嫌な戦であった。
大将を護らんと次々と死に物狂いで我等を阻む敵方の忠臣達を屠る。
その忠臣らを捨て駒の如く利用し、自分だけ生き延びようとしている大将に不快感が拭えない。
戦には勝ったが、あと一歩のところで大将は逃した。
あれは人の上に立つべき人格ではない。
さっさと殺しておけばよかった。
他人事ながら、我が主はそうなってくれるなと顔を顰めた。
死に物狂いで歯向かうものだから、私とて無傷では居られなかった。
足止めに使われた発破の火薬を左目に受けてしまい、その場を無理に突破した為に今になって片目が開かぬ。
無理に開けてみた左目の視界は血が滲んだように赤い。
陣地に戻り左目を診てもらったが、暫くは開けぬ方が良いらしい。
片目に布を巻かれて、遠くの山々を見つめる。
富士の山には白く雪が積もっている。
そろそろ冬支度をせねばと白く息を吐いた。
「昌幸、大事ないか」
「信綱兄上」
「どうした、その目は…」
「む、目をやられたのか」
「昌輝兄上」
信綱兄上と昌輝兄上が私の陣地に来ていた。
物見にでも私の事を聞いたのだろう。
私に駆け寄り頬を撫でられる信綱兄上を見上げて目を閉じる。
「大事をとって目を開けぬようにと言われたまでです。大袈裟な負傷ではございませぬ」
「そうか。しかしそれでは左が死角となろう。昌幸は我隊に入れ。一緒に甲斐まで退こう」
「されど、本隊に戻らなくては」
「本隊にはわしが向かう」
「昌輝兄上」
「お館様も案じておられたぞ。勝頼様など、今にも此処に飛んできそうな勢いであった」
「あの方は…、全く。本隊の様子は如何ですか昌輝兄上」
「撤退を始めた。五分の勝利がお館様の命だからな。深追い無用とのことだ」
「は、畏まりました」
「わしは本隊に戻るが、くれぐれも無茶はするなよ昌幸。兄上、任せましたぞ。再び甲斐にてお会いしましょう」
「おう、昌輝。道中気をつけてな」
「甲斐にてお会いしましょう、昌輝兄上」
昌輝兄上にも頭を撫でられ、百足衆の背中を見送った。
お館様と勝頼様は本陣に居られる。
先鋒の隊は甲斐に向けて出立し、お館様らも出立している。
我等は後詰まで下がっていた。
本来であれば本隊まで戻るべきであるが、私を気遣い信綱兄上が傍に来てくれた。
信綱兄上が居るというだけで、残党も手を出すまい。
此度の戦でも武功を上げられている信綱兄上は相変わらずお強い。
兵達が下がっていくのを横目に見つつ、人が居なくなったのを見てから信綱兄上の背に額を付けた。
案の定直ぐに信綱兄上は気付き、振り返り私を胸に埋めてくれた。
「疲れたか、昌幸」
「嫌な戦でした」
「そうだな。しかし、主を護り戦う敵方は皆強かった」
「兄上は、あのような者達に同情なさるのですか」
「主を護って死ぬ。武士であれば本懐であろう」
「馬鹿な。何故、生きてお仕えしようと為さらないのですか。生きていれば、生きてさえいれば…何とでもなりましょう」
「わしとて死にたがりではないぞ昌幸。ただな。己が身を盾にしてでも護りたいものが居るというのは幸せな事だ」
「信綱兄上、されど私は…成る可く人死にを避けたいのです」
「お前は優しいな、昌幸」
「死んだら、全て終わりなのです…」
「おいで、昌幸」
優しく背を撫でられ、目を閉じる。
信綱兄上とて無傷ではなかったが、命に関わる傷はなかった。
いつか兄上達も誰が為に死ぬのではないか。
生粋の武士道を行く兄上達であれば尚の事、尚の事。
思わず信綱兄上の陣羽織の襟元を握ると、兄上は少し屈まれて私に目線を合わせた。
「昌幸。わしの護りたいものの中にはお前も入っているのだからな」
