戦に勝った。勝った。私の初陣である。
首級も上げ、手柄とした。
人を殺す感覚が未だ手に残っている。
戦場から引き上げたというのに、未だ興奮が収まらぬ。
「おかえりなさいませ、勝頼様」
「昌幸か」
「首級も上げられたとのこと。御無事の帰還、何よりでございます」
躑躅ヶ崎館に帰還し、具足もそのままに館に入った。
昌幸が迎えてくれたが、昌幸とて未だ具足が解かれていない。
「昌幸」
「勝頼様…?」
昌幸を目にして、ほっとした。
昌幸も前線にいたが、私より先に帰還したらしい。
装備を外しかけていたのだろう。烏帽子を脱がせた。
兜片手に、昌幸の腕を引いた。
近くの部屋に連れ去り、そのまま昌幸を胸に埋めて床に座る。
板張りの部屋だった為、床に当たった具足らが音を立てた。
兜や肩当ての紐を脱ごうと手をかけたが戦場の高揚未だ冷めやらず、昌幸に触れても収まらん。
私の腕の中で、昌幸が不安気に見上げていた。
「どうなされた。何処か怪我でも」
「ん…」
「…っ…?!」
口付けたくなった。
昌幸が驚いて体が弾くつくのが解ったが、抵抗はされずそのまま私を受け入れてくれた。
昌幸とは恋仲になって間もない。
未だ情事は数える程だ。
先日漸く初夜を迎え、今まで知らなかった昌幸の表情を見る事が出来た。
私の名を呼び、袖を控えめに握っていた。愛おしい私の昌幸だ。
私の何よりの宝である。
深く長い口付けを終え、そのまま床に昌幸を押し倒した。
口付けで蕩けたのか、昌幸は惚けて私を見上げている。
「勝頼様…?」
「昌幸、したい」
「…っ、…では、お部屋に」
「待てぬ」
「なっ…、せ、せめて、具足をお外しして」
「待てぬ」
「湯浴みも、未だ」
「昌幸」
「か、勝頼様、せめて…人払いを」
「待てぬのだ、昌幸」
よく喋る唇を唇で塞ぎ、息を荒らげつつ昌幸の具足を引き剥がす。
口では否とは言っていたものの、結局昌幸は諦めたようだ。
私に口付けられながら、私の具足を外している。
武田の人間は私達の事を知っている。昌幸が知らぬだけだ。
私が昌幸の元に向かえば、昌次などが人払いをしてくれた。
人払いにおいては大丈夫であろう。
昌幸は情事においては未だ未だ初だ。
愛らしくて仕方ないが、私が気遣わねば直ぐに体を傷付けてしまう。
傷付けたくないが為に、共に過ごす刻を何よりも大事とした。
二人きりになれる機会は少ない。
故に未だ、欲望のままに昌幸を抱いたことはない。
「っ…、ふ…、かつより、さま…?」
「昌幸、すまぬ。優しく、出来そうにない…」
「待っ…!ぁ、ん、っ…!!」
下履きだけを脱がし、昌幸に当てがい慣らしもせずに体を繋げた。
声にもならず、私の下で昌幸は震えている。
ぬるりと尻を鮮血が伝う。
私が故意に昌幸を傷付けたのは、これが初めてだろう。
「昌幸、まさゆき…」
「…勝頼様…」
さぞや辛かろうに、痛いとも辛いとも言わぬ昌幸が痛々しい。
昌幸の首筋に噛み付くように歯を立てながら、腰を掴み中を深く抉る。
悲鳴にも近い声を漏らしながらも、昌幸は私を見つめてくれていた。
「勝頼さま…」
「昌幸…、まさゆき、まさゆき…」
今の私は欲に溺れ、恐ろしい眼差しをしている事だろう。
だが、私を見つめる昌幸の眼差しは優しかった。
貪るように昌幸を衝動的に抱いた。
昌幸は動かず、ただ私の片手を握り締めていた。
手を握られていた事に気付いたのは、昌幸の中に二度ほど果てた後だった。
はっとして、昌幸の頬を撫でる。
頬に幾重にも涙の跡があった。
肩で息を吐き、昌幸の胸に埋まる。具足同士が当たり、とても痛い。
「…勝頼様…」
「ん…、昌幸…」
「落ち着かれましたか…」
