七月七日。
今日は乞巧奠の日。
日も落ち、辺りは闇夜に沈む。
乞巧奠の行事も終わり、人々は各々宴を開いてその日を祝う。
夜中、子桓様に呼ばれ部屋に向かう。香の良い香りがした。
部屋の真ん中に白い布を敷いて、片側に子桓様は座っていた。
「呼ばれましたか、子桓様」
「星が綺麗な夜だな、仲達」
子桓様は自分の座っている場所とは逆側の、白い布の向こう側を指さす。
一礼して、用意されている椅子に座った。
「これは天の川だ」
「それはつまり、乞巧奠の…恋人同士がするものでは」
乞巧奠の日は恋人同士が部屋の真ん中に天の川に見立てた白い布を敷き、
それぞれが布を隔てて座り、恋歌を相手に向けて詠み合う。
乞巧奠は恋人同士が過ごす特別な夜だ。
「私たちは恋人同士であろう?」
「そ、そうですけど…」
主従である、と言い返したかったのだが。
こうも息をするように言われては適わない。
何より、その言葉と共に私に向けられる子桓様の眼差しが何より優しく。
私もどうかしている。惚れた弱みというものだ。
「恋歌など…私にはとても」
「ならば先に私がいくつか詠ってみせよう」
「はい」
少し考えて子桓様は窓辺の空を見た。
星々が輝いて、流れているようだった。
「ひとつ出来た」
子桓様が詠う。
『 日々戦って闘って 血を流す
それでも蒼天は青々として 輝く
何故戦うのかと 人は問う
ずっと護りたいものがある
その為にも私の星が流れる訳には行かないと
護りたいあなたがいるから私は戦える
護りたいあなたの顔を見るまでは死ぬことは出来ない 』
「お前の顔を見るまではな、仲達」
「皇帝のあなたが何をおっしゃいますか、私があなたをお護り致します」
「私がお前を護りたいのだ。許せ」
「では、尚更私があなたの傍から離れる訳には行きませぬ」
「そうだな、それで良い」
数刻も経たぬうちに考え出される詩歌はどれも見事で。
せっかくなら書きまとめればいいものをそうなさらない。
『お前に捧げた詩だ、お前の記憶にだけ遺しておけ』とおっしゃる。
いくつか恋歌を詠った子桓様は、座卓に肘を乗せて私を見た。
「お前の、返詩が聞きたい」
「たくさん詠まれました中で、どれに返詩したらよろしいでしょうか」
数刻の内に、子桓様は既にいくつも詠まれてしまった。
どれも聞けば私に当てて詠ったものばかりで。
どう返せばいいのか困っていた。元々、詩は得意ではない。
「なれば、これにしよう」
『 私の前には道が無い 私の後ろに道がある
道は歪で曲がりくねり 途切れたりと真っ直ぐに歩けない
転んで傷だらけになって もう歩くのをやめようと思ったこともある
それでも今まで歩いて来れたのは
後ろを振り向くと いつもあなたが傍についていてくれたからだ 』
その後に子桓様は言った。
今までもこれからも、お前はついてくるのだろう私の後ろを、と。
「…では、稚拙ながら…」
指でこめかみをおさえて考えた。
この時ばかりは、軍略とは関係ないところで頭を使うので少々頭が痛い。
しばし考えて、返詩を詠った。
『 私の前には小さなあなたがいる
あなたはいつも危なっかしく 私の前を歩いている
転んだり止まったり いつも傷だらけで
私はただあなたの背中を見つめて 同じ道を歩いている
ふと、見上げればあなたの背中はとても大きくて
いつの間にか背丈を抜かされてしまっていたことに気付く
それでもあなたは変わらず 振り向く
道は未だ歪だが それでも私はずっとあなたの傍にいたい 』
何とか文章には出来たが下手としか言えない。
子桓様に頭を下げた。
「…申し訳ありません、私には難しいようです」
「いや、十分だ」
子桓様は立ち上がり、天の川に見立てた白い布を跨ぐ。
前に座り、私の手を取って口づけた。
「一年に一度しか恋人に会えぬなど、私なら気が狂う」
「なら、子桓様はどうするのですか」
「そうだな。川を毎日無理にでも渡るか…会った恋人とそのまま何処かに消えるか」
「天に背くおつもりですか?」
「考えてもみろ、お前がいての私だ。お前がいない日々など何の価値もない」
「…もう、今日は本当にどうされたのです」
数々の恋歌に続き、口説いているのか今日は甘い甘い言葉ばかり。
さすがの私もそろそろ本当に恥ずかしい。
「お前の返詩が気に入ってな。私の傍を離れるなよ仲達」
「御意に。子桓様」
頬を撫でられ、子桓様の顔が近づいてくる。
瞼を閉じれば、唇が合わさった。そのまま押し倒される。
「今宵は、帰さぬ」
「…いつも帰してくださらぬではないですか」
「そうだな、お前に溺れている」
冠を脱がされ、髪紐をとかれる。
初めての夜はとても恥ずかしくて、今でも覚えている。
何度も共に朝を迎えているが、脱がされる手が、当たる吐息がいつも熱い。
いつでも私の心臓は煩い。このような行為、慣れるわけがない。
