はん

囲まれた。
だが、不思議と死ぬ気はしない。

「兵卒、将問わず。なるべく殺さず捕らえよ」

剣を振り上げ、回廊を走る。
現状では我が方の不利。

「っ、伏兵ですっ!」
「流石、私の軍師と言ったところか」

玉座に近付けば近付くほど、陣は厚く防御は難い。
斬らずに突破するとなるとまた難しい。

「仲達は見つけたか」
「はっ!御殿の玉座前にて司馬懿殿と思しき将を確認!」
「そうか。全軍停止」

背後の全軍を停止させる。














「ここからは一人で良い」
「しかし、殿…司馬懿殿のことです。何があるか」
「何があってもあれは私の軍師だ。
そうだな、一刻して私が戻らなければ進軍せよ。それまではここで足止めしろ」
「御意!」

玉座の手前。門を開けた。
紫紺の衣を纏う我が軍師が、私に対する。
他に人の気配がない。本当に仲達一人のようだった。

「随分と遅い御到着で」
「ああ、色々と邪魔をされたのでな」
「私を見くびらないでいただきたい」

仲達の武器は既に血に濡れている。
紫紺の衣も紅く染まっていた。

「お前が謀叛とはな」

仲達が先に攻撃を仕掛けた。
距離感はあるが、仲達の武器の間合いは広い。
咄嗟に防ぐ私の剣に仲達の武器から放たれた鉄糸が絡む。

「…あなたは最後の詰めが甘い。甘いからこそ私に天下を簒奪されるのです」
「そうだな。お前にならくれてやっても良いのだが」
「なれば天下から御退場いただきましょう」
「それがお前の策か、仲達」
「私の最期の策は、今ここで私があなたを殺すことです」

