少々手の掛かる布陣図に執りかかったところ、結局夜は更けてしまった。
城内は静まり、姦しい侍女らも下げさせたので静寂が心地好い。
地形図を元に線を引き、軍の配置を考える。
あなたの内政は素晴らしいが、軍事は御検討なさっては如何か。
仲達の言葉だ。
今では魏随一の策略家の彼奴から言わせれば、私は嘸や凡人に見えるのだろう。
その仲達の鼻を明かしたい。
私は父と違い、軍略には疎い。
目立った戦勝もしていない。
敢えて戦を仕掛け、国を危険に晒すこともない。
私が『負けぬ戦』を心掛けているからだ。
上体を起こし仲達の胸に埋まる。
胸はないが、仲達からは良い香りがした。
束の間の平穏。
戦乱の世ではあったが、自国では平穏を感じたい。
ふと、手元に茶が置かれ顔を上げた。
「どうぞ、曹丕殿」
「何だ。まだ居たのか」
「皆さんと軍議をしておりました。
小休憩をしてから帰宅しようと皆さんの茶菓子を取りに参りましたら、灯りが見えましたもので」
「礼を言う」
仲達が良かった、と口が滑るところだった。
言ったところで此奴は許してくれるだろうが。
通り掛かりの張コウに茶と菓子を渡される。
まだ残っていたようだ。
皆とは誰までの事なのか聞きはしなかったが、大方の見当はつく。
「司馬懿殿もまだいらっしゃいますよ」
敢えて聞かなかったのだが、張コウは私の考えを見透かしたかのように仲達の所在を答えた。
仲達の名を聞き少し絆されたからか、張コウは笑っていた。
「司馬懿殿に、未だ曹丕殿がいらっしゃいますとお伝えしましょう」
「…怒られるな」
「ふふ」
ひらひらと手を振り、張コウは去っていった。
布陣図など君主がわざわざ為さる事ではない、と仲達に怒られそうだ。
張コウの茶を飲み、一息ついた。
二刻ほど経った。
回廊から多数の靴音が聞こえる。
一人、かつかつとした忙しない音が聞こえる。
忙しないが疲れているのか力ない。
「殿」
「仲達」
「布陣図など君主がわざわざ為さる事ではないでしょう」
「…ふ」
大方の予想通りに仲達に怒られ苦笑する。
仲達の背後には、張コウ、徐晃、曹仁、郭淮が見えた。
私の執務室に入ってきたのは仲達だけで、皆は廊下で待っていた。
「お疲れ様です」
「既にこのような時分、休まれて下され」
「曹丕殿、休む事も仕事ですぞ」
「外は凍てついております。お風邪を召されませぬよう、お早く」
「…仲達はどうする」
「執務は終いとさせて頂きました」
「ふむ」
「あなたが休まないと、皆が休めません。お休み下さい」
「そうするか」
皆の顔を見た後、仲達の言葉を聞いて筆を置いた。
よくやってくれた、と声を掛けると、最敬礼で軍礼を返した。
仲達が皆を見送り、私の元に戻ってきた。
傍に来るなり手を引き、仲達を引き寄せて背後から腰に埋まる。
顔を見て、声を聞き、触れる事で癒される。
溜息と共に細い指が私の髪を撫でた。
相変わらず細い腰で、抱き心地が良い。
「子桓様」
「そう呼んでくれるのか」
「皆を見送りました」
「ああ…」
「寝台で休まれよ」
「仲達も、行ってしまうのか」
「…あなたのせいで、行けなくなってしまいました」
「…今宵は優しい」
「お休み下さいませ」
私の室まで手を引かれ、官服を脱がされる。
寝間着に着替えさせられた後、上着を脱いだ仲達を引き寄せて胸に埋めた。
少し仲達の体温が高いのは、疲れているからだろうか。
「仲達」
「はい」
「共に寝たい」
「…あなたは、はいとしか言わせて下さらないでしょう」
「よく解っているではないか」
「何年、お仕えしているとお思いですか」
「添い遂げている、という言葉の方が私が喜ぶ」
愛している。
溜息を吐くようにそう伝えると、仲達は困ったように笑い頬を染める。
いつまでも初々しいその仕草が愛おしい。
漸く遠慮と矜持を捨てて、私の傍に来てくれた。
私の寝間着を貸し着替えさせた後、仲達を胸に抱いて目を閉じた。
私もそれなりに疲れていたのか、仲達の体温に安堵して肩口に埋まり直ぐに意識を手放した。
ふと、深夜に目が覚めた。
相変わらず仲達は私の腕の中に居て、健やかな寝息が聞かせている。