「…私は、何ということを…」
「私は大丈夫です…、勝頼様」
「何が大丈夫なものか…」
胸のざわつきが落ち着き、昌幸を見つめた。
手酷く傷付け、凌辱に近いような抱き方をしてしまった。
これを無体と言わずして何と呼ぶ。
見れば昌幸は果ててはおらず、寧ろ体の痛みでぐったりと床に体を投げ出していた。
ゆっくりと一度引き抜き、其処に触れた。
血と精液が溢れている。
その光景に酷く後悔し、何故あのような事になってしまったのか己を怖れた。
「…勝頼様、具足をお外しします」
「…自分で出来る。昌幸…、お前のは私が外そう」
「…申し訳ありません…」
脚を閉じて床に投げ出された体は力ない。
早々に己の具足を脱ぎ捨て、昌幸の具足も外した。
そして漸く生身で、昌幸に触れる事が出来た。
おずおずと私の背に腕を回す昌幸が愛おしい。
「…お手を煩わせてしまいました」
「…、さぞや私を軽蔑したであろう」
「否、私で良かった…」
「何?」
「…勝頼様、ご無事のご帰還、何よりです…」
「っ、お前が無事ではない」
「だいじょうぶ、です…」
「昌幸?」
かくんと私の腕に凭れる昌幸は気を飛ばしてしまっている。
額には冷や汗が滲み、何よりも股から伝う血が痛々しい。
懺悔をするように意識のない昌幸の世話を焼き、湯浴みへも連れて行った。
湯殿への途上、昌幸を横に抱いた姿を家臣らに見られはしたが視線をくれれば其処に土屋昌次が居た。
昌次は察したのか、湯を沸かしたり、部屋に布団を敷いたりと身の回りの世話を焼いた。
昌幸に夜着を着せ、布団を掛けた。
「礼を言う、昌次」
「人払いをしておきます。もうお休み下され。昌幸はどうぞそのままに」
「父上に、勝頼は昌幸と共に在ると伝えよ」
「承知。ですが、既にお館様は御存知の様子」
「そうか。はは、怒られるな…」
「奥近習の時分より、昌幸は何も言わぬ奴でした。何分勝頼様の事、本陣に共に居りましたが、昌幸は何処か落ち着きがなかった」
「昌幸が、か?」
「勝頼様、どうか昌幸をお労り下され。昌次よりお願い申し上げる」
「ああ…、すっかり世話になってしまった。許せ」
「は…」
昌次は下がった。
縁側に面した襖を開けていた為、月明かりが部屋に差し込んでいた。
我等はよく月を見て過ごした。
昌幸の傍に背を向けて座り、月を見上げた。
「…今宵は、満月でしたか」
「昌幸…」
「道理で、夜が明るい訳です…」
ぼんやりとした眼で昌幸も月を見上げていた。
未だふらついている様子だが、昌幸は身を起こし私の傍に座り直した。
やはり座るのも辛いのか、顔色は良くない。
私の肩に凭れるように引き寄せ、腰を抱いた。
「…勝頼様」
「お前を傷付けてしまった。我ながら許せるものではない。許してくれとも、言えぬ」
「私は怒っておりません。悲しくも、蔑みも致しませぬ」
「しかし」
「鞘と成れた。ただ、それだけの事」
「鞘?」
「勝頼様が刃となるなら、皆を傷付けぬよう私が鞘になります。お望みならば、楯にも駒にも成りましょう」
昌幸は違和感を感じ、己がどうなろうと覚悟の上で私の傍を離れなかった。
結果的にあのような事になってしまったのだが、昌幸は何もかも解った上で私に抱かれていたという。
昌幸の言い草に、少し腹が立った。
今は私が何か言える立場ではないが、昌幸は自分を何だと思っているのか。
身を投げるような事はして欲しくない。
私の肩に凭れながら、私は見ずに昌幸は語った。
「…戦は、如何でしたか」
「どうと言うことも無い」
「人の命を奪う感覚。私は未だ覚えております」
「…ああ、顔も覚えている。首を取った」
