おもおな

知恵が回るものは快楽に弱い、と何処かで聞いたことがある。
それを聞いて真っ先に昌幸を思い浮かべてしまった事に、心内で昌幸に謝りつつ悶々と情事の昌幸を思い出してしまった。

蕩けた顔をして、私の名を読んで、必死にしがみついて、普段落ち着き払っている昌幸が、褥ではあられもない。
閨での昌幸を想像したら、未だ昼だと言うのに体が熱くなってきた。

これではいかんと庭にひた走り、水瓶から柄杓で頭から水を浴びた。

「勝頼様」
「えっ!?」
「っ…」
「す、すまぬ、昌幸…」

どうやら昌幸は直ぐ背後にいたらしい。
私を見かけて声をかけようと手を差し出したのだろう。そのまま静止している。
昌幸も私同様、ずぶ濡れになってしまった。

少しは頭が冷えたので溜め息を吐いた。
何も考えず頭から浴びたので、すっかり着物が濡れてしまった。昌幸もだ。
されとて、今、昌幸と顔を合わせるのは気まずい。

「一先ず、拭かれませ」
「すまぬ。昌幸、湯にも行こう。付き合ってくれるか」
「はい」
「…館の湯では狭いな」
「何処かへ行かれますか」
「湯村に行こう。馬で駆ければ直ぐだ」
「されば、支度を致します」

互いに滴りを拭った。
頭どころか体も冷えてしまったが、昌幸は献身的に黙々と身支度を整えてくれた。
暑かったので丁度良かったのかもしれんが、風邪を召さぬ内に湯で癒されようと思う。
無論、昌幸を連れて、だ。

湯村は二刻ほどで着いた。
そう言えば、先日村人に野湯を教えて貰ったのだ。
此処なら知る人ぞ知る野湯であろうし、人も来ないだろう。
昌幸といちゃいちゃしたい。昌幸と顔を合わせてからそんな事ばかり考えている。
やはり私は昌幸の事がとても好きだ。

坂を登り薮を抜け、昌幸は何処へ行くのかと不安がっていたが、野湯を指させば驚いた表情を見せた。
野湯とは言え、有難いことに脱衣所は作られている。

「このような所に…。よく見つけましたね」
「村人に教えてもらったのだ。昌幸に教えてやろうと思ってな」
「誰もいないようです」
「そうだ。早く昌幸と二人きりになりたかったからな」
「…望外の幸せにございます」

濡れた着物を脱ぐ際、昌幸の胸に目が行ってしまった。
肌着が濡れて乳首が透けている。
思わず口元を隠して鼻をおさえて顔を逸らした。破廉恥が過ぎる。

昌幸自身は色艶あふるる姿だという自覚がない。
そつなく脱衣し、私の脱衣も手伝い体を流してくれた。

時節柄、夕方ではあるのだが日が長い。
日中の暑さは落ち着き、掛け湯を浴びれば心地が良い。
昌幸に背を流してもらい、お返しに私も昌幸の背を流した。
頑なに腰布を外さず、昌幸の腰布にも手をかけない。
正直に言うと頭は冷えたが、体の熱が冷めない。
昌幸に勃起した股間を見られる訳にはいかぬ。
昌幸のを見るのもならん。今は襲わない自信がない。

体を流し終わり、掛け湯をしてから足湯の如く足だけを湯に入れた。
昌幸に湯に入るよう促すと、私が入らないのなら入れないと言い私の隣に座った。
二人きりであるのに、昌幸は主従である体裁を崩さない。
少し躾をせねばならぬやもしれない。
私は、二人きりの時は主従であるつもりがないのだ。

「少し熱くてな」
「水を持ちましょうか」
「湯加減は心地良い。昌幸は入っておけ」
「それでは、先に失礼して…」

腰布を取り、私の傍を離れぬような形で昌幸が湯に浸かり、ほうと溜息を漏らした。
気持ちいいのだろう。目を閉じていたが嬉しそうだった。

髪を浸さぬよう髪を結い上げている姿が新鮮で、昌幸の項を見れるのは珍しい。
白と黒の髪が混ざって、とても綺麗だ。
項を指でなぞると、昌幸は驚いて私に振り向いた。

「何ですか」
「触れたくなってな」
「…構いませぬが、驚きます」
「すまぬ。綺麗だと思ってな」
「…綺麗、とは」
「昌幸の事だぞ?」

触れても構わないと言うので、唇を親指でふにふにと触り、髪や頬を撫でた。
縁から見下ろしている為に、昌幸の全てが見れる。
湯は白色であったなら入れるのだが、生憎透明で何もかも見える。
昌幸でこれなのだから、私の状態を晒すのは気が引ける。

