので」

そう言いながら、テキパキと私の執務の書簡を片していく。
執務執務と、何だか腹が立ったので言ってやった。



「そんなに執務が大事か」

仲達の筆を動かす手が止まった。
怪訝な顔だ。

「そのようなことは」
「帰る」
「子桓さ、…御意」

何か言おうとしていた仲達を尻目に執務室を出た。













その後、甄に迎えられ屋敷に帰った。
服を着替え寝台に入る。
仲達が手配したのか、直ぐに医師が来て薬を貰った。

医師によれば、風邪と少々疲労のせいもあるとのことだ。
熱は微熱で、頭痛がする程度なのだがここは大人しく横になることにした。



寝台の天蓋を見ながら、何となく先程仲達に向けた発言を悔いた。

今頃は執務室に一人篭り、書簡に筆を走らせながら部下の報告を聞き、忙しく働いていることだろう。
私の分も加えて、余計に忙しいだろうに。

自分と執務を比べるなど、愚かな行為だ。
そもそも物が違う。


私は仲達から、もっと違う言葉が欲しかったのだ。
もっと傍に居てほしかったとか、もっと心配しろとか子供じみた願いだ。

私が望む言葉は、仲達からはなかなか聞くことが出来ない。
あれは敢えて言わないようにしているのだろう。

命ずれば言葉には出すだろうが、それは言わされている言葉に過ぎない。
そこには感情も何もない。

そもそも仲達に恋をしてから、壊さぬように手放さぬように傷つけぬように大切にしてきた。
部屋を退室した際に見せた表情は、悲しげな顔をしていた。
今はどんな気持ちでいるのだろうか。
私が想うように、仲達も私を想ってくれているだろうか。

初めて私から故意に傷つけてしまった。

謝ろうとは思う。
だがどこかで私は悪くないと思っている節もある。

何だか更に頭痛が増した気がしたので、目を閉じて眠ることにした。













ひんやりと額が心地好い。
冷たく濡らした布を当てられているのだろう。




不意に頭を撫でられる。
よしよしとあやされているようで。


この優しい手に、覚えがある。


その手を掴み、瞼を開けた。
掴んだ手が小さく震えた。

「やはり仲達か」

瞼を開ければ、執務を終えたのか冠を外して黒髪を艶やかに肩に流した仲達がいた。

「申し訳ありません。お休みのところ失礼致しました」

そのまま離れようとする手を離さない。

「もう夜か」
「…長く眠っていらした御様子で。熱も大分ひいたようで何よりです」
「そうか」

手は離さない。
今この手を離したら、おそらく離れてしまうだろう。

手を握ったまま、体を起こすと仲達に制されるがもう体調は大方回復していた。

「まだお休みになられた方が」
「平気だ」
「しかし」
「くどい」
「…申し訳ありません」

違う。
こんな風に扱いたいのではない。
下を向いて立つ仲達を見て言った。

「近ぅ」
「ですが」
「わからん奴だな」
「っあ」

強引に手を引っ張れば、私の膝の上になだれかかる。
そのまま引き寄せ、私の膝の上に向かい合うように座らせる。

「…子桓様、私の話を聞いて下さいますか」

抵抗することを諦めた仲達が、胸の中で呟く。

「申せ」
「…はい。」

屋敷は静かで人通りもなかった。
夜なのもあるが、おそらく人払いをしているのだろう。








「…あなたと何かを比べたことなどありませぬ」

ああ、やはり。
今朝の私の言葉を気にしていたのだ。

「私の中での一番は何よりも子桓様に他なりません。
…私の物言いに配慮が欠けていました。申し訳ありませぬ」

何故お前が謝るのだ。
子供じみた駄々をこねたのは私だと言うのに。

「…いや、私が悪かった」

俯き小さく胸に埋まる仲達を見て、いたたまれない。
悪いのは私だと言うに、仲達が折れた。
尚更に罪悪感が募る。

「…お前の信頼を裏切ってしまったな」
「私のことなどかまいませぬ」
「強がるな」

頭を撫でてやるとさらさらと艶やかな黒髪が指に絡む。
そのまま輪郭を伝い、頬を撫でて顎に触れ、顔を上げさせて唇を合わせた。

舌を絡め、歯列をなぞった。
八重歯すら舌でなぞり、更に口づけを深くする。

初めは私の服を掴んでいた仲達の手も、口づけの快楽にほだされて力が抜けている。
苦しくなったのか半目を開けて私を見つめている。
生理的な涙が睫毛を濡らしていた。
ようやく離してやると、銀糸が唇を伝う。