糸の切っ先をかわしながら、徐々に仲達に詰め寄る。
現状の報告を聞くところ、謀叛兵はほぼ捕縛している。

残るは私の仲達ただ一人。

「さて、お前に私が殺せるのか見物だな」
「その余裕が気に入らないのです。あなたに私の何が解る」
「解るとも」



右手を捕えた。

「迎えに来た」
「何を馬鹿な」

咄嗟に仲達の左手が私の剣を掴んだ。
防ぎきれなかった仲達の右腕が紅く染まる。

「…何故、手を抜いている」
「お前が私のものだからだ」
「っ…もはや私はあなたの配下ではないっ!」
「それを決めるのは私だ、仲達」

武器を捨て、傷ついた仲達の右手を掴む。
両手を掴み、そのまま背後の玉座に押し倒す。

「私の策は敗れた…殺せ」
「殺さぬ」

仲達の傷ついた右手に口づけ、血を舐めた。
そのまま唇を合わせる。

「許せ」
「っ…!」

驚いた仲達が身じろいだ所を見て、唇を離し鳩尾を殴り気絶させた。
気を失った仲達を横に抱き上げ玉座の間を後にする。

一刻が過ぎていたのか、後続の軍が玉座の間に進軍してきた。

「殿!御無事で!」
「ああ。この戦はこれで終いとする。捕縛した兵に傷の手当をしてやれ」
「はっ…司馬懿殿はいかがされますか」
「処遇は私が決める」
「御意」

仲達を引き渡し、後始末の為に父の元へ向かう。



















仲達、言ったはずだ。
私が目指す次代、私が治める次代には有能な者が必要だ。











公開処刑となったであろう広場を去り宮殿に戻った。
周囲の人々からは喚声と動揺が見て取れる。
回廊を歩いていく。

私は縛り上げられ死を覚悟した仲達の首を斬らず、手枷を斬った。

許す。
それが私の答え。



「お待ちを…曹丕殿っ」

聞き慣れた声色で、聞き慣れない名で背後から声をかけられた。

「…何故、私を殺さないのです」

仲達の咎めるような声を背中で聞き、側にいた配下を下がらせた。

「ついて来い」
「……。」

そのまま先導し歩いていく。
書庫の保管室であろうか、適当な人気のない部屋を見つけ仲達を伴った。

扉を閉める仲達に振り返る。
私は視線を合わせるが、仲達は故意に逸らす。

「こちらを向け」

詰め寄り、仲達を扉に押し付け顎を掴み、顔を己に向けさせた。

「っ」
「…先の言葉通りだ。私はお前を殺さぬ」
「また私が謀叛をしたらいかがされる」
「またお前を迎えに行くだけだ」
「何を甘いことを」

横目でちらりと見れば、仲達の右手は包帯で覆われていた。
その手を取り、摩る。

「私はお前を愛している。故に殺せない」
「まだ…私のことを…?」
「一時足りともお前を想わぬ事はない」

この手は私が傷つけてしまったものだ。
そもそも私は仲達を殺すつもりも傷つけるつもりもなかった。

「痛むか」

包帯の右手をやんわり握った。
仲達が握り返す。

「…何故、曹丕殿は変わらないのです。何故変わらず私に…」
「お前は何ら変わっておらぬ。
また私の傍でいつものお前のまま、私のものでいるがいい」
「……。」
「戻ってきてくれような?仲達」

仲達から私の心が離れているのはわかっていた。
『曹丕殿』と呼ぶ声色は低く、瞳は動揺に満ちている。

「…また、子桓と呼んでくれぬか。仲達」

頬に触れて、瞳を見つめた。
まるで我が儘を言うような子供だ。我ながら必死なのだと自覚した。
死罪を曲げてでも、手放したくない。
仲達のいない余生など考えられなかった。



「本当に、また…子桓様とお呼びしても」

仲達が私の手に触れ、目を閉じた。

「呼んでくれぬか」
「…子桓様」

見つめるその瞳には私の姿が映っていた。

「仲達」

久しく呼ばれていなかった字を聞き、顔が綻ぶ。
髪に触れ、頬をなぞり唇を合わせた。仲達は抵抗もせず、甘んじて受け入れている。

「あなたを傷つけてしまいました」

唇を離せば、眉を寄せて見つめられた。
その瞳にもはや、叛の色はない。

「私は何も傷ついていないが」
「あなたの御心を私が裏切り、試したのです。あなたが私の生涯の主君たるかどうか。
…結果としてあなたになら殺されても良いと覚悟をしていたのですが」
「して、仲達の私の評価は如何か」
「畏れながら、司馬仲達のこの命を生涯、曹子桓様に捧げる所存」
「貰っておこう」

両手を組み、頭を下げる仲達を引き寄せまた唇を合わせた。
離れていた心を埋めるように、合わせては離す。

「…しかし、何も罰をいただけぬのも辛うございます…」
「傷つけることは出来ぬ」
「せめて償いを…あなたに許されたとて、私の心が晴れませぬ」
「お前ほどの人間を閑職に追いやる訳にもいかぬ」
「…なれば、今宵は好きにしてくださいませ」

何度目かの口づけを離して、仲達が言った。
償いたいと瞳が言っている。

「なれば、今宵部屋に来るがいい」
「…御意」
「私はお前を乱暴には扱わぬ」
「はい…」

瞳に不安の色が見て取れたので、傷つけぬことを誓ってから仲達を胸に埋めた。




「…無理に償おうとしなくても良いのだぞ。
お前が私の腕の中に戻った。それだけで私はもう良いのだ」

その言葉を聞いてか、仲達が私の胸に埋まって服を掴んだ。

「子桓、様」

ぽろぽろと涙が流れていた。

「あなたが、愛しくて、愛しくて辛い」

泣き顔を見せぬように胸に埋まって泣く仲達の頭を撫でた。
何かの糸が切れたように泣く仲達はとても小さく見えて、護りたいと手放したくないと尚更に強く思った。



暫く胸に埋めていた。
ずっと頭を撫でられていたら落ち着いたのか、涙を拭い私から離れた。

「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません…」
「構わぬ」
「私はまだ投獄から解放されたばかりの身。また今宵…」
「私の部屋に」
「はい」