「左様。忘れませぬよう。私の初陣は、人が死に過ぎました。故に勝利の高揚などはございませんでした」
「ああ。あの日の昌幸は無理をしていた。誰にでも解る」
「あの日、あのお言葉を頂くまで、私は」
人が死んで悲しいのは当たり前だ。
私が昌幸にそう言った。
その言葉は昌幸に深く根付いているらしい。
夜風に冷えた昌幸の肩を引き寄せ、私の腕の中に埋めて上着を掛けた。
手を握ると、昌幸が握り返した。
「奪った命とて、誰かの大切な命です。それは、努努忘れませぬよう」
「ああ…、肝に銘じよう」
「…勝頼様をお止め出来て良うございました」
「…何を言うか、馬鹿者め」
正気ではなかったとは言え、私が昌幸以外を抱くものか。
確かに戦の興奮冷めやらぬまま衝動的に抱いた事は認める。酷い無体だ。
だが、決して誰でも良かった訳では無い。昌幸が良かった。
その私がどれだけ愛して大切にしているのか、昌幸は自覚がない。
体温が移り温かになってきた手を引き寄せ、頬を撫でた。
昌幸は身形が整えられている事に気付き、湯浴みも着付けも私がしたと聞くと深く頭を下げた。
「申し訳ありません…」
「昌幸。無理を承知で頼みたい」
「はい」
「やり直したい」
「は…」
決して手酷く抱きたい訳ではなかった。
今更何を言おうと言い訳にしかならぬ。
しかし、あれを一度として数に加えたくもない。
あのような抱き方をして昌幸を傷付けたまま、そのままに放置など出来ぬ。
傷付けた箇所には既に軟膏を塗ってあるが、それでもまだ痛かろう。
故に昌幸が嫌だと言えば、強要するつもりもない。
拒まれたら、頭を冷やすべく昌幸から暫く距離を置くべきだ。
私はそう考えていた。
「…暫く距離を置こうなどと、お考えですか」
「見破られていたか」
「…お見通しですよ」
「…しかし、私は、昌幸を傷付けた」
「故意ではありますまい。もう、その様に御自身を責められますな」
そっと頬を撫でられた。目尻を拭われる。
私が涙ぐんでいたらしい。昌幸に拭われた。
昌幸をそっと褥に寝かせ、後ろ手に襖を閉めた。
灯りが揺れて、仄かに昌幸を照らす。
「…御随意に、勝頼様」
「やり直して、いいのか」
「加減無用で御座います、勝頼様…」
勝頼様を案じておりました、と昌幸は言う。
初陣は昌幸の方が早かった。
私の初陣を昌幸が傍で見ていた訳では無い。
誰そ傷付けられていないか、疲れていないか。
父上が表情を曇らせる昌幸を見て、私の迎えを昌幸にしたのもその為か。
昌幸を押し倒し、口付けた。
優しく、優しく、優しく。
幾度も口付けて、昌幸の瞳がとろりと蕩けて揺れている。
また袖を握られている。今度は直ぐに気付いた。
その手を握り、甲に唇を寄せた。
「触れてもいいか、昌幸」
「はい…」
上衣は脱がせず、下履きも脱がさぬ。
隙間から手を入れ、尻に触れた。
触れた指先に鮮血が伝う。気が引けてしまう。
それでも、と昌幸は手を握る。
「昌幸。大人しくしていろよ」
「勝頼様…?」
下穿きを脱がせ、昌幸のに手を添える。
血と共に、私の吐き出した精液も股を伝っていた。
先程は果てさせてもやれなかった。
昌幸のに触れ、少し扱いた後、そのまま口に含む。
「なっ…、何をし、て…」
「果てさせてやろう」
「いけません…、勝頼様が、そんな…っ」
「良い。昌幸、ほら」
「ぁ、あ…っ」
身を捩り片手で口元を隠してしまった。
もう片手は私の手を握り締めている。
奉仕などされた事がないのか、昌幸は嫌嫌と首を横に振っていた。
まあ、私も昌幸でなければ奉仕してやろうなどとは思わぬ。何よりこれは詫びだ。
結局果てさせ、無論昌幸のそれは飲み込んだ。
脱力した昌幸の手を握り、頬を撫で傍に侍る。
