こえ

恋仲、と言えばいいのか。
私と仲達の関係は所謂主従の其れ以上。
…好きにならないはずがないだろう。

『傍にいる』
今でも約束を守ってくれている。

想いを伝え、ぎこちないながらもようやく仲達から想いは返ってきた。
それがとても嬉しい。
想いが伝わるというのはこれ程に幸福なものかと仲達を通じ満たされた。


先日、ようやく唇を奪った。
薄くて、柔らかく思わずハマってしまいそうな唇。

唐突に口づけたので、かなり驚いていたしだいぶ怒られもしたが拒まれなかった。
ただもっと人目を気にしろとのことだったが。

気付けば所作、行動を目で追ってしまうあたりどうやら相当惚れ込んでしまった。
私もどうかしている。

人を愛するとは、自分がどうにかなってしまうことなのかもしれんな。
見事に仲達に溺れている。
これも仲達の策なのだとしたら恐ろしい罠だ。

心は奪った。
唇も奪った。
時間も奪った。

だがそれだけではまだ足りない。
ただそれをしてしまったら、と躊躇している。

仲達はあれでも男だ。

己の欲望のまま事に至るのは凌辱だ。
私はそんな風に仲達を扱いたい訳ではない。

ただあの知略を語る口が快楽に溺れて嬌声をあげる姿を見てみたい。
どのように啼くのか、興味がある。
果たして私はどこまで仲達に赦されているだろうか。

我が儘を言うなら、言葉が欲しい。

「今、ろくでもないことを考えているでしょう」

ふと、我に帰った。
そういえば執務中なのを忘れていた。

仲達と卓に向かい合わせに座り、互いに書簡を片付けている最中だった。
本人を目の前にして悶々と考えていたためか執務が止まっている。

「お前のことを考えていた」
「目の前にいるのですから、何か用がおありなら口でおっしゃって下さい」
「いいのか、言っても」
「それで執務が進むのでしたらどうぞ」
「…いや滞るな。終わってから話す」
「?…はぁ、なら良いのですが」

お前を抱きたい、など今言ったら執務が滞ることは目に見えている。

「今宵、話がある。部屋に行くが良いか」
「何です?今おっしゃっていただければ別に夜でなくとも」
「昼間から言えん」
「え、一体何です?」
「秘密だ、仲達」
「よくわかりませぬが、お泊りになられるのであればおっしゃって下さい」
「おそらく泊まる」
「ならばそのように伝えます」

さっぱりわからないという顔をして、筆を進める。
今はわからないでいた方がいいだろう。

『司馬懿』と書かれた書簡の署名の横に、書簡を読んだ証に『曹丕』と書き記す。

仲達が見て良いと思った書簡だけ署名し、私にまわってくる。

随分昔から見ている筆跡だが、仲達の筆跡はすらりとしてなかなか美しい。
『懿』という名も美しいと思う。
『仲達』の方が呼び慣れているが。

「相変わらず良い字を書くな、仲達」
「あなた様には負けますゆえ」
「そういう時は素直に喜べ」
「子桓様は」
「ん?」
「良い声をお持ちです」

互いに筆を止めず、互いを見ることなく話す。
だが声を聞けば、どんな表情をしているかわかる。

ちらりと視線を上げれば、仲達と目が合った。

「仲達」
「はい」
「私はこの言葉を発するのが一番好きだな」
「お戯れを…」
「仲達、よい響きだ」
「おやめください、恥ずかしいではないですか」
「よいではないか。毎日呼んでいる」
「もう、仕事をしてください。あと少しで片付きますから」
「そうだな」

