ただいたくて、そばにいたくて

昌幸は子供の頃から何かと我慢をする。
欲しい物も我慢して、自分の意思も我慢して、感情や苦痛も我慢してきた。
そういう質なのかもしれないが、私にとっては余りにも痛々しい。
信綱や昌輝が昌幸には甘いのも納得する。
生い立ちを聞けば皆、昌幸を特段に甘やかしたいと思うだろう。

「勝頼様…」
「昌幸、大事ないか」
「勝頼様こそ」

恋仲になってから、私の一番の最優先は昌幸になっていた。
言葉のままに本心を伝えると、昌幸は眉を顰めて頭を下げた。

「勝頼様の最優先はあなた様の御命。次に武田、家臣団、甲斐や信濃の事をお考え下され」
「それはそれだ」
「私個人は、それらに比べて価値のあるものではございません」
「…聞き捨てならんぞ、昌幸」

昌幸は、己の存在を卑下し邪険に扱う事が数数ある。
私は昌幸を愛しているが、昌幸は自らを大事にしない。
先の戦は、私も昌幸も負傷をした大戦であった。

「死んでも仕方ないと、命を捨てるのか」
「御命令であれば、そうしましょう」
「己の意思はないのか、昌幸」
「私は、私自身の為に生きた事など御座いませぬ」
「!」

その言葉は、正しく事実だった。
昌幸は自らの意思で戦場に立っている訳ではない。
武田の為、真田の為、信濃の為、家族の為…言い出せばきりがないだろう。
もしかしたら、私のせいでもあるのかもしれない。
昌幸はその言葉を至極当然のように言い放った。

「私は昌幸の為に何が出来るだろうか」
「御命を大事になされませ。私には勿体ない御言葉です」
「む、本当にそう思っているのだぞ。昌幸は今、幸せか」
「…幸せですよ、とても…」

真田の郷の昌幸の部屋とは違う離れの一室にて、私は昌幸と時を共にしていた。
昌幸が躑躅ヶ崎館から帰宅したというので、追うようにして館を出た。
私の事前連絡のない訪問はしょっちゅうであり、度々連絡をしろと昌幸に怒られていた。
此度もまた怒られるかと思ったが、疲弊した様子の昌幸は私を見るなり困っていたが、嬉しそうに笑ってくれた。





ただただ、会いたかった。傍にいたかった。
会えぬのならせめて一目だけでも、顔が見たかった。

門前にて出迎えてくれた昌幸は、信綱に支えられるように凭れて立っていた。
昌幸に確かに愛されていると感じ、衝動的に手を取った。
その手には布が巻かれている。
手だけでなく、昌幸は身体中傷だらけであった。
昌幸は策の為に奮戦したのだ。
私が大軍を請け負い、昌幸の策が成った。そして戦には勝利した。

信綱らに頼み、離れにて二人にして貰った。
昌幸と共に過ごしたい。
ただこうして昌幸の身を胸に抱き留めて話しているだけで良い。
昌幸の命が無事で、昌幸が生きて帰ってきたのならそれが一番良い事だ。

「勝頼様は、大事ございませぬか」
「おう。槍も持てるし、馬にも乗れる。私は大事ないぞ」
「左様ならば、良うございました」
「昌幸の具合はどうだ」
「見た目には傷は多く見えましょうが、大事ありません。脚を少々痛めております」
「そうか。信綱が支えていたが…」
「兄上が心配し過ぎなのです。私は大事ないと申しましたのに」
「信綱にとっては、昌幸は可愛い弟なのだろう」
「う…、そうなのでしょうか」
「私にとっては、愛おしい大切な人だ」
「っ…、勝頼様…」
「この手で抱き締めたかった。急に来てすまなかった」

昌幸を背後から抱き締める。
見た目には昌幸の方が傷は多いように見えるが、大事ないと聞いて安堵した。
実は私の方が負傷しているのだが、昌幸には悟らせぬよう隠している。

武勇には自信がある。
だが、大軍を引き受けたのだ。無傷ではすまなかった。
戦場にて昌幸に合間見えた時、私は血濡れであった。
その殆どが返り血ではない。
昌幸が私を一目見るなり駆け寄り、今にも涙を零しそうな有様であった。
戦に勝ったら話そうとその場を離れ、それから会えていなかった。

