ちっ、と舌打ちを吐いた。
当てつけかと言うほどに見せつけられ、お前が私だけを見ないのはやはり癪だ。
ただ、時期が合わなかった。
其れだけの事であると己を説得して、子供らと戯れる仲達の背中を見た後そのまま踵を返した。
曹丕様が、居た気がした。
纏う空気で解る。
振り返ると既に、姿は見えなかった。
「ちちうえ、つづきを」
「…ああ、今」
幼い我が子らに、昔話を読んで聞かせていたところだったのだが。
直ぐに踵を返す程の要件ならば大した事はないのだろうが…後程、要件だけでも聞きに行こうと思案した。
いつの間にか髪を短めたのだな、とか。
長い方が好きだった、とか。
話したい事はあった。
だがどれも戯れ程度としか思われぬような拙い内容で、わざわざ呼び止める程のものでもなかった。
ただ、いつも私を映していた切れ長のあの瞳が…僅かとはいえ最近私を見なくなったと思うと、何処か。
小さな頭痛を感じながら、眉間に指を当てるとふわりと良い香りがした。
沈香の香り。
額に手が当てられる。
「痛みますか?」
「…少々」
「なればもう休まれては」
「断る」
せっかくお前が来たというのに。
手を掴まれて引っ張られる。
部屋の格子に腰掛けていた曹丕様は、私の胸に埋まるように顔を寄せた。
「如何されました」
「特に、何も」
「嘘を仰いますな」
「…ふ、なれば意地を張るのは止めよう」
そのまま背中に腕を回された。
「子供らはもういいのか」
「はい。妻が迎えに来るまでの間、でしたので」
「左様か」
「はい。やはり、あの先程」
「ああ」
「何か」
「…大した事ではない。ただお前と話したかっただけだ」
私より華奢な体に頬を寄せた。
仲達も何かを察したのか、いつもならば人目を気にする素振りを見せるのだが…今日に限ってはそんな素振りも見せなかった。
「お前と、話したい」
「如何様にでも」
「命じるのは解せぬ。お前に命じたい訳ではない」
「左様でございますか。子桓様」
「…ああ、仲達」
字を呼ばれるのは心地が良い。
「淋し、かったのですか」
言葉では答えず、首を小さく縦に振る子供のように拗ねる我が主を見て、微笑ましいと少し笑った。
「申し訳ありません」
「いや」
「…しかし、ふふっ」
「何だ」
「師や昭と変わりませぬな」
そう一言言うと頬を抓られた。
痛い、と首を捩るとそのまま頬を両手で包まれ、唇が重なる。
少々驚きはしたものの、拒む事はしなかった。
幾日ぶりかに重ねた唇は何処か懐かしくて。
更に深いものにしようかと唇を少し開いたが、人の気配がした気がして名残惜しく唇を離した。
人目を気にする仲達の為に一度、突き放す。
が。
私が、手離す事など出来なかった。
「…来い」
「どちらへ」
手を取り、中庭に向かった。
昼下がりの中庭に人気はない。
「座れ」
「?、??」
仲達を中庭の長椅子に座らせて、その横に座った。
帽子を脱がせる。
「?」
「膝を貸せ」
「え?」
「いいから」
返答を聞く前に、膝に頭を乗せた。
仲達の方を向き、目を閉じる。
「…ふ」
「何だ」
「いいえ」
細い指が、髪を撫でた。
瞼を開くと、仲達にしては珍しく柔らかい表情をしていた。
「丸くなったな、仲達。子供らが可愛いか」
「ええ。それにしても本日は甘えたがりですね、子桓様」
「師や昭が、お前の膝でこうしていたな」
「はい」
見上げ、頬に手を伸ばした。
きらきらとした日が眩しく、片目を閉じると仲達が私の額に手を乗せて日を遮った。
「…私にも構えと、言うに」
「は?」
「何でもない」
小声で呟き、目を閉じた。