随分幸ずいぶんしあわせで贅沢ぜいたく一日いちにち

ぼーっと、格子に凭れて空を見ていた。
今日は休日だ。戦も暫くないし、平和なもんだ。

いい天気だけど、何だかひと雨降りそうだ。
大気が湿ってる。

確か父上が書庫の書簡を虫干ししていたような気がして格子から外を見た。
やはり書簡が干してある。
書簡をしまう事くらいなら、俺だって出来る。


と思い立って外に出たはいいものの、既に父上と兄上が外に出ていて、書簡を片付けていた。
俺がわざわざ危惧するまでもなかったなと、苦笑いしながらお二人の元に走る。

「父上、兄上」
「昭」
「さすが父上。やっぱ俺より先に天気は読んでましたか」
「ああ。ひと雨降るだろうな。師も察して来てくれた」
「さすが兄上」
「昭も察した上で駆けつけたのであろう」
「はい。手伝いますよ」
「師と昭が居れば早いな」

兄上がいるから俺は要らなかったかな、なんて一時でも考えてたけれど父上の言葉で気が晴れた。
父上は兄上と俺を比べたりはしない。
俺は何の心配をしてたんだか。

父上はそういう事を解ってるんだか、無意識なんだか知らないけれど、無意識でも父上の言葉は救いになってた。

父上と兄上を手伝い、書簡を丸めてはとりあえず室内にまとめた。
書簡を取り込んで間もなく雨が降り、兄上と共に父上の書斎に避難する。


兄上と床で書簡をまとめていると、父上が少し席を立った。
特に気にせず兄上と作業を終えて書簡をしまっていると父上が帰ってきた。

「師、昭」
「父上」
「書簡はしまいましたよ父上」
「礼を言う。少し休め。せっかくの休暇だ」

父上は茶と菓子を持ってきてくれたみたいだ。
膝をついて卓を出す用意を手伝うと、父上に頭を撫でられた。
髪を撫でられてくすぐったい。

「めんどくせ、ではないのか」
「はは。これくらいやりますよ」
「今日は随分と…何か企んでいるのか」
「そんな、兄上じゃあるまいし」
「どういう意味だ」
「髪が跳ねているな、昭」
「ああ、湿気に負けちゃいましたかね」

父上は兄上にも礼を言い、雨が吹き込みそうな戸を閉めた。
戸を閉めると室内が暗いので、格子は開けた。
父上から茶を戴き、兄上の隣に座る。

今日は雨だけど、随分と長閑だ。









父上と兄上とのんびりしながら菓子を摘む。
まだ雨は止まないらしい。


ぼんやりと口を開けていたら、開いた口に何か投げられた。
どうやら小さな胡麻団子らしい。
投げ入れたのは父上みたいだ。

「口を開けていたら、締まりがないように見えるぞ昭」
「んむ、胡麻団子ですか?」
「口は結べ。何も考えていないのなら尚の事、気にかけよ。誰が見ているか解らぬものよ」
「何でですか?」
「分かり易く言ってやろう。馬鹿に見えるぞ」
「はは、気を付けます」
「師は良いが、昭はまだ直らんな」
「口を開けてたら、父上が何かくれるかと思って」
「何…、わざとならばもうやらんぞ。肥える」
「父上、昭ばかり狡いです」
「うん?なれば師にもやろう」
「はい」

何だかんだ小言を言いながらも、父上は俺と兄上を気にかけてくれる。
今回は口を開けてたら胡麻団子がほうり投げられたけれど、子供の頃は指を入れられてた。
その度に父上が注意してたのを覚えてる。

また口を開けてたら今度は頬を抓られたので、そろそろわざと開けるのは止めにした。
兄上が父上に構って貰えなくて拗ねてるのを見て笑う。

兄上は何だって出来る。
だから父上は兄上を誉める。
俺だってやれば出来るけど、兄上が何でも出来るからやらなくてもいいって竦んでた。
だから父上は、兄上ばかり構ってた時期があった。

でも違った。
父上は俺の事もちゃんと見てた。
それに、兄上も俺の事を考えて色々我慢してくれていたんだ。

「父上」
「うん?」
「俺にも下さい」
「何だ。もう食べただろう」
「えー」
「もうない。取ってくるか」
「あ、じゃあいいです。父上行かないで」
「なれば父上、私が持ってきます」
「あ、兄上も行かないで」
「ふ、どうした?」

席を立とうとする父上の手を取って、兄上も引き留めた。
傍に居たくて手を握り、お二人の間に座る。
父上の膝に甘えるように横たわると、兄上に隣に並ばれた。

「これ、お前達」
「父上、兄上、いつもありがとうございます」
「ふ、どうした昭」
「俺ね、父上と兄上大好きなんですよ」
「ふふ、知っている」
「あ、ご存知でしたか?」
「ふはは…、私は良い子供達に恵まれたようだ」
「なれば父上」
「今日は何処にも行かぬ」
「やった!」
「本当ですか?」
「師は疑い深いな。今日はお前達の為に休暇を取ったのだ」
「俺達の為に?」
「私とて、子の親だ」

兄上と隣合わせて父上に頭を撫でられる。
父上の手が温かくて、目を閉じた。

ふと、額に柔らかい感触がした。
兄上と目を合わせていると、父上は恥ずかしそうに俺達の額に口付けを落とした事を告げた。

「あんなに小さかったのだがな…。本当に大きくなった」
「父上は相も変わらず」
「お綺麗で」
「それは誉めているのか?」
「私は、父上が綺麗な方で良かったと思います」
「何を言っているのだか」
「はは、うちの父上は親父って言葉は似合わない。ですよね?兄上」
「うむ」
「誰に似たのだか」

父上は笑って、膝に暫く甘えさせてくれた。


父上と兄上と。
今日は随分幸せで贅沢な一日だ。
いつの間にか雨は止んで、太陽が眩しく照っていた。


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