端午節会たんごのせちえ

師が肉まんを好きなのは何故なのだろう。
ふと、気になって小さな手で口いっぱいに頬張る師の頭を撫でながら首を傾げる。

私のたまの休み。
子供達を見ていてね、と春華は台所へこもっている。


少し目を離していた。
実は先程まで師と昭は喧嘩をしていたのだが、師に好物の肉まんを与えたら大人しくなった。
逆に昭はむすっとして、部屋の隅に小さくうずくまってしまっていた。

二人に聞いても喧嘩の理由を教えてくれない。
いつもは仲の良い兄弟が珍しいなと思いながら仲裁に入ったのが先程の話。




肉まんを頬張る師から離れて、部屋の隅にうずくまっている昭の傍に屈む。

「昭?」
「ちちうえなんてきらい」
「っ…何」

小さな昭の言葉に少なからず傷付きつつ、更に椅子の下に逃げる昭を捕まえて抱き上げた。
埃を叩いて背中を撫でると、昭はぎゅうっと私の胸元に埋まった。
嫌いと言う割にはしがみつく。
つんつんしながらも昭は私から離れない。

二人の喧嘩の原因は私なのだろうか。
春華に怒られる前に何とか解決しなくてはと、ぐずる昭の頭を撫でた。
師は肉まんを食べて既に機嫌が良いのでもう大丈夫だろう。

「昭、どうしたと言うのだ」
「なんで、あにうえばっかり」
「うん?」
「ちちうえはなんで、あにうえばっかりかまうの」
「??」

師には肉まんをあげただけなのだが、他に何かあっただろうか。
今日は師と昭が主役の日なのだから、どうにか機嫌を直してくれぬものかと頭を抱えた。









そうしていると、昭が下からぺちぺちと私の頬を叩く。

「ちちうえ、あたまいたいの?」
「いや、どうしたら昭が泣き止んでくれるかと思ってな」
「昭は、さびしかっただけですよ」
「うん?」

昭の頬をふにふに引き伸ばしていたら、足元に師がしがみついていた。
上目で見上げる師の頬に肉まんの欠片がついていたので指で拭って頬を撫でた。
師が腰布にしがみつくので下穿きがずり落ちそうになり、昭を片手に抱いて師の手を引いて長椅子に座った。

師は私の隣にちょこんと座り、昭は私の膝上に座り目を擦っている。
目を痛めてしまう、と昭の手を止めて、手巾で顔を拭いた。

「…昭ばかり」
「うん?」
「何でもないです」

今度は師が拗ねてしまった。
先程まであんなに機嫌が良かったと言うのに。
さすがに機嫌を取るためだけに肉まんを与え続ける訳にもいかないだろう。


気分転換に庭に出るか、と思いはしたものの外は雨が降っていた。
二人合わせて十にも満たない師と昭はまだまだ病にかかりやすい。
風邪を引いてしまう事を危惧し、出掛けるのは止めた。

子供に甘い事をよく指摘されるのだが、子供が可愛くない親など居ないだろう。
まだ私が抱き上げられるうちに傍に居てやりたい。
本当はもっと傍に居たい。

拗ねてしまった師を私の片膝に乗せて頭を撫でた。
師より小さな昭は片腕に抱き上げて胸に埋める。

「言わねば解らぬではないか」
「ちちうえのとりあい」
「うん?」
「父上は昭にばっかり構いますね」
「え」
「ちがう、あにうえばっかりだもん」
「いやいや待て待て」

