知っていますよ。
私では、あなたの中の『あの人』に到底敵わない。
「私といる時くらい、私を見て下さっても良いのに」
「お前が一方的に押しかけたんだろうが」
そう。
貴方は決して私を見て下さらない。
少し時間が出来たので、司馬懿の部屋へお忍びで侵入して見れば。
窓から入るなり、本気の一撃。
「ちっ、外したか」
「おや、窓枠が壊れましたよ」
「お前もその窓枠のようにしてやろうか」
「今は停戦中ですよ、司馬懿」
「気安く呼ぶな」
「では、仲達」
「死ね」
貴方は、他人に字を呼ばれることを嫌う。
それとも私だから、でしょうか。
嫌悪の色を隠さず、睨みつける顔にははっきりと『嫌い』だと書いてらっしゃる。
「何の用だ、諸葛亮」
「貴方に会いに」
「は?」
「いけませんか?」
一瞬私を見て、馬鹿らしいと溜息をついてまた書簡に視線を戻す貴方。
嗚呼、その頬が少しでも赤く染まってくれたなら私は幸せになれるのに。
そう、これは一生叶わぬ恋。
相変わらず書簡がお好きのようで。
少しくらい私の事を気にしてくださったら嬉しいのですけど。
「良ければ、私が策を教えましょうか」
「嫌味にしか聞こえんが」
「書簡ばかり見て、たまには私を見て下さってもよろしいのに」
「時間の無駄だな。書簡の方が為になるわ」
いつも通りのつんとした司馬懿の態度。
それが『あの人』の前でだけ、柔らかく解ける。
『あの人』が羨ましい。
「そろそろ本当に帰らないと殺されるぞ」
「おや、私を思って下さるのですか?」
「馬鹿めが。早くしないと本当に」
ぐいぐいと司馬懿に背中を押される。
司馬懿は何かそわそわとぎこちない。
突如、部屋の扉が開いた。
「仲達はいるか…ほぅ?」
嗚呼、成る程。
私を見るなり眉間にしわ寄せ剣を抜く曹丕殿。
羽扇でひらりと受け流す。
また窓枠が可哀相な事に。
「ちっ」
「お久しぶりです、曹丕殿」
本気の舌打ち。
全くこの主従はよく似ている。
「し、子桓様」
「仲達に何の用だ、諸葛亮。停戦協定中とは言えお前相手では容赦せんぞ」
「司馬懿を攫いに、と言ったらどうします?」
どさくさに紛れて、司馬懿の手を握って笑う。
司馬懿は驚き、手を振り払う。
「殺す」
「お、お待ち下さい」
司馬懿が間に入る。
曹丕殿は司馬懿の一言で剣を納める。
「停戦協定中、ですから」
「私を助けて下さるのですね」
「今すぐに殺してやりたいところだがな」
「おや、つれない」
「私が一時でもお前に心を許したことがあったか?」
「ありませんね」
知っていますよ。
貴方は『曹丕殿』のもの。
「大事はないか、仲達」
「御心配なく、子桓様」
他人に字を呼ばれるのを嫌がるのは、貴方が曹丕殿にしか字を呼ばれたくないから。
見せ付けてくれますね。
曹丕殿と接する時の貴方は、何処か優しくて。
頬がほんのり染まっていて、可愛らしくて。
私の求める司馬懿がそこにある。
「羨ましい」
「何が」
ふと思っていたことが口に出たようで。
司馬懿がこちらを訝しく見る。そのすぐ横には曹丕殿。
「曹丕殿が」
「見せ付けてやろうか、諸葛亮」
「は?」
「この場で司馬懿を辱めるとでも?」
「そこまでやれと?」
「ちょっ、何の話で」
お互いにイライラしながら、司馬懿を挟んで話す。
曹丕殿は司馬懿を護るかのように、肩を抱いて胸に引き寄せる。
妬ましい。
例えば。
曹丕殿が居なくなったとて、貴方は私を見てはくれないでしょう。
貴方は既にあの人の虜。
「今日のところは帰ります」
「帰れ」
貴方は曹丕殿の腕の中。
目の前にいるのに、届かない。
「諸葛亮」
背中に司馬懿から声をかけられる。
「いずれまた、戦場で」
そう、貴方と私は好敵手。
この恋はきっと叶わない。
それでも恋焦がれるのは、貴方が可愛すぎるから。