いつの間にか服も肩にかかっているだけになっていて。首筋を吸われる。
ああ、いつも見える場所に跡をのこさないで欲しいとおっしゃっているのに。
首筋に紅く咲く子桓様のものであるという痕。
「もう…隠すの大変なんですからね」
「隠さなければいいではないか」
「え、子桓様…?」
「力を抜け、仲達」
子桓様が下へ下へ下がると思ったら、いきなり私のものをくわえられる。
今までされたことがなかったので驚いて体を起き上がらせる。
「い、いけません汚いですか、ら…っ」
「力を抜けと、言っただろう」
「そん、なっ…ぁ…」
引き剥がそうと子桓様の頭に触れるが、与えられる快楽に力が入るはずもなく。
初めての体験に声をおさえられない。
子桓様の手を握り、快楽の波に呑まれて果てた。
「…っは、いきなり何を、なさるのですか…」
「飲み干した」
「ばっ、何てことをっ」
「仲達。しきりに私の手を握って愛らしいことだ」
今なら恥ずかしさで死ねる。
ああ、もう何てことをしてくれたのだろう。主に奉仕させてしまうなど…。
「安心しろ、お前にはさせぬ」
果てた体は力が入らなくて、子桓様の思うまま。
引き寄せられ、体を起こされる。腰が立たなくて胸に埋まった。
朧気に見上げれば、額に口付けが降ってくる。
「もう…子桓様のお好きになさいませ…」
「ふ、元よりそのつもりだ」
髪を撫でられて心地良い。
そのまま中に指を入れられた。子桓様の胸に埋まり目をつむる。
体が快楽で震えた。
「このように濡らして…もう直ぐに入ってしまいそうだな」
「い、言わないでくださ…」
「力を抜け、仲達」
「…お、お待ちください」
先ほど急にイかされたのだ。やられっぱなしは気に食わない。
そのまま子桓様を押し倒し上に乗った。主従ではあってはならぬ光景だ。
「…どうした?」
「先ほどの、仕返しです」
「仕返しだと?」
「…覚悟めされよ」
子桓様の体の上に跨り、子桓様のを片手で抑えて自分の体に受け入れた。
いつもと違う体勢なのでいつもよりもきつい。
体を抑えている片手が震えた。
「…熱いな、仲達」
「っは…、子桓様も…っ」
「ふ、手を離して良いぞ」
「え…っぁ…っ」
体を抑えていた手を引っ張られ、重力で体が下に沈む。
子桓様のが体の奥に差し入れられ急な快楽にそのまま動けない。
「意地悪…です、ね」
「お前が珍しくそのようなことをするからだ」
私が上から見下しているのに、優位に立っているのはいつでも子桓様で。
余裕がないのはいつも私。それが何だか悔しかった。
「妖艶だな仲達、お前越しに見る星も良いものだ」
「今は、どうか…私だけ…」
「ああ、お前しか見えぬ」
動くぞ、と一言発し、腰を抑えられ突き上げられる。
がくがくと体が揺れ、髪が揺れた。
声を抑えようにも両手は子桓様に掴まれていて、抑えられない。
「そ、そのよう、にしたら…また、…っぁ」
「存分に啼けばいい。声を殺すことは許さぬ」
「子桓、さま…、ぁあっ…も、無理で…っ」
快楽の波に気が狂いそうだ。
いつのまにか子桓様が起き上がり、私が押し倒されている。
尚も深く、私の中に差し入れられる。
涙が止まらなくて、快楽が止まらない。
手は指を絡められ、恋人のようで。
ああ、そうだ。私たちはいつも恋焦がれている。
乞巧奠のような、一年に一度しか会えないなど私もあなたもきっと気が狂う。
「仲達…、仲達」
子桓様に耳元で字を呼ばれる。体がぞくぞくした。
お互いに限界に近く、突き上げられて各々果てた。
体の中に注がれる熱を感じて、瞼を閉じる。
未だ繋がったまま、そっと頬を撫でられる。
瞳を開ければ子桓様の顔。絡まれた指をきゅっと握った。
「子桓、様…」
「私の傍を離れるな仲達、離されたとて私がお前を連れ戻してやる」
「はい…では私はあなたをお待ちしましょう。ですがおそらく私も耐えられませぬ」
「ああ、私はいつでもお前に恋をしている」
ゆっくりと引き抜かれた。体を離すのが何だか寂しい気もした。
でももう体が動かない。
「知っておりますよ…仲達はずっと昔から知っております」
あなたが私を見つめる瞳はいつでも優しかった。
それでいて、飢えていたのだろう。優しさに。
「お願いがございます、子桓様。乞巧奠のお願いです」
「申せ」
「私をずっと、あなたのお傍に」
「その願いはとっくに叶っているであろう」
「では、子桓様のお願いは何ですか?」
「そうだな。天に願うなど意に反するが…仲達が私を嫌いにならぬように」
「…好きになったことしかありませぬ」
自分でも何を言っているんだろうと、言ってから後悔した。
子桓様はとても嬉しそうに笑う。
「今日のお前は特別、私に甘いな」
「子桓様に当てられたのです」
朝日が昇っても、私たちは乞巧奠のように引き剥がされることはない。