「甘いもの、でしたよね…」
「?」
甘いものが食べたいと思い仲達と出掛けようと思っていたのだが、生憎の雨で仲達の家を訪れていた。
私が気軽に出入り出来るのは司馬家や夏侯家くらいもので、これはこれで良しと寛いでいた。
結局のところ仲達の傍に居れれば、私はそれでいいのだ。
そろそろ夏だ。庭の花も見頃か。
また共に過ごす夏を楽しみに…と居間で涼んでいたら仲達が傍に座った。
何かを持ってきてくれたようだ。
「気を使わずとも」
「お口を」
「何だ、食べさせてくれるのか」
「私の気が変わらぬ内に、お早く」
「ふ、では急がねばならぬな」
匙で食べさせてくれたのは胡麻蜜の餅だった。
擦り胡麻がよい香りをさせている。程よく甘い。
どうしたのかと尋ねたら、出掛けられなかったのならせめて…とわざわざ作ってくれたようだ。
「私が、ではありませんよ。春華が、です」
「相変わらず、良妻のようだ。してその細君は何処に」
「雨が止んだので、子供達と買出しに行くと」
本当に良妻だと、苦笑して仲達の腕を引いた。
気を使わせたのだろう。仲達と二人きりにさせてくれたのだ。
確かに雨は止んだ。だが、地は濡れている。
裾の長い服装の仲達では、汚れてしまうだろう。かといって脚を出すのは許さん。
甘味を食べ終わり、仲達の胸に寝転ぶ。
ゆっくりと流れる時が心地良い。仲達の匂いに包まれて目を閉じる。
私とて此処が落ち着くのだ。
「食べて直ぐに寝てはなりません」
「此処が落ち着くのだ」
「駄目です。起きなさい」
「元より太らぬ性質だ」
「そのような事は聞いておりません」
「…仲達は少し、ふむ…」
「っぁ」
ふに、と腰に触れた。
思わず漏れた可愛らしい声に笑むと、仲達ははっとして口元を抑えた。
その後、思い切り頬を摘まれ伸ばされた。
不意打ちに弱いのは知っていたが、随分とくすぐったがる。
「…悪かったというに」
「急に触れないで下さい」
「触り心地が良くなったな、仲達」
「…それは太ったと仰せですか。あなたに合わせて私に甘味を食べさせるからですよ」
「幸せ太りという奴か」
「太ってませんもの」
「何、夜に沢山…」
「い、言わせません」
指で唇を伏せられ、その先を仲達は言わせなかった。
仲達らしからぬ発言に愛おしさが増し、そのまま指に口付けた後、口付けを求めて上を向いた。
はっとして私を見つめはしたが、仲達から口付けはしてくれない。
やれやれと溜息を吐き、私から仲達に口付けた。
下から見ても、仲達の睫毛は長い。
雨上がりの湿気に仲達の肌が仄かに濡れ、唇も艶やかに濡れている。
今また、私の口付けで唇が濡れた。
「…綺麗だな」
「は?」
「そう眉間を顰めるな。綺麗な顔が台無しだ」
「あなただけには言われたくないです」
「今日はこのまま、此処に居る」
「…雨は止みましたが、あなたがそれで良いと仰るのならそう致しましょう」
「如何な花とて景色とて、最愛の者の腕の中、恋人の顔を見られるというのは絶景だな」
「…あなたは臆面もなく、よく…そのような…」
「ふ、よく見せてくれ。良い香りだ…、仲達の匂いがする」
「っ、恥ずかしい事を仰らないで下さい」
鳶色の瞳は少々濡れて、何処か艶やかだ。
再び口付けると、返答のように少しだけ仲達から口付けを貰う事が出来た。
ほんの少しだけだったが、仲達から口付けられるのは嬉しい。
「浮かれてしまうではないか」
「…いつも、そのように見えますが」
「お前と共に居る時だけだ」
「…甘味、まだ私のが残っておりますよ」
「お前は食べないのか」
「お気に召したのならば、差し上げます」
「ではまた、食べさせてくれ」
「師や昭ではないのですから…」
「何だ、まだ甘やかしているのか」
そうは言いつつも、結局は最後の一口まで私に食べさせてくれた。
やはり仲達は私に一番甘い。
再び仲達の胸に凭れようと思ったが、負担にはなりたくない。
手を引き、今度は私の胸に仲達を抱いた。
「…子桓様」
「漸くそう呼んでくれたか」
「…、良い景色というのは少し、理解出来ました」
「?」
「あなたしか見えない景色です」
「っ、お前は不意に…」
皇帝だという身分を忘れさせてくれるのは仲達だけだ。
首筋に埋まり溜息を吐くと、仲達の体が少し熱っている。
それは先の口付けかと一瞬自惚れたのだが、疲労の為だと直ぐに察した。
「…今は私しか見えぬと言ったな」
「は…」
「なれば、夢でも私に会えよう」
「あなたがいらっしゃるのに、眠れと仰るのですか」
「疲労の色が見える」
「ええ、疲れております。ですが眠りたいとは思いません」
「…なれば」
「それを忘れられる程、今この時が心地良い…」
「そう、思ってくれるのか」
「玉座より、良い場所ですから」
「ふ…、なればこのままで良いか」
「許されるならば」
「…我らの間に、許すも許さぬもなかろう」
再び仲達に口付けると、今度は仲達からも口付けに応じてくれた。
徐々に恋人になれている。ゆっくりとした時が流れた。
「…あなたの口付けが、甘い」
「お前のせいだ」
「…あなたのせいです」
仲達が濡れた瞳で呟いた。
睫毛に触れると、漸く仲達から口付けてくれた。