果物の季節になると、躑躅ヶ崎館は甘い香りで満たされる。
桃や梨に葡萄など、果物に事欠かない。
せっかく収穫したんだから皆で食べようと、と父上が皆を呼んで軍議ついでに果物を振舞っていた。
今日の躑躅ヶ崎館は賑やかだ。
酒宴ではないが、皆が甲斐の果物は極上であると笑っていた。
軍議が落ち着いたので、皆でそれぞれ果物を頬張っている。
信綱、昌輝、昌幸が横に並んで座っていた。
父に断り、真田兄弟の元に向かう。
昌幸に会いに来たのだ。
「や、勝頼様」
「おう、信綱、昌輝。食べておるか」
「頂いております。甲斐の桃はまこと美味ですな」
「うむ。秋にもまた来るが良いぞ」
「食べ過ぎぬよう、郷に持ち帰らせていただきます」
「好きなだけ持っていけ。子供達の手土産だ」
「お気遣い頂き、感謝致します」
「甥が喜びます。ありがとうございます」
「いやいや。昌幸、少し良いか」
「はい、勝頼様」
「彼方で食べぬか。昌幸に見せたいものがある」
「御意にございます。勝頼様」
昌幸の手を引いた。二人きりになりたいのだ。
信綱と昌輝に目を合わせて、片目を瞑った。
「ふむ。昌幸は勝頼様の御相手をせよ」
「昌幸は、置いて行こうか兄上」
「え」
「そうだな。勝頼様、よろしくお願い致す」
「ああ、任せておけ」
「あ、あの、兄上?」
信綱も昌輝も気付いてくれたらしい。
今日は皆各々帰宅するのだろうが、せっかく昌幸が来たのだ。もう少し二人で過ごしたい。
昌幸だけが解っておらず、首を傾げていたが手を引き袖を引けば私について来てくれた。
皆から離れて私の部屋に落ち着いた。
二人で隣合って、縁側に座る。
「昌幸、見てくれ。これは二人で食べよう」
「何ですか?」
「父上に蜂蜜を頂いたのだ」
「それはそれは…。ですが、私は甘味は不得手と致すところ。勝頼様がお召し上がり下さいませ」
「む、昌幸と食べようと思ったのだ」
小瓶に入れた蜂蜜を昌幸に見せた。
蜂蜜は貴重なので、先程の皆の席には出されなかった。
父上に頂いたのはいいものの、これは昌幸と食べようと決めていたのだ。
昌幸は遠慮してしまった為、むすっと頬を膨らませる。
「そのまま、食べるのですか?」
「そのつもりだったが」
「勝頼様に、手土産を持って参りました。未だ時期が早かったのですが…、もし良ければ蜂蜜をかけて食べられますか?」
「おお、上田の林檎か。それは良い考えだな」
「栗でなく、申し訳ございません」
「栗は秋になったら、昌幸の元へ行って食べようではないか。また二人でな」
「…はい。お待ちしております」
「昌幸も食べよう」
「されば、剥きましょう」
小刀を持ち、昌幸は手慣れた様子でするすると林檎の皮を剥いて一口大の大きさに切った。
先ずは一口と口を開けて待っていると、昌幸が苦笑して私に指で食べさせてくれた。
私達は恋仲なのだ。
故に私が昌幸を連れて行くというのはそういう事だ。
信綱、昌輝は察して二人きりにしてくれた。
昌幸とて、私を甘やかしてくれた。
「うむ。美味いな」
「お口に合いましたか」
「昌幸も食べよ」
「それでは失礼して」
「あーん?」
「はい?」
「お返しだ」
「…ぁ…」
昌幸が自分で食べようとするのを止めて口を開けるように促すと、恥ずかしそうに頬を染めて私の指から林檎を食べた。
私から目を逸らして、手で口元を隠してしまった。
「…あの、私は自分で食べれますので」
「昌幸、あーん」
「…御自分で食べられませ」
「あーん、昌幸早く」
「はぁ…」
昌幸が自分で食べると言うので、私は昌幸に食べさせてもらう。
私には強くは言えないのが昌幸である。
皿に乗せた林檎に蜂蜜をかけて、一口食べてみる。
これはとてつもなく美味である。
「これは美味いぞ!昌幸も食べてみろ」
「お気に召されたのなら、勝頼様が食べられませ」
「あーん?」
「ぁ、ん…」
指で蜂蜜をかけた林檎を一切れ、昌幸の唇に触れつつ食べさせる。
確かに美味であると昌幸の表情も綻んでいた。
ただ、指で食べさせた為に私の手は蜂蜜がまとわりついてしまった。
勿体ないので舐めとっていると、昌幸の唇にも蜂蜜が塗れて光っていた。
「美味そうだな、昌幸」
「え?あの…」
「ん…」
「ぁ、…ぅ…」
蜂蜜に塗れた昌幸の唇を舐め取り、そのまま唇を合わせた。
蜂蜜も相まって、昌幸の唇の何と甘い事よ。
昌幸であるからこそ尚の事甘く感じて、そのまま深く唇を貪った。
そのまま畳に押し倒し、昌幸に伸し掛る。
久しぶりの二人きりだ。
結果的に昌幸も蜂蜜を口に出来たので良かった。
「…かつより、さま…」
「ふふ、甘いな」
「甘過ぎです…」
ほうと溜息を吐き、少々瞳を潤ませて私を見上げる昌幸にくらりときた。
何故こうも昌幸は色っぽく振る舞うのに、自覚がないのか。
