毎日まいにちよりそれ以上いじょう

くしゅん。






嚔の音を背中で聞いた。



領内視察。
仲達を連れて城下まで下りて来たのだが。

「寒いか?」
「あ…いえ、大丈夫です」

振り返り、視線を向ければ私の側近は鼻をすすっている。

「風邪でもひいたか」
「御心配なく…問題ありません」
「少し休むか?」
「お気持ちだけ戴きます」

迷惑をかけまいと、三歩下がって私の後をついて来る仲達。
領内を視察することを民には知らせていない。

民の中でも顔を知る者は、頭を下げて道を空ける。
時たまに、配下の者たちを城下で見かけた。
私を見るなり、軍礼を交わす。
軽く手を振り、大事ないとその場を通り過ぎる。

たまに後ろを振り返る。
仲達はちゃんとついて来ているだろうか。

振り返ると、きちんとついて来てはいるが何だか仲達の顔が赤い。



「…おい、お前。熱があるだろう」
「大丈夫です…」
「ならん。今日はもう引き上げるぞ」

大丈夫だと言う仲達は明らかに無理をしている。
早々に視察を終え、宅に戻る事にした。

「歩けるか」
「はい…」
「今日はもう休め」
「…大丈夫です。お傍に居させて下さい」
「大丈夫ではないだろうが」

手を握れば、とても熱く。
早く帰ろうと、急いだが仲達の体力が持ちそうにない。

近くに私の別邸があったので、一先ずそこに入った。
何事かと騒ぐ家の者に床の用意をさせ、仲達をそこに寝かせた。
着込んでいた朝服は脱がせ、邪魔な装飾品は外した。
少し寒そうだったので、私の上着を着せた。

普段あまり使わない別宅な為、人通りは少ない。
休むには最適であろう。

仲達の額に手をやれば、酷く熱い。
やはり無理をさせていたと、すぐに気付けなかった自分を悔やむ。

「具合が悪いのなら、そう言えばよかろう」
「…今日は特別、あなたの傍に居たかったので…」
「今日?」
「…私が生まれた日なのです」




私の中で時間が止まった。










はっとして我に帰り、仲達の顔を濡らした布で拭いてやれば気持ち良さそうに目を閉じる。




誕生日。
仲達から聞くのは初めてかもしれない。




子供の頃から幾度となく「いつだ」と聞いていたが、いつだって返ってくる言葉は「お構いなく」だ。
私の誕生日は祝うくせに、卑怯ではないかと咎めていた。
仲達は子供の私に優しく笑うだけだった。

「…せっかくの誕生日が散々だな。ゆっくり宅で過ごすもよかろう」

迎えの者を呼ぼうと、立ち上がるとかくんと体が引っ張られる。
振り返ると、仲達が私の服の裾を掴んでいた。

「……。」

何か言いたそうにしているが、仲達は見つめるだけだ。



「…言わねばわからん」

だが言いたいことはだいたいわかる。
仲達の手を取り寝台に腰かけた。

「せっかくの誕生日だ。生憎、何も用意出来なかったのだが」
「…お気遣いなく…」
「私が何かしてやれるなら、それで代わりになるか?」

熱に浮かされて、蕩けた瞳を見つめた。
仲達は明らかに困っている。

「…あの…」

小さく仲達が声を上げた。
私の裾を握ったまま、言葉を続けた。










「…少しだけ…ほんの少しだけ、子桓様の時間を下さい。
ほんの少しだけ…私の傍に居て下さいませんか…」

仲達からの願いに、ふっと笑い掌に口づけを落とした。




「御意に、仲達」

御意など、父以外の者にはなかなか使わない言葉だ。
仲達が私にとって特別だからだ。

立ち上がり、使いの者を部屋に呼んだ。
仲達は訝しくこちらを見ている。

「父に伝えよ。丕は本日、司馬懿が急病の為帰らない、と。
書簡は急ぎの物だけ仲達の分も含めてここに持って来い、とな」
「はっ」
「ではな」

扉を閉めて、再び仲達の傍に腰かけた。

「…ほんの少し傍に居て下さるだけで、よかったのですよ」
「お前を独りにさせたくないのでな」
「しかし、執務もあるでしょうし…」
「ここでやればいい。お前の分も私が片付けよう」
「…そんな事、子桓様がなさらなくても…恐れ多い」
「傍に居て欲しいのだろう?」