うっとりとした溜息を吐き、潤ませた瞳で私を見つめていた。
「…何と、いうことを…」
「ふふ、良かったか、昌幸」
「っ」
「さて…」
もうこれでいいだろう。
昌幸には悪いが、私は気が進まない。
私はもう、欲望のままに昌幸を傷付けたくはない。
体を拭い、身形を整えた。
昌幸を腕に抱き、褥に横になる。
「勝頼様…」
「うん?」
「…されないの、ですか」
「傷を抉るような真似はしたくない」
「…それは、優しさではありません」
「しかし」
「臆病者」
「っ」
昌幸は敢えて私を煽ったのだろう。
愛した想い人にそこまで言われては男が廃ると言うもの。
握った手はそのままに、昌幸を胸に抱き締めたまま股の方に触れた。
指を這わせ、中に指を含ませていく。
一瞬昌幸は表情を歪ませたが、私の胸元に埋まったまま浅く息を吐いている。
指で中を弄り、頃合を見極めて指を増やした。
昌幸の中はきつく、きゅうと指を締め付けてくる。
二、三度情事を交えたとはいえ、昌幸がこのような事に慣れてくれる兆候はない。
いつまでも初々しい仕草が愛おしかった。
水音が聞こえるようになれば、もうだいぶ良い。
昌幸は私の腕を枕にぼんやりと見つめていた。瞳が快楽に蕩けている。
中を弄ればくぐもった声を漏らしていた。
「…昌幸、大丈夫か?」
「はい…」
「…もう、良いな」
「はい、勝頼様…」
首に腕を回される。
控えめであったが、昌幸から頬に口付けをして貰えた。
ささやかであるが、昌幸の想いが深い事は知っている。
其処に再び当てがい、昌幸にゆっくり深く繋がる。
私の精液と、昌幸の血が溢れていた。
「っは…、ぁ…!」
「は…、昌幸…」
「ん…」
今度は優しくと決めている。
馴染むまで動かない代わりに腰を引き寄せて、昌幸に深く口付け続けた。
息も絶え絶えになるほどに追い詰めて、昌幸に締め付けられる。
「は、はっ…、かつより、さま」
「昌幸」
「っ…!」
私が一度奥に突き上げただけで肩を震わせて感じている。
体の方は随分良いのか、水音を響かせながら昌幸を追い詰めていった。
止めどない私の攻めに、程なくして昌幸は先に果てた。
昌幸は吐き出したようだが、私は未だだ。
惚けている昌幸に口付けつつ、打ち付ける事を止めなかった。
「かつより、さま…、っ」
「はぁ、昌幸…、まさゆき」
「……、もっと…、勝頼様…」
「っ…!」
昌幸から強請るかのように求められた。
自らを弁え、何も欲さぬ昌幸が私を欲してくれた。
その言葉と眼差しに煽られて昌幸の中に果てたが、私のものもまだ固さを保っている。
私も未だ、足りぬ。
体を起こし、昌幸に深く繋がった。
引き抜いては奥まで突き上げる。
突き上げる度に昌幸が小さく声を上げていた。
肌蹴て露出した肩に唇を当てる。
ちゅっと音を立てて、昌幸に痕を残した。
昌幸があまりにも色っぽくとろんとした瞳で見つめるものだから、止まらなくなった。
「…勝頼様…」
「すまん」
気付けば肩にも首にも、腹にも脚にも痕をつけてしまった。
怒らせたか?と恐る恐る昌幸を見ると、昌幸は朗らかに笑っていた。
そんな風に笑うのは狡いじゃないか。
不意打ちの笑顔に胸がどきどきとしてきて、昌幸を好きな想いが溢れそうだ。
「ぁっ…?っ、勝頼様?」
「もっと、だったな…。私も、もっとだ、昌幸」
「はっ…、申し訳…」
「何を謝る事がある」
今更自分が何を言ったのか気付いたのだろう。そんな昌幸が愛おしかった。
「もっとだ、昌幸」
「…勝頼様…」
頬を染めて顔を隠す昌幸に口付け、その晩は只管に優しく何度も昌幸を抱いた。
昌幸と二人、朝を迎えた。
昨夜は気を飛ばすまで抱き続け、声も抑えられぬほど泣かせてしまった。