手元に何か持っているのが見えて、それを取り上げると私が書いた布陣図だった。
修正と追記がされている布陣図を見て笑い、仲達の直ぐ傍にあった筆と硯を遠ざけた。
私からは離れず、布陣図を見直していてくれたのだろう。
「全く、お前は」
「…ん…」
「魏国内でお前に並ぶ者など居ない」
「…。」
「だが、少しは私に任せてみてはくれぬか」
「…?」
「すまぬ。起こしたか」
私の身動ぎで仲達は起きてしまったらしい。
眠りが浅かったようだ。
謝罪し、瞼に口付けると仲達は再び目を閉じた。
そういえば昨夜は一度も口付けていなかった。
また起こしてしまわないように、唇、頬、首筋に口付ける。
温い仲達に触れることで身が安堵し、心が落ち着く。
触れることが止まらなくなってきた。
もっと触れたいと思ってしまう。
掌で腰に触れ、首筋に口付けながらそのまま下の方へ手を伸ばす。
仲達が小さく身動ぎ、吐息を漏らしていた。
淫らと比喩はしない。
仲達は同じ男の私から見ても美しい。
再び唇に口付けていると、いつの間にか仲達が口付けに応えてくれていた。
舌を絡めて深く深く口付ける。
頬を撫で空いた片手で指を絡めて手を繋ぐと、唇を離す頃には仲達の瞳は潤んでいた。
「…、もう…」
「お前は眠ってしまっても構わぬが」
「…横になっているだけなど…私が、嫌です」
「…今宵は優しい。どうした事だ」
「此処まで手を出しておいて…、最後まで責任をお取り下さい…」
「…ふ、焦らしてしまったか」
「当たり前、です…」
涙を潤ませて小さく息を吐く仲達が愛らしい。
私の指を握り締め、口には出さぬがもっとと強請る。
仲達の背中を抱きかかえ、首筋に口付けながら下穿きの隙間から股に触れると少し濡れていた。
反応してくれている仲達に笑み、腕枕をしながら髪を撫でた。
口では何も言ってはくれぬが、私の手を握る仲達は眉を寄せて笑っていた。
仲達から手を伸ばして触れてくれるのがひたすら嬉しい。
「子桓さ…、ま」
「…安堵する」
「?」
「そなたに触れている時、一番生きていると感じられる」
「…毎日存分に、触れていらっしゃる癖に」
「私が生きていると感じられるだろう?」
「っ…、ん」
「一度では済ませぬぞ、仲達」
「なっ、御勘弁くだ、さいませ」
「このように触れるのも久しい。存分に抱かせてくれぬか、仲達」
「…狡い」
口付けを繰り返しながら下に手を這わせ、指で触れる。
勘弁して欲しいとは言うが、本気で嫌がっている訳ではない。
その見極めは出来ている筈だ。
駄目だと言う割には仲達は口付けに応えてくれる。
唇から吐息が漏れ、私の腕の中で大人しくなってしまった仲達は先に気をやってしまったようだ。
下に触れていた手が仲達の白濁に汚れている。
果てたばかりの体の中に指を這わせ押し進める。
仲達は浅く息を吐きながら、私の指に口付けて体を震わせていた。
衣服は脱がさず、中に入れる指を増やす。
「っは、っふ…、ん」
「指だけで…、果ててしまうのではないか?」
「…はや、く」
「何だ?言わねば解らぬ」
「…っ、意地の…わるい」
「存分に焦らした上で犯す主義でな」
「…変態…。犯すだなんて、仰らないで」
「では存分に仲達を抱くとしよう。だが、何だ仲達。もう限界か」
「…、私も…あなたに意地悪をします…」
私の余りの焦らしように仲達が拗ねてしまった。
口付けもせぬ、顔も見せぬ、と言う。
両掌で隠してしまった。
仲達の意地悪は些細な事だったが、私にとって効果的だった。
私は仲達が好きすぎる。
「仲達」
「っ、…」
「仲達、顔が見たい」
「嫌です」
「…仲達」
「…。」
「仲達…」
「そんな、寂しそうなお声は…狡い…」
「ふ…」
仲達が片手を離してくれた。
すかさず頬や唇に口付けて離さない。
眉を寄せて笑う仲達の片耳を甘く噛む。
やはり仲達は私に甘い。
「…仲達、そろそろ…」
「っ、っあ…」
「果てるなら…お前の中が良い…」
「…、あなたは…狡い…」
両手を離し、私の方に振り向いてくれた。
中の指を抜いて当てがい、腰を抑えて中に深く挿入していく。
それなりに堪えていた為、挿入して直ぐに中に果ててしまった。
仲達が息を細めて締め付け、感じてくれているのが解る。