本当はずっと。
その一言が言えないのを私は知っている。

今まで自分の誕生日が言えなかったのも、仲達の余計な遠慮のせいだ。
図星なのか仲達は黙った。

「少し眠るがいい」

額に口づけを落とし、毛布をかけた。

「おやすみ」

仲達は安心したのか、疲れたようにゆっくりと目を閉じた。




























日が暮れる。


仲達の眠る寝台に腰かけ、黙々と書簡に筆を走らせながら今日の執務を終わらせた。

使いの者を呼び、書簡を届けさせる。
これで終いだ。
ついでに軽い夕食を持ってくるよう、使いに頼んだ。

仲達の額に手を乗せる。
もうだいぶ熱は引いているようだ。

疲れていたのだろう。
仲達は私の知らぬところで無理をするから危うい。

しばらくして、夕食が運ばれてきた。
頬を摩り、起こす。

「起きれるか」
「…はい…」

耳元で囁くと、目を覚ました。
体を起こした仲達の横に夕食を持ち座る。
冷えぬように、落ちた上着を拾って背中にかけた。

「食べれるか」
「はい…お蔭様でだいぶ良くなりました」
「それはよかったな」

夕食を渡すと、ゆっくりではあるが食べれている。
一先ず安堵した。

「子桓様、本当にずっと傍に居て下さったのですね…」
「約束したからな」

互いに軽い夕食を食べながら、話した。
仲達はどこと無く嬉しそうだ。

「執務も終わらせたのですか?」
「滞りない」

肩の骨を鳴らし、首をまわした。
私も多少疲れた。
食べ終わった食器をかたす。
白湯を渡し、薬を飲ませる。

座る仲達の膝に頭を預けた。










「…何故、今まで誕生日を教えてくれなんだ。
私とてお前の生まれた日を祝いたいのだぞ」

仲達の膝に頭を乗せて、見上げた。
いつもより温かい仲達の膝は心地が良い。

「もっと早く教えてくれてもよかろうに」
「何より私が子桓様に遠慮していたのですが…一番の理由はそれじゃありません」
「何だ」
「誕生日として何か贈り物を賜るより何より、私はあなたと過ごす毎日が幸せです。
…ですから、私には子桓様のいる毎日が特別な日なのですよ」

上から掌で優しく、頭を撫でられた。
口説くつもりが口説かれてしまった。









狡い。
そんなのは、卑怯だ。










「狡い」
「はい?」
「独り言だ」

小さく吐き出すように言った。
愛しさが募る。

体を反転させ、仲達の腹部に顔を埋めるとよしよしと頭を撫でられる。



仲達にしてやられた。
仲達のくせに。

顔が緩んで仕方ない。
この顔を決して見られてなるものか。



好きな人には格好良いと思われていたいではないか。




「…またお前に依存してしまうではないか」
「確かに一人の配下に依存することは余り良いこととは言えません。
…なれば一度離れてみましょうか」
「無理だな」
「はい。私も無理です」