「うーん…、やり過ぎてしまった」
「勝頼様…」
「ああ、おはよう。昌幸」
思えば昌幸と共に朝を迎えたのは久しい。
腕の中に昌幸が居る。幸せだ。
前髪をかき分けて、額に唇を寄せる。
口付けた後を昌幸が指で撫でていた。
「昨夜から、口付けし過ぎです…」
「嫌なのか?」
「…嫌では、ありませんが…」
「ふふ。昌幸も口付けてくれると嬉しいのだが」
「…それは」
流石に無茶を言ったか。
情事は済ませた。
もはや昌幸とて自制がきいていよう。
少し寂しいが仕方ない。
ふと視界に昌幸がいっぱいになった。
昌幸が私に口付けてくれたのだ。
感激して思わず抱き締めると、昌幸は苦笑していた。
「嬉しいぞ、昌幸…」
「…着替えて参ります」
「ま、待て。昌幸、立てぬだろう」
「…あ…」
「無理するな昌幸。何もかも私がやる」
「しかし」
「これぐらい、やらせてくれ」
身を清めてもいない。
未だ昨夜の名残を残した昌幸を誰ぞに見せてなるものか。
「誰ぞ居るか」
「此処に」
「昌次か。湯と軟膏を持ってきてくれ」
「は。朝餉もお持ちしましょう」
「すまないな」
昌次だと分かって昌幸は身を隠すように布団を被った。
だが、昌次は襖は開けなかった。其処は解っているのだろう。
私が頼んだ物と朝餉を持ってきてくれたが、やはり襖は開けなかった。
見られたくないという昌幸の思いを知っているのだろう。
「お館様より言伝です。勝頼は今日はゆっくり休みなよ、との事で」
「そうか。お言葉に甘えよう」
「昌幸を付けるから、ゆっくりお休みと。それでは、ごゆるりと。何かあればお呼び下さい」
昌次が去った頃に襖を開けると、湯張りされた桶と布巾、二人分の着替えと、二人分の朝餉が盆に置かれていた。
昌幸も優秀だが、昌次は気が利く。
布団に隠れた昌幸の肩を叩き、湯張りの桶を置いた。
「昌幸、もういいぞ」
「…昌次は、知っているのですか」
「さあ、どうかな」
昌幸の体を拭きながら私からは言わないでおいた。
体を清め、傷付けた体を労り軟膏を塗った。
二人とも着替えを終えて、朝餉を二人で食べる。
汁に七味を入れて食べた。美味かった。
昌幸は座椅子に凭れさせ、隣に座っていた。
腰が立たぬ昌幸はなるべく寝かせていた。
日が昇ると暑くなる。
縁側に面した襖を開けて、団扇で扇いでいた。
昌幸が傍にいる。何だか昨日の夜のようだ。
「冷たい茶を煎れました」
「おお、それは良いな」
「お召し上がりください」
「昌幸もな。その、大丈夫か?」
「今日一日は無理かと」
「だろうな。すまなかった」
「何を謝る事がある、のですか」
「…ふ」
私が言った言葉を、昌幸が繰り返した。
ああ、こういうやり取りがしたかった。
友としても、恋人としても、昌幸と平等に話したかった。
「昌幸はもう少し、自分の為に生きるべきだな」
「私の命は武田の為、真田の為と決まっております」
「誰が決めたんだ?」
「武家としてこの世に生を受けた時から、私の御役目を心得ております」
「それでは悲しい」
「悲しい、ですか…」
昌幸を抱き起こし、肩に凭れるよう腰を支えた。
団扇で昌幸に風を送る。
「昌幸は昌幸の為に生きて欲しい」
「…その様に躾られておりませぬ故」
「では、私の為に生きてみるか?」
「…とうに、その様にしております」
「そうか。では私も昌幸の為に生きよう」
「それは…」
「いつも昌幸が居る所に帰る。待っていてくれるか」
「お待ちしております」
穏やかな刻を昌幸と過ごした。
刻はゆるりと流れてはくれず、あっという間に日は傾いていった。
涼し気に風鈴がちりんちりんと、私達の図上で響いていた。