八月五日はちがついつか

五月十日

この時期になると、毎年あなた様のことを思い出します。
もう二十年になりましょうか。

子桓様がお亡くなりになったあれから数年後のある日、部屋を整頓していたらあの日記を見つけました。
あなた様と過ごしたこの部屋は、今は私が使っております。

あの日記は誰にも見せずに私が持っています。
もうだいぶ古くなってしまいましたが、文字もはっきりしておりまだ読むことが出来ます。

読む度に、何故先に私が死ななかったのかと…あなた様を想うばかりで。
天は残酷です。


五月十七日

本日はあなた様の眠る首陽山へ行って参りました。
少しくらい、あなたの姿が、声が聞けたら…叶わぬ願いですが。

先君、曹操殿には悪いのですが私には子桓様こそが私の主君でした。
今もその気持ちは変わりませぬ。


六月三十日

先日、畏れながらあなた様の遺した国を簒奪致しました。
あなた様が遺した国を、誰ぞに潰される姿を私は見たくはない。

なればこそ、奪いました。

いつからこうしようとしていたのか、私にもわかりませぬ。
あなた様が「好きにしろ」とおっしゃったからかもしれません。

あとは息子たちが上手くやってくれることでしょう。
中華の歴史は私を「簒奪者」と遺すかと思います。
それでも構いません。
私にとって大切なものは護られたのだから。


七月二十一日

天下は間近。

しばらくは争いがあるでしょうが、乱世が終わろうとしています。

曹魏に御仕えして、もう何年経つのか。
私も長く生き過ぎました。

最近ははやくあなた様に会いたいと考えるようになりました。
あなた様のお声で「仲達」と呼ばれたい。











どうして、先に逝ってしまったのですか。

私をひとり遺して。
子桓様。


らしくないですね。
最近涙脆くなったようです。



八月二日

起き上がることが難しくなりました。
筆を持つのもやっとのようです。

今日、改めて子桓様の遺された日記を読みました。
そしてこの日記はあなた様へ向けて書いております。

決して読まれることのない日記。
あなた様の日記と共にこの日記は、私がそちらに持って行きましょう。

現世には遺らぬように。
今や文帝となったあなた様の元に。

はやく迎えに来て下されば良いのに。
また、お逢いしたい。











八月四日

皆、いなくなりました。
そろそろそちらに参ろうかと思います。
























「とは言え、あなた様と同じところに逝けようか…」

何もない白い世界。
私がいた部屋でもない。
息子たちもいない。

おそらくここはそういうところ。







「…文帝閣下」

「おりませぬか」

「子桓様」















『待たせすぎだ』

後ろから声が聞こえた。



『仲達』











二五一年八月五日 司馬仲達逝去
諱 宣帝


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