中に果てながら今一度引き抜き、再び奥まで挿入し突き上げる。
これを暫く繰り返していく。
「っは、ぁ…、っ、あ…!」
「仲達…」
「ん…、は、い…」
「…仲達」
字を呼びながら奥に突き上げる。
仲達が果てているのを掌で感じながらも、動作を止める事はない。
体を痙攣させながら、ぽろぽろと涙を零す仲達が愛おしい。
「仲達」
「ま、た、果て…て、しまい、ま…す…っ」
「存分に、果てるがいい」
「子桓さ、ま…」
「ん?」
「だめ、です…、そんなこと、したら…」
仲達のを擦りながら、何度でも果てるように後ろから突き上げる。
耐えきれず敷布に顔を埋める仲達の腰を掴む。
その細い腰に力はない。
それなりに果てさせ続けたからか、少々苦しんでいるように思えた。
「…顔が、見たい」
「…?」
「体勢を変える」
「っ、ふ、ぁ…!」
仲達を抱き起こし、向かい合うように抱いて再び中に挿入する。
私も幾度仲達の中に果てたのか解らぬ。
仲達の股は白濁に塗れ、深く挿入する度に私のが溢れていた。
苦しませるのは本意ではない。
胸に埋めて肩を撫でると、眉を下げながら仲達は涙を流して笑ってくれていた。
触れるだけの口付けを落とすと仲達は嬉しそうに笑い、少しずつ私を押し倒して私を深く受け入れていく。
少し無理をしているように思えて、それ以上は腰を落とさぬよう私が腰を支えた。
「…苦しくはないか」
「ふ…」
「何が可笑しい?」
「心から、今が幸せだと…、思いました」
「っ」
「最近のあなたは…、随分と急いて、忙しなく…余裕を感じられませんでしたから…」
「そうか」
「…無理をしているのではないかと…、心配で…」
「それは仲達とて」
「私は…、大丈夫です…。あなたが、傍に居ますもの…」
「…ふ」
仲達の言葉は私の心を深々と癒していく。
どうやら無意識に心配をさせていたようで、普段の厳しさの中に仲達の優しさを感じた。
近頃の私はどうやら、何事にも急いていたようだ。
焦る事はない。
仲達はそう言って私に抱かれた。
私の上にいる仲達の腰を引き寄せ、深く繋がり押し倒した。
深く突くと仲達の中から私のが溢れて脚を伝う。
強くは突かず、ゆっくりと仲達に私を感じさせるように抱いた。
「っふ、ぅ…ぅ、う」
「苦しくはないか」
「…あなたは、そればかり…」
「心配なのだ。お前だけは傷付けたくない」
「…私、壊れて、しまいます…」
「何」
「…とても、気持ち…よく…て…、あなたが、お優しい…」
「…そのような事を、言われては」
「っ…、子桓様」
仲達の言葉に解りやすい反応を示したのは体の方だった。
胸がじわじわと温かい。
この温かさは仲達に触れている事だけが理由ではないのだろう。
仲達が果てている事を確認しながら、中に果てる。
指を絡めて手を握り、額同士を付けて見つめた。
仲達はずっと私だけを見つめている。
「…仲達」
「…?」
「愛している」
「…知っています」
「仲達…、大好きだ」
「…ずっと昔から、知っています…」
「…、酷くしてしまった。すまぬ…」
「…大丈夫です…」
中から引き抜くとさすがに疲れさせたのか、目を閉じて敷布に沈む。
元々疲労していたというのに私が更に疲れさせた為、腕も脚も上がらぬようだ。
「このまま…」
「ん?」
「ずっと」
「ずっと?」
「ずっと…」
私の頬に手を伸ばしていた仲達だったが、そのまま意識を飛ばしてしまった。
落ちる手を掴み口付けて離さない。
暫くすると意識は戻ったが、肩で息をしているのを見て気に病んだ。
無理をしている。
「ずっと、何だ?」
「…今宵は、いえ…日が変わりました。…ずっとお傍に…います…ね…」
「一度、目を閉じよ…仲達」
「はい…」
私が無理をしているのではないかと気にかける仲達だったが、今無理をしているのは仲達の方だろう。
口では大丈夫だと強がる仲達だったが、さすがに無理をさせたのだと一目で解る。
尻を撫でれば私と仲達の精液が脚を伝い、肌はとても熱い。
肩で息をする仲達を横に寝かせて上着をかけた。
瞼を閉じさせると荒い呼吸も少し落ち着いたように見える。
未だ手は繋がれたままだ。
