はらはらと涙を流している。
ぽっかりと胸に穴があいたような喪失感と、胸の痛みに目を覚ましてしまった。
茹だるような夏の暑さに参ってしまい、私を見かねた子桓様に呼ばれた。
氷技を使う子桓様御自身は涼しげで、部屋につくなり私は暑さで昏倒してしまったようだ。
「仲達」
私を呼ぶ声が聞こえて振り返ると、眉を顰めて子桓様が私に駆け寄った。
氷を布巾に包み、私の額に当てる。
「少しは休めたか」
「はい…、申し訳ございませんでした」
「…冷たいか」
「いいえ、心地好いです」
「このまま、休んでいけ」
「お言葉に甘えます…」
寝台に横になる私に、子桓様が駆け寄る。
私を案じてくださっているのか、傍に居て下さるようだ。
眉を顰めたままの子桓様に苦笑する。
その夜、怖い夢を見たような気がして、駆け寄る子桓様の頬に触れた。
「…仲達?」
「…、あなた、傍に」
「ふ、どうした」
あなたと私に呼ばれて、子桓様が笑う。
涙を拭い、子桓様の腕に埋まる。
泣いてなどいない。
子供ではないのだからと、顔を伏せて目を閉じた。
涼し気な子桓様が羨ましい。
氷が欲しいと強請ると、冷たく冷えた手で私の首筋に触れる。
「っ、ひぁっ…?!」
「氷の方が良いか」
「冷た…い、です…」
「まだ、熱いな仲達。熱があるのではないか」
「う…」
氷のような冷たい手で首筋に触れる。
暑さで熱った肌に、子桓様の冷たい手が心地好い。
目を閉じて冷たさを心地好く感じていると、その手が首筋から肌着を伝い胸の方に下りていく。
「…、子桓様…?」
「…お前が私の腕の中で気を失った時、気が気ではなかった」
「申し訳ありません…」
「冷たいか?もう、大丈夫だな…」
「涼しいです…。御心配をお掛け致しました」
「全く…。本当に…」
胸に手を入れたのは私の心音を聞く為だったようだ。
とても心配をさせてしまったようで、私の胸に埋まる子桓様の頬を撫でる。
安堵の為か、溜息を吐く子桓様の額に口付けを落とした。
はっとして、子桓様が顔を上げる。
今日一日、傍に居て下さった子桓様が愛おしい。
「…仲達」
「ずっと、私の傍に?」
「無論」
「…ごめんなさい」
「心配した」
「無理をし過ぎました」
「夏季は殊更、私の傍に居ると良い」
「はい。子桓様は涼し気で…羨ましいです…。もっと、私に触れて下さいませ」
「…、それは、誘っていると考えて良いものか」
「あなたに、触れて欲しいのです…」
抱いて欲しいとは流石に言えない。
触れて欲しいと強請るのが精一杯で、子桓様の手に甘えるように頬を寄せた。
冷たくて、優しい。
子桓様はそういう人だ。
小さな氷を手に、子桓様が私に触れる。
熱った体を冷やすように、私の首筋や胸をなぞる様に氷を滑らせる。
小さく声を上げ、枕に顔を埋めていると子桓様に脚を持ち上げられ、太股に氷を滑らせられて手を掴む。
「っ、子桓様…」
「中には入れぬ」
「あ、当たり前でしょうっ…」
「何だ、入れられると思ったのか」
「う…」
「その様な事はせぬ。苛めているつもりはないのだが」
「…子桓様は、熱くないのですか」
「今は熱い。仲達の熱がうつってしまった」
溶かした氷を口に含み、私の太股に口付ける。
痕をつけられた後、子桓様は私のに触れる。
ふと、先程の夢を思い出し、情景が子桓様と重なる。
天と地に別れてしまった私達はもう二度と逢えぬよう、離ればなれになってしまった。
二度と逢えない。
日々我儘に振り回されているとはいえ、私にとって子桓様を失う事は夢とはいえ酷いものだった。
喪失感に襲われて、立つ事すらままならない。
私はとても、子桓様を愛しているのだろう。
「仲達?」
「…子桓様」
挿入せんと押し倒されていたのだが、私の涙に気付き子桓様が動作を止めた。
涙を拭い、頬を撫でる子桓様の手は温かい。
「…嫌なら、止めるのだが」
「嫌では、ありません…」
「どうした?」
「…こわい、夢を、思い出しました…」
「夢?」
「こわい、ゆめ」
きてほしい、と子桓様に伝えた。
首に腕を回し、腰に脚を添えると、子桓様が脚に口付けた。
それを合図に子桓様に深く挿入され、背に回した腕に力を込める。
今は熱くて蕩けてしまいそうな子桓様の熱を全身に感じて、どうしてなのか解らない胸の苦しさに涙が止まらなかった。
「仲達、仲達…?」
「…、ごめんなさ…い…、すっかり、私は老い…ました…ね…」
「綺麗だ、仲達」
「そんなこと…」
体を揺らされながら感じる子桓様の律動に、中に果ててくれたのだと感じる。
私も子桓様に果てさせられたが、一度ではきっと、今の私では満足出来ない。
今は淋しくて堪らないのだ。
もっと、と強請ると、頬を染めて子桓様が私を抱き締めて下さった。
「今日はどうした事だ…。媚薬でも飲んだのか」
「…、私から誘うのは、そんなに珍しい事でしたか?」
「暑さで、どうかしてしまったのかと」
「…、む」