頭を下げて仲達は先に部屋を出て行った。

愛しくて苦しい。
恐らく謀叛の動機の本心を聞いてしまった。

それは私も同じだ。
お前の何もかも手に入れたいと。
独占欲に狂い、嫉妬に狂う。いつかお前を傷つけてしまわないかと、私も思っていた。

先に仲達が堪えられなくなったのか。
ぐるぐると独り、悩み考えた。












会議が長引き、帰るのが遅れた。約束の刻限はとうに過ぎている。
まだ待っていてくれているだろうか。

自分の部屋に帰り、奥の寝室に突き進む。

紫の衣を着た仲達が、窓辺に立ち月に照らされていた。
まだ私が帰ってきたことに気付いていない。照らす月は満月で、仲達を煌々と照らしていた。

「…私はいつも待つばかりだ」

独り言が聞こえた。

「あの日も貴方を、ずっと待っていた」

月に話すかのように、仲達は語っていた。
その背中を見つめた。

「はやく抱き留めて下さらないと、仲達はまた何処かに行ってしまいますよ」
「それは困るな」
「っ…子桓様?」

その言葉を聞いて、後ろから抱きしめた。
驚いて振り向く仲達が顔を伏せた。

「…聞いていらしたのですね」
「待たせたな」
「いいえ」
「ずっとこうしていたのか」
「はい」
「座るなり何なりすればよかろうに」
「許しを得ておりませぬゆえ」

厳しく育てられたという司馬家の家庭環境からか、礼儀と作法にだけは人一倍固い。
故に、それが崩れた時にまた魅力を放つ。




仲達に罰を与える。
気が進まないが本人が償いたいと言う。
それを承知で今まで待っていたのだ。

「さて、今宵は償いたいとのことだったな」
「はい…」
「なれば、今宵はお前から自由を奪おう。反論も抵抗も許さぬ。お前あるがままに受け入れよ」
「そ、れは」
「異論も許さぬ」
「…はい」

手を引いて寝台に押し倒した。
冠が床に転がり、敷布に黒髪が広がる。外套を脱いで床に投げた。

仲達の靴を脱がし、下履きを脱がし衣類の留め具をひとつひとつ外していく。
上着は開けさせるだけで、脱がしはしない。

「…目を閉じよ」

言われるままに仲達は目を閉じた。
刹那、仲達と視線が合った。

これ以上この瞳を見ては気持ちが揺らぐ。
自分の腰紐を抜いて、仲達の視界を奪った。

「まずはひとつ」

本当は仲達の視界を奪うために巻いたのではない。
私が仲達の瞳を見ない為だ。私自身が仲達に甘いことくらい自覚している。

肩当てを外して、床に落とした。
そのまま後ろ手に仲達の腕を縛る。負傷している手首を考慮し、腕を縛った。

「これでふたつ」

手の自由を奪う。
下手に抵抗させない為に。

「子桓、様…」

明らかに不安に満ちた声が聞こえた。
私も上着を開け、邪魔な装飾品は床に落とした。

「字を呼ぶことだけ許そう」
「はい…」

自由が利かない体を抱き上げた。
私が横になり、仲達を体の上に持ち上げた。
下履きを脱がせたので、仲達の下半身が直に肌に触れる。

「…さて。この体、誰にも抱かれておるまいな?」
「何故、そんな」
「暫く離れていると、お前が気掛かりでな」
「あなた以外に、抱かれた事、など」
「そのまま話していろ」

