悪魔あくまともきる方法ほうほう

私の体の下で声を堪え、身を震わせている恋人の背には黒い羽根がある。

口に指を差し込めば鋭い八重歯があり、髪に触れればその頭には角が生えている。
体を繋げているその尻に手を這わせば、黒く細長い尾が震えて指に絡まる。

私の愛したその人は人間ではない。

「っ、ふ…!そこ、は…」
「付け根は弱いのか」
「ゃ…!」

尾の付け根を撫でると仲達の締め付けが強くなった。
感じてくれているのだろう。黒い羽根が窄み震えていた。



この悪魔を愛するようになったのは随分と昔の話。
見た目は良かったが、第一印象は余り良くはなかった。
初めは人間を小馬鹿にし常に見下した態度をとっていた悪魔だった。
いつでも鼻につくような言葉で私達を見下していた。
今では随分と柔順になっている。


私から愛していると仲達に何度も伝え、幾度か断られた。
見た目や種族に惹かれた訳ではない。
司馬仲達という人自体に惚れてしまったのだ。



そして漸く、仲達が折れた。

種族だとか性別だとか。
仲達は尤もらしい言葉で論破し私の言葉を否定したが、私には響かなかった。
盲目だとも思う。
私は仲達でなければ嫌だった。

その仲達が漸く私を見て、愛してくれるようになったのだ。



何故私がと顔に書いてあった奴が、今では私の体の下でぽろぽろと可愛らしく泣いている。

戯れなどと思った事はない。
人間ではない悪魔であろうと知った事か。
同性だろうと知った事か。

初めて見た時からずっと、私はこの悪魔に心を奪われている。
悪魔だろうと、同性だろうと関係なかった。


出会った当初は私を見下ろす身丈の仲達だったが、月日が経った今では私が仲達の身丈を抜いた。
仲達に口付けし易い身長差に成長した事を我ながら誉めてやりたい。

歳の取らない仲達は私の目には相変わらず美しく、そして相変わらず愛おしい。



今宵は私の想いに応え、私の恋人となった仲達と初めての夜だった。






接合部を伝う出血に気付き、腰の動きを止めて頬を撫でる。
痛むのだろう。薄い胸を上下させてか細く息を吐いていた。

ぽろぽろと頬を伝う涙を撫でていると、仲達が私の手に口付け舌を這わせる。
大丈夫だと眉を寄せ瞳で語られ、仲達に深く口付けながら再び突き上げる。
口内で歯列や八重歯をなぞると、仲達からも舌を絡めてくれた。
ちろちろとした舌が遠慮がちに私と絡む。

鋭い爪で私を傷付けたくないと自ら手枷を乞い、布で縛った手首には鬱血が見える。
胸の前で指を組み、まるで祈るようにして目を閉じていた。
此奴は昔から何処までも私に甘く、優しく、また傷付きやすい悪魔だった。

強気な態度も、弱く見られたくないという性根が見える。
人に尊大な態度を取るのも一重に臆病で、傷付けられたくないからなのだろう。
人間には頼らない。仲達はそういう奴だった。

私の悪魔は素直になるのが本当に苦手だ。


異形の悪魔と言うだけで、人は偏見を持って仲達を見る。
不老で中性的な容姿は見る者を惑わせるようにも思えた。
今まで良い事も悪い事も私より長く生きている分、沢山味わってきたのだろう。

その誇り高い仲達が漸く私だけを見て、私だけに身を寄せてくれた事が何よりも嬉しい。



仲達の中に果てたくて許しを乞うように首筋に口付ける。
私の体の下にいる仲達はただひたすらに妖艶で、か弱く泣いていた。
仲達は私に小さく頷き、私を挟み込むように脚を閉じる。

これが悪魔なのかと信じられない程に愛おしい。

私には天使にすら見える。


手首を労り手枷を外すと、仲達は私の首に腕を回し、開かせている脚を窄めて私を見つめた。
その瞳には私だけが映っている。

仲達の体が私を締め付け、緊張しているのか肩が震えていた。
その強張りを解すように、尾の付け根を撫でる。

「っふ、ぅ…っ」
「力を抜け…」
「は、い…」
「…仲達、仲達」
「どうした、の、です…、皇子様」
「愛おしくて、堪らない…。私はお前の魔法にでも掛かってしまったのだろうか」
「…私は、何もしておりません…。ただ、人間を愛してしまった…哀れな魔物です」
「哀れ、とは…」
「悪魔の姿の私は…、醜い…でしょう?」
「何を馬鹿な…」
「っ、ふ…、ぁ…!」

仲達の背を引き寄せ、私の膝上に座らせるように体を起こした。
体位が対面座位に変わった為、仲達の中に私のが深く埋まっていくのが見えた。
その光景に満足をするように吐息を吐き、仲達の腰を支えて緩やかに突き動かす。
月を背にした私の悪魔は私に揺らされ、黒髪がきらきらと光る。