「っ…はぁ…」

肩で息をする仲達に、わざと局部を押し付けた。
布団ごしに仲達の股に当たる。

「子桓、様」
「わかるな?」
「はい…」
「しかし私は一応病人ゆえあまり動けぬ。そうだな…」

するすると仲達の衣服を開けさせて、胸を吸うと小さく声をあげる。
あいた片手で仲達のものに触れればそれは少しかたくなっていた。

「…私が出来ることでしたら、子桓様のお望みのままに…」
「やけに従順ではないか、仲達」
「あなた様にだけです」

唇をはむように口づけを落とす仲達からは、私を想う気持ちが流れてくる。

「なれば、出来るな?」
「…は、い」

目線で促し、仲達のものを掴み擦りあげていく。
あいた片手は仲達の中に指を挿入していく。

私の肩口に顔を寄せ、声をあげぬよう堪えている。
声を堪えるのは仲達の癖だ。

仲達は両手で私のものを掴み擦りあげている。
やわやわとそそり立つ緩やかな快楽を感じながら、挿入する指の数を増やし解していく。

「自分で、出来るな?」

首筋に口づけながら、奥に指を突き立てる。
私に解されて、もう随分と柔らかい。

「っ、はい…」

後頭部を支えられながら、ゆっくりと寝台に押し倒される。
仲達が私の体の上に乗っている体位だ。

はらはらと流れる黒髪と共に、上から仲達に口づけられ舌を絡められる。

見れば仲達に抑えられ、口づけをしながら体に受け入れているのが見えた。
ゆっくりと挿入していく仲達の中は温かく、包み込む。
あいた片手で腰を撫で、流れる髪をかき上げた。

視界には仲達しか見えない。
切なげに眉を寄せ、身を捧げるその姿は何と妖艶で健気なことだろうか。

奥まで繋がり、唇を離した。
小さく震える体は熱く、深く私を受け入れる。

「っ、ぁくっ」

仲達がゆるゆると自分で腰をくねらせる。
それを手伝うようにたまに私が奥に突き上げる。

「まるで、自慰をしているようだな」
「そんな、ことっ」
「言葉を寄越せば、手伝ってやらんでもないが」

繋がっている箇所を撫でて、中に指を入れてやると尚更きつくなる。
仲達の体を傷つけていないか確認し、指を抜いた。

「言葉が欲しい」

仲達のを握り、また擦りあげていく。
腰の動きが止まり、うずくまる仲達の腰を掴み奥に一度突き上げる。

「っあぁっ」
「どうして欲しい?」

生理的に流れる涙が私を煽る。
黒髪に指を絡めて、口づけた。

「仲達」

字を呼ばれて観念したのか、目を閉じて腰を抑える私の手を握った。

「突いて…動いて、イかせて下さ、…もう、辛ぅ…ございま、す」

はらはらと涙を流し言葉を紡ぐ。
眉を寄せて、私の手を握った。

「私が欲しいのか」
「…欲しい、子桓様がもっと」
「ああ、よく言えた」

仲達片足を掴み、体を起き上げ奥に突き上げる。
悲鳴に似たような声を上げる仲達に寝台が軋むほど激しく攻め立て続けた。

何度もイかせ、何度も挿入し、何度も中に果てた。
仲達の意識が朧げになるまで。

体の中へ白濁のそれを注ぎ込み、ようやく引き抜いた。
仲達はぐったりとして指すら動かせないと見える。

その体を引き寄せ、胸に埋めた。

「…随分と」
「ん?」
「元気になられた御様子で」

精一杯の皮肉に笑うと、仲達も目を閉じて笑った。

「お前の一番は私か」

発せられた言葉を思い出す。

「はい。誓って」
「私の一番も、お前だ仲達」
「はい…」

お前が望むままに、私を与えよう。


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