「信綱兄上。私はお館様も勝頼様も、信綱兄上も昌輝兄上も…皆、方々をお護りしたいのです」
「それは大変な事だぞ、昌幸。知恵を尽くさねばならぬ」
「望むところです」
「ふ、期待しているぞ昌幸」
信綱兄上とはそれ以上、この戦の話をする事はなかった。
敵方に同情出来ぬ私とは違い、信綱兄上には通じるものがあったのだろう。
このような戦を武田で起こしてなるものか。
そう決意していると、信綱兄上が左頬に触れた。
「目を見せてみろ。ふむ、深手ではないようだな」
「はい」
「わしはお前の左に居よう。無理はするな昌幸」
「はい。信綱兄上」
「そうしていると山本勘助様のようだな」
「…畏れ多いことです」
「きっと、勘助様も見ていて下さっているよ」
初陣での川中島。
山本勘助様は私に策を託し討死された。
私に良くして下さった信繁様も亡くなられた。
初陣は辛い思い出しかない。今でも未だ己が無力を感じる。
気を落としたのが伝わったのか、信綱兄上が私の肩を叩いた。
「そう下ばかり見ていては、前に進めているのか解らぬだろう」
「は…、申し訳ございません」
「ふむ。わしの前に座るか、源五郎」
「っ、信綱兄上っ」
「はは、昌幸がわしにとって可愛い弟なのは変わらんよ」
「…信綱兄上には適いませぬ」
信綱兄上はいつまでも私を源五郎であった頃のように扱わられる。
兄上にとって私はいつまでも小さな弟なのだろう。
何かと庇い私を導いてくれた。
私はそんな兄上達を尊敬し、とても慕っている。
手綱を手に取ると、信綱兄上が私を支えてくれた。
左側が不自由であるのを助けて下さったのだろう。
無事に騎乗し、得物を携えて前を向いた。
私からよく見えないが、左側に信綱兄上が居る。
「さあ、帰ってゆっくり休もう。駆けるぞ、昌幸」
「は」
信綱兄上が先導するも、常に私の傍に居て下さった。
さすがは武田騎馬隊である。
退却だとて進軍速度の速さは敵軍を圧倒し、寄せ付けなかった。
私の行軍では、馬にここまでの速度は出せまい。
気が付けば先行していた隊を視認出来る距離にまで追い付いていた。
二騎、騎馬武者が下がって来た。
先方を駆けるのは何れも武田の名将である。
どなたであろうと身構えていると、一騎は私の傍に来て肩を叩いた。
「おう、昌幸。どうした。やられたか」
「信房様。大した傷ではございませぬ」
「なればよし。おう、信綱」
「信房様、このような所まで下がられてよろしいのですか」
「めんこい昌幸が敵を追いかけたまま帰らなんだ。わしがお館様や幸隆に怒られるわ」
「申し訳ございませぬ」
「無事で何より」
馬場信房様が私達の元まで下がり、歩調を合わせてくれた。
此度の戦はお館様の傍に居たのだが、敵方の用兵に腹が立っていた。
胸糞悪い戦をとっとと終わらせるべく、敵将を討つべく突出し過ぎた私を諌めたのが信房様である。
言葉通りに首根っこを引っ掴まれてしまった。
そして信綱兄上や昌輝兄上が駆け付けて下さった訳だ。
「わしも甲斐まで付き合うてやろうか」
「畏れ多いことです。どうぞお先に往かれませ」
「余り馬鹿に付き合うでないぞ昌幸」
「は…」
私の肩を叩いて信房様は隣で笑う。
もう一騎、信綱兄上の隣に山縣昌景様が並んだ。
昌景様が拳を差し出すと、信綱兄上が拳を重ねた。
「信綱」
「昌景様、申し訳ござらん」
「昌輝が我等を追い抜きお前が遅れるとは何事かと心配したぞ。昌幸を連れていたか」
「弟が心配で迎えに参りました」
信綱兄上は此度は昌景様付きの部隊長であった。
私の頭を撫でてそう言われるが、叱責されてもおかしくはない。
私のせいで兄上が叱責を受けるのは胸が痛む。