些細な会話。
仲達とこういったやり取りは嫌いではない。

私には普段嘘をつかぬゆえ、本心であろう。
少し顔が赤い。
どうやら私の声が好きらしい。
己で自覚などしていなかったが、言葉にされると嬉しいものだ。

あの気難しい性格の仲達が他人を褒めるなど珍しい。


仕事にひと区切りがついた。
現在、仲達は片付いた書簡を届けに外出している。

窓枠から外を見れば快晴。
蒼天が眩しいが日は低くなりつつある。
少し小腹がすいた。

「ただいま戻りました」
「御苦労だったな」
「これを子桓様に」
「私に?」
「回廊で通り掛かりの下女に貰いました。お好きでしょう」

仲達の手には皿にのった甘味なる果実。
私の好物の葡萄だ。

「でかした仲達」
「休憩にしますか?」
「そうだな」

長椅子に葡萄を挟んで仲達の隣に座った。
仲達が下女に命じて冷茶を持ってこさせている。

茶を飲み、葡萄に手を伸ばすとそれより先に仲達が実の皮を剥いている。

「どうした?珍しい」
「お疲れかと思いまして」

そのまま手渡すつもりの手を無視して口を開ける。
仲達はそれを見るや、少し溜息をついて私の口に葡萄を入れた。
さっぱりとした甘さが口に広がる。

「甘いな」
「もう…子供ではないのですから」
「たまには良かろう?」
「仕方のない方」

そう言いつつも次の葡萄の皮を剥いて私の口に運ぶ。
幼い頃もこうして食べさせてもらっていた記憶がある。
何だか懐かしい。

そして何だかんだ言いながら私の我が儘に付き合ってくれている仲達が愛おしい。

ふと。
仲達を見る。

白く細長い指が葡萄の皮を剥いている。
こちらの視線に気付いた。

「何です?」

ふっと笑い肘をつき、口を開ければ葡萄を入れられる。

そのまま仲達の肩を引き寄せ、唇を重ねた。
唇の隙間から口内にある葡萄を転がし舌を絡める。

初めは驚いていたが、抵抗せず私の服を小さく握っているあたり嫌がられてはいない。
目を閉じて、されるがままだ。

このまま抱いてしまいたい。

そうは思いながらも仲達の言葉をはっきり聞きたかったので、そのまま葡萄を口移し唇を離した。
仲達は唇を手で抑え、瞳を潤ませている。

「急に、な、何をなさるっ」
「甘くて美味であろう?」

口づけで腰がくだけたのか、支えてやると仲達の体が熱い。

「…仲達?」
「あ、あなたはいつもそうやって私をからかって…!戯れならおよし下されっ」


待て、何故泣きそうなんだ。


「戯れなどと思ったことはない。からかっているつもりもない。
私の気持ちは既にお前に伝えただろう」

慰めるように頬を撫でれば、涙をためたまま睨むように見つめる。

「あ、あなたはそうやっていつも焦らすばかりで、私だって、か…覚悟して…っ」




待て。
今、何と言った…?

「何の、覚悟だ?」

解っているが仲達の口から言わせたい。

「…もう言いませぬっ」
「言ってほしい。お前の口から聞きたい」
「…絶対に二度は言いませぬ」
「頼む、仲達」

参った。
これは予想していなかった。

まさか仲達からそんな言葉が聞けるとは。
気持ちを引き締めないと顔が緩みそうだ。
反則だろう仲達。

何たる不意打ち。

「…顔が赤いですよ」
「仲達もな」

二人して互いに赤面している。
何だこの状態は。顔が熱い。

「仲達」
「はい」
「…ならば私はお前を抱いても良いのだな?」

回りくどいので直球で聞いた。
さて何と答えるか。
否、今更答えなど確信しているが。

ああ、耳まで赤くして。
頬に触れたら火傷しそうなくらい熱い。
仲達が頬に添えた私の手に触れる。

「っ…、は、はい…」

恥ずかしくてたまらないのか、視線を背ける。
仲達は今にも泣きそうだ。

ようやく仲達の口から本心が聞けた。
その様子を見ればどうやらずっと覚悟して待っていたのか。

愛しさが募り、両手で仲達の頬を包み額を合わせた。
嫌でも、視線が合う。

「…よく言った。なれば私が慎重になる必要もなかったか」
「それは、つまり」
「ずっと機を待っていた。まさかお前から言われるとは思わなかったぞ」
「し、子桓様が鈍すぎるのです。わ…私だってあなたのことが…」
「ちゃんと最後まで言え、仲達」
「…子桓様を、お慕い、しております」
「ふ…そうか」