上着を着せてやろうと思ったのだが、この手を離したくない。
私が上着を着て、仲達を胸に埋める事で体温を分けた。
「…?」
「寒くないか」
「…温かい」
「そうか。せめて下は」
「もう、腰が…立ちません…」
「…そうだったな。今、清めて」
「もう、いいのです…」
「良くはないだろう。体を壊す」
「今宵はあなたとの余韻に浸ったまま、あなたの腕の中で眠らせて下さい…」
「…どうした。今宵は甘えたいのか」
「はい…」
「一度手を離す。良いか」
「はい」
「また繋ぐ。許してくれ」
「…はい」
手を離した僅かな時間、仲達に下穿きを着せて上着を着せた。
今は清める事を諦めた。
身支度を整えて再び手を繋ぐと、仲達は安堵の溜息を吐く。
肩をさすり、腰を引き寄せる。
腕に抱く仲達は軽かったが、とても温かかった。
温かさと柔らかさに目を覚ましたのは昼が過ぎた頃だった。
互いに官服を着ていたが、宵口の情事の余韻を引きずり離れられないでいた。
特に仲達の疲労が抜けていない。
故に本日の執務は急を要するものだけを通し、基本的には仲達を休ませる事に徹した。
離れたくない。
私の我が儘で、仲達は私の傍から一時たりとも離れなかった。
そう思っていたのだが、仲達がどうも私から離れようとしない。
「…仲達」
「うたた寝をされておりました。少し休まれて下さい」
「お前の体は、大事ないのか」
「私はそんなに、柔に見えますか」
「…、否」
見える、と言ったら仲達を傷付けるか。
どうやら私は仲達の膝に甘えて眠っていたようだ。
仲達が私の頬を撫でる。
髪や額を撫でてくれる仲達の手が温かい。
温かい手に目を閉じていると、ふと額に仲達が口付けをくれた。
「…仲達?」
「本日は、離れませぬ」
「ふ…、今日だけか?」
「本日は、あなたが御生誕された日でございます」
「…そうだったか」
「あなたが忘れていても、私が忘れる訳ないでしょう」
「ああ…、そうだな」
このところどうにも私に余裕がなかったからか、己自身の誕生日すら忘れていた。
仲達は今日がその日であると承知で傍を離れなかったのだろう。
昨夜、日の変わる前からという事は…。
いじらしい事をしてくれる。
「御生誕、誠に祝着。お祝い申し上げます子桓様」
「…仲達の言葉が欲しい…」
「?」
「お前でなくては嫌なのだ」
上体を起こし仲達の胸に埋まる。
胸はないが、仲達からは良い香りがした。
頬に口付けながら手を握る。
「では私から手本を見せよう。私は…お前に出会う為に生まれてきた」
「っ」
「愛している…、お前だけだ仲達」
「…、何処で誰が聞いているか解らないでしょう」
別に知られていても構わぬ話。
そもそも皆にとっては周知の事実。
皆が仲達には知られぬよう、知らぬふりをして気遣ってくれている。
今更の話だ。
相変わらず、仲達は頬を染めて下を向く。
その頬に口付けると、仲達は此方を向いてくれた。
仲達の瞳の中に私が居る。
「…あなたが、今日まで生きていて下さって良かった。
あなたが生まれてきて下さった…。
数奇な偶然の重なりでしたが、私はあなたに出会えて良かったと、今は心から思えます」
「そこは運命と言わぬか、仲達」
「私がそのような夢想の言葉を使うとでも」
「お前は私の中で、誰と比べる訳でもなく無双なのだがな」
「?」
「世界で一番、愛している。此方の方が伝わるか」
「っ…、!」
「お前は今でも変わらず、傍に居てくれるのだな」
「ええ、私はあなたのものでしょう」
「違いない」
「先程のお話の続きです子桓様。お休みになられて下さい」
「私の仲達がそう言うのであれば仕方あるまいな」
「素直にお休み下さいませ」
「…仲達」
「はい、はい…、もう」
仲達の甘い言葉に、十倍で返すのが私の礼儀だ。
私を寝台に寝かせようとする仲達だったが、その仲達の手を引く。
仲達は溜息を吐くと、困ったように笑って私の腕の中に来てくれた。
寛雅なる私の恋人全てを胸に抱いて、私は今生まれてきた事に感謝した。
「本日は…、ふふ。二人にして差し上げて下さい」
「本日は特別な日ですからな」
何処からか張コウらの声が聞こえた気がしたが、皆の立ち去る音に安堵し仲達の唇を塞いだ。