「昌景様、申し訳ございません。どうか兄上を咎められませぬようお願い申し上げます。これは私の不徳の致すところ、どうか信綱兄上は」
「咎めぬよ、昌幸。昌輝から報せは聞いておる。お前は果報者だぞ。信綱も昌輝も、どこまでもお前を思うておる良い兄達だ」
「はい。尊敬し、お慕いしております」
「はは、めんこい弟だな信綱」
「昌幸は目に入れても痛くない弟、故」
「あ、兄上…、恥ずかしいです」
信綱兄上も昌輝兄上も、そのような事をさらりと臆面もなく仰られる。
私とて兄上達をお慕いしているが、こうも堂々と言われては私とて恥ずかしい。
信綱兄上に微笑まれて頬を染めていると、信房様に背中を叩かれた。
「信綱もよう言いよるわ。では兄弟の邪魔をせぬよう年寄りは先を行くか昌景」
「ふ…、また後でな。信綱、昌幸」
「は、御心遣い痛み入ります」
「忝ない。もう遅れは取りませぬ」
「おう、早う甲斐に向かえよ。勝頼様が飛んできてしまう」
「ふ、はい。そう致します」
信房様、昌景様は先を駆け軍を率いて行った。
勝頼様が先に甲斐で待っている。
私の報せを聞いた勝頼様が飛んで来る勢いを何とか抑えていると聞いて苦笑する。
私の隊も信綱兄上の隊と合流したからか、早駆けになり進軍は速い。
ふと左側を見れば、信綱兄上が私を見ていた。
先程の言葉を思い出し、再び頬を染めた。
信綱兄上は私とは違い、体裁などは気になさらず思うままに言葉を投げ掛けられる。
信綱兄上の言葉はいつもお優しい。
昌輝兄上は信綱兄上よりも伸び伸びとした言葉を紡がれる。体裁どころか周りすら気にしない。
昌輝兄上の言葉は頼もしい。
信綱兄上や方々のお陰で無事に甲府に帰参出来た。
改めて信綱兄上に頭を下げると、ぽんと頭に手を置かれて撫でられてしまった。
「む、信綱兄上」
「丁度良い所にあるなと思ってな」
「子供扱いしないで頂きたい」
「はは、昌幸がいつまでも可愛くてついな」
されとて不快な訳ではない事を信綱兄上は知っているのだろう。
諸将の皆々様に挨拶をし、信綱兄上と共に昌輝兄上を見つけて駆け寄る。
「おう、おかえり昌幸。着いたか」
「はい。方々のお陰をもちまして。昌輝兄上にも御礼申し上げます」
「御苦労だったな、昌輝」
「お帰りなさいませ兄上。大事はござらぬか」
「ああ。昌幸と楽しい野駆けであったよ」
「む、次はわしも交ぜてくだされ」
「おう。今度は三人で行こうか」
まるで散歩でもしてきたかのように語る信綱兄上を傍目に、私の方に向かって駆けてくる人影を見掛けて其方に振り向く。
信綱兄上と昌輝兄上も気付き、畏まり頭を下げた。
「真田昌幸、真田信綱、共に帰参致しました」
「おかえり昌幸。ああ、ああ…」
「わざわざの出迎え、痛み入ります」
「大丈夫なのか、左目は」
「見た目が大袈裟で申し訳ございませぬ」
私の顔を見るなり今にも抱きつかん勢いの勝頼様であったが、そこは宥めて頭を下げた。
本隊から離れ、なかなか戻らぬ私を案じて下さったのだろう。
勝頼様とは恋仲の間柄である。
ひた隠しにしていた事であるのに、いつの間にやら方々に認知されてしまい何かと気を使われてしまうものだから少々肩身が狭い。
帰路は信綱兄上らに見送られたのだと勝頼様に報告すると、勝頼様はつかつかと信綱兄上と昌輝兄上の元に歩み寄られた。
信綱兄上と昌輝兄上の手を夫々握り、嬉しそうにお話ししていた。
「おかえり信綱、昌輝。信綱がついていたのなら昌幸も安心だな」
「只今戻りました勝頼様。さればお館様の元に参ります」
「ああ、礼を言う信綱」
「何の」
「父上の元に行こう。皆が揃っている」
「遅参、申し訳ございませぬ」
「なに、たまには待つのも良い」
広間に向かう際、不意に勝頼様に手を取られた。