胸が幸福感で満たされる。
もう一度唇を合わせて離し、耳元で囁く。

「今宵、お前の部屋に行く」

顔を見れば、真っ赤になっていて返事の声も聞き取れない。
仲達は小さくコクリと頷いた。






それから。

執務を片付け、勤務を終えた。
夜更けに会う約束をし、その時を待つ。

ひとり、湯浴みをしながら思案する。

さて、女の経験は数あれど…さすがの私も男は初めてだ。
仲達もあの様子では初めてであろう。
否、仲達が私以外の男に体を許すはずがないだろうが。

やり方は知っている。
ただ、これから行う行為が互いにわかっていて赴くというのもなかなか恥ずかしい。
なるべく、傷つけぬようにしたい。

濡れた髪を適当に拭いて、服を着替え上着を羽織り仲達の部屋へ赴いた。
灯がついているのでいるはずだ。

扉を軽く叩き声をかける。



「私だ、仲達」
「今、開けます」

仲達が扉を開ける。
いつもの朝服姿ではなく、髪を下ろし幾分ゆったりとした服を着ていた。
髪はしっとりとしていて艶やか、湯浴み帰りと見える。

扉を閉めて、部屋の奥へ通される。

「御髪、きちんと拭かぬと風邪をひかれますよ」
「ああ…うっかりしていた」
「こちらへどうぞ」

仲達に案内され、寝台に座らせられる。
背中に仲達がまわり、髪を丁寧に拭いて櫛でとかしてくれている。

「心地好い」
「終わりましたよ」
「いつもすまんな」
「お気になさらず」

綺麗に整えられた髪は本来の光を取り戻している。
振り返れば、仲達は寝台の上に座っていた。


前座はもう、よかろう?


仲達を見た。
手を取り、そのまま引き寄せ寝台に押し倒す。
艶やかな黒髪が敷布に流れる。

「よいのだな?」

手の甲に口づけを落とす。
私の体の下で仲達が頷く。

「子桓様の御心のままに…あなたに捧げます」

うっとりとした瞳に酔いながら、そうかと言って笑い口づけをした。
口づけは徐々に深くなる。唇を離すと銀の糸が引いた。

頬を指でなぞり、首筋を伝い肩から衣服を脱がせていく。
日に焼けていない白い肌があらわになる。

「…仲達、途中で止めるのは無理と心得よ」
「元より承知の上です、子桓様」
「そうか。なればせめて苦痛を感じたら言え」
「お優しいのですね」
「…初めてであろう」
「…あなたとでなければこんなこと…、っ」

首筋を吸い、証をつけた。紅く痕が残る。
徐々に私のものになるように。

衣服の上から股に触れれば、少し熱を持っている。
服の上から擦りあげると、仲達からくぐもった声が聞こえた。
唇をきつく噛んでいたので、指を差し入れる。
私の指では噛むことが出来ないのか、舌で舐めて甘く噛んでいる。
擦りあげる度に、吐息に似た声と息づかいが指に伝わった。
ゆるゆると勃ちはじめている。感じているのだ。