目を細めて私に触れられる事を許していた昌幸であったが、不意に手首を掴まれ私を湯船に引きずり下ろした。
風邪を召されますと言いつつも、昌幸の強引な所に笑う。
やれやれと腰布を外し、縁に置いた。もう見られてもいい。

昌幸の隣に胡座をかいて座り、湯船に肩まで浸かった。
やはり温泉というのは心地が良い。
人が知らぬ野湯であればこそ、誰かが訪ねるような気配もなく、一応人里ではある為に治安も良さそうだ。
何かあれば刀は携えているし、昌幸に護られるつもりもない。私が昌幸を護るつもりでいる。

「来て良かったな」
「はい」

私が嬉しそうな顔をしているのを見て、昌幸もふわりと笑っていた。
近場ではあるのだが、何だか昌幸と二人きりで旅行をしているような気分だ。
肩を引き寄せて腰を抱くと、昌幸がはっとして私を見つめていた。

「誰もいない」
「されど、誰が来るか解りません」
「今は私しかいないだろう」
「…では、少しだけ…」
「おう。おいで昌幸」

昌幸を引き寄せて、肩を抱き寄せた。
決して細身ではないが、私より昌幸は小柄だ。
躑躅ヶ崎館でも、真田でも、昌幸と私は忍んで互いを愛していた。
男同士という事に関して武田は寛容だが、身分の違いを理由に昌幸は身を弁えている。
故に互いに平時は情欲を堪えており、私は他で発散をしていない。
たまには二人きり、武田も真田も背負わずただ勝頼と昌幸として過ごしたい時もある。

「昌幸」
「はい」
「…昌幸」
「勝頼様?」

今の状況は絶好の機会だと思う。
誰かが来るかもしれないという危惧はあったが、この野湯は未だ人に知られていない。
頬に触れて昌幸を見下ろせば、瞳が揺れる。
毎日いつでも、昌幸を愛しているのだ。

私が口付けると察したのか、昌幸が目を閉じた。
暫しその表情を見つめた後、深く甘く口付ける。
項を捕まえて昌幸が逃げられぬように唇を貪る。
息継ぎをさせながら、幾度も深く口付けた。

「…、勝頼、さま、待っ…」
「はぁ…、…昌幸、昌幸」
「こ、こ、では…、勝頼様、駄目…で」
「触れて欲しい」
「…あ…」
「これを隠していたのだ。水を被ったのも、そういう事だ」
「…せめて、室に」
「待てない」
「っ…、ならば…口でも、構いませぬか」
「…したい」
「こ、此処は、誰が、来るか…」

最早隠せぬと直に触れさせると、何もかもを察したのか昌幸が頬を染めた。
私が昌幸に欲情しているのだと伝わり、口淫でならとの進言に首を振った。
そもそも私は昌幸に口淫をさせ、奉仕を強要したい訳ではない。

既に口付けだけでここまで蕩けた顔を見せておいて今更止められるものか。
昌幸とて焦れているのだろう。
経験上、昌幸が私に抗った事がない。
私だからだと思うのだが、昌幸は快楽に弱い。私に触れられると昌幸は蕩ける。

「昌幸」
「勝頼様…、そのように触れては…」
「逆上せてしまった」
「では、帰りましょう…」
「その様で、馬に乗れるのか?」
「っ…!」
「もう何日触れていないと思う?七日だ。七日も触れていない」

昌幸と顔を合わせる事はあった。
だが私も昌幸も政務や執務で慌ただしく、共に過ごしたとは言えない。
隣には居たのだが、褥を共には出来なかった。
私は昌幸が好きだからこそ、いつでも触れたいと思うし、共に過ごしたいと思う。
昌幸の事は、いつも好きだ。

「昌幸」
「ひぅ…っ」
「…湯が、入ってしまうな…」
「ほ、本当に…するのですか…?」
「する」
「っ…、勝頼様、それは…」
「昌幸も濡れてる」
「…それは、あなたが…触れるからで…」
「ふふ。昌幸は私が好きなのだな」
「…当たり前でしょう…。毎日、好きですよ…」
「!」

昌幸が私と全く同じ言葉で、私を思ってくれていた。それが嬉しい。
日が暮れるまでに事を終える、人の気配がしたのなら直ぐに止めると言うと、昌幸は渋々であったが一度頷いてくれた。