その様な事までされずともと恐縮していると、いつの間にやら見えぬ左側で足元を踏み外しており回廊から落ちかけていた。
背後を歩かれていた信綱兄上も気付いていたのか、落ちぬよう私の肩を支えていた。
「大丈夫か、昌幸」
「昌幸、左目は痛むのか」
「勝頼様、信綱兄上申し訳ございません。大事はございませぬ。ただ何分、片目というのは慣れませぬ故」
体勢を立て直し、お館様にお目通り願う。
先に居らした馬場信房様、山県昌景様らとも顔を合わせ、戦場の見聞きや己の無事を報告した。
お館様を上座に、方々が両端に肩を並べて胡座をかいていた。
先方衆筆頭で在られる信綱兄上と昌輝兄上はお館様にお目通りをした後、席に座られた。
信玄の目とも言われる私が片目を煩うとは、お館様にも申し訳ない。
なかなか本隊に戻らぬ私をお館様は案じて下さったようで、深く頭を下げた。
大事がなくて良かったよとお館様から労いの言葉を頂き、深く頭を下げる。
勝頼様に隣の席を促され、此度の戦の後始末の話となった。
軍議がお開きになり、方々のお見送りに戸口に立つ。
私は今宵、躑躅ヶ崎館に留まることになった。
信房様や昌景様も見送り、信房様には相も変わらず頭を撫でられてしまった。
昌景様の背後に信綱兄上と昌輝兄上を見つけて、一歩前に歩み寄ると信綱兄上に頬を撫でられた。
「信綱兄上、昌輝兄上。此度はまこと御礼申し上げます」
「ああ。おやすみ、昌幸」
「何かあれば、直ぐに言うのだぞ」
「はい。おやすみなさいませ。信綱兄上、昌輝兄上」
「然らば、御免」
またも頭を撫でられてしまった。
信綱兄上と昌輝兄上は甲府の真田屋敷に帰られた。
と言っても躑躅ヶ崎館の目と鼻の先にある近さだ。
また直ぐにお会い出来るだろう頬を緩ませていると、信綱兄上が振り返って手を振って下さった。
思わず笑って兄上達に小さく手を振る。
方々の背中を見つめて門を閉めた。
門の戸締りをしていた所、背後から近付く足音に気付いた。
足音だけで誰だか解る。
方々に向けていた緊張を緩めて、ゆるりと振り返る。
「昌幸」
「はい、勝頼様」
「…昌幸、今宵は」
「はい…」
みなまで言われずとも解る。
そのまま袖を引かれるようにして勝頼様の傍に歩み寄り、不意に開かれた腕に衝動的に身を寄せた。
勝頼様の胸に抱き寄せられてしまい、はっとして周りを見渡した。
「ふふ、そう身構えるな昌幸」
「されど、誰ぞ…」
「もう私しかいないぞ」
「…左様…なれば…」
私達二人しかいないのだと確認し、勝頼様の肩に頬を寄せた。
腰と背中に回された腕に目を閉じて甘んじる。
勝頼様の心音が耳に届き、体温が伝わる。
ほうと溜息を吐いてその腕に身を寄せた。
未だ具足も外していないのだが、こればかりはどうしようもない。
「おかえり、昌幸」
「はい…、はい、ただいま戻りました。勝頼様」
勝頼様と恋仲なのは事実だ。
勝頼様に触れたくて、触れられたくて堪らなかった。
間もなく合わせられる唇に抵抗はしなかった。
具足を外し、湯浴みを済ませて勝頼様の居室に連れられた。
勝頼様の居室に呼ばれたという事はそういう事なのだろう。
あの後、左目は薬師に診てもらい大事ないとのお墨付きも頂けた。
念の為に左目は開けるなと言われ、湯上りに新しい布を巻き直してはいるが大した事はない。
勝頼様と二人きりになれたのは幾久しく、私は未だ戦場のほとぼりが冷めていない。
触れられれば、もっと触れて欲しくて堪らなくなる。
私とて、人並みに欲情はする。
背後に座られた勝頼様に身を寄せていると、肩を強くきつく抱き締められた。
どうなされたのかと見上げると、その表情は眉を下げられ物悲しい。