日に日に、想いが募る。
もう仲達なしに生きてはいけないと自覚している。
仲達も「出来るわけがない」と笑った。






起き上がった。
そのまま仲達に唇を合わせる。

寝台に押し倒した。
抵抗はない。

舌を絡めれば温かく。
唇を離せば銀糸が伝う。
そのまま仲達の首筋を吸い、痕をつけていく。

「っ…子桓、さま…?」
「私から仲達に誕生日の贈り物をいろいろ考えてはみたのだが」

胸を吸えば、小さく声をあげる。
服を脱がさず隙間から手を入れて下腹部に触れた。

「先程の言葉を受けては、どんな物も霞む」

そのまま握り、擦りあげれば仲達は肩を丸めて声を押し殺す。



「…お前は私の時間が欲しいと言った」

露出した肩に口づけ、掌で頬を撫でた。
もう片手は仲達のものを擦りあげている。

仲達は両手で口を塞いでいる。
その手を取ってしまえば、嬌声が洩れる。

「っぁ、は」
「今日と言う日はあと僅かだが、私の時間を全てお前に捧げる」

熱い吐息を吐きながら、仲達は濡れた瞳で見つめた。

「嫌か?」





仲達はこくりと小さく頷いた。

「子桓様を…下さいませ」

両の掌で私の頬を包んだ。
そのまま仲達から口づけられる。

「…お慕いしております…」
「私も、同じ…否、それ以上かもしれぬ」

再び唇を合わせ、舌を絡めた。
仲達の片足を腰まで掲げ、開かせる。
徐々に脱がせていけば、美しい白い肌は紅潮していく。

秘部に触れれば、ひくりとして。
まだ解けてはいない。

唇を離して、太股に口づける。
それを見て仲達は目を逸らす。
手は敷布を握っている。

仲達のに舌を這わせれば、体を震えさせて。
一際甘い声が響く。

くわえれば背中が浮いた。
のけ反る背中を捕まえて、逃げぬよう腰を掴み奉仕を続けた。

「っ、…ゃ、…」
「止めてもいいのか?こんなに濡らしているくせに」

快楽に涙が溢れる。
仲達の手が私の頬に触れた。

「達する時は、字を呼べ」

かたかたと小さく震える手を握り、奉仕を続けた。

「し、…か…っ」
「ん?聞こえぬぞ」

わざと意地悪く強く吸ってやれば、びくっと体を反応させて。

「子桓、さ、ま…っ」
「ふっ…達するがいい」

仲達が果てた。
それを口に受け止め、飲み干す。
肩で息をする仲達を見上げた。

「よく出来た」
「…酷い方」

起き上がり、中に指を入れた。
まだきつい。

「っ…く」
「やはり女のようにはいかぬな」

見目好く美しいが、仲達は男だ。
それは事実だ。




「…子桓、さま」
「どうした?」
「…我が儘を言っても…」
「好きにするがいい。お前の誕生日だろう?」

中に指を二本挿し入れると、仲達はぐっと唇を噛む。

「噛むな…傷つく」

ちゅ、と優しく唇を舐めてやれば噛むのを止めて、蕩けた瞳を向けられる。

「して、我が儘とは何だ?」

耳を甘く噛みながら、指は奥に進めていく。
少しは容易になった。

「っん…、子桓様、から…言葉を賜りたく…」
「言葉?」
「子桓様のあるがままに」
「そうだな…ふむ」

解けたの確認し、指を抜いた。
己を当てがい、ゆっくりと挿入していく。

「っふ、んっ…!」

敷布を握る仲達の手を解いて、手を握る。

「私の言葉が欲しいのだな?」

そういえばまだ祝いの言葉を言っていない。
仲達と繋がり、奥に押し当てる。

「っぁ…!」
「まずは、司馬仲達生誕、誠に祝着」
「…子桓、さ…」
「お前に出逢えて嬉しいぞ、仲達」

じわじわと揺さ振っていたが、じれったい。
このまま突き上げ動かしたいが、仲達から言わせたい。

私の声に弱いのは知っている。




「…私が欲しいか?仲達」

耳元で囁けば、ぞくぞくと震える。
ほろりと涙が一筋流れた。

首に両腕を回され、頬に口づけられる。

「…子桓様を、下さりませ」
「くれてやる」

仲達の言葉を聞いて、突き上げた。
寝台が軋む。
仲達の頭を支え、腰を抑えつけて突き上げた。




仲達が私を欲するなら、くれてやる。
だがそれ以上に、仲達が欲しい。


「子桓、さ…ま、もっ…」
「ん…」

仲達が限界を告げて、果てる。
続けて、私も仲達の中に果てた。

首に回していた腕は脱力し、ずるりと落ちた。
見れば仲達は気を飛ばしている。

「…無理をさせたか」

だが、可愛らしい。
そういえば病人だったことを思い出す。
ゆっくりと引き抜き、額に口づけた。















「子桓様…」
「よかった、気がついたか」

体を清め、服を着替えさせると仲達の体は酷く冷えていた。
寒くないよう、腕に抱きしめ、肩や腕を摩っていた。

「すまぬ。また無理をさせたようだ」
「大丈夫です…」
「お前の『大丈夫』は信用ならん」

体が温かくなってきた。
額に手をやると仲達が目を閉じる。

「疲れたか?」
「少し…」
「そうか。もう日が変わるな」

もうすぐ仲達の誕生日が終わる。
傍にいる約束の時間はそろそろ終わりだ。






「…日が変わったら、子桓様は行ってしまわれますか?」

時を察し、淋しそうに言う仲達の髪を撫でた。
気持ちよさそうに目を閉じる。

「お前を置いていけるものか」

そう言い、仲達に唇を重ねる。
唇を離した仲達はこくりと小さく頷き、私の胸に体を寄せた。

「明日も…いえ、これからもずっとお傍におります」
「願ってもない」







日がもう変わる。


「仲達」
「はい、子桓様」
「お前が生まれてきてよかった」
「…この上ないお言葉…」

嬉しそうに仲達は笑い目を閉じた。
嗚呼、愛しいと心の中で呟く。

仲達を腕に抱いて、ひとつの寝台で眠った。





お誕生日おめでとう。


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