仲達の腰を引き寄せ、ほぼ自分の顔の前に座らせた。
目の前にある仲達のものを口に含む。逃がさぬように脚を抑えた。



叛

「あなた、以外に…っぁ抱か、れた、ことなどっ…あり、ま…せ、っん」
「ほぅ。確かめてやろう」

口の中で仲達のものに舌を這わせながら、片手で仲達の秘部に触れた。
くぐもった声が聞こえ、背中がのけ反るが仲達は与えられている快楽に堪えている。

「…淋しかったのか、仲達」

瞳を見つめることが出来ないが、仲達の声は慣れたようなものではなく。
誰にも抱かれず、何も抱かず。
今宵初めて抱かれるかのような初々しい声だった。

「淋し、い、など…」

前を私に咥えられ、後ろを私の指で辱められている仲達は前に屈み、
私の耳元に顔を寄せた。

「…貴方様が、ひとり、何処かに行かれる度に…」

仲達の黒髪がはらはらと私に流れ落ちていく。
目隠しの下、どのような顔をしているのだろう。

「想っ、ており、ます」

切なく泣くように声をあげて、仲達が果てた。
それを飲み込み、体を起こし向かい合うように座った。

「…申し、訳ありませ、ん…」
「…泣いているのか」
「泣いていません…私は何も見えませぬ。あなたも私の瞳を見れませぬ」

おそらく泣いているのだろう。
腕に巻いた枷が、赤く仲達の肌を傷つけていた。
罪悪感に胸が痛むがまだ外してやるわけにはいかなかった。





「…さて、仕置きだ仲達」

仲達をうつ伏せにし、脚を開かせた。
頭を敷布に押し付け、枷を持ち後ろから話しかける。
予め用意していた香油を秘部に塗り、更に指を入れ増やしていく。

「っふ、ぐっ」

敷布を噛んでいるのか、声がくぐもる。
何となしに解してから、陰部の形をした木彫りの彫刻物を仲達の体の中に入れた。

「っな、何を…っ?痛…っ…」
「私以外に犯されるのは屈辱であろう?」

そのまま奥に入れて、突き動かした。
私のものより大きいそれは、仲達の体を犯していく。

「っ、あ、くっ…っふ」
「私以外に抱かれたことがないのであろう。なればこれで十分、罰になろう」

何より、私に対しての罰であるが。
私以外のものを受け入れて善がる姿など本当は見たくなかった。

私以外のものでも善がると思っていた。
だが仲達は、善がるどころか辛そうに泣いている。

「お、抜き、くださ…っ」
「ならぬ。大人しく受け入れるがいい」
「嫌、です…こんな、もの」
「よせ、お前を傷つけてしまう」
「もう、十分…傷ついて、おり、ます…」
「何っ?」

罰と称して、無理に挿入をしたせいか。
はっ、として結合部を見れば血に濡れていて。脚を伝い赤く血が流れていた。

「何故、もっと早く言わぬ」
「…反論も抵抗も、異論も許さぬと仰せになられたのは子桓様でしょう…」

ゆっくりと引き抜き、入れていたその物を捨てた。
接合部に触れれば手に血がつくほど、切れてしまっていた。

「私は子桓様のもの、傷つけようが殺されようが何も言えませぬ」
「…そんなことを言うな」
「私の感情など気にせず、好きにしたらよろしいのです…」
「顔を見せよ」

視界を隠している布を取れば、布は濡れていて。
瞳を開けて尚も流れる涙を私は見てしまった。
眉を寄せて、涙を流しながらも挑発的に仲達は私を見つめた。

「…お好きになさいませ」

そして私を見ずに涙を流した。胸が痛まないはずがない。
好きにしろと口では言っているが、その涙が意味するものが何かくらいわかっている。

「仕置きは終わりだ」

心も体も傷つけた。
何よりも私が傷ついた。これ以上の罰は無用であろう。

手枷を解いてやり、体を起こしてやる。
上着の衣服を捲くれば腕は赤く、欝血してしまっている。その腕を擦り涙を拭う。

「子桓様…」
「すまぬ…謝っても許されるとは思っていないが」
「何故あなたが謝るのです…罰を望んだのは私であるのに」
「私がこれ以上お前を傷つけることが出来ようか。これ以上は私への罰に等しい」
「そのようなお言葉…」
「もう終いだ」
「…いいえ、まだ」

赤く腫れた瞳を拭いながら、仲達が改まって向き直った。

「子桓様を…私に受け入れさせて下さいませ」
「私に傷つけられて尚、私を求めるのか」
「あなたが私を求めるように、私もあなたが欲しいのです。何より」
「何より?」
「あのようなもので、果てとうありませぬ」
「すまぬ。まだ、だったな」

腫れた瞳に口付け、頭を撫でて自分の胸に埋めた。
そっと背中に腕をまわされる。求められていることがわかり嬉しかった。
もはや傷口となってしまった秘部にそっと触れた。

「っ、う」
「痛むのではないか」
「構いませぬ」
「入れるぞ」

仲達の腰をおさえて、向かい合わせにゆっくりと己を挿入していく。
流血のせいですんなりと奥に入っていくようだ。
仲達は私の首に腕をまわし、俯いて私を受け入れている。
熱い戸息が、私の耳元に当たる。

「っは…子桓様…」
「そのような声で私を呼ぶな。せっかく抑えているというのに」
「本当は…私を、どうしたいのです?」
「もっと激しく、抱きたいものだ」
「そう、なされたら宜しいものを…んっ」
「そうもいかぬ」
「っぁ…!し、かん、さまっ」