信綱兄上に撫でられ慣れてしまったが、勝頼様は怖々と私の頬に触れた。
布の上から左目に触れ、私を抱き寄せる。
その手は少し震えているように見えた。
「勝頼様…」
「痛々しいな、昌幸」
「大事ありませぬ」
「私が傍に居られたら良かった」
「軽傷です。直ぐに治ります」
「されとて、痛々しい…」
「勝頼様」
私の怪我を自分の事のように責められて、壊れ物のように怖々と触れられる。
軽傷だと直ぐに治ると言っているのだが、勝頼様は聞き入れられず私を案じるばかりだ。
私の方はもう準備は出来ているのに、頬や腰を触れられるばかりで、その気は感じられない。
普段であれば勝頼様からお誘いがあり、流されるままに翻弄されて結局朝方まで二人で過ごす事が多かった。
私からお誘いする事は今までなかったかもしれない。
こうも切なく身も心も勝頼様に焦がれているのに、勝頼様はその気がない。
「昌幸、今宵はゆるりと休むといい…」
「…勝頼様…」
触れられるばかりの優しい口付けばかりを繰り返されて、体はふつふつと焦らされているのにそれ以上は触れられない。
眉を寄せて見上げていると、濡れた唇に触れられた。
「…私を求めてくれているのだな、昌幸」
「…無論にございます」
「はは、嬉しいぞ。だが、すまぬ…。今宵は…駄目だ」
「何故…?」
「ほら、おやすみ…」
一度口付けられて、そのまま舌を絡められる。
だが、そのまま敷布に寝かされてしまった。
勝頼様は私の怪我をたらればたらればと己を追い詰め、責任を感じてしまっていた。
私が勝手に負ってきた軽傷だと言うのに、お優しい勝頼様は御自らを責められるのだ。
ここまで焦らされて、私がこのままでは寝付けまい。
「…勝頼様にお会いしたいと思っておりました。こうしたいと…、触れられたいと…」
「その怪我が治ったら、存分に…」
「…では、私がその気にさせればよろしいのですな」
「ま、昌幸?」
身を起こし、勝頼様に私から口付ける。
舌を絡めて首に腕を回し、熱った身を押し付けた。
抱いて欲しくて堪らない、などと私も随分好き者になったものだ。
「…これ、昌幸」
「かつよりさま」
「っ、そのような瞳で見つめられては…」
「…触れて、下さい…」
「…最後まではせぬ」
「ぁ…」
ふわりと押し倒されて、額や頬に口付けられる。
そのまま柔柔と手は滑り、唇は首筋を吸う。
胸を弄られて小さく声を上げると、勝頼様とて股を固くさせていた。
布越しに触れても、反応してくれているのだと解る。
掌で撫でると、勝頼様が眉を寄せて私を見下ろしていた。
「…このような時に、こうも誘ってくれるな。乱暴に暴きたくなってしまう」
「…私が、酷くしてと、強請ったらどうされますか」
「酷くは、出来ぬな。優しくしたい…」
「勝頼様…」
「…くそう、恋人にここまで誘われては男が廃る」
「…ふふ」
押し倒されて指を絡めるようにして手を繋ぐ。
ちゅ、ちうと深く口付けを繰り返しながら、直に触れられて吐息を漏らした。
やはり今宵は、普段以上にお優しい。
だが、触れ方が優し過ぎて私を焦らすばかりだ。
「は、ぁ…」
「酷くはせぬぞ」
「…構いませぬ」
「駄目だ」
「…なれば、勝頼様でなくとも」
「昌幸?」
勝頼様は頑固である。
こうと決めたらなかなか意思を曲げては下さらない。
身を起こして、奥の戸棚を開けた。
隠すようにして奥に収まっている箱に手を掛けると、勝頼様がその箱を取り上げた。
「何故、これが此処にある事を知っているのだ」
「私がお館様に頂きました物を、あなたが取り上げられたではございませぬか」
「あ、当たり前だろう。こんな物、お前には」