服の隙間から手を入れて、直に握り擦る。

「っあ…っ」
「お前は、そのように声をあげるのだな」
「い、言わないで下さいっ」
「声が聞きたい。啼くがいい」
「ふ、ぁっ…ぁあ」

顔を両手で隠し、体を丸めた。
顔を見られたくないのか、私のあいた片腕を掴み顔を埋めている。

「見せろ」

その間にも仲達の体に刺激を与え続ける。
びくっと仲達の体が跳ねた。

達しそうなのか、息が荒く肩口に当たる吐息が熱い。
ようやく顔を上げて見せた顔は、紅潮し眉を下げて切なく頬を濡らす。

その顔を見て、くらりと酔った。
何というかムラムラする。

「も、もう…お許しを…果ててしま、います…」
「果てるがいい」
「っあ、あ…っああぁ」

私の手の中で、仲達は果てた。
白濁の液体を手に取り、口に含む。

「な、何を…き、汚いですからっ」
「これがお前の味か」

そのまま、下の方に触れる。
びくっとして仲達が目を閉じた。

「ここは、初めて触れられるのか」
「あ、当たり前です…っ」
「私が、お前の初めてか?」
「前にも言ったではありませんかっ」

恥ずかしくてたまらないのと、先に果てた気だるさで今の仲達はかなり妖艶だ。
こんな姿、誰にも見せたくない。私だけが見れる姿だ。

仲達の脚に触れ、股を広げる。
胸元に忍ばせた香油を、仲達の下に塗った。

「何…を?」
「お前を傷つけたくないのでな」
「っ、…い、痛っ…」
「力を抜け。息を止めては辛いだけだ」

香油の滑りを借りて、指を中に入れる。
きつく締め付け、指がなかなか奥に入らない。

「仲達、恥など捨てろ。私の前であろう」
「あ、あなた様の前だから恥ずかしいのですっ」
「私が優しくするのは、お前にだけだ」

まだ恐怖と恥ずかしさが勝つのか、体が硬い。
体を引き寄せ、肩を抱く。
片手で下をほぐしながら、額に口づけた。

「子桓、様…?」
「怖いか、仲達」
「こ、怖いです…で、でも」
「途中で止めることは出来ぬ」
「はい…存じております」

少しずつ、体がほぐれていく。
奥にゆっくり入れていく。

「…お前にずっとこうして触れたかった」
「私にずっと?」
「ずっとお前に恋焦がれていた、仲達」
「…子桓様」
「私の声が好きなのだろう?」

耳元で囁くと、仲達の体がぞくっと震える。
字を呼べば、中への進入が容易になった。

どうやら声と耳が弱いらしい。

「仲達」
「ぁ、あ…」
「呼ばれたいのか?」
「呼んで、ください」
「仲達」

仲達の体が、ぞくぞくと震える。
熱い戸息を吐いて、子桓様と呼ぶ。体の方も随分とほぐれたようだ。

「子桓様、私はもういいですからあなたの…」
「ん…」
「…我慢しすぎです」

仲達に衣服の隙間から触れられ撫でられる。
我慢していた訳ではないが、仲達に煽られてこの様だ。

指を増やし、広げればほぐれているのがわかる。
これなら入れられようか。

「ひ…ぅ、子桓様…っ」
「入れてもいいか?」

相変わらず言葉で答えるのが恥ずかしいらしく、小さく頷いた。
仲達に押し当て、ゆっくりと挿入する。

「ぃ、っう…」
「まだきついな」
「っは、子桓様…やっと…」
「どうした?仲達」
「やっと…子桓様、と…」

奥まで挿入し、繋がった。
仲達の言葉と共に、胸が幸福で満たされる。

中は熱く締め付けていて、初めてなのだと改めて思った。

「大丈夫か?」

微かに息を吐いている仲達の体はとても熱く、少し心配になった。
瞳は潤んでいて、頬に一筋涙が流れていた。

「どうした」
「触って、ください…」

手を取られ、仲達の腹より下に触れる。

「子桓様のが、ここに…」
「ああ、ようやく繋がることが出来た」
「今この感情が何というかわかりません…ただ涙が溢れて、止まらないのです」
「それでいい。私も同じ気持ちだ」



おそらくこれが、私達の幸せなのだろう。



「動くぞ」

仲達の頬に口づけて、腰を掴み突き上げる。
中はきつく締め付けるが、心地よく。
体が揺れる度に小さく、仲達から声が漏れた。

手を握られ、その手を握り返す。
唇を合わせた。

「中に、出してもいいか」
「子桓様、なれば…構いませぬ」

突き上げて、腰を持ち仲達の中に果てた。
仲達も私の手の中に果てる。

くったりとした体の接合部に触れれば、紅く鮮血が流れていた。

「仲達、お前」
「大丈夫です…これくらい」
「無理をさせてしまったか、すまぬ」
「いいのです…今、とても気持ちが穏やかで…」
「そうか。抜くぞ」

ゆっくり引き抜く。やはり切れてしまっていた。

「今、薬を」
「嫌です」
「しかし」
「…傍に、居てくだされ」

立ちがろうとした時、仲達に腕を引っ張られる。
そのまま仲達は私の胸に埋まった。

「…初めて抱いた相手を、独りにしないで下され」
「すまぬ。お前の血を見て動揺してしまった」
「構いませぬ。私からの我儘、ひとつだけ聞いて下さい」
「どうした?」

仲達から唇を奪われた。



「今夜は、ずっと傍に居てくだされ」

珍しく仲達が甘えている。
今、おそらくそういう気持ちで満たされているのだろう。
胸があたたかく、嬉しい気持ち。たまらなく幸せだ。

「お前を手離すものか」

仲達を強く胸に抱いて、口づけた。


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