せばや

「山頂に陣を張るとは愚かな…」
「諸葛亮の弟子と聞きましたが、まだまだ甘いですねぇ」
「張コウ」
「はっ、何なりと御命令を」

街亭山頂に布陣した蜀軍。
率いるのは諸葛亮の弟子という馬謖。

対するは司馬懿が率いる、魏軍。

「麓の砦を潰せ。補給を断ってくれるわ」
「お任せを。では、行って参ります」

司馬懿の命令に従い、張コウ他魏軍は出撃する。
思ったよりも蜀軍は脆く、若い。

魏軍の圧勝だった。
遠征の身なので、ささやかながらの勝利の酒宴が開かれた。

「今回の采配も見事でしたね、さすが司馬懿殿です」
「張コウか」

総大将であるものの、酒宴が得意ではないらしく。
司馬懿は幕舎でひとり地形図を見ていた。

「此度の先陣、見事だったな将軍。毎度恐れ入る」
「滅相もございません。ところで気になったのですが」
「何だ?」

地形図を置き、張コウに向き直った。
張コウは幕舎に入り、司馬懿の前に片膝ついた。

「先の戦にて、本陣近くに伏兵があるとお聞きしました。
既に計略済みとお聞きしましたが、司馬懿殿にお怪我はありませんか?」
「ああ、あの伏兵ならばとっくに潰したわ。」
「そうではなくて。司馬懿殿にお怪我はありませんでしたか?」
「別に、何もないが…どうした?」
「いいえ、私の大切な司馬懿殿が御無事ならそれでいいのです」

にっこりとはにかみ、張コウは司馬懿の手を取り口付ける。
かっと顔が赤くなった。

「な、何をしている」
「司馬懿殿が、私のいないところで傷つけられでもしたら私は自分を許せませんからね」
「ちょっ…何処に行く?」

そのまま司馬懿の手を取り、幕舎から出る。

「ここは戦地ですけど、さっき梅の木を見つけたのです。司馬懿殿にお見せしたくて」
「何だわざわざ。枝を折ってくればいいではないか」
「そんな不躾な事、梅の木に失礼ですから」

ぐいぐいと腕を引っ張られ、本陣から少し道に入ったところで梅の木を見つけた。
季節はもう春めいて、あたたかい。

「梅の花言葉を御存知ですか?」
「私が知っているように見えるか?」
「見えませんね。」

むっとした司馬懿を尻目に、張コウは微笑んだ。

「高潔、上品、忍耐、忠実、独立、厳しい美しさ、あでやかさ…」
「そんなにあるのか」
「ええ、ちゃんと花にはひとつひとつ意味があるのですよ」
「…そ、そうか」

私にはよくわからん…と司馬懿は口ごもった。
梅の花を見ていた張コウは振り返り、司馬懿に言う。

「厳しい美しさ、これはまさに司馬懿殿のようですね」
「花ならば、お前の方が似合うと思うが」
「まぁ、嬉しい!褒めてくださるのですか?」
「蝶よ花よと、綺麗なものがお前には似合うと、思う」

それに黙っていれば美人だしな、と口ごもる。
ちょっとした呟きにも、張コウは反応し司馬懿をぎゅっと抱きしめた。

「こ、こら、やめぬか」
「ああ、嬉しいです。司馬懿殿に言ってもらえるなんて」
「張コウ、梅の礼に私から今度何か…」
「何かくださるのですか?」
「期待はするな、花はわからん」







後日。
魏国宮中にて、張コウに向けて司馬懿から花が届けられた。
それはお世辞にも綺麗とは言えない花だった。

「これは、『見せばや』ですかねぇ?」

綺麗な花でなくても、司馬懿からの贈り物なら嬉しい。
機嫌よく、贈られた花を見つめて思考する。

「そのままの意味で、見せ場をやるってことでしょうか…?」

素直じゃない司馬懿からの花に託したメッセージに首をひねる。
しばらく考えて、花言葉に思い至った。

「…今から、あなたに会いに行きますね」

今すぐ抱きしめて差し上げたいのです。
司馬懿からもらった『見せばや』を手に、張コウは回廊を走った。





























見せばや。

花言葉 『大切なあなた』


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