激しく突き動かそうものなら、仲達の体は壊れよう。
ゆっくりと挿入し、ゆっくりと引き抜いた。それを繰り返す。

「快楽が、じわりと襲いかかってこよう?」
「っ、わかっていて、そんな」
「お前をこれ以上傷つけたくはないのだ」

挿入したまま、ゆっくりと寝台に押し倒した。
体勢が変わり、奥に深く入っていく。

「っ――ぁあっ」
「血が止まらぬな」

接合部に触れてなぞれば仲達の血が纏わりつく。
その血は、寝台の敷布にも滲みていた。

「子桓、様、お願い、が…」
「何だ。今度は聞いてやろう」
「動いて、くださ…っあぁ」
「気が進まないが、お前もこれでは苦しかろうしな」

中途半端に焦らされた体は敏感で、少しでもなぞればビクっと震える。
先ほどの涙とは違う涙が溢れていた。
望み通りに脚を開かせ、腰を掴み、突き上げていく。

「お前は、私が好きなのか」
「っな、何を、今更っ」
「好きだと、言って欲しい」

ぐぐっ、と奥に入れて仲達の顔を撫でた。
快楽に酔う瞳からとめどなく流れる瞳に涙を潤ませて仲達が言葉を綴る。

「…っ、好きで、す。大好きで、す…」

仲達が私の顔に触れ、口付けた。
その言葉と気持ちに偽りは感じられない。

「もう、…子桓、様」
「果てるがいい」

深く挿入し、仲達が果てた。
くたりと脱力した体に、私の欲を注ぎゆっくりと引き抜いた。

これは私のものだ、と言うように。



「ずっと、待っていたのだな。あの日も私を」



謀反の日。
あの日は私が遠征から帰ってきた日。
一年ばかり城を仲達に預け、帰還したところだ。

久しぶりに再会した仲達を見つけた瞬間、淋しそうな瞳を見た。
その瞳は直ぐに元の鋭い目つきに変わったが。

ずっと待って、待ち続けていたのはわかっていた。




「…待たせ過ぎです」
「…だが従順よりか少しばかり反抗される方が好みだな」
「私をあまり独り置いて行かれぬことです」
「淋しいからか」
「ち、違います」
「先ほどそう言ったくせに」

泣き腫らした瞼を撫でて、そこにも口付けを落とした。

「私は帰った。お前も私の腕の中に帰ってくるがいい」
「もう帰っております」

そう言い目を瞑ったので、唇を合わせた。
特別に甘く舌を絡めて口付けた。

「…よく帰ったな。褒めてやろう」
「お褒めいただくことなどでは…私はあなたを」
「言うな仲達。私はもうお前を許したのだ。…お前も私の遅参を許してほしいのだが」
「私はもう怒っておりませぬ」
「そうか。やはり怒っていたのだな」
「うっ…ち、違います」
「嘘が下手だな。仲達」

隣に横になり、仲達の頭を腕に乗せた。
そのまま引き寄せる。

「…もう離さぬ」




























翌日の早朝。
体を清めて、傷の手当をしてやった。

仲達には元の官職を与え、体を休めるようしばしの休暇を与えた。
部下や他の官からは厳罰を求められたが笑殺した。


「もう罰は与えた」

その一言で、黙らせる。

「仲達はともかく。お前たちの中で謀反を起こそうものなら殺してやる」
「何処へ行かれます」
「暫し部屋に帰る」

部屋の扉を開けて、奥の寝台へ。
そこには仲達が眠っている。髪を撫でてやり、額に口付けを落とした。

「…子桓様…?」
「起こしてしまったか」
「…そんな小まめに立ち寄らずとも。今日で何回目ですか」
「お前が何処かに行ってしまわないか、気になって仕方がない」
「もう。何処にも行きませぬ」