「…まさか、勝頼様が使われたのでは」
「つ、使うものか!お前に、これは」
「…なれば、見ていて下さいませ」
以前、お館様から戯れに張り型を賜った事があった。
桐箱に収められた未開封の其れを、箱を見ただけで勝頼様は私から取り上げられた。
戴いた当時はこんな物とも思っていたのだが、勝頼様を煽るのには丁度良い。
勝頼様を押し倒し、股に跨るようにして脚を開く。
私のは既に濡れており、勝頼様に触れられた事もあって体は焦れに焦れている。
未開封の其れを乱暴に開けて手に取る。
勝頼様のよりも随分と大きい其れに怯みつつ、口淫をするように唇を寄せると目を見開いて勝頼様が私を見つめていた。
ひたすらに驚いているようだが、尻に当たる勝頼様の股は固い。
張り型を十分に濡らした後、中に指を入れて解す。
実は今まで自分で触れた事はなかった。
いつも勝頼様がするようにと指の出し入れを繰り返し、唇を噛む。
やはり勝頼様が触れられる方がずっと良い。
されど、勝頼様は首を横に振る。
「止めよ昌幸。傷付いてしまう…」
「…見ていて、下さい」
「っ」
頬に柔柔と触れられる勝頼様の手に唇を寄せる。
本当は勝頼様に抱いて欲しいに決まっている。
だからこれは、挑発なのだ。
「ひっ、ぅ…!」
「ま、昌幸、だ、駄目だっ」
「…っは、ぁ、っん…!」
己で当てがい、半ば捩じ込むようにして張り型を受け入れる。
挿入部分を勝頼様によく見せるよう脚を開き、奥に奥にと受け入れた。
やはり勝頼様のとは違う。
されど勝頼様のよりも大きい其れは私を翻弄するには十分な大きさだった。
勝頼様の腰に張り型の根元を押し付け、私が腰を揺らし抜き差しを繰り返す。
わざとゆっくり抜き差しを繰り返し、中に収まる様を見せ付けた。
「ぁ、ぁ…、ん、おおき、ぃ…っ」
「まさ、ゆき…」
「ひっ…、っぁぅ…!」
こんな物で果てたくはないが、体の方が正直で次第に追い詰められる。
じゅぷじゅぷとした水音が響く程に濡れて抜き差しを繰り返していたら、不意に両手首を掴まれて押し倒されてしまった。
生理的に溢れる涙が頬を伝う。
眉を寄せて少し怒っている様子の勝頼様に手を伸ばすと、勝頼様の手で柔柔と張り型を引き抜かれた。
「っ…ぁ…、かつより、さま…?」
「悪い子だな、昌幸。仕置が必要だな?」
「…ぁ、はっ…!かつよ、りさま…、勝頼さま…っ!」
後ろ手に張り型を捨てられて勝頼様のが当てがわれ、そのまま深く容赦なく突き上げられる。
敷布がずれて揺れ動く程に、奥に奥にと突き上げられる。
酷くしてとは言えなかったものの、このような抱かれ方は激し過ぎて幾度か既に果ててしまった。
されとて抽迭は止められず、勝頼様の目が据わっている。
どうやら、挑発し過ぎてしまったらしい。
「ゃ、ぁ、勝頼、さま…っ!」
「今宵は止めろと言っても止めぬぞ?」
「っ、は、ぃ…っ」
「…そう喜ばれては仕置きにならぬな」
「勝頼さま、勝頼…さま…」
「昌幸、布が…」
激し過ぎる抽迭に左目の布が捲れ上がり結び目が解けてしまった。
無意識に両目を開けてみれば、左目の視界は晴れて何ともない。
あの血のような視界の赤みは消えていた。
「…だいじょう、ぶ、です…、涙を、流しましたから…、洗い流されたのでしょう…」
「…そうか。良かった…」
「ですから…、勝頼様…」
「おう、覚悟しておけ。私は少し怒っているぞ、昌幸」
「ぁ…、っ…!」
体内に迸るものを感じて、中に果ててくれたのだと身を震わせる。
無論、一度の接合で収まるような情欲ではない。
戦続きで今まで離れていた分、触れ合いたい。
私は勝頼様に飢えていた。
深く受け入れて中から勝頼様の子種が溢れる。