私は二人に優劣をつけて比べた事はないし、そのつもりもない。
兄だから、弟だからとどちらかを特別に扱うつもりもない。






拗ねてしまった二人に困っていると扉が開いた。

「二人とも旦那様に甘えたいんですって。二人の口癖よ」
「春華」
「旦那様。子元、子上も包むのを手伝ってくれる?私はまだやる事があるの」
「解った」

餅米を炊いたものと笹を皿に盛って、春華が卓に置いた。
粽の材料なのだろう。

先程の春華の言葉が気になり首を傾げる。

「口癖だと?」
「旦那様はお仕事ばかり、曹丕様ばかり。だからでしょう?」
「もっとかまって、ちちうえ」
「ですって」
「…そういう事か」

昭がむすっとして私の腕にしがみつく。
師がはっとして私の膝に乗った。

やはり淋しがらせているのだろうか。
些細な事で喧嘩になったのだろうが、何れにしても私が悪い。

春華は材料を置いていくとまた台所へ戻ってしまった。
料理をしているから危ないと子供らの相手をしていたのだが、どうやらそれ以外にも理由がありそうだ。

「たまの休みだからな…」
「?」
「師、昭。私を手伝ってくれぬか。春華に怒られてしまう」
「はいっ」
「おてつだいします」

師と昭、二人とも膝に乗せると重い。
重いが、小さい内に沢山触れておきたい。
知らぬ間に大きくなったと思いながら二人を撫でた。


粽の巻き方を教えると師は戸惑いながらも上手に巻く。
普段、春華にせがんで肉まんを作っているからだろうか。
昭は師よりも作業が覚束ないので、私と一緒に巻いていく。

師がまた少し拗ねているようなので、昭を見ながら師も手伝った。
二人いると本当に目が離せない。




気付けば餅米がついた手で師が自分の頬についた粉を拭うので、顔に米がついてしまっている。
生憎二人とも膝の上にいるので私は手が伸ばせない。

「師、師」
「?」
「上を向け」
「!」

師の頬についた米を少し屈んで唇で拭い、そのまま食べると師は頬を真っ赤にさせて顔を背けた。
嫌だったのかと少し不安になって見ていると、そうではないらしい。

気付けば昭も頬を餅米だらけにしていた。

「ちょっ、おまっ…」
「しょうも!」
「??」
「しょうにもちゅーして!」
「うん?ちゅーのつもりはなかった」

師と同じように昭にも唇で拭ってやると、師より嬉しそうに笑ってはしゃぐ。
また師の機嫌を損ねてしまうと思って、二人を膝に乗せたまま振り向かせた。



父親として、仲裁してやらぬばと二人の頬を撫でる。

「師、昭」
「はい」
「?」
「私がちゅーしたら、もう喧嘩しないか?」
「!」
「!」
「兄弟仲良くしてほしい。師も昭も私は大好きなんだ。どちらが、とか…そういうのは嫌なんだ」

兄弟比べられて育った人を身近で見てきた。
私も父上に厳しく育てられ、たったひとりの兄上に甘えられて育った。
恩を返す前に私の兄上は亡くなってしまった。

親兄弟で争い、殺し合うような世の中だ。
この子達には、そんな道を歩ませたくない。
私の父上が厳しかった分、私は甘やかせてあげたい。

出来る事なら戦すら経験させたくない。


「師は約束出来るか?」
「はい。父上がそうおっしゃるのなら」
「じゃあ約束、だな。昭は師と喧嘩しないか?」
「ん!」
「私がいない時は、師の言うことを聞きなさい」
「はい」
「さっきはすまなかった、昭」
「ううん。ごめんね、あにうえ」

師と昭が仲直りをしたようで、二人の頭を撫でて安堵の溜息を吐く。
約束通り二人の頬を撫でてそれぞれ口付けると、二人とも嬉しそうに笑ってくれた。

余り傍に居てやれなかったから、実は嫌われていないか心配だった。
私が知らぬ間に大きくなっていくのが少し寂しい。

昭が私の頬を撫でて、私の首に腕を伸ばす。

「うん?」
「あのね、ちちうえ」
「何だ?」
「きらい、っていってごめんなさい。ほんとうはね、ちちうえだいすきだから」
「…はは、大丈夫だ。私は気にしていない」
「おれのこと、きらいにならない?」
「ならぬよ」

どうやら先程の発言を気にしていたらしい。
春華に似たふわふわの髪をこすりつけながら、昭は笑う。
師がまた拗ねるだろうかと様子をみてみると、師は黙々と粽を巻いていた。

「師?」
「兄ですから、我慢します」
「我慢?」
「ちまき、作らないと母上に怒られます」
「そうだな」

師はきっと私に甘えるのを我慢しているのだろう。
黙々と粽を作る師を偉いと褒めて撫でた。
後で沢山甘えさせてやろうと、とりあえず粽作りに集中した。








出来た粽を師と昭と共に春華の元に持って行く。
昭は片手に抱いて、師とは手を繋いだ。

それを見て春華が笑う。

「あらあら。師も昭も旦那様にべったりね」
「離れてくれぬのだ」
「ふふ。離すつもりもないのでしょう?」
「…まぁ、な」
「もう少し待っていらして。まだ時間がかかるの」
「そうか」

春華は他にも料理を作っているらしい。
欠伸をして目を擦る昭を抱いて、師と部屋に戻って歩いた。


師が頑張ってくれたお陰で作業は容易く終わった。
肉まんをあげれば喜ぶだろうが、間食をさせすぎるのは良くない。

「師」
「はい」
「良く頑張ってくれたな。礼を言う」
「いえ」
「肉まん以外だと、師は何が嬉しい?」
「わたし、ですか?」
「ああ」

師と手を繋いで歩いて話す。
昭は私の腕の中で眠ってしまっていた。
今度は師に我慢をさせずに甘えさせてあげよう。
そう思って、師の小さな手を握る。

「わたしは」
「ああ」
「父上のそばにいれるだけで幸せです」
「ふ、我慢せずとも」
「本当です。父上のそばにいれたらうれしいのです」
「そ、そうか」

基本的に師の言葉は真っ直ぐで偽りがない。
そんなよく出来た師だから、何処か我慢をさせていないか心配になる。
だが先の言葉は本心らしく、師は嬉しそうに私の手を握った。