「痛いか?」
「だい、じょうぶ…です…」

結果的に昌幸は私に流される形で縁に手を付き、湯に入らぬよう俯せにさせ腰を突き上げさせた。
胸に触れ、前に触れて、手を滑らせて中に指を入れる。
触れただけで果てるのではないかというくらい、今日の昌幸は感度が良い。
乳首を立たせて、中はとろとろで…。
私に触れられるだけでこんな事になってしまって、淫靡で妖艶で、何より愛おしい。
昌幸には少し、我慢を覚え込ませる事が必要かもしれない。
だが、私が堪えられないものを昌幸に堪えろと言うのは不条理であろう。

「も…、も、う…勝頼様…」
「ふふ、可愛いぞ。昌幸」
「ぁ…っ…!あ、ぁ…!」

背後から昌幸の項に口付けて痕を残した。
首筋を甘く噛みながら、昌幸に当てがいゆっくりと腰を進めていく。
中は指で触れたよりもとろとろで、私を受け入れるときゅうと締め付ける。

入れただけで果てたのか、昌幸の中が痙攣しており、体を震わせて地に額を付けて動かない。
前に触れればぬるりと濡れていて、顔を見れば唇を噛み、声を堪えていた。

「傷になる」
「ん、ん…」
「後ろからだと、深く突いてしまうな…」
「…勝頼様、随分…我慢されて…」
「ああ…、昌幸の代わりはいないからな」
「…深い…」
「痛いか?」
「痛くは…」

昌幸の息が落ち着いたのを見て、腰を引き寄せて深く突き動かす。
足だけは湯船に入れていた為に、昌幸の足を精液が伝う。
湯に入れぬよう腰を突き上げて、深く深く昌幸を味わう。

「ぁ、ぁ…!」
「っ、ふ…」

後背位は声が聞こえるが顔が見れぬ。
昌幸の首筋に痕を残しながら、中に果てた。
直ぐに引き抜き、腰が抜けている昌幸を抱き上げて木に背を凭れさせた。

「…勝頼様…?」
「掴まれ」
「っ、ぁ、っ…待っ…!」

片脚で立たせながら、昌幸に再び押し入れる。
今度は顔が見れた。昌幸が私を見つめてくれている。
腰を支えて体の隙間をなくすように昌幸を抱き締める。
背中が痛いかもしれないと思い、肩に布巾を掛けた。
両腕を首に回させ私に掴まる様に耳元で囁くと、昌幸から頬に擦り寄り私を抱き締めてくれた。
きゅう、と中が締まる。昌幸が私を全身で感じて締め付けていた。

「…おかしく、なり、そう…っ」
「なればいい」
「だめ、だめです…勝頼さま、ぁ…!」

誰か来るかもしれないという危惧はあったが、それよりも何よりも昌幸が愛おしい。
私が支えねば立っていられないのか、中に二度ほど果てた後、昌幸は気を飛ばして私の肩に凭れていた。
随分とやり過ぎてしまった。

「今日はずっと一緒に居るからな、昌幸」

昌幸に口付けながら、横に抱き上げて湯を掛けた。
本当は昌幸の中に私の精液を留めたままにしたいのだが、昌幸が体調を崩してしまう。
意識のない昌幸から名残惜しく掻き出してやり、事後の処理を終えた。
昌幸が起きようと身を起こしていたが、そのまま寝ていろと額を撫でて私の腕の中に寝かせていた。

昌幸を胸に抱いて、再び湯に入る。
背や肩が傷付いてないか確認した後に、額に唇を寄せた。



脱衣場に物音がする。誰か来たようだ。
殺気は感じなかった為、昌幸を腕に抱き留めたまま誰が来るのか脱衣場を見つめていた。
いざとなったら昌幸を護ろう。
そう心に決めていたが、姿を見せたのは見知った御方だった。

「誰かと思ったよ」
「父上」
「こんなところにいたの、勝頼。ああ、昌幸もかね」
「よく此処が」
「此処はわしの秘密じゃったのに」
「それは申し訳ございません」
「まま、おことらなら良いよ」

体をささっと流しながら、父上は私の隣に腰を下ろした。
父上が腰を下ろした事で湯が溢れて、昌幸の口元を覆う。
湯に顔を沈めぬよう、昌幸を抱き直した。
昌幸を起こさぬようにと唇に人差し指を当てて父上に促すと、父上も同じ動作をして指を唇に当てた。
父上が顎に手を添えて、にやりと笑っている。