思わず見とれてしまう程に美しかった。
何が醜いと言うのか。

下から仲達の爪先に口付け、仲達からも腰を揺らしている事に気付き眉を寄せて唇を吸う。

「綺麗だ」
「そんな、事…」
「好きだ…、仲達。愛している…」
「はい…。私は貴方様のものですからね…?」
「離さない。誰にも触れさせるものか」
「…私、このように…人に愛されるなど、思いも…、っ…?」
「っふ、…っ」
「あ…、っ」

仲達の言葉や仕草。幸福に酔いしれて仲達の中に果てた。
中に注がれているのを感じているのだろう。
羽根を窄め尾を丸めて私の肩口に埋まる。
私の手の中で仲達も果てていた。

細い尾が私の脚を撫でている。
無意識なのだろうが、少しくすぐったいので尻尾を捕らえて中から抜いた。

「っ…あ、はぁ…」
「そのまま、横になるがいい」
「はい…」

捕らえた尾と尻を撫でて、猫のように丸くなる仲達に気を良くして隣に寝転ぶ。
私の上着を体に掛け、余韻に浸る仲達の肩や翼を撫でた。



その手に仲達は口付け、自分の頬に擦り寄せる様子がまた可愛らしい。
じゃれているようにも見える。

「くすぐったい」
「…私の匂いを付けているのです」
「うん?」
「私の皇子様が…、明日になっても、私を思い出しますように…」
「何に妬いているのだ」
「別に、何も」
「ふ、…体が辛かろう。明日は休むと良い。そう伝える」
「はい…」

笑ってはいるが、眉は下げたままで肩が震えていた。
今更になって、やはり男に体を暴かれるのは怖かったのだろう。
私も気遣いはしたが何分男を抱くなど初めてで、かなり傷付けてしまったやもしれない。

仲達はそんな事はない、大丈夫だと言って無理をする。
故に私は仲達を甘えさせてやりたい。

白い手の甲に口付けて、少し痕を付けた。
肌に名を書く事は出来ないが、痕を見て仲達が私を思い出してくれたら嬉しい。

仲達の真似をして、私も手や首筋に擦り寄る。
くすぐったそうに笑う仲達の尻尾が機嫌良さそうに動いていた。
尻尾を指に絡ませ、私も笑う。

「…仲達」
「はい」
「好きだ…。大好きだ」
「はい…、私も」
「私も…、とそう言ってくれるのか…」
「はい。…もう、子桓様は私に甘えてばかり…」
「甘やかせてくれるのはお前だけであろう?」
「…子供達と同じように、貴方様も甘えたらよいのです…。
私は貴方様が、心配です…」
「そうか…。ふ、そうさせてもらう…」

悪魔の仲達に甘える。
それが如何に幸せな事か。





陽の差し込む光に目を覚ますと、仲達の傍に侍る小さな人影が見えた。
子供の声が聞こえる。

「そーひさま!起きて」
「父上、おはようございます」
「お前達…」
「心配しました」
「しんぱいしましたよー」

それは仲達の子供達だった。二人はまだ幼い天使だ。
昨晩仲達が帰らなかった事を心配して迎えに来たのだろう。
ひよひよと小さな羽根でまだ眠気眼の仲達にじゃれる。

尻尾や羽根に埋まる子供達を見ながら、仲達は私の隣で微笑んでいた。
師や昭は天使だが、此処にいる仲達も私には天使にしか見えない。
腕の中に甘える師や、翼や尻尾に甘える昭は仲達によく懐いていて可愛らしい。



仲達が悪魔であるのに、どうして子供達は天使なのか。
小さな昭を捕まえて、頬をふにふにと伸ばしながら聞いてみた。

「なんれすか?」
「お前達は天使であるのに…何故、仲達だけ悪魔であるのか」
「それは私が受けた罰です」
「罰?」
「天使失格なのです。皇子様には秘密ですよ」
「そーひさまには、あくまのなりかたはひみつです」

結局仲達も師も昭も教えてくれなかったが、どうやら元は天使だったようだ。
故にこんなに美しいのかと、仲達に再び口付けて身を寄せた。

「む…」
「そーひさま、ずるい。しょうもー」
「ふ、師が妬いてしまいますよ?」
「妬くも何も仲達は私のものだ。残念だったな」
「っ、曹丕様なんて嫌いです」
「ねー、ちちうえ、しょうもー」
「解った解った」

口付けをせがむ昭に仲達は頬に口付け、拗ねてしまった師の頬にも口付けた。
仲達らの何と可愛らしい事だろうか。



ずっとこうして居たい。
その願いは仲達と共に過ごす事で日に日に強くなっていった。
しかし、私は不老ではなく悪魔でも天使でもない。
いつか、仲達より先に死ぬのだろう。