手を添えて接合部に触れると、勝頼様のはとても熱い。
未だ未だと腰に脚を回してお誘いすると、私に口付けて勝頼様はふわりと微笑んだ。
視界が点滅する程の快楽に翻弄されて、今は指すら動かすのも怠い。
勝頼様の体液を身に受け入れて、褥に身を投げ出していた。
あれから何度、抱かれたのだろう。
肌蹴ていた羽織も汗に濡れて脱げてしまった。
口元に手をやり身を震わせていたら、不意にふわりと肩に掛けられる上着と抱き寄せられる温もりに目を細める。
どうしたって、勝頼様に敵うものなどありはしない。
「大丈夫か?」
「はい…、良うございました…」
「ふ、全く…、あのような痴態、目に毒だ…」
「目は治りましてございます…」
「ああ言えばこう言う。昌幸は全く…」
「…ああでもしなければ、抱いて下さらないと思いまして…」
「全く…、また今度、ゆっくり見せて貰おうか」
「…勝頼様も、お好きで…」
「ああ、昌幸の事が好きだぞ」
「…敵いませぬ…」
勝頼様の腕の中で身を捩り、首筋に頬を擦り寄せる。
左目はもう何ともない。
潤んだ目を擦り勝頼様に微笑むと、左目の瞼に唇を寄せられる。
「ん…、勝頼様…?」
「未だ少し赤いな。無理は禁物だぞ」
「はい…、ふふ…」
「ん?」
「心配し過ぎです」
「昌幸の事だ。一目見て肝を冷やした…」
「勝頼様のせいでは、ございませぬ」
「手の届く範囲に居るのに、護れないのは悔しい」
「勝頼様…」
勝頼様の唇に指で触れて、身を起こして唇を合わせる。
私からの啄むような口付けに勝頼様は微笑み、両手で頬を包まれる。
「…はー、好きだ…昌幸」
「私も、好きです…勝頼様」
「ふふ、今度こそ、おやすみ」
「…はい。このまま…抱いていて、下さいますか」
「…おう。余り誘うと、また食らうぞ昌幸」
そっと腕を差し出されて頬を乗せると、勝頼様に頭や髪を撫でられた。
信綱兄上や昌輝兄上、信房様に撫でられ慣れているとはいえ、勝頼様に撫でられるのは訳が違う。
勝頼様は、私への想いに溢れ過ぎていた。
縁側に座り、山々を見つめていた。
薬師に再び診せたところ、正式に布は取れた。
随分早い治癒に薬師は首を傾げていたが、情事で泣き濡れたからだとは口が裂けても言えまい。
隣には喜々とした勝頼様が座っていたのだが、私の膝を枕に甘えられてそのまま眠られてしまった。
やはり戦続きでお疲れだったのであろう。
私も昨夜の疲労に目を擦っていた。
「昌幸、もう目は良いのか」
「信綱兄上」
「…おっと、邪魔をしたかな」
私の様子を見にいらしたのか、庭の垣根に信綱兄上が見えた。
膝に居られる勝頼様を見て、信綱兄上が笑う。
「相も変わらず、勝頼様とは仲睦まじいようだな」
「はい…」
「ふふ、今の昌幸の顔を勝頼様に見せてやりたいものだ」
「どのような顔をしておりますか」
「…そうだな。少なくともわしには見せぬ顔をしているよ」
「信綱兄上にも?」
長居はせぬつもりなのか、信綱兄上は垣根を超えては来られなかった。
本当に私の様子を見に来ただけのようだ。
膝の上で身動ぐ勝頼様に目を細めていると、信綱兄上が笑った。
「幸せか、昌幸」
「…はい、はい…とても」
「ほら、その顔だ」
ではな、と信綱兄上は手を振り去ってしまった。
私はどのような顔をしていただろうか。
身動ぎに勝頼様を見下ろすと、頬を染めて私を見つめる勝頼様と目が合った。
「勝頼様」
「っ、はぁ…幸せだ…」
「?」
首を傾げていると、首を引き寄せられて唇が重なる。
勝頼様の瞳の中に、勝頼様を見つめる私の顔が見えた。
ああ、この顔か。
頬を染めて勝頼様に再び口付けを強請ると、下から口付けられて微笑まれた。