後ろ手に襖を閉めて、再び昌幸に唇を合わせながら上衣を肌蹴させた。
もう蜂蜜はないが、今すぐ昌幸を抱きたい。
「…か、勝頼さま、お待ちを、誰が来るか」
「誰も来ない来ない」
「しかし」
「私は甘いものが好きだ。知っていよう」
「存じておりますが、蜂蜜ならあちらに」
「昌幸も甘味であろうに」
「ち、違います、ぁ…っ」
露出した胸にたらりと蜂蜜を垂らす。
何てことを!と昌幸は狼狽したが、その垂れた蜂蜜を舐めとるように昌幸の乳首を吸った。
ひくんと体が跳ねて、愛らしい反応を見せる。
「…蜂蜜で、そのような、こと…」
「甘いな…」
「蜂蜜ですから…」
「昌幸だから、甘い」
「か、勝頼様…っ!ん、っ…!」
下穿きを剥がして、蜂蜜に塗れた指で昌幸の中に指を入れる。
潤滑油の代わりに蜂蜜を使ったのだが、予想よりも滑る。
中を解しながら、胸を吸った。昌幸の何処も彼処も甘い。
舌舐めずりをしつつ見下ろすと、昌幸は嫌々と首を振っていたが徐々に大人しくなってしまった。
とろんとした瞳で私を見上げている。
唐突に昌幸を抱きたいと思ったのは稀によくある事だが、実行に移すまで欲情にかられたのは初めてだ。
蜂蜜のせいか?と首を傾げつつも、昌幸が可愛いので考えるのは止めた。昌幸が可愛い。
「昌幸、大好きだ。昌幸」
「かつより、さま…、私も、です…」
「ふふ、今日は帰さぬぞ」
「…帰りたくない、です…」
「っ…!」
「…勝頼さま…」
きゅっと、私の首に腕を回した。
どうやら二人きりになりたいのは私だけではなかったらしい。
昌幸に求められて、敢えて触らずとも私のは勃ち上がっていた。
甘く香る其処に当てがい、ゆっくりと深く挿入し腰を進める。
「ぁ、あ…、かつより、さま…」
「はぁ…、昌幸…、痛くないか…」
「っ、ぁ…、…今日、私…」
「うん?」
「…私…、おかしい、です…」
「っ、く…」
初夜を覚えている。昌幸の体を酷く傷付けてしまった。
昌幸も別に、情事が好きな訳ではない。
私が話したくて、肌を合わせたくて、共に過ごしたくて、昌幸を求めている。
昌幸が情事に慣れる気配はないが、今日は過敏な日だとか、今日は甘えたがりだとか日に日に違う反応を楽しんでいる。
今日は、今までのどの昌幸でもなさそうだ。
昌幸が、私を求めてくれている。
「…勝頼さま、かつより、さま」
「そう煽ってくれるな…昌幸。腰を痛めるぞ」
今日は欲しがりだ。昌幸も寂しかったのかもしれん。
いつもより締め付けがきつく、私に触れたがる。
確かにこのところ真田の郷には顔を出していなかったし、昌幸に会うのは幾久しい。
父上が皆を呼ぶと聞いて、昌幸もですか!と駆け寄って父に問い詰めたのは記憶に新しい。
はっとして、唇を噛む。
昌幸は、寂しがる自分をおかしいと言うのだ。
唇を噛まぬよう口付けてやると、目尻に涙が溜まっていた。
その涙に唇を寄せると、昌幸は顔を隠してしまった。
「…端ない…、申し訳、ありません…」
「何もおかしくないぞ、昌幸」
「え…?」
「私も、寂しかった」
「…勝頼、さま…」
「私だけが求めているのではないかと…、思いよがりではないのかと…不安になっていた」
「…勝頼様、私は…、あなたを…」
「ああ、先程の言葉で自信がついた。昌幸も私が好きで良かった」
「…ちゃんと、好きです…、勝頼様」
昌幸に耳元で囁かれて、思わず強く抱き締めた。
口付けながら、腰を進めて昌幸を突き上げる。
蜂蜜の甘い香りが情事に交ざる。
暫し溺れるように昌幸を抱き、昌幸が果てた事を見届けた後に中に果てた。
身体中、蜂蜜だらけになってしまった。
「私は大好きなのだが、昌幸は大は付かぬのか?」
「…大好きですよ。大、大大です」
「ふふ、にやけてしまうな。だが、負けぬぞ。私の昌幸への想いは天下無双である」
「大仰な事です…」
幸せでふわふわとした心地がする。
事後に蜂蜜が勿体ないと昌幸の肌に唇を寄せていたのだが、それだけでは粘つきは取れなかった為、二人で湯船に浸かっている。
私が昌幸のあられもない箇所すら舐めた為、昌幸は先程から目を合わせてくれないのだが、しっかり私の腕の中に収まっている。
今は私の立てた足の間、私の胸に背を預けて目を閉じている。昌幸は疲れているようだ。
「…昌幸、まさゆき」
「はい…」
「眠るなら、布団に運ぼうか」
「もう少し、このままでお願いします…」
「そうか。…ふふ、今日の昌幸は、甘えたがりだな」
「蜂蜜のせいです…」
「そうか、うむ。蜂蜜のせいだな。蜂蜜のせいにしておこう」
「…甘過ぎですよ…」
「昌幸の方が甘くて美味しいぞ」
「勝頼様…!」
耳まで真っ赤にして昌幸が漸く振り向いてくれた。
その機を逃さず、昌幸に唇を合わせて交わる。
昌幸の唇は、蜂蜜よりも甘かった。