どうやら雨があがったようだ。
廊下に出ると日の光が温かで眩しい。
師も目を擦っていた。

「少しだけ、昼寝しようか」
「父上と?」
「私と」
「はいっ」
「おいで」

寝台に寝ては本格的に眠ってしまうだろうと思い、師と昭を腕に抱いて中庭の長椅子に凭れて足を伸ばした。
髪紐の締め上げが眠るのにはきつく、紐を解いて髪を下ろす。

雨上がりの日向がぽかぽかと温かい。
長椅子に寝転がれど小さな庵の中ので日差しが丁度良い。

師は眠そうな顔で手を伸ばし、私の髪を撫でた。
小さな手が私の髪を慈しむように撫でる。

「師?」
「父上の髪、きれいで好きです…」
「そうか。お前は私によく似ているから、きっと同じようになるだろう」
「本当ですか?」
「同じ黒髪だからな」
「父上とおそろいですか?」
「そうなるな」
「おそろい…」

師はふんわりと笑い、嬉しそうに私の髪を撫でた。









師と昭を私の上着の中に入れてやり、眠るまで撫でてやろうと師に触れていたら庭陰から物音がした。
咄嗟に子供達を庇うように身構える。

「いや待て、私だ」
「…いやいや、何してるんですか人の家の庭で」
「父に追われているのだ」
「曹操殿に?」
「私は別に川遊びなどに行きたくはない」

物陰から出て来たのは子桓様だった。
息を切らせているところを見ると今まで走っていたのだろう。

私の居る庵に身を潜めるようにして屈み、溜息を吐いた。
いつもは冷静な子桓様が珍しい。
公子の手前、身を正そうと思ったが子桓様は師と昭を見てそのままで良いと首を振った。

「直ぐに帰る。公休日に訪ねて悪かったな」
「いえ」
「…粽の香りがするな」
「子供の日ですからね」
「端午の節句…、それ故にか」
「曹操殿も子の親と言う事でしょう」
「…ふ、そうかもしれん」

曹操殿が子桓様を誘うなんて珍しい。
曹操殿とて我が子の子桓様を祝いたいのだろう。
私の腕の中で眠る師と昭の頭を撫でながら、子桓様を見上げた。

「行ってきたら如何です?」
「…本当はな、お前がいない部屋が広くてつまらなかったのだ」
「え?今何か仰いましたか?」
「いや、何でもない。顔を見れただけでも良かった」
「子桓様?」
「また、な」

ぽつりと呟いた一言が耳に入らなかった。
何と言ったのだろうか。
少し淋しそうな子桓様に微笑む。

「…明日になったら、子桓様に構って差し上げます」
「ふ、楽しみにしている。たまには父に付き合ってやる事にする」
「それはそれは」

子桓様は私に自分の上着を掛けて下さった。
さり気ない気遣いに頭を下げると、師と昭の頭を撫でて子桓様は立ち去って行った。




「まるで母を取られた子供、ね」
「春華?」
「ふふ。粽と点心が出来ましたよ旦那様」
「おお」

私の背後に春華が立っていた。
子供とは、曹丕様の事を言っているのだろうか。

「昭を抱くわ」
「ああ」

昭を抱いた春華に続き、師を胸に抱いて庭を去った。
粽の良い香りがする。







「子供達と沢山お話し出来て?」
「ああ…相変わらず可愛らしい。師も昭も、いつの間にやら重くなったものよ」
「ふふ。旦那様は子供達に甘々ね。
でも明日は、寂しがりやの魏の王子様にも構って差し上げて?」
「ふ、そうだな」

話し声に師と昭が目を覚まし、私達に抱き付いた。
子桓様とて子供。そう思うとやはり。

「皆、愛しい事に変わりない」
「ぅん?」
「?」
「大きくなれ。私よりもな」

居間に着き、四人で座った。
師と昭の頭を撫でて粽を渡し笹を解いて、師と昭それぞれに指で食べさせる。

師は素直に食べてくれたが、昭が私の指を噛んで離さない。

「これ、痛いぞ昭」
「ふふ。子上、駄目でしょ?」
「もっと!」
「…ふむ。もしや昭は師よりも大きくなるかもしれぬな」
「!」
「師は肉まんがあればまんぞくです」
「相変わらず好きよな」
「父上の方がもっと好き」
「昭も!」
「…そうかそうか」

可愛くて堪らない。
子供達の言葉に頬を染めて顔を背けていると、春華に頬を摘まれた。

「旦那様も可愛い人ね?」
「そんな事、ない」
「ふふ、子元と子上はどう思う?」
「ちちうえ、かわいー」
「っ、やめんか昭」
「父上も母上も、可愛らしいです」
「あらあら」
「…私を混ぜるな師よ」

親子四人とりとめのない会話をしながら、幸せを感じて目を閉じ茶を啜った。

明日は魏の王子様に構って差し上げよう。
肩に掛けられた上着を膝に置き、先程の子桓様を思い出して笑った。





健やかに、大きくなりますように。
立派になれとは言わない。健康で居て、私より後に死ぬ事。
春華が生けた菖蒲の花にそう願いながら目を閉じた。


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