「悪かった。違う、嬉しくて堪らないのだ」
唇を尖らせて拗ねた態度を見せると、その唇に口付けられた。
愛おしいと、子桓様が私に甘える。
そのような態度を私にだけ見せてくれる子桓様が愛おしい。
子桓様を押し倒すようにして、騎乗位で子桓様を受け入れる。
熱くて溜息を吐いていると、子桓様が氷を手に私の首筋に触れる。
「っ、ぅ…ん…」
「辛くはないか」
「…子桓様」
私を激しく抱きたいのだと言う事は解っている。
だが、私の体調を気遣って、其処まで手を出されないのも解っている。
私が心配で堪らないという事も解っている。
本当に、私は子桓様の事が好きだ。
「…私」
「っ、仲達…?」
「あなたを、私で…満足させて、差し上げたい、…です…」
「仲達、無理を」
「大丈夫です…、もっと、子桓様…」
両頬を包み、唇に口付ける。
子桓様に優しく口付けられた後、腰を掴まれて深く突き上げられる。
「…抑えられなくなる」
「っひ、ぅ…!」
「仲達にそのように誘われては…、止まらなくなる」
「ぁ、あっ…、子桓様…?」
「今宵は寝かせぬ」
「っ…!」
悪い顔で子桓様は笑う。
私の腰を抑えたまま、下から深く突き上げられる。
腹を抉られるように深く突き上げられて、堪らず子桓様の肩に額を乗せた。
耳で聞いた子桓様の心音が早く、与えられる快楽に私は翻弄されるばかり。
何度か中に果てられて、子桓様が漸く私から離れた。
指を動かすのも辛い程、果てさせられて疲れてしまった。
胸に埋まる子桓様の額に口付けて、目を閉じる。
こんなに熱い夜は久しぶりで、私もどうかしていた。
何故だかやはり涙が止まらなくて、子桓様に頬を撫でられる。
幸せでどうにかなってしまいそうだ。
「…辛いのか」
「逆です…」
「逆?」
「しあわせ、です…」
子桓様が目元を覆ったのを横目に見て笑う。
口元は隠されたが、頬が真っ赤になっていた。
私には見られたくないのか、子桓様の子供のような仕草に笑って目を閉じた。
「今日は、本当にどうした…」
「何がです」
脚を氷水に漬けながら、子桓様の肩に凭れて夜を涼む。
腰が立たない程、激しく抱かれた為、子桓様が私を甘やかせてくれていた。
やはり夏は熱くて堪らない。
「…今宵は、夜を長く感じる」
「私は短いように感じます」
「…ずっと、こうして居たいのだが」
「あなたの、お望みのままに」
「…今宵の仲達は随分と可愛らしい」
「?」
「貴重な事だ。お前から甘えられるとは」
「…そうでしたか」
「私の命がいくつあっても足りない」
「何を馬鹿な」
「惚れた弱みという奴よ。仲達には適わぬ」
「…あなただけではありません、から」
「仲達?」
「…ちゃんと好きですからね、私…、あなたの事」
腕に頬を寄せて目を閉じると、唇に優しく口付けられる。
その後、氷を口移しで戴き体が涼んだ。
「怖い夢は覚めたか」
「…子供みたいな事を申しました」
「今宵は離れぬ故」
「今宵も、かと」
「ふ、今宵は私とて仲達に触れたくて堪らぬ」
「…もう、駄目ですよ…」
「解っている。これ以上の無体はせぬ。ただ、触れさせてくれ」
「はい…、その方が私も安堵します」
横に抱き起こして、私と共に寝台に入る。
何だかまだ眠りたくなくて、子桓様の頬に手を伸ばした。
寝台の帳を下ろして、私の元に転がる子桓様に触れられてまた、体が熱る。
「…子桓様」
「…、これ、仲達」
「もっと…」
「仲達、無理を」
「…眠ってしまいたくなくて、熱の行き場がないのです…」
「…なれば、存分に付き合ってやろう。今宵は仲達の望むままに」
もう無理だと言ったのは私なのに、体は熱るばかり。
無茶苦茶にされたい訳ではないが、子桓様に強請ると子桓様は私を甘やかせてくれた。
「っ、全く仲達…」
「…?」
「私の氷とて、蕩けてしまう」
「それは大変ですね」
「誰のせいだ」
深く口付けられて心地好い。
体を再び重ねて、好きですと小さく呟くと子桓様が頬を染めた。
今宵は私がどうかしている。
そう言い訳をして、子桓様に溺れたいのだ。
子桓様とて、私に溺れている。
私の手を取るのは、子桓様以外に許さない。
再び注ぎ込まれるのを中に感じながら、子桓様を見つめて笑う。
「っは、ぁ…」
「…朝が明けるのが恨めしい」
「朝が明けても、仲達は…あなたの…」
「言うな、止まらなくなる」
これでも色々堪えているのだと、子桓様に頬を抓られる。
ふ…と笑うと、子桓様に口付けられる。
何時でも子桓様からの口付けは優しい。
指を絡めて手を繋ぎ、子桓様に身を任せた。
夜風が私の頬を撫でたが、心地良さは私の主に負ける。
私も夜が明けるのが恨めしい。
このままずっと、そう思えてならない。
ぎゅっと手を握ると、決まって子桓様は握り返してくれる。
そんな子桓様が私は好きで堪らなかった。
私から口付けをして頬に伝う涙を隠し、腕を首に回した。
耳には私達を繋ぐ厭らしい音と、子桓様の声しか聞こえなかった。