「お楽しみじゃったかな」
「っ」
「若いね、おことも。昌幸も」
「父上が来られた事、昌幸には」
「言わぬよ。今日は連れ帰って、ゆっくり寝かせておやりよ」
「その様に。近頃、傍に居てやれませんでしたから…」
「昌幸もそんな事を言っていたね」
「昌幸が、ですか」

昌幸は父上の近侍。
戦場では、私よりも父上の傍に居る事が多い。
先日まで戦があり、その後処理に追われていた。
昌幸は父上の傍にあり、私は本陣を任せられていた。

昌幸の傍に居たかったが、私は昌幸の策を信じて本陣を任された。
故に戦前後の七日、傍に居ても、肌には触れられなかった。
私も戦後直ぐは昌幸に触れられない。
戦の猛りを昌幸に当てるような事はもうしたくはない。
昌幸はそれを解っていて傍に居てくれたが、私が肌に触れる事はなかった。

今日は、昌幸から私に歩み寄ってくれた。
私が昌幸の事を考えていると、いつも昌幸自身が顔を出すのだ。
以心伝心なのかもしれないが、私の思いは昌幸に通じていて、昌幸が考えている事も解る。
今日は昌幸が私と過ごしたかったのだろう。
うっかり水を被せてしまったが、お陰で二人きりになれた。

「父上。私は昌幸が好きです」
「知っとるよ。昌幸もおことが好きじゃよ」
「知っております」
「ふふ、言うね」

父上は、私と昌幸が恋仲であると存じておられる。
昌幸の背を撫でて空を見上げる。ちらほらと星が出ていた。もう夜だ。

「父上、一緒に帰られますか?」
「此処で昌信と待ち合わせをしておる。おことは昌幸を連れて先にお帰り」
「されど、お一人ではあまりにも」
「お館様。お待たせ致しました。む、勝頼様?昌幸?」
「昌信か。おいでおいで」
「では、父上。御免」
「ん、あまり無理させるんじゃないよ」

良い頃合いに高坂昌信が来たようだ。
高坂に父上は任せて身形を整え、昌幸の馬も引きながら昌幸と共に躑躅ヶ崎館に戻った。

騎馬の振動で起きたのか、私の腕の中で昌幸は目を覚ました。
首筋に付けた痕がやはり目についてしまうなと思い、持っていた手拭いを昌幸の首に巻き付けた。

「勝頼様…」
「もう着く」
「…はい」

心音を聞いているのか。
昌幸は私の胸に耳を添えて、目を閉じていた。
戦後、今にも泣きそうな昌幸を腕に抱き締めて、顔を見るなり泣かせてしまった。
私が生きているだけで嬉しいのだと、昌幸は私を愛してくれていた。
泣き顔を誰にも見せぬように、昌幸を私の胸の中に抱き留めた。

馬を館の者に任せ、昌幸の手を引き部屋に戻った。
今一度昌幸に向き直り、深く甘く口付ける。
昌幸から一度、触れるだけの口付けを返してくれた。

「…勝頼様…」
「少し休め。無理な体勢をさせてしまったからな…。脚も腰も痛むだろう」
「勝頼様は、何処に…」
「昌幸の傍だ。それならいいだろう?」
「はい…」
「昌幸」

儚げに微笑む昌幸が否応なく愛おしい。
昌幸を抱き締めて二人、畳に寝転がる。
髪紐が解けて、昌幸の濡れた髪が広がった。

「好きだ。ああ、もう、ずっと昌幸の傍に居たい」
「…居りますよ…」
「いっそ閉じ込めてしまいたい」
「それは随分と物騒な…」
「…本気だと言ったらどうする?」
「冗談に聞こえませぬ…」
「ふふ」

半分は冗談、半分は本気だ。
肌蹴た昌幸の胸元に唇を寄せて、指を絡めて手を繋ぐ。
また蕩けた顔をさせて私を見るのだから、昌幸は危うい。

「…襲ってしまうぞ」
「御随意に…」
「ま、昌幸?」
「…私とて、流されたい時とてございます…。勝頼様…」

昌幸の色艶に負けたのは私の方だ。
あまりの艶やかさにくらくらする。昌幸が愛おしい。

ゆっくり休ませてやりたかったのだが、そうもいかなくなった。
再び昌幸と肌を合わせて、額同士を合わせる。

「…好きです…、勝頼様…」
「ん、昌幸。愛している」

熱い吐息を吐きながら、昌幸と繋がり深い幸せを感じて溜息を吐いた。


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