執務の合間、部屋を訪れて仲達に会いに行く。
もう淋しくないように。

今日でもう七回目。

「執務にお戻り下さいまし」
「ああ、行って来る」
「お待ちを」

手を握られ、引き寄せられ頬に口付けられる。

「行ってらっしゃいませ」
「顔が赤いぞ」
「おはやくっ」
「わかったわかった」

少しはいつもの仲達に戻ったようだ。
謀反など何もなかったかのように、涼やかだ。

そして執務に戻る。
ふと過ぎるは仲達のこと。



また会いに行こうとそう決めて。



























--------------ここからはおまけ--------------








あれから数日。
私の『監視下』という名目で仲達の処罰について皆に理解を得た。
仲達はこれまで通り、魏の軍師、私の右腕に変わりない。

先の私が与えた罰のせいで、仲達は上手く歩くことができない。
私が体を傷つけた為だ。

暫くの安静を命令した。何よりも私が償う為だ。

執務の合間。
監視下にいる内、仲達は私の部屋にいる。
定期的に様子を見に行くのだが、だいたい仲達は書簡を読んでいるか、眠っている。
むしろ会う度に『はやく執務にお戻りなさい』と叱られるのだが。
仲達曰く、『来過ぎ』らしい。

本日の執務も無事に終わり、部屋に向かう。

「今、帰った」

扉を開けて、奥の部屋に向かい声をかけた。
いつもなら返事があるのだが、今日はない。


誰もいなかった。


「何処に…」

寝台には先程まで居た形跡がある。
窓は閉まっている。
外から侵入された形跡はない。靴がない。書き置きはない。

「何処に行った」

部屋を出て廊下を走る。
手当たり次第、部屋を見つけては捜索し退室する。

玉座の間にも、軍議室にもいない。
もしやと思い、仲達の部屋を除いたが誰も居なかった。

我ながら焦っているのがよくわかる。
部屋の周辺に居ないかと、一度部屋に向かう。

廊下を壁伝いにゆっくりと歩き、同じ方向に向かっている者の背中が見えた。
思わず歩調が速くなる。

「何処に行っていた」
「子桓様?もう執務は終わったのですか?」
「何処に行っていたと聞いている」

少し怒気がこもった口調で話し掛ければ、仲達は何事もなかったかのようにきょとんとして困ったように話し出した。

「読むものがなくなったので書簡を取りに、すぐそこの書庫に…」
「…誰か呼べば事が足りようが」

壁伝いに歩いている様子を見て、手を差し出した。

「?」
「連れて行ってやる。身を任せよ」
「もう歩けますよ」
「その様子でか」

仲達の返答も聞かず、腕を取りに軽く横に持ち上げた。
そのまま足速に自分の部屋に連れて行き、寝台に座らせた。

「…あの、先程から何故お怒りなので…」

書簡を置き、本当に困ったように私を見上げる。
外套を脱ぎ、上着を脱ぎ捨てた。

寝台に座る仲達の前に膝をつき、仲達の膝に頭を乗せた。
そのまま腰を抱きしめる。

「子桓様?」
「お前が…お前がまた私を待ち切れず、何処かに行ってしまったのかと思った」

包み隠さず本心を述べた。
すると仲達は、機嫌の悪い私を慰めるかのように頭を撫でる。

「お前は私のものだ」
「はい」
「何処かに行くなら私を納得させる理由を残していけ」
「はい」
「仲達」
「はい」
「探したのだぞ」
「子桓様は…本当に幼少の頃から変わりませぬな」

いじけた子供のように言葉を紡ぐ私の頭を撫でながら、仲達は笑った。

「昔も貴方は私を探して、城内を走りまわっていたことがありましたね」
「…昔の話だ」
「昔も今も何ら変わっておりませぬな」
「成長してないと言いたいのか」
「変わらず、子桓様で在らせられれば良いかと」
「そうか」
「私は子桓様をお慕いしております」

仲達が頭を撫でる手が心地好く。
怒っていた気持ちも晴れていた。

「…歩けたのか?」
「まだ痛みますが、以前よりは」
「そうか」

仲達の体を傷つけたことを思い出し、そのまま起き上がった。

「まだ、していなかったな」
「は?」

寝台に座る仲達を押し倒し、唇を合わせた。
体に配慮して、背中と後頭部を支えてゆっくりと寝かせた。

そのまま舌を絡めて、離し。
また口づけた。

「帰ったぞ、仲達」
「お帰りなさいませ…」

一度離した唇を再び合わせて仲達は最後付け加えた。






「我が君」


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