「…昌幸」
「はい…」
「暫く、昌幸の傍で過ごしたいと思う」
「お館様や、躑躅ヶ崎館に言伝は」
「許可済みだ。昌幸の傍にいると伝えている」
「では、父上や兄上にもお伝えします。この離れをお使い下さいませ」
「…、昌幸…」
「…あ…、勝頼様…」

背後から顔を寄せる。
昌幸が目を閉じるのを見て、そのまま唇を合わせて舌を絡めた。
口の中が切れているのか、血の味がする。
腰を引き寄せ今一度深く口付けると、昌幸は私の唇に触れて濡れた睫毛を伏せた。

「…勝頼様…」
「これ以上は無体となる。昌幸、添い寝してくれるか」
「私は…」
「それとも、わざわざ離れを用意してくれたという事は…」
「…勝頼様」

昌幸がぽつりと名を呼び、私を見上げていた。
その瞳は先程の口付けで既に濡れており、私だけを見つめていた。
その眼差しだけで伝わる。

だが、今の私の体の状態を昌幸に見せられない。
自分より重傷だと昌幸が知ったら、きっと昌幸は自分を責めてしまう。
何時もならば上裸となる所であるが、なれば私も昌幸も脱がなければ良い。
それに全裸よりも、はだけた着物から覗く肌の方が色気があるというものだ。

そっと昌幸を褥に寝かせて、胸元をはだけさせた。
胸に手を這わせて、合わせ目の隙間から手を入れる。
確かに生傷は多いが、大事となる大きな外傷はしていないようだ。
一先ず安堵し溜息を吐きつつ、昌幸の唇を啄むように口付ける。

「…あの、勝頼様…」
「ん?」
「勝頼様のお身体は…、本当に大事ないのですか?」
「ああ。こうして昌幸に触れるくらいにはな」
「…それなら、良いのですが」
「余裕だな、昌幸?」
「っ、ぁ、…は、ぁ…」

着物を剥かれないのを不審に思ったか。
そのような事など考えられないくらいに翻弄してやろうと無体にはならぬように、着物の合わせ目から肌に触れた。





首元の合わせ目を少し緩め舌舐めずりをしつつ、褥に押し倒した昌幸を見下ろしていた。
肌を火照らせて浅く息を繰り返す昌幸の胸に触れ、下穿きの紐を幾つか外す。

昌幸の下唇を指で撫でつつ、再び唇を合わせた。
舌を絡めると、おずおずと昌幸が口付けに応えてくれる。
口付けだけで果ててしまうのではないかと言うくらい昌幸は過敏で、直に自身に触れる頃には下は随分と熱く濡れていた。

「かつより、さま…」
「ん?」
「…勝頼様に、触れても…」
「昌幸に触れられたら、堪えられぬ」
「…堪えていたのですか?」
「昌幸が一番だと言っただろう?」
「勝頼様…」

昌幸が首に腕を回してくれた。
とても喜ばしい事なのだが、実は体が軋むように痛い。
されど、昌幸に余計な心配は掛けたくないのだ。
下穿きをずらされて、昌幸に触れられる。
無論、私は昌幸を見て屹立していた。
暫し昌幸に触れさせつつ、私は昌幸の下穿きを脱がさずにずらして中に指を含めた。
中は締め付けがきついがとても熱く、指を抜けば糸が引くほどに濡れていた。
未だ体を繋いでもいないのに、幾度も抱かれたかのような濡れ具合だ。

「…ひ、ぅ…っ」
「とろとろではないか…、昌幸?」
「ぅ、う…、勝頼様が、じっくり…触れられるから…」
「ふふ。私に触れられると、こうなってしまうのか?」
「…っ!」
「期待には応えなくてはな」

挿入している指を増やし、昌幸と額を合わせる。
中がとろとろに蕩けているからこそ、指だけでも水音が耳に響く。
昌幸を見れば耳まで赤くして、顔を覆い隠してしまっている。
顔が見れない、と昌幸の包帯だらけの手を取り唇を寄せた。

「…あの時からいち早く、勝頼様にお会いしたかった。無事を確認したかった。その思いに嘘偽りはございませぬ…」
「私を愛しているのだな」
「当たり前でしょう…」
「昌幸」

生理的な涙なのか、感情的な涙なのか。
昌幸の頬に伝う涙を指で撫でつつ当てがう。
そのままゆっくりと深く奥まで腰を進めていく。
昌幸は敷布を握り締めてがくがくと震えたかと思うと、きつく締め付けて脱力した。
片手で触れていた昌幸自身の先から湿り気を感じて、中に入れただけで果ててくれたのだと悟る。
全くもって愛おしい。なんて愛おしいのだろう。

