もしかして、とは少し思っていた。
「仲達」
「はい、子桓様」
こうして、いつも切れの長い紫紺の瞳に見つめられる。
からかっているのだと、戯れだと。
子供のことだからと思ってあまり考えないようにしていたのだが。
「綺麗だな、仲達」
「御冗談を。そういう台詞は私ではなく奥方にして差し上げてはいかがですか」
「今は、お前と話しているのだ。他の者の話はよせ」
「…左様で。失礼致しました」
いつもこうだ。
少しでも人の名前を出すと、拗ねる。
幼少期の頃からずっとお仕えしてきたが。
これは、独占欲なのか嫉妬なのか。
子桓様は何かと私を離そうとしない。
否、私も別に仕事がたまっているわけではないので、
主の呼びかけであれば応じるのが礼儀と思っていたのだが。
幼少期の延長、と思っていた。
おかしい。
ここ数日。
ただ何もせず。
気づいたら見つめられていたり。
子桓様と過ごす時間が増えている。
ええい、何なのだ。
子桓様は何がしたいのか。
何か言いたいのだろうか。
子桓様といることは別に苦ではないが、このまままた帰るのもどうもじれったい。
この際、私から聞いてみるのも手だろうか。
「あの、子桓様」
「なんだ、仲達」
「…子桓様は何かと私の字を呼ばれますが、何か私に御用でもありましたらお聞き致したく」
「…いや。まぁ…お前の字を呼んでいるのは私だけだしな。ちょっとした優越感だ。」
「はぁ、左様で。して私に何か御用ですか?何か言いたそうに見えるのですが」
「私はとっくにお前に伝えているはずだ。お前が冗談だと思って流し気づいてくれないだけだ。」
は?
「私は何年も前からお前に伝えているぞ。まぁ、相手にされなかったがな」
何を言っている?
「お前、本当に鈍いな。それともわざとなのか?」
何故近づく。
「この際、はっきり言ってやる」
ま、さか。
待て待てそんなはずはない。
「愛している。初めて会った時から」
「っ…!馬鹿め…がっ…!!」
顔に触るな。
抱きしめるな。
近い近い近い…!
何故動けない。
何故振り払えない。
顔が熱い。
胸が痛い。
一体私はどうしてしまったのだ。
「…素が出たな仲達。そしてどうした。お前の心音が伝わるが?」
「なっ…!は、離してくださいっ」
「離さぬ。して、お前の答えは?」
「わ、私は男ですよっ」
「それがどうした。」
「っ…!あ、あなた様は魏の次代の…っ」
「ふむ。関係ないな」
「お、奥方だって、何と申されるか」
「好きにしろと言われているが?」
「なっ…!?」
「どうした仲達。もう策は尽きたか?」
顎を手ですくわれて、視線が合う。
あの言葉が本当なら。
今までの視線は、言葉は、行動は。
本当、だったのか。
何故、そのような、優しい瞳で見つめられるのだ。
普段そのような瞳など、誰にも、なさらぬのに。
ああ、本当に。
愛されて、いたのだ。
冗談ではなく、からかいでも、戯れでもなく。
「私はどうしたらいいのですか…」
「私が死ぬまで傍に、というのはどうだ。」
「そ、それならばとっくに、何度もお誓いしております」
「ふむ、なれば。恋仲になりたい」
「なっ…っ…!」
子桓様の唇が、私のと合う。
優しくて、あたたかくて…
堕ちてしまいそうな。
「お前の、答えは?」
「…子桓様をお慕いしています、それは今も変わりませぬ」
「ほぅ、それは喜ばしいことだ」
「ただ、私にはまだ自分の気持ちがわかりませぬ…」
「そのように、泣いているのにか」
「…お好きに。愛しているのかはわかりませぬ。
わかりませぬが、お慕いしております。それは変わりませぬ」
「…愛しいな、仲達」
その後は、またいつものように。
ただ少し仲達が変わった。
前よりか、瞳が優しくなった。
ああ、なんと心地よい。
私のものだ、仲達。