心身共に冷える冬の夜。
何となく眠れずに、境内を徘徊していた時。
一つだけ、灯が見えた。
部屋の場所だけで、誰がいるか解る。
その部屋の主でないのであれば、或いは間者か。
生憎、こちらは部屋着で武器もない。
だが灯の映す影から、そこにいるのは部屋の主だと確信させた。
扉を叩く。
「…誰だ」
深夜とあって、向こうは警戒している。
ピリピリとした静かな緊張がその声からは感じられた。
「まだ、起きていたのか」
扉を開けて、中に入った。
こちらはお前であることくらい解っている。
私の姿を捉えると仲達の緊張は綻び、ゆるりと笑う。
その表情は私にしか見せない顔だ。
「…境内とはいえ、こんな夜更けに共も付けず出歩いては危のうございますよ」
「それはお前とて同じであろう、仲達」
傍に歩みより、靴を脱いで横から卓を覗けば今夜渡された書簡だ。
尚も筆を止めぬ仲達を怪訝に睨む。
「明日で良かろうに」
「明朝に必要なのです」
「…こんなに冷やしおって」
頬に触れれば、ひやりと冷たく。
掌を重ねれば、筆を持つ手も寒気に震えている。
見かねて、背後にまわり二人で上着を羽織った。
腕を仲達の腹に置く。
「あの、子桓様」
「少しはマシだろう」
「重いですよ」
「それだけ成長したということだ」
「…眠れないのですか?」
「お前の顔を見たら、そうでもなくなった」
背後から仲達の肩口に埋まり、目を閉じた。
「お前が終わるまでこうしていよう」
「風邪をひかれますよ」
「お前がいる」
冷たくなった頬に私の頬を擦り寄せ。
背後から唐突に唇を合わせれば、そこだけ華が咲いたように仲達は頬を赤らめる。
そして直ぐに顔を背けてしまう。
嗚呼。
「愛おしい」
「恥ずかしい方」
「本心だ」
「ですから恥ずかしいのです」
私を引きはがす事は既に諦めているようだ。
さらさらと筆を進めていく。
早く終わらせようという魂胆であろう。
ここのところ、戦に軍議と忙しなく。余り二人でいる時間も取れなかった。
こうしている時間がもっと欲しい。
後ろから強く抱きしめた。
私に気付いて、仲達が振り向く。
「子桓様」
嗚呼。
お前はいつもそうやって私の字を呼ぶのだ。
「寒くないか」
「お蔭様で」
冷え冷えとした体は私の体温がうつり、少し頬を染めるくらいの温かさになった。
尤も、頬を染めた理由は別にあるかもしれないが。
我が軍師はなかなか素直ではない。
「眠れないのですか?」
「ん…いや、お前に会ったら気が済んだ」
「淋しい、と」
「傍にお前が居なくてはつまらん」
「淋しかったのですね」
「そうとも言う」
仲達が振り向く。
作業はもう終わっているようだった。
仲達に促され、正座をしている膝に頭を預けた。
髪を撫でられる。子供をあやすように。
「終わりましたよ」
「御苦労だったな」
「子桓様のお陰で、温かくなりました」
「…見ろ、仲達」
格子越しに卓の上にある窓枠の中の空を見た。
しんしんと、雪が降っている。
「今夜は冷えますね」
「温めてやろうか」
「…誘っていらっしゃるので」
恥ずかしそうに眉を寄せて、仲達は見つめた。
今宵、このまま仲達の肌を愉しむのもいいだろう。
だが。
「傍にいるだけで良い」
何より傍に居たかった。
それに疲労した体に無理をさせたくない。
「帰りましょう」
「私の部屋でいいのか」
「御意に、我が君」
上から、唇を合わせられる。
仲達からは珍しい。
お前が『我が君』と言うのは狡い。
「…添い寝だけで済まなくなるぞ、仲達」
体を起こし、仲達の手を取り部屋を後にした。