「昌幸…、はぁ…、愛おしい…。好きだ。好きで堪らない…」
「かつより、さま…、待っ…、ぁっ、ゃ…!」

中が蕩けている為にとても深く繋がる事が出来た。
先に当たる感覚がある。とても深く奥まで繋がっているのだろう。
絶頂の余韻に浸らせる間もないまま、昌幸に抽迭を繰り返す。
といっても私が手負いだ。
いつもより深くじっくりゆっくりと昌幸を抱いた。

「ぁ、っん、は…ぁ…」
「ふふ、そんなに締め付けなくても、私は離れないぞ」
「…勝頼様…、かつより、さま…」
「あ…」

情交で私の上衣が肌蹴て、胸が露出してしまった。
血濡れの包帯だらけの胸を見られてしまった。
昌幸は眉を顰めて目を閉じた。
しまった、と思い胸元を隠すと昌幸は私の首や背に腕を回し、昌幸の方から腰を押し付けてきた。

「っ…、ま、まさゆき…?!」
「ん、っ…かつより、さま…、っ」
「そのように動いては体を…、ん…っぅ、んん…!!」

昌幸が腰を押し付けてくる。
抽迭も昌幸が主導で動き、昌幸の腰が艶めかしく揺れていた。
私の身を案じてくれたのだろう。
いつも私に翻弄されて為されるがままの昌幸から動くなど、初めて見た。
そのまま昌幸に促されるように中に果てさせられた。
続けて昌幸も絶頂を迎えて脱力し、褥に身を横たえた。

やはり無理をしたのだろう。
昌幸は気を飛ばしてしまい、私に回していた手もずり落ちてしまった。
体が落ち着いたのを見計らい、昌幸の頬に唇を寄せた。

「昌幸」

未だに頬に伝う涙を拭った。
無意識でも私の手に擦り寄る昌幸に微笑み、唇を寄せた。





目を覚ました昌幸は、すんと鼻を鳴らして私の胸に埋まっていた。
事後処理は私が恙無く終えておいたが、昌幸が私を案じて医者を呼ぶだの手当をするなど落ち着かないのだ。
私は事後の余韻というものを楽しみたいというのに。

「大丈夫だと言っただろう」
「駄目です」
「黙っていた事は謝る。余計な心配をさせたくなかったのだ」
「あなたに対して、余計な心配などないのです。大事になってからでは遅いのです」
「む、そっくりそのまま返すぞ。私だって昌幸が一番大切だし心配しているのだからな」
「っ、ですが」
「大丈夫だ、昌幸。死ぬような傷ではないからな」
「本当ですか」
「ほら、昌幸。捕まえた。もう離さぬ。逃げられぬぞ?」
「う…」
「昌幸」
「…勝頼様、痛みませぬか」
「ああもう、愛らしい事だ」

私を案じてここまで思い詰めて、可愛らしい事だ。
べたついた着物は脱ぎ捨てて、生身の肌で昌幸と褥に横になっていた。
といっても互いに包帯まみれで、私は血すら滲んでいる。

ぼろぼろだ。だが生きている。
互いの心音を聞きながら、昌幸の頬に擦り寄る。
昌幸は泣き腫らした目尻が赤くなっていた。
滅多に泣かぬ男だが、私の事となると感情を抑えられないらしい。
二人きりであると尚更なのかもしれない。

「昌幸。どうしよう」
「?」
「幸せ過ぎて、困る」
「そのような深手で何を仰る」
「一番大好きで大切な恋人が、私を心配して泣いてくれるのだぞ?」
「あ、当たり前でしょう…っ」
「何処まで当たり前なんだ?」
「全部です…、もう。おやすみなさい…」

昌幸は怒っているようだったが、その言葉ひとつひとつが全て私への想いの表れだった。
体は軋むように痛むが、昌幸の傍に居れるなら心は癒されている。
私が昌幸に惚れすぎているのかと思ったが、そうではなかった。

鼻をすする音を聞きながら、髪紐を解いて昌幸の髪を撫でた。
白と黒の髪をひと房まぜて、指に絡める。
素肌を抱き寄せ、腰を抱いて肌を合わせた。
腕を枕に差し出して、肩を抱く。

「会いたかった…」

ああ、愛おしい事だ。
昌幸の額に唇を寄せて手を繋いだ。


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