師や昭を抱き締める仲達に擦り寄り、目を閉じた。
こうして居たい。ただ、ずっと。
仲達にそう呟くと、仲達は翼を伸ばして私の手に口付けた。

「ずっと…、とは」
「そなたと同じ生を共に行きたい」
「…私の生はとても長く、きっと貴方様は私より先に」
「そなたの傍に共に居れた生だったのなら、それは良い死だ」
「…貴方様が、居なくなったら…、私はきっと、生きている価値などありません」
「…共に生きれたら、それで良いではないか」
「私に、貴方様の何もかも…下さると言うのなら」
「ほう。方法があるとでも?」
「父上、いけません」
「ちちうえ?」

仲達は翼を広げて私を食らうかのように、長い爪で私の首筋をなぞった。
私は仲達の好きにさせ、師や昭には大丈夫だと目を配らせた。

「貴方様の命、私に授けて下さるのなら…、私はきっと、貴方様とずっと一緒に居られます。
私は貴方様を愛するあまり…、そう望むようになってしまいました…」
「何を言っている?」
「人間辞めますか、とお聞きしております」
「父上、それは」
「ふ、それも良いのかもしれぬ」
「…気分でお決めなさるな」

師や昭を胸に抱いて、仲達は翼を窄める。
言葉では否定をするくせに、翼や尾の方が素直だ。

私の心など、既に決まっていた。

「人を辞めたら、私は何になる?」
「天使と言いたいところですが、残念ながら私と同じ…」
「悪魔か。ふむ、角が少々邪魔だな」
「何です」
「お前と口付けがしにくくなるではないか」
「…もう、何を仰って」
「良いぞ。私は人を辞める」

仲達に口付け、私は人である事を辞めた。
悪魔に命を渡し、仲達と契約したのだ。

仲達は後悔しないかと何度も私に聞いたが、私が深く口付ける事で黙らせた。









小さな天使の師と昭が少し困ったような顔をして姿の変わった私を見上げる。
翼や尾は仲達と同じだが、角の形は仲達と異なるようだ。
私は結局悪魔になる事を選んでしまった。後悔はない。

師と昭が私の翼や角に触れ、ぺちぺちと叩いた。
別に痛くはないがうっとおしいので捕まえる。

「父上はまた罪を重ねてしまいましたね」
「何?」
「でも、ちちうえはもう、ひとりぼっちじゃないですね。しゅくふくします」
「何の話だ」
「父上が好きだった人たちは今まで、皆…先に亡くなってしまいましたから」

己が不老である故に、仲達は数々の人を看取ってきたのだろう。
だが仲達と契約をする程、仲達を愛した者もいなかった。

仲達はずっと、誰かに愛されたかったのだろう。
その愛されたかった願望は子供達に向いたのか、子供達を溺愛しているのはよく解った。
子供達が仲達によく懐いているのも、一重に仲達からの惜しみない愛を受けての事だったのだろう。

「悲しみのあまり…もう誰も愛さないと、決めていたのです」
「…そうだったか」
「契約を持ちかけたのは、貴方様が初めて…で」
「私が断ると、思っていなかった癖に」
「…断られたら、私は貴方様から離れるつもりでした」
「離れられるのか、今更」
「…出来ません。子桓様になら抱かれてもいいと思い、私は貴方様に…。
ですから、私は…昨晩、貴方様に」
「後悔はしない。しかし随分と翼が重いな。肩がこりそうだ」
「子桓様たら…」
「これで、良い」

翼を伸ばして、仲達を胸に抱き締め口付けた。
また師や昭に妬かれてしまうと思ったが、仲達からも口付けられて腰を引き寄せた。


案の定、師は頬を膨らませている。

「私の事を仲達同様、父と呼んでもよいのだぞ」
「嫌です」
「そーひさま!」
「っ、失敗してしまった」
「ふふ。師は気難しい子ですから」
「違います。私の父上は父上だけです」

仲達を取られたとでも思われているのか、どうにも師には懐かれない。
昭は幼いからか、私にも懐いてくれていた。



尾を仲達の尾と絡ませ、再び頬に口付ける。

「結局、悪魔のなり方とは何だったのだ」
「天使が人を愛してしまう事。誰かを贔屓してしまう事。
人には平等に接しなければならない。それが私の罰です」
「お前が天使だった時、お前は誰を愛したのだ」
「解りませんか。師と昭がその証ですよ」
「成る程。それでは妬くに妬けまいな」

だが契約をしたのは私だ。私が仲達の主人となろう。
そう言うと、仲達は笑って私に頭を下げた。

「御主人様とでも、お呼び致しますか」
「否」
「我が君」
「…それは心が揺らぐが、子桓と」
「ふふ、解りました。子桓様」

これで良かったのだ。
爪が長いのが少々気になるが、昨夜の痕を見つけて仲達に再び口付けた。


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